パブロ・サバレタ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はサバレタ第二姓(母方の)はヒローです。
パブロ・サバレタ Football pictogram.svg
Hertha BSC vs. West Ham United 20190731 (127).jpg
ウェストハム・ユナイテッドFCでのサバレタ (2019年)
名前
本名 パブロ・ハビエル・サバレタ・ヒロー
Pablo Javier Zabaleta Girod
ラテン文字 Pablo ZABALETA
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
スペインの旗 スペイン
生年月日 (1985-01-16) 1985年1月16日(34歳)
出身地 ブエノスアイレス
身長 176cm
体重 76kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 ウェストハム・ユナイテッドFC
ポジション DF (RSB)
背番号 5
利き足 右足
ユース
1995-1997 アルゼンチンの旗 オブレス・サニタリアス
1997-2002 アルゼンチンの旗 サン・ロレンソ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2005 アルゼンチンの旗 サン・ロレンソ 66 (8)
2005-2008 スペインの旗 エスパニョール 79 (3)
2008-2017 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 230 (8)
2017- イングランドの旗 ウェストハム 63 (0)
代表歴2
2003-2005 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-20 28 (4)
2008  アルゼンチン U-23 9 (0)
2005- アルゼンチンの旗 アルゼンチン 58 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2019年5月13日現在。
2. 2016年11月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パブロ・ハビエル・サバレタ・ヒローPablo Javier Zabaleta Girod, 1985年1月16日 - )は、アルゼンチンブエノスアイレス出身のバスク系アルゼンチン人サッカー選手。ポジションはディフェンダー。両サイドバックと両サイドハーフでプレーする。

経歴[編集]

1997年からCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロのユースチームでキャリアをスタートさせ、2002年にトップチーム昇格を果たした。2005年7月1日スペインRCDエスパニョールに移籍した。

マンチェスター・シティ[編集]

2008年8月31日イングランドマンチェスター・シティFCに移籍。移籍後は生え抜きのマイカ・リチャーズとポジション争いを繰り広げた。 2011-12シーズン後半からはリチャーズの故障もありスタメンに定着。粘り強い守備と的確で効果的な攻撃参加でチームの優勝に貢献した。翌シーズンからも指揮官のロベルト・マンチーニの信頼を勝ち得、指揮官の古巣インテルからやってきたマイコンとのレギュラー争いを制した。マンチーニ解任後にやってきたマヌエル・ペレグリーニからも信頼され、多くの出場機会を得ている。その後も右サイドバックの絶対的な主力だったが、2016-17シーズンを最後に退団。クラブからはシーズンチケットと自身がシティで出場した試合数を表した『Zabaleta 333』と書かれたシャツをプレゼントされた。2017年5月16日のホーム最終戦の試合後、退団セレモニーでスピーチを行った[1]

ウェストハム[編集]

5月26日、ウェストハム・ユナイテッドFCと2年契約を結ぶことが発表された[2]。初年度は右サイドバックのポジションを守った。2018-19シーズンよりシティ時代の恩師であるペレグリーニが監督に就任した。同シーズン中には引退の噂もあったが[3]、契約を1年間延長した。

2019-20シーズンは公式に自身最後のプレミアリーグでのシーズンになることを明言した[4]

代表歴[編集]

アルゼンチン代表として、2003 FIFAワールドユース選手権に出場した。また2005 FIFAワールドユース選手権ではキャプテンとしてセルヒオ・アグエロリオネル・メッシと共に優勝に貢献。2008年には北京オリンピックにも出場し優勝に貢献した。母国開催のコパ・アメリカ2011では右サイドバックのレギュラーとして出場した。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

サン・ロレンソ
エスパニョール
マンチェスター・シティ

代表[編集]

アルゼンチン代表

個人[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]