ウーゴ・カンパニャーロ

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ウーゴ・カンパニャーロ Football pictogram.svg
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名前
本名 ウーゴ・アルマンド・カンパニャーロ
Hugo Armando Campagnaro
愛称 Hugo-Boss(ウーゴ・ボス)
ラテン文字 Hugo CAMPAGNARO
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1980-06-27) 1980年6月27日(38歳)
出身地 コルドバ
身長 181cm
体重 81kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 ペスカーラ
ポジション DF
背番号 15
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2002 アルゼンチンの旗 デポルティボ・モロン 103 (6)
2002-2007 イタリアの旗 ピアチェンツァ 127 (10)
2007-2009 イタリアの旗 サンプドリア 38 (1)
2009-2013 イタリアの旗 SSCナポリ 118 (4)
2013-2015 イタリアの旗 インテル・ミラノ 31 (0)
2015- イタリアの旗 ペスカーラ 9 (0)
代表歴2
2012-2014 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 16 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年1月28日現在。
2. 2014年6月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ウーゴ・アルマンド・カンパニャーロHugo Armando Campagnaro, 1980年6月27日 - )は、アルゼンチン出身のサッカー選手。ポジションはDF。対人プレーに強く、守備での貢献に加え後方からのゲームの組み立てにも参加する。

経歴[編集]

CDモロンにてデビューした後イタリアへ渡り、ピアチェンツァ・カルチョでプレーする。2003年にクラブがセリエB降格となった後もチームを支えた。

2007年UCサンプドリアへ移籍すると、ワルテル・マッツァーリ監督の下で攻守に奮闘し、評価を高めた。ピアチェンツァやサンプドリアで活躍した往年の名DFピエトロ・ヴィエルコウッドの再来と絶賛する向きも少なくなかった。2008-09シーズンは、負傷離脱などもあって16試合出場にとどまったが、34節ジェノアCFCとのダービーではチーム唯一の得点を挙げた (1-3で敗戦) 。

2009年7月9日、移籍金700万ユーロ(内、ダニエレ・マンニーニの保有権の半分が200万ユーロ分)でUCサンプドリアからSSCナポリへ移籍した(2013年までの契約)[1]

その年の8月16日にコッパ・イタリアサレルニターナ戦でナポリデビューを果たし3-0の勝利に貢献[2]。リーグでの初得点はACミラン戦で1-1の引き分け試合となっている。レギュラーとして28試合に出場したが、しかしリーグ終盤戦には怪我で戦線離脱を余儀なくされた。

2010-11シーズンもレギュラーとして31試合に出場し、ナポリのCL出場権獲得に貢献。シーズン終了後にアルゼンチンでバカンスを過ごしていた際に交通事故に遭遇。カンパニャーロ自身は軽傷で済んだものの、自身が運転していた車の同乗者と、対向車の2人が死亡した[3]

2012-13シーズン終了後に、サンプドリア時代からの師であるワルテル・マッツァーリ監督が就任したインテルへの自由移籍が決定した。

所属クラブ[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]