アロンゾ・パウエル

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アロンゾ・パウエル
Alonzo Powell
サンフランシスコ・ジャイアンツ コーチ #33
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンフランシスコ
生年月日 (1964-12-12) 1964年12月12日(53歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1983年 アマチュアFA
初出場 MLB / 1987年4月6日
NPB / 1992年5月23日
最終出場 MLB / 1991年10月6日
NPB / 1998年8月9日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

アロンゾ・シドニー・パウエルAlonzo Sidney Powell , 1964年12月12日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。2018年シーズンよりMLBサンフランシスコ・ジャイアンツの打撃コーチを務める。

日本プロ野球 (NPB) での愛称は「ゾウさん」(ヒューストン・アストロズ打撃コーチ補佐時代の2017年のプレイヤーズ・ウィークエンドの時にはZO-SANの背ネームになっていた)[1]現在のプロ野球選手がよく使用する打撃時の肘充て(エルボーガード)を初めて使用した選手でもある[要出典]

経歴[編集]

現役時代[編集]

1983年サンフランシスコ・ジャイアンツと契約してプロ入り。1987年モントリオール・エクスポズメジャーデビュー。1991年シアトル・マリナーズでメジャー再昇格。

1992年5月、マリナーズ傘下のAAA級カルガリー・キャノンズから中日ドラゴンズに入団し、来日。当初は日本の投手の変化球に対応できず低迷したものの、徐々に適応しその打棒を存分に発揮。同年は規定打席不足ながら打率.308をマーク。

1993年はシーズン序盤にケガによる離脱がありながらも(詳細は浜松球場にて)、規定打席に到達し、打率.317。

1994年から1996年には外国人選手初の3年連続首位打者を獲得。の故障から1997年には打率.253と低迷し、同年限りで退団。

1998年阪神タイガースに移籍。シーズン当初は4番で起用されるが往年の力はなく、出番は徐々に減少。新人の坪井智哉の台頭もあり、夏場以後は代打中心の起用となる。前年同様スランプに陥り打率は7月以降急降下、8月に解雇され、帰国した。これで阪神の外国人選手がシーズン中に解雇されたのは1996年のスコット・クールボーグレン・デービス、1997年のマイク・グリーンウェルに続き3年連続となってしまった。

日本球界を去った後は、トロント・ブルージェイズニューヨーク・ヤンキースコロラド・ロッキーズ傘下のAAA級球団を始め独立リーグでもプレー。1999年にはヤンキース傘下のAAA級コロンバス・クリッパーズで打率.315・24本塁打の好成績を記録していた。36歳となる2001年までプレーしその年も打率.294・16本塁打を記録するも、そのまま引退した。

引退後[編集]

引退後はシンシナティ・レッズ傘下のA級デイトン・ドラゴンズの監督、レッズ傘下のAAA級ルイビル・バッツの打撃コーチ、マリナーズ傘下のAAA級タコマ・レイニアーズの打撃コーチなどを経て、2010年5月9日、打撃不振による前任者の解任を受けてマリナーズの打撃コーチに就任。

2011年より再びAAA級タコマの打撃コーチへ復帰。

2012年から2015年まではサンディエゴ・パドレス2016年から2017年まではヒューストン・アストロズでそれぞれ打撃コーチ補佐を務めた。

2018年シーズンからはジャイアンツの打撃コーチを務める[2][3]

2018年1月、前立腺がんであることを公表し[4]、その後手術を受けたことを発表した[5]

人物[編集]

自身の中日時代の応援歌山本リンダの『狙いうち』)は、かつて在籍していたゲーリー・レーシッチの応援歌を受け継ぎ、その後は中日のチャンステーマとして使用されていた。また、1997年に応援歌が変更され、この応援歌も同様に後々まで中日のチャンステーマとして使用されている。

星野仙一の鉄拳制裁と称した暴力行為には前々から不満を持っており、1997年のシーズン中に星野が打ち込まれたリリーフ投手に殴るなどの激しい暴行を加え、病院行きになるほどの怪我を負わせた翌日、「自分がそんなに強いと思うなら、私を殴ったらどうだ。救急車で病院行きになるのはあなたのほうだぞ。これ以上、ほかの選手を殴るのはやめてくれ!」と訴えたという[6]
その一方、パウエルは星野について、「普段は優しい人」「私やダネルに“何か必要なものはないか”と尋ねてくれたり“たまには外国人どうしで食事にでも連れて行ってやってくれ”と費用を出してくれたりした」「勝利に対しては貪欲な人。どんなことをしてでも勝ちたいという思いの強い人だったのだろうが、私は好きだった」「(前述のような星野との確執について)いろんな人から訊かれるのだが、そのようなことは本当に一度もなかったんだ」とも語っている[7]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1987 MON 14 46 41 3 8 3 0 0 11 4 0 0 0 0 5 0 0 17 0 .195 .283 .268 .551
1991 SEA 57 125 111 16 24 6 1 3 41 12 0 2 0 2 11 0 1 24 1 .216 .288 .369 .657
1992 中日 88 326 302 44 93 15 1 13 149 35 4 6 0 1 20 1 3 59 5 .308 .356 .493 .849
1993 97 431 394 63 125 20 1 27 228 66 3 4 0 1 30 0 6 76 15 .317 .374 .579 .952
1994 110 475 423 61 137 23 0 20 220 76 3 0 0 5 42 6 5 73 14 .324 .387 .520 .907
1995 101 422 389 63 138 24 4 19 227 69 1 0 0 0 31 6 2 60 5 .355 .405 .584 .989
1996 130 566 518 63 176 42 2 14 264 67 1 3 1 1 45 1 1 69 18 .340 .393 .510 .903
1997 106 417 379 36 96 13 1 14 153 56 0 0 0 0 36 3 2 56 17 .253 .321 .404 .725
1998 阪神 78 229 204 24 52 10 0 9 89 28 1 0 0 1 22 0 2 50 6 .255 .323 .436 .759
MLB:2年 71 171 152 19 32 9 1 3 52 16 0 2 0 2 16 0 1 41 1 .211 .287 .342 .629
NPB:7年 710 2866 2609 354 817 147 9 116 1330 397 13 13 1 9 226 17 21 443 80 .313 .371 .510 .881
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

NPB

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

NPB初記録
NPB節目の記録
NPBその他の記録

背番号[編集]

  • 21(1987年)
  • 7(1991年)
  • 30(1992年 - 1998年、2010年 - 同年途中)
  • 47(2010年途中 - 同年終了)
  • 32(2012年 - 2015年)
  • 55(2016年 - 2017年)
  • 33(2018年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 背中に愛称、特別仕様ユニに「無法者」「禅の達人」”. 日刊スポーツ (2017年8月27日). 2017年12月11日閲覧。
  2. ^ Chris Haft (2017年11月2日). “Giants poised to hire Astros' Powell” (英語). MLB.com. https://www.mlb.com/news/giants-to-hire-astros-coach-alonzo-powell/c-260461858 2017年12月11日閲覧。 
  3. ^ 元中日のパウエル氏がジャイアンツ打撃コーチへ”. 日刊スポーツ (2017年11月3日). 2017年12月11日閲覧。
  4. ^ “元阪神パウエル氏、がんで手術もキャンプ参加へ”. 日刊スポーツ. (2018年1月30日). https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201801290000718.html 2018年1月31日閲覧。 
  5. ^ “元中日パウエル氏がんの手術成功、妻「とても順調」”. 日刊スポーツ. (2018年1月31日). https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201801310000542.html 2018年1月31日閲覧。 
  6. ^ “「燃える男」の2つの顔:鉄拳制裁は認められるべきか”. MSN ジャーナル. (2001年12月20日). オリジナル2001年12月30日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20011230005647/journal.msn.co.jp/articles/nartist2.asp?w=98668 
  7. ^ 2017年8月31日付 日刊スポーツ紙面より。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]