カルロス・ポンセ
| この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の姓)はポンセ、第二姓(母方の姓)はディアスです。 |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 | 1959年2月7日(59歳) |
| 身長 体重 |
180 cm 80 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1982年 アマチュアFA |
| 初出場 |
MLB / 1985年8月14日 NPB / 1986年4月4日 |
| 最終出場 |
MLB / 1985年10月6日 NPB / 1990年6月17日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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カルロス・アントニオ・ポンセ・ディアス(Carlos Antonio Ponce Diaz , 1959年2月7日 - )は、プエルトリコ出身の元プロ野球選手(外野手)。
経歴[編集]
ジョージア大学卒業後、1982年にミルウォーキー・ブルワーズと契約。1985年8月14日にメジャーデビューし、21試合に出場。
翌1986年はメジャー登録40人枠から外れたため、それを見た横浜大洋ホエールズスカウトの牛込惟浩に口説かれ、入団を決めて来日。口ひげを生やしており、その容姿が当時人気だったゲームソフト『スーパーマリオブラザーズ』のマリオに似ていたため、「マリオ」、あるいは「ポンちゃん」と呼ばれた。
来日した1986年には、俊足選手を好んだ当時の大洋監督・近藤貞雄から重用され、高木豊・加藤博一・屋鋪要のスーパーカートリオに続く4番を主に打ち、ポンセと同じく俊足で5番を主に打ったダグ・ローマンを合わせて「フリーウェイクインテット」と称された。同年打率.322、27本塁打、105打点、18盗塁と素晴らしい活躍を見せたが、阪神タイガースのランディ・バースが前年に続いての三冠王となる活躍を見せたため、ポンセは無冠だった。
守備は1986年は三塁手として起用されていたが、送球に難があり、シーズン27失策を記録した。そのためこのシーズン中盤に、当時一塁手であった田代富雄が故障離脱してからは、三塁を山下大輔に明け渡して一塁を守るようになり、後半に加藤博一も離脱してからは外野で出場することも増え、翌1987年からは正式に外野手に転向された。
1987年は打率.323、35本塁打、98打点とこれまた大活躍をし、打点王のタイトルを獲得。更にはベストナインにも選ばれた。また、159安打はこのシーズンの最多安打。
1988年はオールスターゲームに出場。シーズン33本塁打、102打点で初めて本塁打王のタイトルを獲得。並びに2年連続で打点王、ベストナインに選ばれた。
しかし、1989年は成績が振るわず、1990年はジョーイ・マイヤーの入団で二軍生活が長くなり、同年限りで退団。
その後はマイナーリーグのコーチやフロリダ・マーリンズのスカウトなどを務め、現在はアメリカ合衆国フロリダ州で大型トラック運転手や少年野球スクールの主催をしている。1998年の横浜ベイスターズ優勝時にはお祝いのメッセージを送っている。
ノーヒットで家に帰ってくると妻はピザしか出さず、ヒットを1本打つごとにピザ以外のおかずが増えていって、猛打賞で帰ってくると凄いご馳走だったとの事。
2015年6月7日、DeNA対西武戦前の「レジェンドOB1打席対決」のために来日し、鹿取義隆からレフト前ヒットを放って後輩達を激励した[1]。
2017年11月23日、横浜スタジアムで改修工事が始まるのを記念して開催された「ハマスタレジェンドマッチ」のために再来日。TEAM YOKOHAMA軍の3番三塁でスタメン出場。2打数2安打、うち1本はライト線に先制打となるタイムリー二塁打をマークした。同月25日に横須賀スタジアムで開催された横浜DeNAベイスターズのファン感謝イベントである「ファンフェスティバル2017」のメインイベント「バラエティキックベースボール」のスペシャルゲストとしても登場した。
詳細情報[編集]
年度別打撃成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1985 | MIL | 21 | 66 | 62 | 4 | 10 | 2 | 0 | 1 | 15 | 5 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 9 | 4 | .161 | .169 | .242 | .411 |
| 1986 | 大洋 | 128 | 526 | 469 | 79 | 151 | 29 | 4 | 27 | 269 | 105 | 18 | 12 | 0 | 7 | 45 | 10 | 5 | 64 | 9 | .322 | .382 | .574 | .956 |
| 1987 | 130 | 550 | 492 | 75 | 159 | 31 | 4 | 35 | 303 | 98 | 9 | 2 | 0 | 4 | 46 | 16 | 8 | 73 | 5 | .323 | .387 | .616 | 1.003 | |
| 1988 | 130 | 557 | 497 | 79 | 145 | 25 | 6 | 33 | 281 | 102 | 5 | 5 | 0 | 6 | 49 | 3 | 5 | 69 | 12 | .292 | .357 | .565 | .923 | |
| 1989 | 130 | 562 | 512 | 69 | 135 | 33 | 7 | 24 | 254 | 81 | 12 | 6 | 0 | 9 | 33 | 2 | 8 | 91 | 11 | .264 | .313 | .496 | .807 | |
| 1990 | 15 | 60 | 57 | 3 | 11 | 3 | 2 | 0 | 18 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 1 | 12 | 0 | .193 | .233 | .316 | .549 | |
| MLB:1年 | 21 | 66 | 62 | 4 | 10 | 2 | 0 | 1 | 15 | 5 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 9 | 4 | .161 | .169 | .242 | .411 | |
| NPB:5年 | 533 | 2255 | 2027 | 305 | 601 | 121 | 23 | 119 | 1125 | 389 | 44 | 26 | 0 | 26 | 175 | 31 | 27 | 309 | 37 | .296 | .356 | .555 | .911 | |
- 各年度の太字はリーグ最高
タイトル[編集]
- NPB
表彰[編集]
- NPB
記録[編集]
- NPB初記録
- 初出場・初先発出場:1986年4月4日、対阪神タイガース1回戦(横浜スタジアム)、5番・三塁手として先発出場
- 初打席:同上、2回裏に池田親興の前に凡打
- 初安打・初打点:同上、3回裏に池田親興から適時2点三塁打
- 初本塁打:同上、4回裏に藤原仁から左越2ラン
- 初盗塁:1986年4月13日、対広島東洋カープ2回戦(横浜スタジアム)
- NPB節目の記録
- NPBその他の記録
- オールスターゲーム出場:1回(1988年)
背番号[編集]
- 7(1986年 - 1990年)
脚注[編集]
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 個人年度別成績 C.ポンセ - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の通算成績と情報 ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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