オカダ・カズチカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岡田かずちかから転送)
移動: 案内検索
オカダ・カズチカ
オカダ・カズチカ.jpg
プロフィール
リングネーム オカダ・カズチカ
岡田 かずちか
オカダ
オケイト
本名 岡田 和睦
ニックネーム レインメーカー
金の雨を降らせる男
オカダさん
New age star
超新星
身長 191cm
体重 107kg
誕生日 1987年11月8日(26歳)
出身地 愛知県安城市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 野球
陸上競技
トレーナー ウルティモ・ドラゴン
近藤修司
獣神サンダー・ライガー
デビュー 2004年8月29日
テンプレートを表示

オカダ・カズチカ(男性、1987年11月8日 - )は、日本プロレスラー愛知県安城市出身、本名は岡田 和睦(読みは同じ)。新日本プロレス所属。レインメーカー(Rain Maker)の異名で知られる。

来歴[編集]

プロ入り前 - 闘龍門時代[編集]

学生時代は野球に打ち込み、陸上では短距離100メートル走で愛知県大会1位を記録する。16歳でウルティモ・ドラゴン経営のプロレス学校、闘龍門に13期生として入学[1]

2004年8月29日、メキシコ・アレナコリセオにおけるネグロ・ナバーロ戦でデビュー[1]。同年12月のヤングドラゴン杯を制覇する[1]

2007年7月22日、「ウルティモ・ドラゴン20周年記念興行」に参戦し、獣神サンダー・ライガーミラノコレクションA.T.と組みTAJIRI折原昌夫大原はじめ組と対戦。試合に敗れた後、新日本プロレスに入団することを発表した[1]

新日本プロレスへ移籍・再デビュー[編集]

2007年8月に新日本へ移籍、8月26日の新日本の「LAST OF C.T.U」興行、内藤哲也戦でプレ再デビュー。2008年4月12日に石狩太一(現:タイチ)戦で正式に再デビューを果たした[1]

2009年5月5日、プロレスリング・ノアとの対抗戦に抜擢され、後藤洋央紀と組み杉浦貴青木篤志と対戦するも、惨敗。翌6日には新日本での試合を終えた後、天山広吉と共にNOAHに参戦。小橋建太伊藤旭彦組と対戦するが、この試合も敗北を喫した。6月20日には潮崎豪とシングルマッチで激突するも、ピンフォール負け。対NOAH戦3連敗という結果に終わった。

2010年1月19日、TNAへの無期限武者修行を発表[1]。31日に棚橋弘至を相手に壮行試合を行い、渡米する。

2011年1月4日、レッスルキングダムVで後藤洋央紀とのタッグで、杉浦貴、高山善廣組と対戦。高山のエベレストジャーマンで敗北を喫し、この試合後に再びTNAに遠征し、海外武者修行を継続。

2月、グリーン・ホーネットの登場人物であるカトーを真似たギミックであるオケイトへと変身。サモア・ジョーの助手として、ディアンジェロ・ディネロと抗争を展開する。5月に新日本プロレスのアメリカツアーのIWGPインターコンチネンタル初代王者決定戦トーナメントに参加。MVPと対戦するが、敗戦。

レインメーカーとして[編集]

入場時にばらまかれるレインメーカードル

同年12月、TNAでの武者修行を経て新日本に凱旋帰国。髪を金髪に染め上げ、ファイトスタイルも従来と比較すると、ヒール寄りのスタイルに変化。凱旋帰国後のインタビューでは「バケモノを越えた存在」「新日本に金の雨を降らせる」(入場時に自身の顔が入った紙幣をばらまく)と豪語し、自らを「レインメーカー」と称した[2]

2012年1月4日、レッスルキングダムVIの舞台でCMLLから凱旋帰国したYOSHI-HASHIとダブル凱旋帰国試合を行い、勝利を収める[1]。メインイベント終了後、IWGPヘビー級王座を保持する棚橋弘至の前に現われ、挑戦表明を行う[1]が、観客からブーイングで拒絶され、次期尚早というスタンスを取った棚橋から「IWGPは遠いぞ」「挑戦したいんだったら、力で上がってこい」と一蹴される[3]。しかし、翌日の会見でオカダはマネージャー外道を伴い、王座挑戦を改めてアピール。結果的に正式な選手権試合が組まれることになった。

2月12日、棚橋の保持するIWGPヘビー級王座に初挑戦。レインメーカーでピンフォールを奪い、中邑真輔に次ぐ史上2番目の若さで同王座に戴冠[1]。その後、3月4日後楽園大会の「新日本プロレス創立40周年記念興行」で内藤哲也を、5月3日にはNEW JAPAN CUP覇者の後藤洋央紀を相手に防衛に成功する。

6月16日大阪大会で棚橋を相手に3度目の防衛戦を行ったが敗戦。王座から陥落した。

8月、G1 CLIMAXに初出場。リーグ戦を1位で通過し、決勝戦でカール・アンダーソンと対決。この試合を制し、初出場・初優勝並びに史上最年少優勝記録を樹立[1]。試合後のインタビューで「翌年1月4日東京ドーム大会のメインイベントでのIWGPヘビー級王座挑戦」の確約を要求。後日の会見で、菅林直樹社長から東京ドームIWGPヘビー級王座挑戦権利書を授与される。

10月8日両国大会でアンダーソン、11月11日大阪大会で後藤洋央紀と挑戦権利証を賭けた試合でいずれも勝利を収めると、正式な挑戦者として受理。その日に王座を防衛した棚橋弘至に対して「これからは逸材に代わって、レインメーカーが新日本プロレスを引っ張っていきますんで、お疲れ様でした」と今年の1月4日東京ドーム大会で同王座の挑戦表明をした際に発した台詞で挑発した[4]

12月10日、東京スポーツ主催のプロレス大賞で最優秀選手賞(MVP)、ベストバウト賞を受賞した[5]。また、最優秀選手賞は1983年に受賞した初代タイガーマスク以来となる最年少タイ記録を更新した。また、日刊バトル大賞プロレス部門でも最優秀選手賞、殊勲賞、最高試合賞を受賞[6]し、前述のプロレス大賞と併せると五冠王に輝いた。

2013年以降[編集]

2013年1月4日、レッスルキングダム7のダブルメインイベントに登場し、IWGPヘビー級王座を賭けて、棚橋弘至と三度激突。互いのフィニッシュ・ホールドを巡る攻防の末、棚橋のハイフライフローで敗北。その後、一昨年より新日本に参戦している鈴木みのる率いる鈴木軍と抗争を展開。2月10日広島大会で鈴木と対戦するが、ピンフォール負けを喫し、シングル2連敗とスランプに陥る[7]

3月、「己に慢心があった」と分析したオカダは、ハングリー精神を取り戻すため、世田谷区内の高級住宅に引っ越し、家具も一新。高級車であるシボレー・コルベットを購入し、約1000万を散財をするという行動に出た[7][8]。11日に開催されたNEW JAPAN CUPでは、決勝戦で後藤洋央紀を下し優勝。4月7日両国大会でIWGP王者の棚橋と再戦。レインメーカーでピンフォール勝ちを収め、第59代王者に輝いた[7]。8月18日、凱旋帰国後、初の他団体としてDDTプロレスリングに参戦。「両国ピーターパン2013」にて飯伏幸太とシングルマッチで対戦し、勝利を収めた。

2014年5月3日、レスリングどんたく2014にて、AJスタイルズに敗れ、長らく保持し続けたIWGP王座から陥落する[9]。5月25日、BACK TO THE YOKOHAMA ARENAにて、王座奪還に向けてAJスタイルズと対戦した。BULLET CLUB高橋裕二郎の介入もあったが、前の試合で裕二郎に奇襲された石井智宏が迎撃した。しかし、AJのブラディーサンデーからのスタイルズクラッシュを受けて敗北。王座奪還はならなかった[10]

8月10日、G1 CLIMAX 24西武ドーム大会の決勝戦で同門のCHAOSの中邑真輔と対決し勝利し2度目のG1制覇を果たした[11]

得意技[編集]

レインメーカー・ポーズを決めるオカダ・カズチカ

フィニッシュ・ホールド[編集]

レインメーカー
レインメーカー
凱旋帰国後のオカダのオリジナルにして代名詞的なフィニッシュ・ホールドで、所謂変形のショートレンジ式アックスボンバー[12]
ジャーマン・スープレックスの要領で相手の腰に手を回し、左手で掴み取った相手の右腕を引っ張った勢いで体を向き合わせ、自身の右腕を相手の喉元に目掛けて叩き付ける。日本に凱旋してからの最初の試合では、フライング・ネックブリーカー・ドロップの様な形で披露されたが、以降フォームの修正が成されて現在の型となる。
天を仰ぐように両腕を広げた通称「レインメーカー・ポーズ」で観衆を煽ってから、相手の背後に忍び寄り、放っていくのが定番のムーブであったが、この技を危険視する選手が増え始め、かわされる事も多くなっている。
その為、対戦相手との技の読み合い(かわし合い)からの流れで放っていくケースや、下述のドロップキック→ツームストーン・パイルドライバーのコンボから繰り出される事も多々ある。2013年10月14日のIWGP戦では、逆さ押さえ込みの導入部分の体勢から、右腕のフックを外し、相手と向かい合わせになったところを放っていく型を披露した。
2014年8月10日のG1 CLIMAX24優勝決定戦では正面から引き込む型を披露した。

打撃技[編集]

ドロップキック
新人時代から愛用し続けているオカダを象徴する技の一つ。
身体能力を生かした高い打点とフォームの美しさが特徴で、走り込んできた相手に向かって放つカウンター式やトップコーナー上に座らせた相手に向けて放ち、場外へと転落させる型などを得意としている。
相手に向かって走り込み、腹部に向かって突き上げるように放つドロップキック「ジョン・ウー」も得意としている。
エルボー・スマッシュ
振り抜き式とかち上げ式を二種類に使い分けている。
フロントハイキック
蹴りを見舞おうとした相手の足を捕らえた後、一回転させて正面に向き直った相手に対して、間髪入れずに放っていく。
ロープ際に相手をフライングメイヤーでダウンさせた後、ロープに走り込んで側頭部に向かって放つ低空式も使用する。

投げ技[編集]

ツームストーン・パイルドライバー
相手を逆さまにして持ち上げて抱え込み、そのまま相手を頭頂部からマットへ激突させる。ヒールターン後に首殺しの一環として使用し始めた技。タイトルマッチの際は場外で繰り出す荒技を敢行することもある。
ゴッチ式ツームストン・パイルドライバー
2013年5月、対鈴木みのるのIWGP戦では通常のツームストンの体制から股をクラッチするように持ち替えて落とすタイプを披露した。みのるのゴッチ式パイルドライバーを意識して繰り出した技なので便宜上ゴッチ式ツームストンパイルドライバーと呼称されている。オカダは2013年のIWGP防衛戦後のインタビューでは「もうあの技、やることはないでしょう」と答えていたが、2014年8月のG1でのみのる戦でも再び繰り出している[13]
リバースネックブリーカー
変型のリバースゴリースペシャルボム。こうもり吊りの要領で相手を抱え上げ相手の後頭部を右腿に密着させ、自らの左膝から勢いよくマットにつくように腰を下ろし、首にダメージを蓄積させる。1月4日のYOSHI-HASHI戦では抱え上げた状態から尻餅をつき、相手の後頭部を自らの右腿に叩きつける変形のシュバインという形で披露されている。
ヘビーレイン
ファイヤーマンズキャリーの要領で担ぎあげた後、相手の足を跳ね上げてからエメラルド・フロウジョンのような形で後頭部から背中にかけてマットに落とす。
太陽ケアのフィニッシュ・ホールドであるTKO34thと同形。主に大一番の試合の際に見かけられる技。
ジャーマン・スープレックス・ホールド
新人時代のフィニッシュ・ホールド。レインメーカー習得後は「体が固いから」[14]という理由で使用を控えていたが、2014年3月6日の飯伏幸太戦で久々に披露。以降、この技が返されたとき即座に左手で相手の右手首を掴み取り、レインメーカーに移行するなど新たなフィニッシュパターンとして確立させている。
DDT
前述のリバースネックブリーカーやDIDに並ぶ首殺しの一環に使用される技。大一番の際は、場外の鉄柵に相手の足を掛けて繰り出すパターンも見られる。
フラップジャック
チェンジ・オブ・ペースとして使用。相手がロープへ走るのを見計らいながら放つ型を好んで使っている。
変形大外刈り
柔道の大外刈りの応用で、カウンターで使用することもある。現在は使用していない。

締め技・関節技[編集]

DID (DEEP IN DEBT)
「借金で首が回らない」の意。相手の両腕を膝で絡めて封じこみ、自らはマットに背中をつき、四つん這いになるように引き起こされた相手の首を締め上げるサブミッション。
レッドインク
相手の足をクロスさせてから極める変型のキャメルクラッチ
赤字」の意で、そこから転じて「これで終わり」という意味が込められており、「鈴木軍を壊滅させる為につくった」とインタビューで語っている[15]

飛び技[編集]

クリス・セイビンにダイビング・エルボードロップを決めようとするオカダ
ダイビング・エルボードロップ
滞空時間と高さがある。この技から相手の背後に周り、「レインメーカー・ポーズ」を決め、レインメーカーを繰り出すなど主に布石として使用している。
セントーン・アトミコ
2013年から使用。通常はコーナートップから前方回転で浴びせる技だが、オカダはエプロンからトップロープを飛び越え放つ。
トペ・コン・ヒーロ
若手時代からの得意技。凱旋帰国後は、ごく稀に使用する[16]
ミサイルキック
コーナーポスト上から飛んで、相手を両足裏で蹴り飛ばす。長身のため、非常に高さがある。
凱旋試合ではさらに滞空時間が増したが、通常のドロップキックでも強烈なインパクトなためか以降使われていない。

入場テーマ曲[編集]

  • RAIN MAKER
自身の必殺技、ニックネームと同名の凱旋帰国後のテーマ曲。2012年1月 - 現在まで使用。
前奏付きでアレンジが施されているテーマ曲は「RAIN MAKER-20130104-」の名称で知られており、2013年1月4日に初披露となっている。
  • Kick it, that makes funk me
2008年4月 - 2010年1月まで使用。
2007年8月まで使用。
最初期のテーマ曲。

タイトル[編集]

闘龍門
  • ヤングドラゴン杯 優勝(2004年)
第57代王者時代
新日本プロレス
プロレス大賞
  • 2012年度プロレス大賞 最優秀選手賞
  • 2012年度プロレス大賞 年間最高試合賞(6月16日大阪府立体育会館、IWGPヘビー級選手権試合、オカダ・カズチカ vs.棚橋弘至)
  • 2013年度 最優秀選手賞
日刊バトル大賞 プロレス部門
  • 2012年度 最優秀選手賞
  • 2012年度 殊勲賞
  • 2012年度 最高試合賞(2月12日大阪府立体育会館、IWGPヘビー級選手権試合、棚橋弘至 vs.オカダ・カズチカ)

イメージキャラクター[編集]

ドラマ出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年8月21日閲覧。
  2. ^ 【1.4東京ドームまで7日!】YOSHI-HASHIが“CHAOS”入り宣言! オカダはふてぶてしく“頂上獲り”断言!! ダブル凱旋帰国インタビュー 新日本プロレス公式ウェブサイト
  3. ^ 新日本プロレス「NJPW 40th anniversary Tour.レッスルキングダムVI in 東京ドーム」 第11試合 スポーツナビ
  4. ^ オカダが次期挑戦者に正式決定!前回と同じフレーズで王者・棚橋を挑発!/勝利者セレモニー 新日本プロレス公式ウェブサイト
  5. ^ 「プロレス大賞」MVPにオカダ ベストバウトも受賞 東スポWeb - 東京スポーツ新聞社
  6. ^ オカダ3冠「普通のこと」/バトル大賞 nikkansports.com
  7. ^ a b c オカダ貯蓄ゼロ「無一文」で完全復活”. 東スポWeb - 東京スポーツ新聞社. 2013年8月21日閲覧。
  8. ^ BT04-002 第59代IWGPヘビー級王者 オカダ・カズチカ キング オブ プロレスリング トレーディングカードゲーム
  9. ^ 高木裕美 (2014年5月4日). “オカダがAJに敗れまさかのIWGP転落 中邑がグレイシーと12年越しリベンジ戦へ”. スポーツナビ. 2014年5月4日閲覧。
  10. ^ 新日本プロレス「BACK TO THE YOKOHAMA ARENA」”. スポーツナビ. 2014年5月26日閲覧。
  11. ^ オカダ・カズチカ完全復活 同門・中邑下しG1制覇 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社 2014年8月12日閲覧。
  12. ^ 参考文献「週刊プロレス」2012年3月14日号
  13. ^ 参考文献「週刊プロレス」2014年8月27日号 pp19
  14. ^ ニコプロ生放送2013年12月27日放送分より
  15. ^ 東京スポーツ 3/8より引用。
  16. ^ 同じくトペを使うプリンス・デヴィットやCMLL勢とのビッグマッチ等。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]