新宿ゴールデン街

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新宿ゴールデン街
—  飲食店街  —
G2通りに設置されている新宿ゴールデン街の看板
(花園交番通りの公道上より撮影)
新宿ゴールデン街の位置(東京23区内)
新宿ゴールデン街
新宿ゴールデン街
新宿ゴールデン街の位置
日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京都
市区町村 Flag of Shinjuku, Tokyo.svg 新宿区
面積
 - 計 0.00661157km2 (0mi2)
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 160-0021
市外局番 03
ナンバープレート 練馬

新宿ゴールデン街(しんじゅくゴールデンがい)は、東京都新宿区歌舞伎町1丁目にある飲食店街。

概要[編集]

夜のG2通り(花園交番通りの公道上より撮影)

東京都新宿区に所在する飲食店街である。およそ2000坪ほどの狭い区画に低層の木造長屋が連なっており、200軒以上の小さな飲食店が密集している。文壇バーなど個性豊かな店も多く、常連客として作家編集者映画監督俳優といった文化人が多く集まることで知られている。このような背景から、東京におけるサブカルチャーアングラ芸術の発信地のひとつとなっている。

1980年代後半のバブル景気の最盛期には激しい地上げに見舞われたが、飲食店の店主ら有志が「新宿花園ゴールデン街を守ろう会」を結成し、団結して地上げや再開発への反対運動を展開した。1990年代に入るとバブル崩壊により地上げは終息したが、地上げに屈して閉店した空き店舗が多数放置され、一時は客足も滞ったことから、さながらゴーストタウンのようになった。そのため、飲食店により構成される組合が中心となり、街の活性化やインフラストラクチャーの整備などを推進してきた。2000年代に入ると新規出店が相次ぐようになり、客足も戻ったことから、再び活気を取り戻した。近年では、ヨーロッパなど欧米からの観光客が、多く訪れることでも知られている。

なお、区画内の路地私道であるため、路上での写真や動画の撮影には所定の手続きが必要とされている。

地理[編集]

新宿ゴールデン街周辺の地図

新宿ゴールデン街は、東京都新宿区の一角にある飲食店街である。花園神社にほど近く、第二次世界大戦後に建てられた木造長屋建ての店舗が、狭い路地をはさんでマッチ箱のように並んでいる。東を花園交番通り、西を四季の道、南を東京電力角筈変電所、北をテルマー湯に囲われた区画である。区画内の路地には、それぞれG1通り、G2通り、あかるい花園一番街、あかるい花園三番街、あかるい花園五番街、あかるい花園八番街、まねき通りといった名称がつけられている[1][2]。もともとは、G1通りとG2通りのみがゴールデン街と呼ばれていたが、この名が全国的に有名となったことから、現在は区画一帯を総称して新宿ゴールデン街と呼んでいる。

あかるい花園一番街より北側の店舗は新宿三光商店街振興組合を組織しており、南側の店舗は新宿ゴールデン街商業組合を組織している。新宿三光商店街振興組合のエリア内の路地は全て私道であるため、路上での無断撮影は禁じられており、撮影時は事前申請のうえ腕章着用など所定の手続きが必要となる[3][4]。近年では、私有地であるはずの路上にて、無許可で写真や動画の撮影を行う者がおり、問題となっている。ただし、新宿三光商店街振興組合に加盟する店舗の者に頼んで、スナップ写真記念写真などを直接撮影してもらう場合は、申請が不要とされている[4]。ただ、その場合も、当該写真を商用利用する場合は、申請が必要となる[4]。なお、路上ではなく店舗内での撮影については、店舗側の許諾を得れば問題ないとされている[4]

なお、新宿ゴールデン街の区画全体が、花園神社の氏子地域となっている。そのため、花園神社の神札熊手を祀る店舗が多い。

沿革[編集]

前史[編集]

新宿ゴールデン街の起源は、太平洋戦争終結後の混乱期にできた闇市を端緒とする[5][6]。当時の東京都淀橋区四谷区(いずれも現在の新宿区)周辺では闇市が軒を連ねており、新宿駅の東側には関東尾津組による「新宿マーケット」が広がっていた[5][6]。その後、新宿マーケットは屋台を中心とした飲み屋街に変貌し、「竜宮マート」と呼ばれるようになった[5][6]。しかし、1949年連合国軍総司令部が闇市撤廃を指示するに至り[5]東京都庁警視庁は各店舗に対して翌年までの移転を命じた[6]。それにともない、闇市の各店舗は、代替地として新宿区三光町(現在の歌舞伎町1丁目と新宿5丁目の一部)の一帯に移転することになった[5][6]。この一帯が、のちに新宿ゴールデン街と呼ばれるようになる。

青線地帯[編集]

当時の三光町は繁華街から離れた場所であり、ほとんどの店が飲食店の名目で赤線まがいの営業をしていた。風俗営業法の許可を取らないもぐり営業のため、俗称で青線と呼ばれた。歌舞伎町付近にはこれ以外にも青線が集まっており、都内でも有数の売春街であった。しかし、1958年売春防止法施行により、青線営業を行っていた店は全て廃業した。

文化人の街[編集]

新宿ゴールデン街の航空写真(1975年1月20日撮影)
昼の新宿ゴールデン街
ネオンが煌めく夜の新宿ゴールデン街
夜のあかるい花園五番街(花園交番通りの公道上より撮影)

1958年の売春防止法施行後は飲み屋が密集する街となり、「新宿ゴールデン街」と呼ばれるようになった。なお、1978年住居表示実施にともない、従来の三光町という地名は消滅し、歌舞伎町1丁目と新宿5丁目とに分割再編された。新宿ゴールデン街を含む一帯は、歌舞伎町1丁目の一部となった。

新宿ゴールデン街の店は、文壇バー、ゲイバー(特に女装バー)、ボッタクリバーの3つに分類できるとも言われた。店内は3坪または4.5坪と狭く、カウンターに数人並ぶと満席になる。文壇バーには、作家やジャーナリスト編集者らが集まり、熱い議論や喧嘩を繰り広げる場所でもあった。バーが営業を始める時刻以降に行けば、誰かしら著名ライターに逢える地域でもある。1976年には、小説家中上健次が第74回芥川龍之介賞を、ノンフィクション作家佐木隆三が第74回直木三十五賞を、それぞれ同時に受賞したが(いずれも1975年度下半期受賞)、両名とも新宿ゴールデン街の常連客だったため、この街の名が全国的に報道された[5][6]。その結果、新宿ゴールデン街は文化人の集う街として広く知られるようになり[5][6][7]、「文化人たらんとする人間にとってゴールデン街に馴染みの店を持つことは必須」[5]とまで言われるようになった(なお、常連達によって話されている内容は非常に専門的であることを覚悟して行く必要がある)。また、作家、ジャーナリスト、編集者といった文筆業関係者だけでなく、映画監督劇団演出家、男優、女優、モデルなどにも常連客が多かった。

このころの常連客としては、漫画家赤塚不二夫富永一朗[8]滝田ゆう[9]画家岡本太郎[8]イラストレーター黒田征太郎[10]デザイナー長友啓典[11]工芸家由水常雄[12]作曲家武満徹[10]詩人清水昶[13]、小説家の色川武大開高健[11]田中小実昌[14]長谷川四郎[15]団鬼六[16]志茂田景樹[17]北方謙三[18]大沢在昌[18]矢野徹[19]吉行淳之介[20]安岡章太郎[20]遠藤周作[20]瀬戸内寂聴[21]野坂昭如[22]、映画監督の大島渚若松孝二[10][23]撮影監督姫田真佐久[24][25]、演出家の唐十郎[11]、俳優の菅原文太原田芳雄[26][27]石橋蓮司[26][28]松田優作[26][27]緑魔子[28]高田純次[29]落語家初代林家三平[30]歌手なぎら健壱[31]評論家目黒考二[32]、などが知られている。さらに、編集者の岡留安則[33]ジャーナリスト立花隆[34][35]声優柴田秀勝[36]外波山文明[37][38]コメディアン内藤陳[18][34]、といった著名人が経営するバーも数多く営業していた。また、新宿ゴールデン街のバーで働いていた者の中からも、歌人俵万智[39]、小説家の馳星周[18][34]、といった著名な活躍をする者が現れた。日本国外からも文化人が集まるようになり、特に映画監督のクリス・マルケル[40]ヴィム・ヴェンダース[40][41]侯孝賢[40]テオ・アンゲロプロス[40]、にいたっては、来日する度に必ず毎回新宿ゴールデン街を訪れるほどであった。

このように、多様な文化人が集まったことから、サブカル文化やアングラ芸術の発信地となっている。この街を嚆矢とする文化、生活習慣、芸術運動なども多く、レンタルカフェPicture Yourself Sound Schoolなどが挙げられる。なお、文化人だけでなく政界財界の関係者も数多く通っており、実業家田辺茂一[30]労働運動家山岸章[17]、などが常連として知られている。さらに、政治活動家東郷健が経営するバーも存在した[42]。また、バーを経営していた長谷百合子第39回衆議院議員総選挙で当選するなど[43]政治家として活躍する者も現れた。

地上げと再生[編集]

新宿ゴールデン街の航空写真(2009年4月27日撮影)
昼のG2通り(花園交番通りの公道上より撮影)
夜のあかるい花園三番街(花園交番通りの公道上より撮影)

1980年代にはバブル景気により日本の地価が急騰し、新宿ゴールデン街においても再開発の噂が囁かれるようになった[44][45]土地の買い占めを狙う地上げ屋が出没し、新宿ゴールデン街一帯は激しい地上げに晒されることになった。既存店舗のオーナーらは地上げに反対する動きを見せ、双方の対立が深刻化した。1986年には不審火騒ぎが起きるに至り[44]、危機感を抱いた既存店舗のオーナーらは「新宿花園ゴールデン街を守ろう会」を結成し[44][46]、地上げや再開発に反対する活動を展開した。新宿ゴールデン街では土地や建物の権利関係が極めて複雑なため、守ろう会では、まず法務局に通って土地や家屋の権利者を一件ずつ確認する作業から始めるなど[47]、地道な反対活動を続けていった。一方で、守ろう会の代表がオーナーを務める店は、その後、何度も不審火の被害に遭った[48]。だが、店の焼け跡に椅子を並べて露店にし、焼け残った冷蔵庫内のビールとつまみのみで営業再開したところ、他店から料理や酒の差し入れが相次ぎ、火災見舞いに訪れた常連客に加えて通りがかりの人も交え、オーナーを励ます宴会が開催されたという[48]

この街に愛着を持つ者も多く、現在でも1950年代の雰囲気を残す場所として残そうという動きが続いた。バブル崩壊により地上げは終わったが、今度は地上げにより閉店した店がほったらかしの状態になった。景気も悪くなり客足もさらに遠のき、ゴーストタウンのようになった。しかし、店のオーナーらが団結し、区に道路、下水、ガスなどのインフラ整備を申し入れたため、区の支援を受けて大規模な整備が行われた。このインフラ整備により、若者たちが新たな店を出すようになり、再び空き店舗がどんどん減っていった。店のオーナーらが団結し、客足がもどるような活動を展開した。その結果、新宿ゴールデン街が再び生まれ変わった。このころの常連客としては、漫画家の井上和郎[49]安倍夜郎[50]、小説家の樋口毅宏[51]矢月秀作[52]柳美里[53]梁石日[53]翻訳家柳下毅一郎[50]、評論家の町山智浩[50][51][54]、映画監督の園子温[51]カルロス・ベルムト[55]脚本家向井康介[51]アートディレクター高橋ヨシキ[51]音楽家中原昌也[51]お笑い芸人水道橋博士[51]、などが知られている。また、新宿ゴールデン街のバーで働いていた者の中からも、小説家の李良枝[56]、俳優の野見隆明[57][58]アイドル水野しず[59]、アコーディオニストの小春[60][61]、といった著名な活躍をする者も現れた。

2016年4月12日13時30分頃に、この新宿ゴールデン街内の木造2階建ての建物が燃え、この影響で店舗兼住宅など3棟、およそ300平方メートルが焼ける火事が発生した[62]。火元となった2階建ての建物は築数十年経っていて、老朽化していた[63]。なお、4月12日の夜はいつものように営業する店があった一方、この火事での「焦げ臭いにおい」の影響によって、営業を取りやめる店もあった[64]。4月13日、警視庁は防犯カメラの映像から住所不定無職の66歳のホームレスの男を、建造物侵入の疑いで逮捕したことを発表[65]。捜査関係者によれば、火元になっていた建物の2階にあるはずの火災報知器が、改装工事のため、取り外されて、作動しなかったという[66]

2017年5月9日、東京地方裁判所での初公判で非現住建造物等放火と建造物侵入の罪に問われた男は警察の取り調べて認めていた放火を否認、建物への侵入は認めた[67]。弁護側は火災の原因を火の不始末や電気やガスだと主張したが7月20日、求刑懲役4年に対して懲役3年6ヶ月の実刑判決を言い渡した。駒田秀和裁判長は「建物に侵入した時点では異常がなく、ほかの人物による放火の可能性はない」として放火の無罪主張を退け、200軒以上の飲食店が軒を連ねている場所で不特定多数の人に被害が及ぶ可能性もあったとした[68]

登場作品[編集]

夜のあかるい花園一番街(花園交番通りの公道上より撮影)

映画[編集]

  • いまおかしんじ監督『つぐない――新宿ゴールデン街の女』 - 新宿ゴールデン街を舞台としている
  • 広崎哲也監督『さらばゴールデン街』 - 新宿ゴールデン街を舞台としている

漫画[編集]

音楽[編集]

テレビゲーム[編集]

働いていた人物[編集]

夜のあかるい花園五番街(花園交番通りの公道上より撮影)
昼のあかるい花園五番街(花園交番通りの公道上より撮影)

新宿ゴールデン街で働いていた経験を持つ人物を五十音順に記載し、括弧内に代表的な職業を併記した。ハイフン以降は新宿ゴールデン街での主要な職歴を記載した。なお、現職、元職、双方を記載しているため、現時点では働いていない者も含んでいるため注意されたい。

このほか「The OPEN BOOK」を田中小実昌の孫で田中りえの息子である男性が経営[9]

脚注[編集]

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  1. ^ 新宿三光商店街・ゴールデン街全店舗配置図2014年11月25日
  2. ^ 「店舗検索」『新宿ゴールデン街』誠美興業。
  3. ^ 「撮影について――申請が必要です。」『新宿三光商店街振興組合 公式HP 新宿ゴールデン街.jp』新宿三光商店街振興組合。
  4. ^ a b c d 「撮影に関して」『ゴールデン街とは|ザ・ゴールデン街』UNI。
  5. ^ a b c d e f g h 「ゴールデン街の歴史」『新宿ゴールデン街』誠美興業。
  6. ^ a b c d e f g 「街の歴史」『ゴールデン街とは|ザ・ゴールデン街』UNI。
  7. ^ 小川美千子文「人がいて酒がある光と闇の興亡史――木造酒場をめぐる夢のあとさき」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、125頁。
  8. ^ a b 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、201頁。
  9. ^ a b 朝日新聞「be」 2017年9月9日 6面
  10. ^ a b c たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、58頁。
  11. ^ a b c 「お酒の呑み方、付き合い方」『【産経抄】お酒の呑み方、付き合い方 3月6日(1/2ページ) - 産経ニュース産経デジタル2017年3月6日
  12. ^ 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、122頁。
  13. ^ 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、117頁。
  14. ^ たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、48頁。
  15. ^ たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、50頁。
  16. ^ 小川美千子文「3坪ほどの店内には対局室だってちゃんとある――一歩」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、55頁。
  17. ^ a b 志茂田景樹志茂田景樹さんのツイート: "これが一期一会かなあ。お会いしたのはたった1度。当時たまに覗いたゴールデン街の花の木のママから「貴方の本をいつも鞄に入れているお客がいます。今度一緒になったらサインをしてあげて」それから大分経って「こられています」。名刺を貰うと新聞等で時折見る名だった。山岸章さんのご冥福を祈る。"ツイッター2016年4月16日
  18. ^ a b c d e f 山田洋介インタビュー・記事「『アンタッチャブル』著者馳星周さん」『『アンタッチャブル』著者 馳星周さん bestseller's interview 第70回オトバンク
  19. ^ なぎら健壱『東京酒場漂流記』筑摩書房1995年、293頁。
  20. ^ a b c 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、200頁。
  21. ^ 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、200-201頁。
  22. ^ 立花隆「フランス・ユマニスムの精神」『文藝春秋』94巻9号、文藝春秋2016年6月1日、78頁。
  23. ^ たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、109頁。
  24. ^ たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、56頁。
  25. ^ たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、85頁。
  26. ^ a b c たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、90頁。
  27. ^ a b たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、91頁。
  28. ^ a b たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、103頁。
  29. ^ 「新宿ゴールデン街」『じゅん散歩テレビ朝日2016年4月29日
  30. ^ a b 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、202頁。
  31. ^ なぎら健壱『東京酒場漂流記』筑摩書房1995年、288頁。
  32. ^ なぎら健壱『東京酒場漂流記』筑摩書房1995年、290頁。
  33. ^ a b 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、323頁。
  34. ^ a b c d e f 小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、25頁。
  35. ^ a b 立花隆「フランス・ユマニスムの精神」『文藝春秋』94巻9号、文藝春秋2016年6月1日、77頁。
  36. ^ a b c 突風柴田秀勝
  37. ^ a b c クラクラ紹介』劇団椿組。
  38. ^ a b 川口有紀文「古き良きゴールデン街がここに――クラクラ」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、36頁。
  39. ^ a b 川口有紀文「古き良きゴールデン街がここに――クラクラ」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、37頁。
  40. ^ a b c d たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、108頁。
  41. ^ たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、111頁。
  42. ^ a b 小川美千子文「人がいて酒がある光と闇の興亡史――木造酒場をめぐる夢のあとさき」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、124頁。
  43. ^ a b 私のことはせゆり子
  44. ^ a b c 奥山彰彦、草原克芳・塚田吉昭インタビュー「東京ガラパゴス・タウン――新宿ゴールデン街が見ていた戦後日本」『カプリチオ』35号、二都文学の会、2011年7月6日、5頁。
  45. ^ 時田慎也「新しいスタイルのバーも人気です――新宿ゴールデン街、今昔物語」『ほぼ別世界講座 (13) 新しいスタイルのバーも人気です--新宿ゴールデン街、今昔物語 | マイナビニュースマイナビ2009年2月18日
  46. ^ 奥山彰彦、草原克芳・塚田吉昭インタビュー「東京ガラパゴス・タウン――新宿ゴールデン街が見ていた戦後日本」『カプリチオ』35号、二都文学の会、2011年7月6日、1頁。
  47. ^ 小川美千子文「地上げも火災も乗り越えたママの元気に乾杯――○羅治」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、106頁。
  48. ^ a b 小川美千子文「地上げも火災も乗り越えたママの元気に乾杯――○羅治」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、107頁。
  49. ^ 井上和郎井上和郎さんのツイート: "@hal2nullpo ゴールデン街のとある店ではそればっかり飲んでますw よし、今度自作してみます!"ツイッター2012年5月5日
  50. ^ a b c 町山智浩「シネハスキラキラ深夜食堂東郷柳下豪トライガン郷太の日」『映画評論家町山智浩アメリカ日記はてな2010年1月15日
  51. ^ a b c d e f g 町山智浩・告知用町山智浩・告知用さんのツイート: "新宿ゴールデン街 Barダーリンー&スナックハニー。園子温、水道橋博士、高橋ヨシキ、向井康介、樋口毅宏、中原昌也、町山智浩、後から大月俊倫プロデューサー… RT @yuuyaouji: http://t.co/MXi34Oef"ツイッター2012年11月15日
  52. ^ 坂本勝『坂本勝さんのツイート: "10年くらい前矢月秀作氏と流民でだらだら飲んでて急遽謎のダンスユニット「ヱグザ・イル」を結成したことを思い出した。ちなみに矢月氏がヱグザで私がイル。当然、活動開始前に惜しまれながら活動停止。"ツイッター2016年5月6日
  53. ^ a b 渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、227頁。
  54. ^ 赤江珠緒 たまむすびTBSラジオ2016年4月12日
  55. ^ 関原のり子「『日本文化は僕の血肉』――映画監督、カルロス・ベルムトさん」『「日本文化は僕の血肉」 映画監督、カルロス・ベルムトさん |エンタメ!|NIKKEI STYLE日本経済新聞社日経BP2016年2月15日
  56. ^ a b 渡辺ナオ「新宿ゴールデン街、三度目の変化の時期に」渡辺英綱『新宿ゴールデン街物語』講談社2016年、331頁。
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  74. ^ 酒漫「無礼講第五夜『ゴールデン街在住! 井上和郎先生&ただの酒好き!? 山田一喜先生登場!』」『無礼講第五夜『ゴールデン街在住!井上和郎先生&ただの酒好き!?山田一喜先生登場! 』: 酒マン~アラフォー漫画家たちの酒浸りな漫談~シーサー2016年2月1日
  75. ^ 井上和郎井上和郎さんのツイート: "月曜G街5番街AZITO、バーテンの日でやす。ちょい遅れて19時半頃からになりやす。秋の連休、ヒマしてる人は飲みに来るといいよ!あと、本日の「ダラッと映画観ながら酒でも飲もうぜ大会」は俺セレクションとなっております。こちらもよろしく。"ツイッター2015年9月14日
  76. ^ スタンリー@金曜ロードSHOW! 公式『スタンリー@金曜ロードSHOW! 公式さんのツイート: "「山能寺」の住職・円海さんを演じた声優は井原啓介さん。CMでも活躍する俳優さんで、なんと新宿ゴールデン街のあるお店のマスターさんだったそうですぅー。 「シティーハンターSP」や「金田一」にも出演されていましたぁ😆その道を究めたような飄々とした住職の声…素敵ですぅー😆💖 #井原啓介 https://t.co/CAgAEbtvRg"ツイッター2017年4月7日
  77. ^ a b c d e f NORICO「ゴールデン街探訪〜マチュカ・バー〜」『⊂[TOTE | COLUMN | わたくしごとですが]』TOTE。
  78. ^ a b 奥山彰彦、草原克芳・塚田吉昭インタビュー「東京ガラパゴス・タウン――新宿ゴールデン街が見ていた戦後日本」『カプリチオ』35号、二都文学の会、2011年7月6日、4頁。
  79. ^ 「奥亭――ゴールデン街に開店して今年で30周年」『奥亭日本テレビ放送網
  80. ^ 小川美千子文「懐かしくて新しいネオノスタルジックな空間――奥亭」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、102頁。
  81. ^ 九龍ジョー九龍ジョーさんのツイート: "皆様の年の瀬タスクも一段落するのではないかと思われる今週金曜夜、新宿ゴールデン街のHAPPYという店で21時~朝まで一日店長をします! チャージなし一杯500円キャッシュオンという超お気軽会計なので、忘年会帰りにでもふらっと寄っていただければ! まったく面識ない方でも大歓迎です~"ツイッター2015年12月23日
  82. ^ くさのなつかくさのなつかさんのツイート: "あっした(日付的にはきょう)24時からシャドウ2階の珍呑(ゴールデン街三番街)で働きますからねー。毎週水曜日ねー。あそびにきてよねー。不安だから!ご常連のかたがひとりでもいたら超安心するだよ私。もちろんご常連でなくとも。お会いしたことがあるかた、ぜひ。お会いしたことないかたも🍥"ツイッター2017年7月19日
  83. ^ 川口有紀文「ゴールデン街にシャンソンの響き――ソワレ」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、89頁。
  84. ^ a b 川口有紀文「話題のロリータ・クラシックユニットが経営――すみれの天窓」小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、78頁。
  85. ^ a b 大塚幸代「超初心者のための新宿ゴールデン街入門!」『@nifty:デイリーポータルZ:超初心者のための新宿ゴールデン街入門!ニフティ
  86. ^ 大塚幸代「超初心者のための新宿ゴールデン街入門!」『@nifty:デイリーポータルZ:超初心者のための新宿ゴールデン街入門!ニフティ
  87. ^ 「東陽片岡氏がマチュカで、おスナックナイト第3だん!!」『東陽片岡氏がマチュカで、おスナックナイト第3だん!! | マチュカバー』マチュカ・バー、2010年10月20日
  88. ^ たむらまさき青山真治『酔眼のまち――ゴールデン街 1968〜98年』朝日新聞社2007年、49頁。
  89. ^ 新宿ゴールデン街シャドウ・珍呑『新宿 ゴールデン街 シャドウ・珍呑さんのツイート: "7月12水曜日 23時~6時珍呑 新企画イベント 『俺が珍ドン!』 第一回はドン•アントニオ(ノンフィクション作家の豊田正義氏) に1日店長をお願いしました。"ツイッター2017年7月8日
  90. ^ 小川美千子・川口有紀執筆『新宿ゴールデン街・花園街案内』ダイヤモンド社2008年、42頁。
  91. ^ CAMBIARE『CAMBIAREさんのツイート: "ゴールデン街三番街カンビアーレ☆オープンしました☆ 今夜は柳下毅一郎氏が一日店長! @kiichiro カウンターに入ってシェイカー振ったりお酒作ったり出したり飲んだりしますので是非飲んだくれて騒ぎに来て下さい〜! https://t.co/37U4mkGRSD"ツイッター2016年12月16日

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外部リンク[編集]

座標: 北緯35度41分38秒 東経139度42分17秒 / 北緯35.69389度 東経139.70472度 / 35.69389; 139.70472