関東尾津組

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関東尾津組(かんとうおづぐみ)は東京都新宿区に本拠を置いた的屋暴力団

歴史[編集]

全日本飯島連合会 飯島一家小倉二代目の尾津喜之助が結成した。終戦直後の混乱に乗じて新宿駅東口を不法占拠し、1945年8月20日には新宿マーケット(「尾津マーケット」とも)を開店した。「光は新宿より」というキャッチフレーズとともに新宿マーケットは約7万人の商店主および商店関係者を傘下に収め隆盛を極めた。なお、新宿駅西口線路沿いには安田組の安田マーケット(民衆市場)が、南東口近辺には和田組の和田マーケットが同様に不法占拠によって闇市を開いている。しかし昭和30年代なかばに始まった新宿駅付近の大規模復興計画と軌を一にして関東尾津組は急速に勢力を落とした。1957年(昭和32年)には傘下組織の武田組武田一郎組長)と安藤組が抗争事件を起こしたことも凋落の一因になった。尾津は全日本飯島連合会の会長も勤めていたが、日本経済の復興により闇市は衰退し、関東尾津組は解散に至った。