新宿の女

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新宿の女
藤圭子シングル
収録アルバム 新宿の女/“演歌の星”藤圭子のすべて
B面 生命ぎりぎり
リリース
ジャンル 演歌
レーベル RCA日本ビクター
作詞・作曲 石坂まさを、みずの稔
チャート最高順位
藤圭子 シングル 年表
新宿の女
(1969年)
女のブルース
1970年
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新宿の女」(しんじゅくのおんな)は、1969年9月に藤圭子がリリースしたシングル。発売元はRCA日本ビクター[1]

解説[編集]

作詞は石坂まさをとみずの稔の共作[2]、作曲が石坂まさをによる、藤圭子のデビューシングル。当時のフレーズは「演歌の星を背負った宿命の少女!!」であった[要出典]

レコード売上は累計88万枚(公称)[3]

東京新宿盛り場を舞台とした、ご当地ソングのひとつ。発売は1969年9月だったが、1970年1月になってオリコン・チャートのトップ10に初登場[要出典]。なお、この年の藤圭子は2枚目のシングル「女のブルース」から5枚目「女は恋に生きてゆく」まで計4枚のシングルで、42週間連続のトップ10入りを記録している。

新宿の女」が収録され、タイトルにもなったファースト・アルバム『新宿の女/“演歌の星”藤圭子のすべて』は、オリコンアルバムチャートで20週連続で1位を獲得した。詳細はアルバムの項目を参照のこと。なお、オリコンがアルバムチャートを集計し、発表し始めたのは1970年からであった。

新宿区・西向天神社には、「新宿の女」の歌碑が存在する。この西向天神社は、デビュー時に「新宿の女」発売キャンペーンの出陣式を行った場所とされる[要出典]。デビュー1枚目でヒットに至り、突如として歌謡界に君臨したためか、1996年NHK第28回思い出のメロディー』へ出演した際には、司会者の宮本隆治からイントロで「(当時)歌謡界に彗星のごとくあらわれ…」と紹介された[要出典]

歌手・中島みゆき著『ジャパニーズ・スマイル』(新潮社刊)の中で、本楽曲の歌詞の解釈について言及しているエッセイがある[要出典]

収録曲[編集]

  1. 新宿の女
    • 作詞:石坂まさを・みずの稔/作曲:石坂まさを/編曲:小谷充
  2. 生命(いのち)ぎりぎり
    • 作詞・作曲:石坂まさを/編曲:池田孝

主な収録作品[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 現在はソニー・ミュージックダイレクトが権利を継承
  2. ^ オリコンでは、みずの稔のみの作詞となっている。
  3. ^ 大下英治『悲しき歌姫 藤圭子と宇多田ヒカルの宿痾』イースト・プレス、2013年、277頁。ISBN 978-4-7816-1110-5