青木理

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青木 理(あおき おさむ、1966年〈昭和41年〉 - )は、日本ジャーナリスト

経歴[編集]

長野県に生まれる[1]長野県野沢北高等学校卒業、1990年慶應義塾大学文学部卒業後、共同通信社入社。大阪社会部、成田支局を経て東京社会部で警視庁警備公安担当などを歴任。オウム真理教事件阪神大震災、種々の公安事件や経済事件の取材に携わる。

1997年から1998年まで韓国・延世大学校韓国語学堂に留学する。その後、外信部勤務を経て2002年(平成14年)から2006年までソウル特派員を務める。1999年(平成11年)年、社会部在籍中に発表した『日本の公安警察』(講談社現代新書)は公安警察の実態を取材したもので、本人によれば「それなりのベストセラーとなって話題を呼んだ」という[2]

2006年6月に退社し、同年8月開始の日本版『オーマイニュース』創刊に参加、副編集長に就任した[3][4]

月刊現代』では死刑問題を取材した「死刑執行 絞首台の現実」を執筆し[4]2009年に連載をまとめて『絞首刑』として出版。第32回講談社ノンフィクション賞の候補作となった[5]。同書の意図は、死刑賛成、反対のどちらか一方の立場ではなく、被害者側、加害者側、執行刑務官などを取材し、ありのままを伝えることであると述べている[6]

2011年4月からテレビ朝日モーニングバード』のコメンテーターとなり、全国区の地上波テレビ番組にレギュラー出演[7]

筋萎縮性側索硬化症を患った徳田虎雄に興味を抱いて取材し、2011年4月から『週刊ポスト』で8回にわたって連載し、単行本『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』が再び講談社ノンフィクション賞の候補作となる[1][8][9]

2012年1月24日、父が京都のヤクザの組長で作家の宮崎学らが呼びかけ人となって、暴力団排除条例(暴排条例)の廃止を求める記者会見が都内の参院議員会館で開かれた[10]。司会を務めた青木理は「暴排条例には“暴力団と個人的に交際するな”と書いてあります[10]。個人的な交際をお上が規制するというのは、おかしくないのか[10]。という憤慨を抱いております[10]」とあいさつした。

2012年4月から1年間、『ニュース探究ラジオ Dig』で木曜担当のパーソナリティを務めた。

著書[編集]

共著[編集]

連載[編集]

メディア出演[編集]

テレビ(レギュラー)[編集]

ラジオ(レギュラー)[編集]

ブログやSNSの開設状況[編集]

2012年5月4日現在、青木はブログもツイッターも開設していない。検索エンジンで「青木理」と検索するといくつかのブログやサイトが表示されるが、これらは自分のものではないとTBSラジオニュース探究ラジオ Dig』 2012年5月4日の放送で発言している。

脚注[編集]

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