中馬辰猪

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中馬 辰猪(ちゅうまん たつい、1916年2月27日 - 2010年4月18日)は、日本の政治家衆議院議員建設大臣

来歴・人物[編集]

現在の鹿児島県霧島市国分に、参議院議員を務めた中馬猪之吉の二男として生まれる。第七高等学校 (旧制)を経て、1941年京都帝国大学法学部を卒業。陸軍主計大尉としてインパール作戦に従事し、負傷するものの危機一髪で生還した経験を持つ。帰国後は水産会社役員、鹿児島県煙草耕作連嘱託等を経て、1949年第24回衆議院議員総選挙吉田茂率いる民主自由党公認で旧鹿児島2区から立候補し当選(当選同期に池田勇人岡崎勝男前尾繁三郎橋本龍伍麻生太賀吉小渕光平西村英一橋本登美三郎福永健司塚原俊郎藤枝泉介木村俊夫稲葉修河本敏夫森山欽司床次徳二有田喜一など)。以後10回当選。

保守合同後は佐藤栄作派-福田赳夫派に所属する。運輸政務次官、農林政務次官、衆院地方行政委員長等を歴任し、1976年三木内閣改造内閣で建設大臣として入閣する。1979年の総選挙で落選後、政界を引退。

「利口な世渡りは嫌いだ」といい、政界では常に縁の下の力持ち的な役割に徹してきた。1986年勲一等瑞宝章受章。

2010年4月18日、死去。享年94[1]

脚注[編集]