門司亮

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門司 亮
もんじ まこと(もじ りょう は、愛称)
生年月日 1897年12月27日
出生地 福岡県遠賀郡岡県村(現岡垣町
没年月日 (1993-06-01) 1993年6月1日(95歳没)
死没地 横浜市金沢区
出身校 岡垣村立吉木尋常高等小学校 (現岡垣町立吉木小学校)
前職 労働運動家横浜市会議員神奈川県会議員
所属政党日本社会党→)
右派社会党→)
(日本社会党→)
民主社会党→)
民社党
称号 勲一等瑞宝章(1973年11月3日)
配偶者 門司ユキエ
親族門司真(横浜市会議員)、門司脩(横浜市会議員)

選挙区 神奈川県第1区
当選回数 10回
在任期間 1947年4月26日 - 1972年11月13日
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門司 亮(もんじ まこと、1897年12月27日 - 1993年6月1日)は、日本政治家。元衆議院議員(10期)。

経歴[編集]

  • 地方政治に明るく、衆議院の地方行政委員会では論客として知られていた[13]
  • 浅野造船ドック部労働者時代に鶴見で関東大震災に遭遇し、朝鮮人暴動のデマに踊らされた民衆に対して身体を張ってなだめ、説得した大川常吉神奈川警察署鶴見分署長を目の当たりにして、社会的に大きな示唆を与えられたと感じ、のちの社会主義者として社会運動をする上で大きな教訓になったと述べている[14]。また、衆議院議員時代に鶴見朝鮮初級学校前身の鶴見朝鮮学院開設における土地取得保証人になった[15]
  • 衆議院議員当選間もない時期に、みすぼらしい格好で議員パスを使ってバスに乗ったところ、バス運転手に偽者と疑われて鶴見区上末吉駐在所(現 鶴見警察署上末吉交番)に連行されたことがある[16]
  • 社会党右派の河上派に属していたが、春日一幸と行動を共にした。塚本三郎は「『西尾末廣は好きではないが、春日がいうなら、移るよ。』といって民社党結党に加わった。『春日君』と君付けで呼べるのは門司さんぐらいだった」と証言している。
  • 大内啓伍は「満員電車で国会に通い、『ボクの顔ではグリーン車には乗せてくれないからね』とおどけておられた。それに信念を貫き、自分が正しいと思ったことはガンとして曲げない人だった」と証言している。[17]

著作[編集]

  • 戦後の地方行財制 (1957年、門司亮刊行会)
  • 農村はなぜ貧乏か―地方行政の批判 (1958年、三一新書)
  • 地方自治の一断面 (1974年、全国加除法令出版)
  • わが人生 (1980年、門司亮「わが人生」刊行委員会)

脚注[編集]

  1. ^ 門司 亮 「わが人生」 門司亮「わが人生」出版実行委員会、1980年10月、1頁
  2. ^ 門司 亮 「わが人生」 門司亮「わが人生」出版委員会、1980年10月、24頁
  3. ^ 門司 亮 「わが人生」 門司亮「わが人生」出版委員会、1980年10月、26頁
  4. ^ 門司 亮「わが人生」 門司亮「わが人生」出版委員会、1980年10月、27頁
  5. ^ 門司 亮 「わが人生」 門司亮「わが人生」出版委員会、1980年10月、33頁
  6. ^ 横浜市議会 「横浜市会史」第6巻資料編、横浜市議会、926頁
  7. ^ 門司 亮 「わが人生」 門司亮「わが人生」出版委員会、1980年10月、85頁
  8. ^ 横浜市議会 「横浜市会史」第6巻資料編、横浜市議会、931頁
  9. ^ 横浜市議会 「横浜市会史」第6巻資料編、横浜市議会、935頁
  10. ^ 門司 亮「わが人生」 門司亮「わが人生」出版実行委員会、1980年10月、192~195頁
  11. ^ 民社党 「民社党史 資料篇」 民社党史刊行委員会、113~142頁
  12. ^ 門司 亮 「わが人生」P194 門司亮「わが人生」出版実行委員会、1980年10月、194頁
  13. ^ たとえば市街化区域農地への宅地なみ課税をめぐる1971年3月4日および3月5日の衆議院地方行政委員会会議録を参照
  14. ^ 門司 亮 「わが人生」 門司亮「わが人生」出版実行委員会、1980年10月、31~32頁
  15. ^ 「神奈川のなかの朝鮮」 明石書店、160頁
  16. ^ 神奈川新聞<自由の声>欄 1978年3月12日 当時の駐在所警察官だった立柳万吉氏投稿
  17. ^ 毎日新聞1993年6月3日朝刊第2面「追悼」
  18. ^ 衆議院会議録 第75回通常国会 法務委員会第29号 1975年7月2日 参照
  19. ^ 1965年3月2日神奈川新聞第7面
  20. ^ 門司 亮 「わが人生」 門司亮「わが人生」出版実行委員会、1980年10月、191頁
  21. ^ 読売新聞社 「読売新聞縮刷版平成5年6月」、読売新聞社、133頁
  22. ^ 株式会社日ノ出屋石材店管理

出典[編集]

議会
先代
大矢省三
日本の旗 衆議院地方行政委員長
1957年
次代
矢尾喜三郎