脚絆
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脚絆(きゃはん)とは、脛の部分に巻く布や革でできた被服。ゲートルともいう。
活動時や長期歩行時に、ズボンの裾が障害物にからまったりしないようズボンの裾を押さえ、脛を保護し、足のうっ血を防いで血流を良くする等の目的がある。日本では江戸時代からひろく使用され、終戦までは西洋式のゲートルが軍装の一部を構成した。現在でもズボンの裾を引っ掛けることに起因する事故を防ぐ目的で着用を義務付けている職場があり、作業服などを扱う店で販売されている。
目次 |
[編集] 日本の伝統型脚絆
- 大津脚絆
- 上下に結び紐を付したタイプ。
- 江戸脚絆
- 上部に紐を、背部にコハゼを付したタイプ。
- 筒型脚絆
- 円筒形に縫い、上部に紐を付したタイプ。
[編集] 西洋型脚絆
[編集] 巻脚絆(巻きゲートル)
- 包帯状の細い布を巻いて脚絆を作るものをいう。19世紀末から使われ始める。第一次世界大戦をピークに、第二次世界大戦頃までは、長靴とともに各国の陸軍で広く用いられたが、戦後に編上げ式の半長靴が普及するにつれて、それにとって代わられた。
- 大日本帝国陸軍では日露戦争中の1904年に下述のレギンスタイプの脚絆に変える形で採用され、日露戦争後に歩兵科を中心とする徒歩本分の兵科・兵種の将兵に普及する事となった。
- 大日本帝国海軍でも陸戦隊(主に陸戦隊用被服が採用以降)を中心に盛んに使用された。
- ソ連労農赤軍は第二次大戦初戦の物資不足の時勢に本来の長靴に変え巻脚絆を支給した。
- ナチス・ドイツ軍では山岳猟兵科といった、特に脚に負担が掛かりやすい兵科ではそれを憂慮して巻脚絆を採用したりした。また、上述のソ連赤軍と同じく独ソ戦を中心に第二次大戦期にも支給された[1](ドイツ帝国陸軍時代、第一次大戦後期も物資不足並びに省力化の為に支給されていた)。
- 他にイタリア陸軍、フランス陸軍、中華民国軍等では引き続き第二次大戦まで使用され、アメリカ陸軍では第一次大戦後に後述のレギンス型に、イギリス陸軍では第二次大戦開戦前辺りから短ゲートル(半脚絆)に移行していった。
[編集] レギンス(スパッツ型、短ゲートル)
- 面積のある布又は軟革をバックル又はボタンで固定するもの。世界の陸軍の装備としては第二次大戦頃までは上述の巻脚絆と共に双璧をなしていた。戦後現在は基本的に儀礼的な軍装としてのみ形を残している。脛全体ではなく、踝辺りのみを巻く小振りのレギンスは短ゲートル(半脚絆)と言われる。また、硬革の脛当てである革脚絆は、主に乗馬時の長靴の代わりとして用いられた。
- 第二次大戦期のアメリカ陸軍・アメリカ海兵隊では戦闘服(野戦服)着用時に着用した。
- 海上自衛隊及び航空自衛隊では、警務職務に従事する警務官及び警務官補、甲武装(儀式用)、乙武装(非儀式用)で白い半脚絆を着用する定めがあるが、省略されることもある。
[編集] ギャラリー
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巻脚絆。第一次大戦期のフランス陸軍下士官兵。
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革脚絆。第一次大戦期のアメリカ陸軍士官(ドワイト・D・アイゼンハワー)。
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半脚絆。パキスタン軍。
[編集] 脚注
- ^ ブーツ(半長靴・乗馬長靴)のイメージが強いナチス・ドイツ軍や武装親衛隊、ソ連労農赤軍でも大戦早々に採用されており、特に第一次大戦敗戦以来軍備の備えが弱かったままの第二次大戦への突入や、泥沼な独ソ戦による深刻な物資不足の観点から、特に大戦中期以降の短ゲートルと編上靴の支給装備は一般的であった。
[編集] 類似の構造
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