傘
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傘(簦・かさ、からかさ)とは、上から降ってくる物に対し、手に持って差しかけて防護する道具である。通常は雨や雪が降っている時に体や持ち物を濡らさないために使用されるが、強い日差しを避けるために使用される傘もある。
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[編集] 語彙・語句
- 日本語
古来は「かさ」とは笠を指し、傘は「差しがさ」と呼称した。「笠」は、柄がなく頭にかぶるものである。それに対し「傘・簦」には柄(え、から)があり、「からかさ(唐傘は当て字)」とも読む。頭上を防禦するための傘を「さす」は、「刺す」ではなく「差す」である。
使用する目的によって雨傘(あまがさ)、日傘(ひがさ)と呼んで区別する。日本の伝統的な工法と材質で作られたものを和傘、西洋の伝統的な工法と材質で作られたものを洋傘と呼ぶ区別もある。洋傘をこうもり傘ともいうが、こうもり傘の語源に関しては、「傘をかぶる」が「こうむる」となり、これを語源とするなどの複数の説が為されているが、ペリーが来航した際[1]、持ち込んだ洋傘を「その姿、蝙蝠(こうもり)のように見ゆ」と比喩したことから生まれたという説が最も有力である。
- 英語
アンブレラは、元々は日傘の意味だったが、のちに雨傘の意味に使用されるようになり、日傘は新たにパラソルと言う言葉が生まれ、こちらを当てるようになったので、現在はアンブレラ(umbrella) は雨傘、パラソル (parasol) は日傘のことであるが、広義にはアンブレラで総称する。
[編集] 構造
傘は、雨傘・日傘、和傘・洋傘の区別なく、一般的に全体を支える軸、全体を覆う傘布、傘布を支える骨によって構成され、この内、軸は石突、軸柄、握柄、ろくろ(ランナー)、ハジキから、骨は親骨、受骨(支骨)、玉留から構成される。また、親骨の先の部分を露先と呼ぶ。
付属品として傘カバーや傘袋、バンドがある。
[編集] 雨傘と日傘
大まかに避ける対象によって、雨傘と日傘に区別される。
[編集] 雨傘
雨傘は、現在、よく見られる傘であり、軸・骨が金属製で、防水加工した布が張られている物が多い。ただし匠の傘と呼ばれる手作りの高級品の軸(シャフト)には天然樹の樫棒が使用される。また骨もカーボン製の軽いものが使用されている傘も増えてきた。
UNICODEにおいては、雨傘は「U+2602」にコードポイントが割り振られている(☂)。
[編集] 日傘
日傘は、雨ではなく、強い日差しを避けるための物であり、地面に軸を突き刺して利用する大判の物もあるが、一般に「日傘」と呼ぶ場合は、雨傘と同じく手にもって使用する小型の物を指す。大判の物は「パラソル(parasol、フランス語)」と呼ばれることがあるが、parasolはフランス語の元の意味では婦人用の日傘を指す。
日傘はその用途上、防水機能よりも紫外線の遮断・反射機能(以降、UVカット機能とする)や装飾性が求められ、雨傘と比較してサイズが小さめである場合が多いが、大寸のドーム型パラソルも登場してきた。ビーチで使用されるものは日本ではビーチパラソル、英語では beach umbrella が一般的だが、beach parasol も用いられる[2]。
都会の雑踏の中で日傘を愛好する人は適度な大きさを選び、道幅に余裕があったり徹底的にUVカット機能を望む人は逆に大きいものを好む。関東では総じて街中でも邪魔にならない小さめが好まれ、関西では焼けない大きめを求めるという研究結果もあり、パラソル用途に対するニーズの多様化を示している。また、男性は殆ど利用しないという特徴もあったが、昨今は男性も美肌や熱中症予防、そしてクールビズの用途で愛好家が増えている。沖縄県では男性の日傘愛好会も出来たほどで、「静かながらムーブメントが起きつつあるのではないか」ともいわれる。
[編集] 晴雨兼用傘
日傘の普及に伴い、特に雨天でも使用可能を謳って商品化された日傘。普通の日傘よりも布の目が細かく、水を通さないようになっているが、日傘としても使える雨傘ではなく、不意の雨でも使える日傘といった位置付けで、デザインや大きさなどは日傘に準ずる。
「晴雨兼用」とは雨と晴の両用という誤解を受けやすいので、2007年頃より、日本洋傘振興評議会は、業界標準呼称として「晴雨兼用パラソル」を用いるようになってきている。また近年は雨傘をベースにして、日傘のUVカット機能をもたせた「雨晴兼用」と呼ばれるものが出ている。「晴雨兼用」と混同しないよう認識しておくべきである。
[編集] 和傘と洋傘
傘は材質・地域によって大まかに和傘と洋傘に区別される。
手で持つ棒(軸=中棒=シャフト)の先端から放射状に細い棒(親骨)を出し、これに薄い幕(傘布)が張られているという基本構造、及び未使用時には折り畳んで収納可能という点は両者に共通するものであるが、和傘が主に紙(油紙…防水加工した和紙)や竹を、洋傘が防水加工した木綿、絹、ナイロン、ポリエステルなどを材料とする所に大きな違いがある。
[編集] 和傘
古代に大陸から伝来したため、「唐傘(からかさ)」という説が一般的だったが、日本で開閉式に改良したことで、唐繰傘(唐繰は絡繰と同義語)とよばれ唐傘となったとされる。竹を材料として軸と骨を製作し、傘布に柿渋、亜麻仁油、桐油等を塗って防水加工した油紙を使用した物である。防水性には大変優れているが、耐久性に乏しく、また、重いという欠点がある。
和傘には番傘(ばんがさ)、蛇の目傘(じゃのめがさ)、端折傘(つまおれがさ)などの種類があり、この内、蛇の目傘は、傘の中央部と縁に青い紙、その中間に白い紙を張って、開いた傘を上から見た際に蛇の目模様となるようにした物で、外側の輪を黒く塗ったり、渋を塗るなどのバリエーションも見られる。
- 洋傘の骨が数本程度に対して、和傘の場合サイズにもよるが数十本の骨が用いられる。これは洋傘と傘の展開方法が異なるためで、余った被膜を張力で張るのではなく、竹の力により骨と張られた和紙を支える仕組みとなっているためである。
- 窄めた際に和紙の部分が自動的に内側に畳み込まれる性質を持つ。
- 和傘は洋傘のように逆さに傘を立てて保管すると雨水が頭頂部に溜まり、浸水により破損する危険がある。そのため、天井や軒先からつるす様に保管する必要がある。
- 長期で利用すると素材の特性で色が移り変わる。
- 展開の際には一般的に下向きに展開し、その後上に向ける。これは上向きに展開するには重量が過大であること、過度な力がろくろや骨にかかることを避けるためである。
- 和紙を多用するため、虫食い、湿気による侵食、多雨時の防水性に問題が生じる。
- 自然素材を多用した結果、洋傘に比べて重量がある。
- 雨傘の場合、長期仕様しないと防水用の油がくっつき、展開に手間取る場合がある。
[編集] 和傘の歴史
東洋では、傘はまず、魔除などの目的で、貴人に差しかける天蓋(開閉できない傘)として古代中国で発明され、その後、古墳時代の552年に仏教の儀式用の道具として朝鮮半島(百済王)から貢物として日本に献上され、「きぬがさ」(絹笠、衣笠)と呼ばれた。
その後、平安時代に製紙技術の進歩や竹細工の技術を取り込んで改良され、室町時代には和紙に油を塗布する事で防水性を持たせ、現在と同じ用途で広く使用されるようになった。
それと共に傘を専門に製作する傘張り職人が登場して、技術が進歩し、『七十一番職人歌合わせ』には傘張り職人の姿が描かれているほか、奈良の大乗院には唐傘座が組織された。
更に安土桃山時代に、呂宋助左衛門によって呂宋(フィリピン)からろくろを使用して開閉させる傘が輸入され、江戸時代に広く普及するようになった。元禄年間からは柄も短くなり、蛇の目傘がこの頃から僧侶や医者達に使用されるようになったほか、その広げた際の面積の大きさに着目し、雨天時に屋号をデザインした傘を客に貸与して、店の名前を宣伝して貰うといった事も行われたほか、歌舞伎の小道具としても使用されるようになった。また、その製作過程は分業化され、江戸時代には失業した武士が副職として傘を製作する事もあった。長野県下伊那郡喬木村における阿島傘などはその一例で、今日でも同村の特産品となっている。
しかし、明治時代以後の洋傘の普及により、和傘は急速に利用されなくなっていった。現在では雨傘としての利用はほとんどなく、観光地での貸し出しや、日よけ用として旅館や和菓子屋の店先、野点用などに、持ち歩くのでなく固定して利用される程度である。 現在では岐阜、京都、金沢、淀江、松山等に少数の和傘製造店が残っている。
[編集] 洋傘
構造的には、大別して、骨を折り畳んで収納出来る折りたたみ傘と、折り畳めない物に分かれる。折りたたみ傘は、収納時の大きさと骨の長さに応じて骨が2段階、或いは3段階に折れ曲がる構造である。
傘を開く際には、各骨を支える棒(受骨)を束ねた部分(下ろくろ=ランナー)を、軸に沿って押し上げる必要がある。これをバネの力を利用して自動化した物が「ジャンプ傘」と呼ばれる物で、最近では、閉じる事も自動化した物が製作されている。
通常、洋傘の骨は6本または8本だが、デザインや耐久性の点から和傘同様に16本や24本とした物もある。特に16本の物は、菊の紋章の花弁数と同じであるため、皇室で使用されている。
イギリスのジェントルマンの中には、専門の業者に依頼して細く綺麗に巻かせた物を使用する人もいる。
- ビニール傘
最近では傘布としてビニールシートを使用したビニール傘が製作されている。軸や骨も必要最小限の強度を満たすだけの素材と構造になっており、価格も数百円で販売されており、多くは使い捨て目的として使用されている。
ビニール傘を開発した会社はホワイトローズという老舗の傘問屋で、テーブルクロスの形状にヒントを得て傘にかぶせるビニールクロスを開発したのがビニール傘の元祖である。それが紆余曲折を経て現在の形になったという[3]。なお、高級なビニールと細かい加工を施した高級ビニール傘もある。透明なビニールを傘布に使用している所から、使用時に前方に傾けても視界が遮られないという特長があり、安全面を重視して子供に持たせたり、TVの屋外中継でレポーターやタレントが使用する事がある。また、東京ヤクルトスワローズの応援団によって得点が入った際に青や緑・ピンクの物を広げて東京音頭を歌う際に使用されている。
[編集] 洋傘の歴史
傘が使われ出したのは約4000年ほど前と言われ、エジプト、ペルシャなどの彫刻画や壁画に残っている。
ギリシャでは祭礼のときに神の威光を表すしるしとして神像の上にかざしていた。 紀元前7世紀のアッシリアの壁画に、国王の頭上に天蓋のようにかかげてあるのが描かれている。
インドでは傘はもともと酷暑の貴族や高僧の日除けに使われていて、吉祥をもたらす八つの物の一つと数えられている。傘が一般的に使われ出したのは古代ギリシャ時代で、アテナイの貴婦人たちが日傘を従者に持たせて歩いている絵が残っている。そのころの傘は開いたままですぼめることは出来なかった。
ヨーロッパでも、天蓋から傘は発達した。ヨーロッパにおいて、永らく傘は贅沢品であり、富と権力の象徴だった。遺言書に傘を誰が継ぐのか、を書くことも珍しくなかったようである。それ故に、洋傘と比べて材料費が安く、比較的安価に手に入った和傘を使っていた日本人と比べて傘に対する見方が違い、日本で安価な材料で作られ、定額で売られているビニール傘などを見て驚くヨーロッパ人がいるともいわれる。
- イタリア - 今日のような開閉式の傘は13世紀にイタリアで作られたといわれているが、傘の親骨(フレーム)には鯨の骨や木を使っていた。イタリアで作られた日傘がスペインとポルトガルに広がった。
- フランス - フランスへは1533年にフィレンツェのメディチ家のカトリーヌがアンリ王子(のちのアンリ2世)に嫁いだときに伝えられたといわれている。17世紀のフランスでは、町中で2階から投げ捨てられる汚物(糞尿)を避けるために女性には傘が必需品だった。
- イギリス - 18世紀頃にイギリスで現在の構造の物が開発された。傘開発当初は、太陽から肌を守る為、つまり、日傘として開発され、雨の日は傘をさす習慣がなく濡れていた。ある1人の紳士が雨の日に傘をさし笑われたとも言われている。しかし時が経ち、その紳士のマネをするようになり次第に雨の日の必須アイテムとなった[4][5]。[6]
日本で洋傘が普及したのは19世紀後半からである。2008年現在では、洋傘が広く普及し、単に傘と言った場合は、こうもり傘(洋傘)を指すようになった。
[編集] 現代生活と傘
現在の日本では、雨傘は不要となるとその存在が忘れられてしまう事が多く、交通機関における忘れ物として、常に上位に位置している。また、会社や学校など頻繁に行く場所に備えておく傘を「置き傘」と呼ぶ。
駅などでは無料または低価格で傘を貸し出す「貸し傘」も存在し、傘の表面に入れた広告による収入で運営されているが、返却率の悪さから廃止されることも多い。
以前は傘の修理を行う店も存在していたが、安価な外国製品の台頭で、修理して使用し続けるという意識は少なくなっている。ただし日本製の傘であれば、専門店や百貨店で購入すれば充分修理も可能で、海外からの低価格攻勢と文化侵害に打ち克つ「差異化(さいか)」の道として、アフターマーケットの充実が次第に着目されてきている。 また、近年、天気予報が正確化して、傘をあらかじめ雨を予測して持って出勤することも多く、喫茶店などで傘の立て置きや置きようには結構困ることがある。傘をテーブルなどに立て置きするなどの傘ストッパー/ストラップが売りだされてもいる。 ただし天然樹曲げものハンドルの場合は、ハンドルの先を支点としてテーブル等に引っ掛けると、間違いなく曲げが戻る(あくび)現象の引き金になるので注意が必要である。
[編集] 傘に関係する言葉
- 傘寿 - 80歳。傘の略字「仐」を分解すると八十になる事から。
- 傘回し - 大神楽の技の一つ。
- 雨傘番組 - テレビ・ラジオ等で放送予定のイベントが雨天等の理由により中止・順延した際、代わりに放送するために用意された番組。
- からかさ小僧 - 「からかさお化け」ともいわれ、一般には、一つ目に一本足、赤い大きな舌という姿で、古い和傘が化けた物とされる妖怪・付憑神(つくもがみ)の1つ。
- 核の傘
- キノコの部位#傘 - 形状が傘に似ることから。
- ヤブレガサ - キク科の植物(学名はSyneilesis palmata)
[編集] 相合い傘
二人で一つの傘を共有する行為を、相合い傘(あいあいがさ、合い合い傘、相々傘とも表記)、相傘(あいがさ)、最合い傘(もあいがさ、もやいがさ)という。なにか一つのものを複数人で共用、共有すること、またその様をあらわすことばである「相合」と、「傘」を組合せ、傘を共にするさまを表している。連声して、東京地方や愛知県では、「あいやいがさ」とも発音される。東京式アクセントでは、「か」(か゜)にアクセントを、京阪式アクセントでは二つ目の「い」にアクセントをつける。
相合傘の別称、もやいがさ(最合い傘)のもやい(催合、最合、持相、摸合、諸合)は、「共有する」、「持ち合う」を意味するハ行四段活用動詞、もやう(催合う)の連用形、名詞化したことばで、何か物事を人と一緒にとり行うことをいう。つまり、催合は、相合と、大体同じ意味であると考えてよい。
[編集] 文学上の表現
相合い傘は二人の親密さを表現する言葉としても多用されており、それは江戸時代の川柳や浄瑠璃(近松門左衛門『津国女夫池』享保6年「君と淀とが。相合笠の袖と袖。」)、滑稽本(式亭三馬『浮世風呂』「夫婦とおぼしき者、相合傘(アヒヤイガサ)で、しかも欣然として通る」)において既に見られる。また、異性と親密になるきっかけとして相合い傘を持ちかける川柳などもある[7]。
雨に濡れないよう互いに肩を寄せあう情景から、しばしば二人が恋愛関係であることを暗示する。また、1920年(大正9年)に発行された『日本大辞典:言泉』(落合直文著、芳賀矢一改修、大倉書店刊)によれば、俚言、俗語として、男女間の情交もさすとしている。
男女が行う場合は、身長が女性より高いであろう男性が傘を持ち構える。さらには、雨にぬれるのを厭わず傘を持っていない方の肩を傘からだすことによって、二人で使うには窮屈な傘に場所をつくり女が雨にうたれてしまうのを避ける、というシーンは物語や映画などにおいてよく見られる。前途の川柳の中には、女性側も気を使い、結果両名とも肩を濡らす情景を詠んだものもある。恋愛を主題にした物語においては、恋愛のステップを描く道具として、様々な状況で相合い傘は盛んに使われる。
林不忘の『寛永相合傘』は、斬り合い共に果てた甚吾と十郎兵衛を指してタイトルに「相合傘」を用いている[8]。
[編集] 落書き
相合い傘は絵や落書きでもしばしば表現される。二等辺三角形の下に直線をおろした簡単な傘を描き、直線を柄に見立ててその両側に2人の名前を記したものである。直線は三角形の底辺から引き、三角形を割らない場合と、一番上の頂点から引き、三角形を割る場合の2種類がある。一番上の頂点にハートマークをつけることもある。この落書きは大体、カップルに対する揶揄を狙って書かれる。江戸時代にも見え、並木五瓶が書いた文化4年(1807年)の『俳諧通言』には、「相合傘(アイヤイガサ) 是は落書にて女郎芸子の色男と二人りの名を仇書にして傍輩の芸子女郎色事をそやすなり」とある。また、夏目漱石の『虞美人草』(1907年、明治40年)にも、白墨で電信柱に書かれた相々傘(アヒアヒガサ)の落書が、永井荷風の1909年(明治42年)の作品『すみだ川』にも板塀や土蔵の壁に書かれた相々傘(アヒアヒガサ)の落書がでてくる場面があり、やはりこれらの場合でも、男女仲を囃すために用いられていることがわかる。意中の人との恋愛成就を願う場合もある。
[編集] モチーフに使われる作品
[編集] 郷土玩具
- 相合い傘人形 - 高知県の郷土玩具。児童むけの玩具としていささか不向きであるともされる。張り子製のひと組の男女が相合い傘で、ちょうちんをもって、立っている人形。首をふる。江戸時代中期にあった恋物語に取材したという。
[編集] 故事成語
- 降らぬ先の傘
- 破れ傘は日和傘 - 暈の中に星が見えると翌日は晴れるという意味
- 春の夕焼け傘を持て、秋の夕焼け鎌を研げ
[編集] 楽曲タイトル
- aiko 「相合傘」
- アンダーグラフ 「アンブレラ」
- 石川さゆり 「あいあい傘」
- 石原詢子 「ふたり傘」
- 井上陽水 「傘がない」
- 欧陽菲菲 「雨に咲く傘の花」
- おニャン子クラブ 「アンブレラ・エンジェル」
- 工藤静香 「雪傘」
- コブクロ 「アンブレラ」
- 斉藤和義 「破れた傘にくちづけを」
- ジッタリン・ジン 「相合傘」
- 谷山浩子 「破れ傘」
- 槇原敬之 「この傘をたためば」
- もんた&ブラザーズ 「赤いアンブレラ」
- 山下達郎 「白いアンブレラ」
- ゆず 「悲しみの傘」
- レミオロメン 「傘クラゲ」
- Mr.Children 「傘の下の君に告ぐ」
- MY LITTLE LOVER 「日傘 〜japanese beauty〜」
- RADWIMPS 「傘拍子」
- Rihanna「Umbrella」
- TRICERATOPS 「アンブレラ」
- Dir en grey 「umbrella」
- TOKIO 「雨傘」
- YUI 「umbrella」
- 竹仲絵里「傘」
[編集] 脚注
- ^ 嘉永7年(1854年)浦賀
- ^ 日本の多くの辞書では和製英語とされているが、本項目英語版 umbrella には beach parasol でもリダイレクトが貼られ、また図版の説明文にも用いられている。
- ^ TBS系 [噂の東京マガジン] 2009年11月8日放送より
- ^ 当初、雨傘は女性の持ち物とされていたが、1750年、慈善家で旅行家であり、著述家、商人でもあったジョーナス・ハンウェイが雨傘を使用したことを切っ掛けに男性にも大幅に普及した。
- ^ 彼がペルシャを旅行中に見つけた中国製の傘が雨傘として使われていたのに感激し、これを広めようと思って防水を施した傘をさしてロンドンの町を歩いたという。女性の持ち物とされていた傘を、男性は雨の日には帽子で雨をよけるのが当たり前で雨具として男が傘を使うのはペチコートを着るのと同じことだというほど奇異に思われる時代にその大胆さは変人扱いをされたとされる。ところがジョナスが約30年間も手に持ち歩き雨傘として使い続けたことで、イギリスの男たちの目にも次第に傘が見慣れたものとなっていったという
- ^ [1]
- ^ "『相合傘』と『貸し傘』". 洋がさタイムズ. 2008-05-12 閲覧。
- ^ "図書カード:No.1809『寛永相合傘』". 青空文庫. 2008-05-12 閲覧。
- ^ "連載・日本語塾". 日国フォーラム. 2008-05-12 閲覧。