地下足袋

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地下足袋の一例。足首からふくらはぎまでを覆う部分は金属製の小鉤(こはぜ)で留めるようになっている

地下足袋(じかたび)は、足の裏にゴム底がつき、足の指が親指と残りの二股に分かれている作業労働用の足袋で、足のつま先に力が入りやすいのが特徴である。履物を履かずに「直に」土の上を歩くための「足袋」の意味をもつ。「地下」は当て字である。

用途[編集]

農林業や大工左官など屋外で作業をする職人などに向いている。また祭りなどで神輿を担ぐ人たちが履く祭足袋も地下足袋の一種。

特徴[編集]

足の指が親指と残りの二股に分かれている作業労働用の足袋であるが、革製の「足袋」(革足袋)がそのまま進化したものと考えられる。親指が独立しているため、地面を掴んで歩くような器用な動作が可能になる。

歴史[編集]

現在の形の地下足袋、即ち、貼付式ゴム底足袋は、足袋製造業者である石橋徳次郎の発明(1923年10月 実用新案登録番号第80594号)によるものであり、また、ゴム底が滑らない波形にしたのも徳次郎の発想である。[1]尚、このゴム底の形態は意匠登録されている。徳次郎の開発した地下足袋は、福岡県久留米市に本拠を置く徳次郎の会社「日本足袋」及びその子会社「アサヒ地下足袋」において販売された。特に、近隣にあった三池炭坑において炭坑夫に人気を博したことなどから、全国的に普及した。

「日本足袋」はゴム底靴製造販売にも進出し、後にアサヒコーポレーションとなる。また、徳次郎の弟であり、日本足袋の実質的な経営者であった石橋正二郎が、ゴム製造のノウハウをタイヤ製造に活かして創業、拡大させた会社がブリヂストンである。

地下足袋は戦前の日本軍によっても多用された。革製の軍靴に比べると足の保護の点では不利だが、コストが低い・足にフィットする・洗濯できる・足音が立ちにくいといったメリットがある。

現在国内販売は、そのシェアの6~7割を占める株式会社力王と約3割を占める株式会社丸五による寡占市場である。生産は、そのほとんどを中国などの海外生産に頼っている。

現在ではつま先保護用、または踏み抜き防止用にスチールプレートが入った「安全地下足袋」、山中など滑りやすい地面で歩きやすいよう作られた「スパイク地下足袋」、かかと部にエアークッションを備えて足腰の負担を軽減する「エアージョグ」なども商品化されている。

北朝鮮ではズック靴・スニーカーが地下足袋(チハヂョク)と呼ばれている。

脚注[編集]

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  1. ^ 同時期の1919年、日本マラソン界の父・金栗四三と「ハリマヤ」という足袋屋が開発した、マラソン用の紐付きゴム底足袋「カナグリ・タビ」もある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]