吉祥寺
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吉祥寺(きちじょうじ)は、東京都武蔵野市にある吉祥寺駅を中心とする街。または同市に属する地名の一つ。通称ジョージ。(ただし都内や地元でこの通称を使うと、ギャグ的なニュアンスになる事があるので、使用する時には注意が必要)
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[編集] 概要
東京都のほぼ中心に位置する街である。行政区分は武蔵野市で、その東端にあたる。北を練馬区関町南・立野町、東を杉並区善福寺・西荻北・松庵、南を杉並区久我山・三鷹市井の頭・武蔵野市御殿山、西を武蔵野市中町・緑町と接している。
街はJR東日本中央本線および京王電鉄井の頭線の吉祥寺駅を中心に碁盤の目状に広がっている。小高い台地の上の平坦な場所にひらけているため、吉祥寺駅周辺に向かう場合、どの方角からでも緩やかな坂を登ってゆくことになる。昭和40年代、当時の武蔵野市長・後藤喜八郎のもと構想された都市計画に基づいて「回遊性の高い街づくり」を実現するため、吉祥寺駅を中心とした東西南北の十字線上に四つの大型商業施設が設置されている。2010年2月現在、これらの商業施設群に入居しているテナントは、東=ヨドバシカメラマルチメディア吉祥寺[1]、西=東急百貨店[2]、南=丸井、北=F&Fビル[3]である。これら四つの大型商業施設の合間を埋めるように中小のビル群が立ち並び、多種多彩な商店や飲食店が軒を連ね、いくつかの商店街を形成している。代表的な商店街としてサンロード、ハーモニカ横丁、平和通り、ダイヤ街などが挙げられる。
長らく「東京における新宿以西で最大の商業地域」であったが、近年は立川にその座を譲っている。商業地域の外郭は日本有数の高級住宅街で、政治家・経済人・文化人など多様な著名人が居住している。商業地域と住宅街の近接性、新宿や渋谷など主要駅に電車一本でアクセスできる利便性、井の頭恩賜公園や三鷹の森ジブリ美術館などの行楽地が至近であること、治安のよさなどが相まって、市場調査会社などが主催する「住みたい街ランキング」で度々全国第一位に選出されている。
[編集] 歴史
「吉祥寺」という名前は、江戸時代に本郷元町(現在の東京都文京区本郷一丁目、水道橋付近)にあった諏訪山吉祥寺に由来する。明暦の大火によって同寺の門前町が焼失した際、幕府は都市計画に基づき同地を大名屋敷として再建することにしたため、吉祥寺門前の住人を始めとする居住地・農地を大幅に失った者達に対し「札野」「牟礼野」と呼ばれた幕府御用の萱場を代地として与える通達を出した。更に5年期限で扶持米を与え、家屋の建築費用も貸与するという条件で希望者を募った。吉祥寺の浪士であった佐藤定右衛門と宮崎甚右衛門が土着の百姓・松井十郎左衛門と協力してこれに応じ、現在の武蔵野市一帯を開墾して住人達を移住させた。
折しも玉川上水の開通に伴い、かつては水利が悪く無人であった武蔵野台地が新田開発によって広大な農地へと変わっていく過程で、五日市街道(東京都道7号杉並あきる野線)沿いに整然と区画された短冊状の土地が形成された。しかし土壌はさほど良いものではなく、農地はすべて畑地であり水田はなかった。吉祥寺に愛着を持っていた住人たちにより、新田は吉祥寺村と名付けられた。そのため今日の武蔵野市吉祥寺に到るまで、当地に吉祥寺という名の寺院が所在したことはない。
1923年(大正12年)の関東大震災を契機に多くの人たちがまたもや吉祥寺に移り住むことになり、人口が急増。美しいケヤキ並木でも知られる成蹊学園が池袋から移転したこともあって、農村から住宅街、そして多くの商店や学生で賑わう街へと変貌を遂げることになった。
吉祥寺地域は古くから安養寺・光専寺・蓮乗寺・月窓寺という4軒の寺が集まる寺町である。とくに寺が集中している武蔵野八幡宮(八幡神)の付近の地域を四軒寺と呼ぶようになっていったと語り伝えられている(四軒寺という名前の寺があるわけではない)。東京都道116号関町吉祥寺線(吉祥寺通り)と女子大通りの交差点を四軒寺交差点と称する。
[編集] 沿革
- 1653年(承応2年)11月 - 玉川上水が開通。
- 1657年(明暦3年)1月18日 - 明暦の大火。
- 1658年(明暦4年)1月 - 再度の大火(吉祥寺大火)で吉祥寺も焼失し、現在地(駒込、現在の東京都文京区本駒込)へ移転する。
- 1659年(万治2年)11月 - 佐藤定右衛門・宮崎甚右衛門・松井十郎左衛門、武蔵野原野の開拓を開始。
- 1664年(寛文4年)7月 - 幕府代官野村彦太夫による検地が行われ、吉祥寺村が成立する。
- 1703年(元禄16年)11月 - 村域拡大し吉祥寺新田村が成立する。
- 1868年(明治元年)6月 - 吉祥寺村が武蔵県に編入される。
- 1869年(明治2年)2月 - 品川県六番組に編入される。
- 1871年(明治4年)12月 - 東京府に編入される。
- 1872年(明治5年)5月 - 神奈川県に編入される。
- 1873年(明治6年)5月 - 大区小区制施行に伴い、神奈川県第11大区4小区に属する。
- 1878年(明治11年)7月22日 - 郡区町村編成法施行に伴い多摩郡が分割され、神奈川県北多摩郡吉祥寺村となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い西久保村・関前村・境村及び井口新田飛地と合併し、神奈川県北多摩郡武蔵野村大字吉祥寺となる。
- 1893年(明治26年)4月1日 - 北多摩郡・南多摩郡・西多摩郡が神奈川県から東京府へ移管され、東京府北多摩郡武蔵野村大字吉祥寺となる。
[編集] 範囲
武蔵野市内で「吉祥寺」が付く町名には、吉祥寺本町(ほんちょう、一丁目〜四丁目)、吉祥寺北町(きたまち、一丁目〜五丁目)、吉祥寺東町(ひがしちょう、一丁目〜四丁目)、吉祥寺南町(みなみちょう、一丁目〜五丁目)がある。これに御殿山(一丁目・二丁目)と中町(一丁目〜三丁目)を含む範囲が旧吉祥寺村域であるため、狭義での「吉祥寺」はこの六町と言えるであろう。従って西荻窪駅や三鷹駅に近い場所も含まれる。
一方「吉祥寺駅周辺」の意味で用いられる「吉祥寺」は、この範囲とは若干のずれがあり、武蔵野市御殿山と三鷹市井の頭にまたがる井の頭恩賜公園は「吉祥寺にある公園」と見なされている。「Hanako」(マガジンハウス)などの雑誌の吉祥寺特集では、吉祥寺駅からおおむね1kmの範囲を「吉祥寺」と呼んでいる。もしこの基準を採用して「吉祥寺駅から1km圏内(徒歩15分圏内)の地域」を広義の意味での「吉祥寺」と呼ぶことが可能であるなら、その範囲は前記六町を大きく越え、東は杉並区松庵や西荻北、西は三鷹市下連雀、南は三鷹市井の頭や牟礼、北は練馬区立野町近辺までを含むこととなる。
人気のある地名であることから、不動産会社では三鷹市井の頭や下連雀、練馬区立野町にあるアパート・マンションを「吉祥寺の物件」として紹介していることが多い。また、京王線の千歳烏山駅、仙川駅、つつじヶ丘駅などから徒歩でアクセス可能の三鷹市内の物件の場合でも、「吉祥寺からバスで〜分」と紹介される場合がある。
[編集] おもな商店街・商業施設
- 吉祥寺ロンロン(※2010年4月「アトレ吉祥寺」に改称)
- ハーモニカ横丁
- 吉祥寺ダイヤ街
- 吉祥寺サンロード商店街
- エフエフショッピングセンター(旧伊勢丹部分は2010年10月に新商業施設が開業予定)
- 東急百貨店吉祥寺店
- 吉祥寺パルコ
- 吉祥寺ロフト(旧・緑屋→西武スポーツ)
- ヨドバシカメラマルチメディア吉祥寺
- 吉祥寺パーキングプラザ
- 京王吉祥寺駅ビル(旧・ターミナルエコー)
- 丸井吉祥寺店(本館・無印良品館)
「吉祥寺駅#駅周辺」も参照
[編集] サブカルチャーの発信地
- ジャズ喫茶、ライブハウス、ミニシアターなどが多数点在することからジャズやロック、フォークなど音楽の街として知られている。
- 付近に漫画家が多く住んでいることで知られる。このため、吉祥寺を舞台とした漫画作品が多い。「週刊コミックバンチ」の編集部コアミックスも吉祥寺にある。
- アニメーション製作会社やゲームソフトメーカーも多く、STUDIO 4℃、スタジオディーン、GAE、ミンク (企業)、シンソフィア、ブラウニーブラウン、インディーズゼロなどが事業所を構える。その他、JAP工房、マンマユート団、冬水社 グッドフェローズ (企業)、ウェーブ (模型メーカー)などが本社を構える。
[編集] 学生の街
- 成蹊大学・東京女子大学・立教女学院短期大学(かつては武蔵野美術大学)が吉祥寺駅から徒歩圏内に、武蔵野大学・国際基督教大学・亜細亜大学・杏林大学・日本獣医生命科学大学・ルーテル学院大学などの大学が吉祥寺駅から鉄道やバスで15分圏内に点在する。また、吉祥寺駅からは井の頭線利用で東京大学駒場キャンパス・明治大学和泉校舎・高千穂大学に、中央線利用で一ツ橋大学・東京学芸大学・東京農工大学・東京経済大学・法政大学小金井キャンパスに、東西線利用で早稲田大学・東京富士大学に、それぞれ鉄道一本でアクセスできる。このため吉祥寺には多数の学生が集い、吉祥寺は下北沢やお茶の水と並ぶ東京有数の「学生の街」としても知られている。
[編集] 個性豊かな商店•飲食店
吉祥寺の街の魅力のひとつに個性豊かな商店•飲食店が数多く営まれている点が指摘できる。 その一部を列記しておく。
[編集] ギャラリー
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旧三越吉祥寺(現ヨドバシカメラ) |
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OIOI吉祥寺店 |
吉祥寺PARCO |
[編集] 吉祥寺を舞台とした作品
[編集] 小説
- 暗い旅(倉橋由美子)
- 幸荘物語(花村萬月)
- 吉祥寺探偵局(いしかわじゅん)
- 吉祥寺気分(いしかわじゅん)
- ショートソング(枡野浩一)
- ドラママチ(角田光代)
- 魂萌え!(桐野夏生)
- 無銭優雅(山田詠美)
- トーキョー・ジャンヌダルク(石崎洋司)
[編集] 歌
- いい事ばかりはありゃしない(RCサクセション)
- お七(島津亜矢)
- 吉祥寺(斉藤哲夫)
- 吉祥寺グッバイ(あさみちゆき)
- 君は東京(ゆず)
- キャッチボール(渡辺美里)
- 金色のライオン(HIGHWAY61)
- スキャンダル(テレサ・テン)
- 空に星が綺麗~悲しい吉祥寺~(斉藤和義)
- 東京かくれんぼ(石川さゆり)
- 東京たずね人(琴風豪規)
- 東京、宵町草。(前田有紀 (歌手))
- NANGIやね(美空ひばり)
- 日本印度化計画(筋肉少女隊)
- 野良猫(Bahashishi)
- 保健室の先生(ミドリカワ書房)
[編集] 漫画
- I"s(桂正和)
- 電影少女(桂正和)
- 吉祥寺ギャング(長浜幸子)
- 江口寿史のなんとかなるでショ!(江口寿史)[4]
- GTO(藤沢とおる)
- ろくでなしBLUES(森田まさのり)
- サバの秋の夜長(大島弓子)
- グーグーだって猫である(大島弓子)
- 14歳(楳図かずお)[5]
- いとしのエリー(高見まこ)- 頻繁に吉祥寺が登場。
- Cafe吉祥寺で(ねぎしきょうこ)
- 孤独のグルメ (久住昌之/谷口ジロー)- 第2話では吉祥寺の廻転寿司が舞台。
[編集] アニメ
- くじびきアンバランス
- 海がきこえる(スタジオジブリ)
- CODE-E(avex entertainment・スタジオディーン)
- UG☆アルティメットガール(第一話)
- フルメタル・パニック? ふもっふ(ままならないブルーバード)
- YAWARA! (第十四話)
- マリア様がみてる
- 聖戦士ダンバイン[6]
- GTO
[編集] ゲーム
[編集] ドラマ
[編集] メディア
- 過去
- 吉祥寺テレビ放送 - 略称KJTV。1970年代から1990年代初期にかけて存在した都市情報テレビ局。ダイヤ街などにマルチモニターを設置し、吉祥寺をはじめ武蔵野・三鷹の最新情報を常時発信していた。
- ノブタケの吉祥寺ヘヴン(TBSラジオ)- 吉祥寺パルコ8階のサテライトスタジオから公開録音されていた。
[編集] コミュニティ
- 週刊きちじょうじ - 店舗情報やイベント情報、吉祥寺にまつわるエピソードなどの情報雑誌。毎週金曜日発行。街中に設置してある配布用什器や協賛店舗にて無償配布。ただし、発行元へ直接申し込みの定期購読は有償。発行は株式会社吉祥寺情報センター。
- 吉祥寺まち案内所 - 2004年から吉祥寺総合案内運営委員会とNPO法人まちづくり観光機構が運営。サンロード商店街にある。風の人には微笑を、土の人には安らぎを を基本理念に吉祥寺を訪れた人々、吉祥寺にいる人々それぞれに必要となる情報を提供。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 「武蔵野風土記 第一回 開村以前の武蔵野」森安彦
- 「武蔵野風土記 第二回 吉祥寺村の成立」森安彦
[編集] 脚注・出典
- ^ かつては近鉄百貨店→三越・大塚家具。
- ^ かつては吉祥寺名店会館だった。
- ^ 伊勢丹吉祥寺店が核テナントだったが、同店は2010年3月14日をもって閉店した。
- ^ 江口は長年、自宅・事務所共に近辺に構えているため、この作品に限らず頻繁に吉祥寺が登場する。
- ^ 登場者のチキンジョージは作者の住所である吉祥寺を捩った名前である。
- ^ 主人公・ショウ・ザマは武蔵野市東吉祥寺在住という設定。
- ^ シリーズ第1作。容疑者の一人、花園町子(柏木大介の秘書)が吉祥寺のマンションに住んでいる設定。
[編集] 外部リンク
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