尼子山トンネル火災事故
| 日付 | 2023年(令和5年)9月5日[1] |
|---|---|
| 時間 | 1時3分頃(JST)[1] |
| 場所 |
|
| 座標 | 北緯34度47分31秒 東経134度25分27秒 / 北緯34.79194度 東経134.42417度座標: 北緯34度47分31秒 東経134度25分27秒 / 北緯34.79194度 東経134.42417度 |
| 負傷者 | 8名[1] |
| 損害 | 車両全焼23台、トンネル損傷[1] |
尼子山トンネル火災事故(あまごやまトンネルかさいじこ)は、2023年(令和5年)9月5日火曜日の1時3分頃に山陽自動車道下り線尼子山トンネル内(兵庫県赤穂市および相生市)83.1キロポスト付近で発生した火災事故である。この火災により、23台の自動車が焼損し、1人が重傷、7人が軽傷を負ったほか、40時間を超える火災でトンネルに重大な損傷が発生し、トンネル内の覆工や設備の復旧工事に時間を要し、発災102日目となる12月15日にようやく復旧する、長時間の不通事故となった。
尼子山トンネル
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尼子山トンネルは、山陽自動車道の赤穂市と相生市を結ぶ市境に位置するトンネルで、上り線は全長622メートル、下り線は全長592メートルある[2]。火災の起きた下り線トンネルの縦断勾配は、東側(入口)から西側(出口)に向かって下りの2.8パーセントである[3]。内空の幅は約10メートル、高さ約7メートルで、2車線の道路が通っている[4]。1982年(昭和57年)に供用開始されたトンネルで、建設時は矢板工法[注 1](上部半断面先進工法)がとられていた。設計上の覆工厚は、地山等級がB、Cの場所で55センチメートル、Dの場所で70センチメートルである[6]。西日本高速道路(NEXCO西日本)が定める防災等級では、尼子山トンネルはA等級(上から2番目)とされており、排煙設備は不要とされており、消火栓が装備されているだけで水噴霧設備はなかった[7]。
なお市境に位置するトンネルであるため、相生市を管轄する西はりま消防組合と、赤穂市を管轄する赤穂市消防本部の間の消防相互応援協定に基づき、上り線を赤穂市消防本部、下り線を西はりま消防組合の管轄としている[8]。
火災の経緯
[編集]2023年(令和5年)9月5日1時3分頃、下り線トンネルの入口から400メートルほどの場所の走行車線を走行中の大型トラックから出火した[1]。その影響で、出火したトラックを避けようとした後続車両が次々に追突事故を起こし[4]、追い越し車線において9台が絡む閉じ込め事案が発生した。その後、出火したトラックから渋滞中の車両に延焼し、合計23台の車両とトンネル内設備が焼損した[1]。
出火後、1時9分に西はりま消防組合にNEXCO西日本および警察からほぼ同時に通報され、1時14分に消防車4台、救助工作車2台、救急車1台、指揮車1台の計8台が出動し、同時に赤穂市消防本部にも情報提供が行われた。1時25分には赤穂市消防本部からも消防車1台と水槽車1台が出動した。1時35分に先着隊が入口(東側坑口)に到着した時点で、坑口からは黒煙が噴出しており、負傷者の確認、避難者からの情報収集が行われた。出口(西側坑口)においても救助の必要性があると判明し、1時45分には赤穂市消防本部から救助工作車1台と救急車1台も出動した。この時点で9台の追突事故のうち、前から3台目の大型トラック運転手が車内に閉じ込められていた。赤穂市消防本部からの消防車と水槽車は2時に入口側に到着したが、後から出動した救助工作車と救急車は上り線を走行して2時1分に下り線出口側に到着し、救助活動を開始した。2時27分に、入口から西はりま消防組合の救助隊が進入して3名の避難者を救出、出口から赤穂市消防本部の救助隊が進入して閉じ込められていた運転手を救出した[9]。
トンネル内に亜硫酸ガス積載車両が残っており、爆発音も何度も聞こえる危険な状況であった。自走可能だった7台については坑外へ移動させたものの、自走不能な2台が残り、レッカー車を要請して3時53分から移動作業を開始、5時20分に移動完了した。この間、上り線の通行が規制されたことで緊急車両の逆走が可能となり、出口側に一部の消防車が移動して消火活動を行った。9時24分になり、出口側に合同指揮所が設置されて活動を開始し、9時37分からトンネル内での消火活動が開始された[10]。
10時40分に姫路市消防局と神戸市消防局への応援要請が出され、12時28分に姫路市消防局からの応援隊(1隊3名)が到着、12時36分には神戸市消防局からの応援隊、指揮車、大型ブロアー車、救助工作車、ブーム付ポンプ車、大型水槽車、支援車の計6台が到着した。この大型ブロアー車により13時16分から排煙活動が開始され、トンネル内での消火活動が円滑に行えるようになった。20時08分に鎮圧と判断され、応援隊は現場を引き上げたが、引き続き警戒態勢がとられ残火の処理が継続的に実施された。鎮火と判断されたのは9月6日17時30分となった[10]。日本の道路トンネルで火災が24時間以上続いたのは、1979年(昭和54年)の日本坂トンネル火災事故以来であるとみられている。このような長時間の火災になったのは、内部が非常に高温になったために冷ますのに時間がかかり、消火が遅れたためだと分析されている[11]。
下り勾配のトンネルであり、入口側に濃煙と熱気が噴出してくるために、入口側からの活動に大きな支障をきたした。また市境のトンネルで入口と出口にわかれての活動となり、双方の消防隊の情報共有と連携に困難をきたし、これは合同指揮所開設まで解決しなかった。早期の上下線通行止めと合同指揮所開設が必要であったと後に総括されている。大型ブロアー車はトンネル内の排煙と温度低下に有効であり、消防活動の円滑化に貢献した。濃煙と熱気の悪条件下での長時間活動となったことから、ボンベ残圧の確認と活動時間の設定、および応援隊とのローテーション投入に留意することで、継続的な活動を実施した[12]。
トンネル火災に詳しい公立小松大学生産システム科学部教授の川端信義は、20台以上の車が延焼したことが疑問だとする。トンネル内火災実験では、乗用車を配置して秒速5メートル程度の送風を行っても、それほど延焼しなかった結果が出ており、夜間の火災発生でトラックの割合が高く、燃えた積み荷が飛散して延焼した可能性が指摘された[11]。
トンネルの損傷と復旧工事
[編集]火災鎮火後も、坑内の一酸化炭素濃度が高くてトンネル内に入れない状態が続いたことと、剥落した覆工の破片や焼損した車両が坑内に残されていたことで、トンネルの損傷状態の把握自体に時間を要することになった[6]。こうした剥がれ落ちた覆工コンクリートの破片や設備類、焼損車両の搬出は困難を極めた[13]。まず写真や360度動画からトンネルの被災状況を調べ、覆工コンクリートが剥落した場所、ひび割れが発生し変色した場所、すすなどが付着した場所に分類を行った。その結果、東側坑口から400メートル程度の区間まで覆工の剥離と照明・消火設備の焼損が確認され、残りの約3分の1の区間は覆工全体にすすが付着した状態であることが確認された[3]。
がれき類の撤去が完了した後、NEXCO西日本グループ会社が所有するトンネル覆工面調査車両、西日本高速道路エンジニアリングの「九州eQドクターT」、西日本高速道路エンジニアリング四国の「Smart-EAGLE type-T」を用いて覆工の画像を撮影し、さらなる分析を行った。乗用車のアルミホイールが溶け落ちている状況であったことから、火災時の坑内温度は摂氏660度を超えていたと想定され、コンクリートの受熱温度を推定する必要があるとして、日本コンクリート工学会の資料を参考に1. すすのみ付着、2. ピンクに変色、3. 灰白色に変色、4. 亀甲状クラック、5. 剝落の5種類に分類した。その結果、3と5が受熱温度の最大であると判明した[3]。そして、アーチ部、両側壁部について覆工コンクリートの全厚に対するコアを採取し、残存覆工厚を確認し、表面からの深さごとに圧縮強度、静弾性係数、中性化深さを測定して、火害の影響を調べた。その結果、圧縮強度が設計基準度を下回っているのは、当初の表面からおおむね20センチメートル程度の深さまでであると判明した[14]。覆工コンクリートの背面までは傷んでいなかった[7]。
これまでに類を見ない規模の車両火災事故となったことから、有識者を集めた尼子山トンネル車両火災事故検討委員会(委員長:砂金伸治・東京都立大学教授)を設置して、トンネルへの影響を調査する方法、安全性評価、対策工などの検討を実施した。この委員会による技術検討会は合計4回実施された[15][7]。
復旧の方針としては、火災の影響が深くまで及んでいる場所では、損傷したコンクリートを除去して新たにコンクリートを打ち直す。影響が浅い場所では、コンクリートを部分的に除去して断面修復やシートを用いた補修などを行うことにした。当初の見積もりでは、コンクリートの除去に1か月、打ち直しや補修に1か月、設備などの復旧に1か月の、計3か月程度の工期を見込んだ[7]。
このトンネルは矢板工法で建設されたもので、矢板工法では覆工の裏側に空洞が生じていることが多くみられる。その場合、復旧工実施の際にトンネル崩壊の二次災害を発生させる恐れがあったことから、空洞がある場所では先に裏面に注入を行う対策を行った[15]。
まず火害を受けたコンクリートの除去作業が行われた。除去は、油圧ショベルにアタッチメントとして回転する2つのピック付きドラムを装着したツインヘッダという切削機械を用いた。ブレーカーのような打撃系のアタッチメントの場合は、コンクリートの除去能力は高いが、切削深さのコントロールが難しく、残さなければならないコンクリートにひび割れを生じさせる恐れもあったことから採用されなかった。ウォータージェットについては、ツインヘッダより切削能力が劣ることから早期復旧のために採用されなかった。トンネル断面の3次元計測を行うことで出来高管理を実施し、大型3台、小型2台を同時稼働させて昼夜連続施工により約600時間で約880立方メートルの切削を実施した[16]。
コンクリートは、高い流動性と自己充填性を持ち、早く型を外せるように早期強度発現することを目的とした配合を研究し使用した。また2基のセントル(型枠)を交互使用することで、連日のコンクリート打設を実現した[17]。
コンクリートの圧縮強度が設計強度を上回っていると確認された場所では、特に脆弱な個所をウォータージェットで除去したうえで、表面に剥落防止剤の塗布を行った[17]。また影響が軽微であった場所では、表面のすすの高圧洗浄を実施した。[18]。
全体にわたって水路、舗装、消火栓、照明といったトンネル設備もすべて取り換えが行われた[18]。こうした作業は覆工のやり直し作業との輻輳する、作業管理の難しい工事となった[17]。
復旧工事が完了し、2023年(令和5年)12月15日11時に下り線トンネルの通行が再開された[18]。発災102日目での再開となった[13]。
不通期間の交通管理
[編集]火災発生後、山陽自動車道は播磨ジャンクション - 赤穂インターチェンジ間で上下線ともに通行止めになり、一般道の迂回路である国道2号に交通が流入し、高速道路通行止め以前に比べて約2倍の交通量となって大規模な渋滞が発生した[19]。広域迂回の強化や一般道の渋滞緩和のために、有識者、行政、高速道路会社などから構成される山陽道トンネル内火災事故に対する交通マネジメント検討会を設置して、包括的な交通マネジメントを実施した[19]。なお、9月11日に上り線は通行止めを解除された[11]。
不通期間中、高速道路会社ウェブサイトでの情報提供、ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS) を利用した交通状況の情報提供、道路情報板や路側看板、歩道橋等に設置する横断幕などによる情報提供を行った[20][21]。国道2号の渋滞状況から、中国自動車道への広域迂回を呼びかけるとともに、混雑が予想される日や時間帯を避けた移動の呼びかけも行われた[21]。中国自動車道への迂回を促すため、スマートフォンアプリを利用した1回の走行で500ポイントを付与する「みちトク迂回クーポン」の提供施策も行われた[20]。
国道2号については、事故や災害が発生した際に速やかに迂回誘導できるように道路管理者間で連携が準備された。また信号現示についても適正化を実施し、速度向上効果が確認された[22]。高速道路下り線の再開通の見通しが12月下旬とされたことから大雪への対応も検討され、国道2号鯰峠では除雪車や牽引用重機などを事前に配備してスタック対策が行われた[21]。
法的措置
[編集]最初に出火したトラックの運転手は、走行車線にトラックを停車させた際に三角表示板を置くなどの必要な措置をしておらず、これが自動車運転死傷処罰法違反の疑いがあるとして、2024年(令和6年)8月16日に書類送検された[23]。しかし同年10月28日に神戸地方検察庁は不起訴処分としたが、その理由は明らかにされていない[24]。また追突事故の当事者7人も書類送検されていたが、3月に嫌疑不十分で不起訴処分となった[24]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 3 4 5 6 7 「山陽自動車道尼子山トンネルで発生した車両火災及び車両衝突事故」p.49
- ↑ 「山陽自動車道尼子山トンネルで発生した車両火災及び車両衝突事故」p.50
- 1 2 3 「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」p.73
- 1 2 「40時間超える火災でトンネルに重大損傷」p.20
- ↑ “矢板工法”. 施工の神様. 2026年5月3日閲覧。
- 1 2 「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」p.72
- 1 2 3 4 「40時間超える火災でトンネルに重大損傷」p.21
- ↑ 「山陽自動車道尼子山トンネルで発生した車両火災及び車両衝突事故」pp.49 - 50
- ↑ 「山陽自動車道尼子山トンネルで発生した車両火災及び車両衝突事故」p.51
- 1 2 「山陽自動車道尼子山トンネルで発生した車両火災及び車両衝突事故」p.52
- 1 2 3 青野昌行 (2023年9月12日). “40時間超える火災でトンネル本体に重大損傷、山陽道の通行止め長期化”. 日経XTECH. 2026年4月25日閲覧。
- ↑ 「山陽自動車道尼子山トンネルで発生した車両火災及び車両衝突事故」pp.52 - 53
- 1 2 「山陽自動車道 尼子山トンネル車両火災事故復旧工事」p.70
- ↑ 「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」pp.73 - 74
- 1 2 「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」p.74
- ↑ 「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」p.75
- 1 2 3 「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」p.75
- 1 2 3 「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」p.77
- 1 2 「山陽道トンネル火災事故に対する交通マネジメントの取り組みについて」p.1
- 1 2 「E2山陽自動車道 尼子山トンネル車両火災事故の対応」p.40
- 1 2 3 「山陽道トンネル火災事故に対する交通マネジメントの取り組みについて」p.2
- ↑ 「山陽道トンネル火災事故に対する交通マネジメントの取り組みについて」p.3
- ↑ 原野百々恵 (2024年8月17日). “トンネル火災で煙充満、「三角板」怠り事故誘発か 運転手を書類送検”. 朝日新聞デジタル. 2026年4月25日閲覧。
- 1 2 “山陽道・尼子山トンネルの火災 出火元の大型トラック運転手を不起訴に 神戸地検”. 神戸新聞NEXT (2024年10月28日). 2024年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月25日閲覧。
参考文献
[編集]- 西はりま消防組合、赤穂市消防本部「山陽自動車道尼子山トンネルで発生した車両火災及び車両衝突事故」『近代消防』第62巻第7号、近代消防社、2024年7月、49-53頁。
- 「40時間超える火災でトンネルに重大損傷」『日経コンストラクション』第799巻、日経BP、2023年10月、20-21頁。
- 加藤寛之「山陽自動車道尼子山トンネルにおける車両火災事故の対応」『防水ジャーナル』第56巻第10号、新樹社、2025年10月、72-77頁。
- 西日本高速道路株式会社関西支社姫路高速道路事務所「山陽自動車道 尼子山トンネル車両火災事故復旧工事」『建設』第69巻第8号、全日本建設技術協会、2025年8月、70頁。
- 高松晋平、香山卓也「山陽道トンネル火災事故に対する交通マネジメントの取り組みについて」(PDF)『近畿地方整備局研究発表会 安全安心II』第2024巻、近畿地方整備局、2024年9月、1-4頁。
- 西日本高速道路(株)関西支社「E2山陽自動車道 尼子山トンネル車両火災事故の対応」『高速道路と自動車』第67巻第5号、高速道路調査会、2024年5月、37-40頁。
関連項目
[編集]- 日本坂トンネル火災事故(静岡県、東名高速道路) - 1979年、死者7人、負傷者2人、車両全焼172台。
- 境トンネル多重衝突炎上事故(広島県、中国自動車道) - 1988年、死者5人、負傷者5人、車両全焼10台。
- 八本松トンネル火災事故(広島県、山陽自動車道) - 2016年、死者2人、負傷者73人、車両全焼5台。