名古屋高速道路

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名古屋高速道路(なごやこうそくどうろ NAGOYA EXPRESSWAY)は、名古屋高速道路公社(なごやこうそくどうろこうしゃ)が維持・管理等を行なっている、名古屋市とその周辺地域にある路線長81.2km[1]都市高速道路である。一般には略して名古屋高速と呼ばれ[2]、新聞記事でもこの名称が使用されている。名高速(めいこうそく)と更に略される場合もある[3]

1994年12月16日地域高規格道路の計画路線に指定された[4]

概要[編集]

直線道路が多勢の名古屋高速。既存の広幅員直線道路を利用して設置されたことがその理由。若宮大通の中央に建設された2号東山線(画像左)および名古屋市道江川線直上に建設された都心環状線(画像右)。 直線道路が多勢の名古屋高速。既存の広幅員直線道路を利用して設置されたことがその理由。若宮大通の中央に建設された2号東山線(画像左)および名古屋市道江川線直上に建設された都心環状線(画像右)。
直線道路が多勢の名古屋高速。既存の広幅員直線道路を利用して設置されたことがその理由。若宮大通の中央に建設された2号東山線(画像左)および名古屋市道江川線直上に建設された都心環状線(画像右)。

名古屋高速は6放射道路によって名古屋市と周辺地域を立体交差で高速連絡のうえ、長距離の流出入交通の処理を行っている。このため、名古屋環状2号線名二環)とは6放射全ての路線で接続するほか、小牧、一宮、三重県、東海および知多、豊田や岡崎、静岡・浜松の周辺地域を結ぶ主要道路または高速道路と接続している。なお、名古屋市内に用のない通過交通の処理については、東名高速名神高速、或いは伊勢湾岸自動車道を介した東名または新東名高速東名阪自動車道新名神高速が接続することで迂回ルートが整備されていることから、名古屋高速には通過交通が流れ込まないことで首都高速と比較した場合の交通流動は比較的スムーズである[5][注釈 1]

道路構成は東西軸1路線、南北軸2路線に加え、南北軸2路線間を連絡する分岐線2本をその基本構成とする。これに、名二環と一体となって流出入交通の円滑な処理を行っている。なお、東西1軸、南北2軸の形状が片仮名の「サ」の字に見えることに加え、名古屋環状2号線の環状部が円(マル)であることから、道路計画段階ではこの2つを合わせてマルサ計画と呼ばれた[6]

名古屋高速は首都高速阪神高速と比較して運営開始が15年遅れ、さらにその後の工期の遅延もあって物価の低い時期に建設する機会を逸したことで建設費用の高騰を招いた[7][2]。そのうえ環境面の配慮から一部区間で高架式をトンネル式に変更したことでさらなるコストアップを誘発した[2]。このため、全線開業時点における名古屋高速道路公社の負債総額は約1兆7,000億円と膨大な金額にのぼり[8]、これを完済するために通行料金は全国の都市高速の中では最高金額の770円で設定されている[9]。もっとも、借金の返済期限を延長して通行料金の低価格据え置きを求める意見もあったが、公社としては延長した末に将来の金利変動や通行量減少に遭遇するリスクを勘案し、たとえ高額の通行料金収受による世間の批判に晒されてでも延長なしによる完済方針を堅持することとした[2]。しかし、2012年に発生した笹子トンネル事故を契機として道路施設の大規模改修の必要が生じ[注釈 2]、これには2年分の料金収入に匹敵する多額の費用が見込まれることから通行料金の値上げを回避するために償還期間を10年延長して50年とするよう法改正がなされた[10][注釈 3]

道路は基本的に既設の広幅員道路の直上に建設した[11]。このため、大方の路線が道路中央を高架で建設することが可能とされ、首都高速と比べても割と直線道路が多いのが特徴となっている[7]

なお、当該高速にパーキングエリア等の休憩施設は設けられていない。

2013年11月23日4号東海線 六番北 - 木場間の供用開始により、名古屋高速道路は全線の供用を開始した[12]

建設の主旨と路線の選定[編集]

車社会の到来が押し寄せた1950年代以降、100メートル道路に代表される広幅員道路[13]を有する名古屋市内においても道路混雑が散見されるようになった[14]。そして今後とも人口増加と経済発展に伴って自動車保有台数の増加と道路混雑の激しさが増すことが予想された[15]。特に名古屋市の特性として、同市周辺40km圏内に林立する豊田四日市岡崎半田岐阜一宮等に代表される生産都市と名古屋市における濃厚な経済的交流が挙げられる[15]。このことは、都市周辺をベッドタウンで構成する東京や大阪とは異なった、名古屋市をはじめとする中部経済圏の特徴でもある[16]。従って、名古屋市と周辺都市を連絡する交通需要の割合が、市内相互間の交通量に対して一定規模の比率を占め、その割合は年毎に高まるものと推測された[15]

以上のことから、急を要する道路対策として交通の質的分離を行うことになった。つまり、周辺都市と名古屋市を連絡する比較的長距離の交通需要と、市民の日常生活に密着する比較的短距離の質を異にする交通需要が同一平面街路で混在しては渋滞を誘発するためである[17]。また、市外からの流出入交通すなわち走行距離の長い自動車にとって、都市特有の数多い交差点待機が及ぼす時間的、経済的影響は決して小さくないことから、市街地を高速度で走行するには連続立体構造を採用せざるを得ない[17]。かくして、市街の平面街路はあくまで市内相互間利用のみの短距離交通をあて、長距離の流出入交通については連続立体道路での高速連絡として、自動車専用道路に収容することが望ましいとされた[17]。ほか、先行して計画されていた名古屋環状2号線と連絡する放射道路が整備されたとしても、将来予想される交通量から受け入れ容量の超過が予見されたことで、これらとは別路線の自動車専用の放射道路を建設し、質の分離とあわせて量への対応も行うことになった。

以上の建設の主旨に則り、路線選定のコンセプトを都心と市街地周辺との連絡に置いた[18]。そして選ばれた放射路線は交通量が特に多いとされる6方向とされ、その全てに名古屋環状2号線が接続するものとされた[19]。その6方向とは、1.東名高速道路(名古屋IC) 2.国道41号(小牧方面) 3.国道22号(一宮方面) 4.東名阪自動車道(名古屋西JCT) 5.西知多産業道路(知多方面) 6.名四国道(岡崎方面)である。この内、東名阪自動車道と東名高速を直結する東西1路線、国道41号と名四国道および国道22号と西知多産業道路を直結する南北2路線、そして、南北2路線間を連絡する分岐3路線で環状ルートを形成のうえ6放射道路間の連絡を図ることとした[19]。この基本方針はその後一部が改廃されたが(詳細は#歴史を参照)6放射とする原案は現路線に概ね踏襲された。

路線[編集]

名古屋高速と周辺有料道路および主な国道の路線図。青線が名古屋高速。

道路法上は名古屋市道または愛知県道である[20][注釈 4]。先述した東西軸1路線と南北軸2路線、南北軸2路線間を繋ぐ分岐線2路線で構成され、これを案内のわかり易さから、以下の「路線呼称」と「ルートマーク(路線番号・記号)」で表記している。路線番号は都心環状線東片端JCT接続の1号を皮切りに時計回りで2→3→4→5→6と付番している。

(12号線から15号線は欠番となっている。)

一般向けの案内とは異なる法定道路名称は以下の内容である[21]。区間は地名に替えて出入口またはJCTで表記した。

  • 名古屋市道高速1号(名古屋西JCT - 四谷)
  • 名古屋市道高速1号四谷高針線(四谷 - 高針JCT)
  • 名古屋市道高速2号(楠JCT - 名古屋南JCT)
  • 名古屋市道高速分岐2号(明道町JCT - 東片端JCT)
  • 名古屋市道高速分岐3号(山王JCT - 鶴舞南JCT)
  • 愛知県道高速名古屋朝日線(名駅入口付近 - 清洲JCT)
  • 愛知県道高速名古屋新宝線(名駅入口付近 - 東海JCT)
  • 愛知県道高速名古屋小牧線(楠JCT - 小牧北)
  • 愛知県道高速清須一宮線(清洲JCT - 一宮中)

歴史[編集]

東京、大阪同様、名古屋圏も自動車交通量の増加によって、早晩に道路交通の行き詰まりに至ることが想定されたことから、1960年代には名古屋高速の必要性が議題に上げられた[22]。そして、地方道路公社方式において高速道路の整備を推進することになり、1970年に名古屋高速道路公社が設立および都市計画が決定された[23][24]。当初計画では、1970年度から1979年度までの10年間で建設を終えることとされたが[25]、折しもこの時期は高度経済成長に伴う水俣病四日市ぜんそく等、公害問題が顕在化し、自動車交通においても騒音や大気汚染の問題が国民の関心を集める中で[26]、名古屋高速についても建設阻止に向けた住民運動が各地域で展開された[27]。さらに、この運動が時の名古屋市長[注釈 5]を動かして都市高速道路関連予算の執行停止を招き[28]、併せて建設中の大高線の工事中止にも至った[29]。挙句は、公社発足と機を一にして高度経済成長の終焉とオイルショックが重なり、好景気時点に立案された建設計画も交通量の鈍化が予想されたことで見直しを要され[30][31]、建設計画自体も遅延の一途を辿ることになった[27]。当初、全体で10年間とされた建設計画は、全線に先駆けて建設された大高線だけで10年を要し[32]、その後も各路線で建設反対運動に直面したことに加え[33]、1980年代後半のバブル景気による土地の異常な高騰[34]およびその後の急激な値下がりによって用地取得の進捗率が低下するなど建設には困難を極め[35]、結局のところ全線の工事を完了したのは2013年で、最初の都市計画決定から43年後のことであった[12]

現在の路線呼称と番号は1995年における都心環状線全線開業を契機として制定されたものであるが[36]、以下の年表ではそれ以前のものであっても便宜的に現在の基準で表記している。なお、都心環状線全線開業以前の呼称と番号は次の通りである。1号万場線(現5号万場線)、1号白川・東山線(現2号東山線)、2号大高線(現3号大高線)、2号楠線(現1号楠線)[36]

  • 1961年(昭和36年)6月 : 建設省(現・国土交通省)から名古屋市における高速道路設置のための基礎調査を愛知県と名古屋市が受託[14]
  • 1963年(昭和38年)6月22日 : 名古屋都市高速道路調査連絡会が発足[14][37]
  • 1966年(昭和41年)7月2日 :「名古屋都市高速道路の概要」を発表[37]。ここで、名古屋環状2号線の内側に、南北2方向、東西1方向および2分岐線を配した高速道路網の建設計画を提示[22]
  • 1970年(昭和45年)9月24日 : 愛知県と名古屋市の出資により名古屋高速道路公社を設立[38]
  • 1970年(昭和45年)9月25日 : 最初の都市計画が認可[39]
  • 1973年(昭和48年)1月19日 : 都市計画変更。2号東山線は吹上 - 名古屋IC間を計画線として認可[40]
  • 1973年(昭和48年)3月22日 : 名古屋市の予算市議会で都市高速道路関連予算の執行凍結が決定[28]
  • 1973年(昭和48年)12月26日 : 予算凍結解除[41]
  • 1976年(昭和51年)11月22日 : 都市計画変更。都心環状線を双方向通行式から1方向通行方式に改め、これに伴い高速分岐1号を廃止。2号東山線は四谷 - 名古屋IC間を廃止のうえ代替路線の四谷 - 高針JCT間の計画を留保。高速3号(いわゆる6号清須線と4号東海線)は都心環状線部分を除いて整備計画から除外した[42]
  • 1979年(昭和54年)7月25日 : 3号大高線高辻 - 大高 (10.9km)開通[43]
  • 1985年(昭和60年)5月7日 : 3号大高線鶴舞南JCT – 高辻、都心環状線東新町入口東別院出口開通[44]
  • 1986年(昭和61年)10月27日 : 5号万場線名古屋西JCT - 白川開通、東名阪自動車道と接続[45]
  • 1987年(昭和62年)8月31日 : 都心環状線名駅出口(現・錦橋出口[46]) – 新洲崎JCT (0.8km)開通[47]
  • 1988年(昭和63年)3月23日 : 東名阪自動車道名古屋西JCT - 清洲東IC開通により名古屋西JCT渡り線を設置のうえ東名阪自動車道均一区間と接続[47]
  • 1988年(昭和63年)4月26日 : 2号東山線白川 – 吹上および吹上暫定連絡路[48]、都心環状線新洲崎JCT – 山王JCTおよび山王JCT - 東別院開通[49]
  • 1988年(昭和63年)12月21日 : 1号楠線荻野暫定出入口 (2.2km)開通[47]
  • 1989年(平成元年)3月29日 : 3号大高線堀田出口開通[47]
  • 1989年(平成元年)6月16日 : 3号大高線堀田入口、都心環状線東別院入口開通[47]
  • 1991年(平成3年)3月19日 : 1号楠線楠JCT – 楠(0.1km)開通、東名阪自動車道(現・名二環)と接続[50]
  • 1992年(平成4年)8月5日 : 整備計画変更により高速1号四谷高針線(いわゆる2号東山線四谷 - 高針JCT)を計画に組み入れ[51]
  • 1994年(平成6年)9月12日 : 都心環状線名駅 - 丸の内出口(1.7km)開通。ただし名駅入口は丸の内出口までの利用距離が短いため未供用[49]
  • 1994年(平成6年)11月16日 : 1号楠線荻野暫定出入口を廃止のうえ都心環状との連結工事のため同線は供用停止[52]
  • 1994年(平成6年)11月24日 : 整備計画変更により高速名古屋小牧線(いわゆる11号小牧線)を計画に組み入れ[51]
  • 1995年(平成7年)9月19日 : 1号楠線荻野 – 東片端入口、都心環状線丸の内出口 – 東新町開通[53](併せて名駅入口供用開始[54])。これにより楠から大高までの縦断路線が完成[49]。また、都心環状線のループが完成、これにより吹上暫定連絡路を廃止[55]
  • 1996年(平成8年)1月10日 : 整備計画変更により高速3号北部(いわゆる6号清須線)を計画に組み入れ[56]
建設途中の6号清須線(2006年)
明道町JCT付近
建設途中の4号東海線(2009年)
日比野駅付近

最高速度[編集]

最高速度は尾北線が80km/hの他は、ほとんどが40-60km/h制限となっている[65]。なお、2号東山線の吹上西、吹上東 - 高針JCT間の半地下、トンネル部は、排気ガスによる視認性の低下や車両火災によるリスクを回避の観点から50km/h規制である[66]

料金・割引[編集]

料金収受は入口方式。ETCと一般レーンを用意。
料金制度見直しに向けた社会実験の垂れ幕(2015年5月撮影)

名二環を境に名古屋線(内側)と尾北線(外側)の2つの料金圏に分かれ、それぞれ均一料金制である(一部に特定料金区間あり)[67]2004年10月1日以降はすべての料金所でETCが利用できる[68]

均一料金制を採用しているのは、料金区分が簡素であることから料金徴収の時間節約および本線流出時の料金徴収がないため(尾北線を除く)大量の都市交通を滞りなく円滑に処理できるからである[67][69]。さらに、利用距離が長いほど割安となることから、長距離交通(市内外との流出入交通)の高速道路への利用を促し、短距離交通との質的分離を促進させ一般道路の混雑を和らげる意味合いを持っている[67]。その一方で尾北線を別料金体系としているのは、この区間のみの利用者が尾北線利用者の約半数と高い比率を占めることが想定され、名古屋線の料金体系を導入した場合、尾北線のみ利用者の金銭的負担が重くなることに加え、高額負担により名古屋環状2号線(名二環)との相互利用をためらうことも想定されたことから別体系を採用、現在に至るまでも踏襲されている[70][71]

なお、均一料金制は不公平感があることから、公社としては首都高速で採用された利用距離に応じた料金制度を名古屋高速でも導入するか否かの検証を実施することになった。その結果として、既に実施中のETC末端特定区間割引(詳細は下記参照)を拡大、末端部と1つ目の出口(570円)に加え、新たに2つ目の出口間で670円を設定し、これに正規の770円を加えた3段階式料金体系としてETC搭載車限定で2014年7月1日から1年間限定で社会実験を行った。元を正せば、均一料金制を採用する要因の一つが係員による料金収受業務の円滑化に資することであったため、ETCの利用率が9割となった現在では均一料金制度にこだわる必然性が薄まり、公社としてもこれを距離制度再考の機会と捉え、今後は実験結果を踏まえて制度の在り方を煮詰めるとしている[72]

料金収受は均一料金制であることから入口徴収、出口はフリーである[73](尾北線の一部に出口徴収あり[74])。集約料金所を除いて基本的に2レーン配列で、ETC専用レーンと一般レーンで構成される[75]。ETC不払い防止策の一環として原則的にETCと一般の混在レーンはない[76]

現行の通常料金[編集]

2014年4月1日改定

  • 名古屋線 : 普通車770円、大型車1,540円
  • 尾北線 : 普通車360円、大型車720円
    • 尾北線特定料金区間[77] : 普通車210円、大型車410円

ETC割引[編集]

どの割引も料金所をETC無線通信によって通行することが条件である(公社側の事由により無線通行ができない場合を除き、ETCカードを係員に手渡して精算した場合には適用されない。)。日・時間帯の条件がある割引は、料金圏ごとにその料金所の通過時刻で判断し、それらの割引の重複適用はしない(割引額が最も大きいものを適用)。割引額に10円未満の端数が生じる場合、端数は切り捨てとなる。

端末特定区間割引
名古屋線末端部分の指定区間[78]のみの利用が対象。普通車200円引き、大型車400円引き。本割引を適用した後の料金に対し、以下の時間帯割引・社会実験割引が重複適用される。
夜間割引
全日、22‐24時は10%引き、0‐6時は20%引き。
日曜・祝日割引
日曜祝日の6‐22時が10%引き。0‐6時および22‐24時は先述の夜間割引が適用される。2009年7月18日から2011年3月27日までの普通車は、次の土日祝日料金引下げ社会実験が優先して適用された。
普通車土日祝日料金引下げ社会実験(終了)
普通車のみ、土曜・日曜・祝日終日30%引き。次の平日も対象となる。
  • 2009年 - 8月6日(木)・7日(金)・13日(木)・14日(金)[79]、11月2日(月)[80]
  • 2010年 - 2月12日(金)[81]、4月30日(金)
地域活力基盤創造交付金を利用して、愛知県道路公社とともに、2009年7月18日から2011年3月27日までの期間限定で実施された。
実験費用は約46億円。経済波及効果は約54億円と推計された[82]
平日昼間時間帯割引社会実験
平日(土曜日を含む)の6‐7時および13‐16時が15%引き。2011年7月1日から2013年12月31日まで実施。
100円値下げを行うとする、大村秀章(愛知県知事)と河村たかし(名古屋市長)の共通公約が基になっている。当面の対応として渋滞緩和などを目的に実施。実験費用は約14億円で、公社が負担する[83][84]
当初は2012年6月30日までの予定だったが、2013年6月29日までに延長され、さらに同年末までに延長されている。

ETC料金表[編集]

普通車/大型車

2014年4月1日からの料金
時間帯 名古屋線 尾北線
端末特定区間
を除く
端末特定区間 特定料金区間
を除く
特定料金区間
月曜~土曜(祝日除く) 6-22時 770円/1,540円 570円/1,140円 360円/720円 210円/410円
月曜~土曜(祝日除く) 22-24時 700円/1,390円 520円/1030円 330円/650円 190円/370円
日曜・祝日 6-24時
全日 0- 6時 620円/1,240円 460円/920円 290円/580円 170円/330円

以上の割引を適用した後の料金に対し、 マイレージサービス又はコーポレートカード割引が重複適用される。

料金の変移(名古屋線)[編集]

  • 1979年7月25日(開通時)- : 普通車400円、大型車800円[85]。 
    • この当時の回数券の中には、250回券というものが存在した[要出典]
  • 1985年5月8日- : 普通車500円 大型車1,000円[44]
    • この頃、飛び地で開通している区間への暫定措置として、乗継券による乗継制度が設定されたことがある[86]
  • 1988年4月27日- : 普通車600円 大型車1,200円[47]
    • 1988年12月21日 : この日供用開始の楠-萩野間に、普通車150円、大型車300円の特定料金を設定[85]
    • 1989年4月1日 : 消費税法が施行されたが、名古屋市議会の反対で料金への転嫁ができなかった。
  • 1995年9月20日- : 普通車650円 大型車1,300円。1号楠線暫定供用料金は廃止[53]
  • 2004年3月29日- : 普通車750円 大型車1,500円[87]
  • 2014年4月1日 : 消費税8%化により普通車770円 大型車1,540円に改定[89]

所管警察[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 通過交通排除の必要性は名古屋市も重々承知しており、東山トンネル建設に際しての住民説明でも、通過交通による公害増長の不安に対する回答として、伊勢湾岸自動車道豊田JCT - 四日市JCT間開通によって通過交通はそちらにシフトすることから名高速には入ってこない旨の説明を行った(『中日新聞』1990年4月25日)。
  2. ^ 2号東山線の東山トンネルは天井板崩落以前の笹子トンネルと同じ構造であることからリスク回避のため天井板撤去が決定している。詳細は東山トンネルを参照。
  3. ^ 1997年4月の有料道路整備資金貸付要領の改正によって従来30年までしか設定できなかった料金徴収期間が40年まで延長され、2015年1月に至って政府予算案の閣議決定で50年となった(『名古屋高速道路公社四十年史』pp.180 『中日新聞』2015年1月15日(日刊))。
  4. ^ 名古屋市の市域外を通過する道路は愛知県道として、名古屋市道と区別した(『名古屋高速道路公社二十年史』pp.48 - 49)。
  5. ^ 本山政雄市長。1973年4月の市長選で現職を破って当選した。1985年4月に西尾武喜市長に替わるまで12年間市政を担った。(『名古屋高速道路公社四十年史』pp.159 - 160、165)。

出典[編集]

  1. ^ “公社が計画していた81.2kmの名古屋高速全線が開通する 報道陣公開”. 中日新聞: pp. 18. (2013-11-12日刊) 
  2. ^ a b c d “料金全国一高く批判も高く”. 中日新聞: pp. 3. (2004-3-27日刊) 
  3. ^ “名古屋と一宮結ぶ 名高速清須線が開通”. 中日新聞: pp. 22. (2007-12-11日刊) 
  4. ^ 愛知県建設部道路建設課 2012, pp. (パンフレットのためページ記載なし).
  5. ^ 清水草一 2009, pp. 106 - 140.
  6. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 156.
  7. ^ a b 清水草一 2009, pp. 139.
  8. ^ 清水草一 2009, pp. 139 - 140.
  9. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 169.
  10. ^ “名高速償還期間延長へ 15年度政府予算案老朽化対策に巨費”. 中日新聞. (2015-1-15日刊) 
  11. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 15.
  12. ^ a b c “名高速の六番北 - 木場開通 公社設立後43年、全線完成”. 中日新聞: pp. 24. (2013-11-24日刊) 
  13. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 7.
  14. ^ a b c 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 5.
  15. ^ a b c 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 8 - 12.
  16. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 11.
  17. ^ a b c 愛知県・名古屋市 1970, pp. 8.
  18. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 13.
  19. ^ a b 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 41 - 44.
  20. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 48 - 49.
  21. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 30.
  22. ^ a b 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 12.
  23. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 18 - 25.
  24. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 17.
  25. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 17.
  26. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 77 - 78.
  27. ^ a b 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 41.
  28. ^ a b 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 23.
  29. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 42、75.
  30. ^ “調査路線に格上げ 名古屋高速3号放射部 15年ぶりに前進”. 朝日新聞. (1992-12-26夕刊) 
  31. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 162.
  32. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 42.
  33. ^ 名古屋高速道路公社30年史編集委員会 2002, pp. 115 - 116.
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参考文献[編集]

  • 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 『名古屋高速道路公社二十年史』、1991年 
  • 名古屋高速道路公社30年史編集委員会 『名古屋高速道路公社30年史』、2002年 
  • 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 『名古屋高速道路公社四十年史』、2012年 
  • 名古屋高速道路公社工事誌編集委員会 『名古屋高速道路公社工事誌II』、1998年9月 
  • 清水草一 『高速道路の謎 雑学から知る日本の道路事情』 扶桑社、2009年ISBN 9784594060220 
  • 財団法人 名古屋都市センター 『名古屋都市計画史(大正8年 - 昭和44年)』、1999年 
  • 愛知県建設部道路建設課 『人・モノ・情報の交流促進をめざして 高規格幹線道路&地域高規格道路』、2012年 
  • 愛知県・名古屋市 『名古屋都市高速道路計画の概要(昭和45年7月)』、1970年 
  • 窪田陽一 『道路が一番わかる 道路の構造・工法が手に取るように理解できる』 技術評論社〈しくみ図解〉、2009年ISBN 9784774140056 
  • 名古屋市市長室広報課 『広報なごや 縮小版』661 - 672(平成15年1 - 12月号)巻、2003年 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]