名古屋高速2号東山線

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名古屋高速道路

名古屋高速2号標識

名古屋高速2号東山線
地図
名古屋高速と周辺有料道路のルート図。青線が名古屋高速。東山線はオレンジの路線。
路線延長 10.3km
開通年 1986年 - 2003年
接続する
主な道路
記法
5号万場線
都心環状線
名古屋第二環状自動車道
テンプレート(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路

名古屋高速2号東山線(なごやこうそく2ごうひがしやません)は、愛知県名古屋市中村区新洲崎JCTから愛知県名古屋市名東区高針JCTへ至る名古屋高速道路路線である。道路法上は、名古屋市道高速1号(中川区島井町 - 千種区鏡池通)の一部と名古屋市道高速1号四谷高針線(千種区鏡池通 - 名東区猪高町)の全部からなる[1][2]

概要[編集]

名古屋高速道路のうち、都心と名古屋市東部地域を連絡する東西方向の路線である[3]。東端の高針JCTでは名古屋環状2号線専用部(名二環)と接続し、名二環経由で東名高速道路名古屋ICと連絡する。一方、西端の新洲崎JCTでは5号万場線と接続し、両路線は直線で結ばれている。

路線は名古屋高速で唯一となる掘割、半地下およびトンネル区間があり、これを高架道路が前後に挟み込む形態となっている。起点から吹上東出入口を過ぎるあたりまでは若宮大通の上を通っている。丸田町JCTおよび近接するJR中央線オーバーパスすると下り坂となってそのまま掘割区間に入る。そこから東側は終点まではほとんど半地下または地下区間となる[3]

路線データ[編集]

  • 起点 : 愛知県名古屋市中村区名駅南[4]
  • 終点 : 愛知県名古屋市名東区猪高町[5]
  • 距離 : 10.3km[6]
  • 出入口 : 6箇所(入口 : 6箇所・出口 : 6箇所)
  • 分岐 : 3箇所
  • 車線 : 4車線

通過する自治体[編集]

接続高速道路[編集]

出入口など[編集]

2号東山線の出入口とJCT位置
ミッドランドスクエアからの俯瞰画像
  • 施設名欄の背景色がである部分は施設が供用されていない、または完成していないことを示す。未開通区間の名称は仮称。
  • 接続路線名の特記がないものは市道
  • 途中で天白区も通るが、出入口はない。
出入口番号 施設名 接続路線名 起点から
km
備考 所在地
- 新洲崎JCT (5)万場線 0.0 中村区
211/201 白川出入口 若宮大通 0.5 千音寺(東名阪道)方面出入口 中区
- 白川東出入口 若宮大通 計画中[7]
- 丸田町JCT (R)都心環状線 2.2 高針方面接続
212/202 吹上東出入口 若宮大通 3.2 千音寺・都心環状方面出入口 千種区
- 吹上連絡路 廃止
213/203 吹上西出入口 若宮大通 高針方面出入口
214/204 春岡出入口 国道153号 高針方面出入口
215/205 四谷出入口 鏡ヶ池線山手グリーンロード 6.7 千音寺・都心環状方面出入口
- 高針料金所 - 千音寺・都心環状方面 名東区
216/206 高針出入口 愛知県道59号名古屋中環状線
名古屋環状2号線支線
千音寺・都心環状方面出入口
- 高針JCT 名古屋第二環状自動車道 10.3
  • 201-206 東行、211-216 西行

歴史[編集]

当初計画ルート(破線)[8]と現行ルート。

名古屋高速は交通集中が激しい都心と6方向との相互連絡を目的として計画された[9]。この内、都心と東名高速道路名古屋IC間で計画されたのが2号東山線である。さらに、新洲崎JCTから5号万場線として西進のうえ名古屋西JCTにて東名阪自動車道と直結し、両高速道路間の連絡路線としての使命も併せ持つこととされた[10]。計画立案当時は東名高速道路と東名阪自動車道を直通する自動車専用道路が存在しなかったことから両高速道路間の連絡は広小路通愛知県道60号名古屋長久手線)によるほかなく、都心の渋滞を引き起こす要因となっていた[11]。このため2号東山線は5号万場線と一体となって都心に用のない通過交通を平面街路から排除する役割が期された[12]

2号東山線がまだ具体的経路が定まっていなかった時代、建設する平面街路の候補として錦通、広小路通、若宮大通が挙げられた[13]。これは名古屋高速の建設にあたって広幅員道路を利用して用地買収を最小限度に抑えることを原則としたことによる[14]。しかし、都心部でありながら空間に余裕がある100m道路が建設には最適との判断によって若宮大通が選定された[13]。ところが若宮大通は千種区千種通7丁目で終点となり、これ以東に広幅員道路はなく、あるのは住宅密集地帯であった。計画ではこの住宅密集地帯を縦断して東山通3丁目に抜けて広小路通に到達[15]、以後は広小路通(東山通)を東進して名古屋ICと連結する内容であった。しかし、住宅密集地帯に高速道路を新設するには800世帯の立ち退きが必要とされ[13]、転居後の生活再建や自動車公害、東名高速と東名阪自動車道間の通過交通による環境悪化の懸念から地域住民の猛烈な建設反対運動に直面した[16][17](詳細は名古屋市道鏡ヶ池線を参照)。加えて広小路通以東では名古屋市営地下鉄東山線と路線競合することから地下鉄の上に高架式道路を建設することでコストアップの懸念が生じ[18]、また、都市公園たる東山公園の前を高架式で通過させることを問題視する意見もあったことから[18]、1976年の都市計画変更において四谷 - 名古屋IC間を廃止のうえ代替ルートとして四谷 - 高針JCT間を提示した。そして高針JCTにて名古屋環状2号線専用部(名二環)に接続することとされたが、当時は名古屋環状2号線の事業計画が未決定のため、確定までのあいだ代替ルートを留保することになった[19]。これ以後、1982年11月に名古屋環状2号線専用部の都市計画が決定され、2号東山線も四谷までの都市計画が決定された。だが、四谷までが部分開業となったあかつきには四谷周辺で接続車両による交通渋滞が予測されることから、早急に留保解除のうえ都市計画決定を取り付けたい名古屋市の意向によって[20]1991年8月をもって都市計画が決定、当該ルートが確定を見た[21]

年表[編集]

  • 1970年昭和45年)3月 : 都市高速道路調査室(愛知県と名古屋市の職員で構成)が計画路線網をまとめる[22]。ここで1号線として名古屋西JCT - 名古屋IC直結ルートを提示[23]
  • 1970年(昭和45年)9月25日 : 吹上以東を留保し、名古屋西JCT - 吹上のルートで都市計画決定[24][25]
  • 1973年(昭和48年)1月19日 : 名古屋IC直結ルートで都市計画決定(公示)[26]
  • 1976年(昭和51年)11月29日 : 四谷 - 名古屋ICを廃止のうえ代替の四谷 - 高針ルートを留保するかたちで都市計画変更(公示)[27]
  • 1986年(昭和61年)10月27日 : 名古屋西JCT(5号万場線)- 白川出入口開通[28]
  • 1988年(昭和63年)4月26日 : 白川出入口-吹上出入口(現在の吹上東出入口)開通、吹上連絡路開設[29]
  • 1991年平成3年)8月28日 : 四谷から高針のルート決定を受けて都市計画変更(公示)[30]
  • 1995年(平成7年)9月19日 : 吹上連絡路廃止。路線番号と呼称を2号東山線に変更[31]
  • 2000年(平成12年)12月11日 : 吹上東出入口 ← 四谷出入口(西行き)開通。吹上出入口を吹上東出入口に改称[32]
  • 2001年(平成13年)6月1日 : 吹上東出入口 → 四谷出入口(東行き)開通[33]
  • 2003年(平成15年)3月29日 : 四谷出入口 - 高針JCT開通、高針JCTで東名阪自動車道(現・名古屋第二環状自動車道)に接続[33]。春岡入口開通[34]
  • 2011年(平成23年)3月20日 : 名二環名古屋南JCT - 高針JCT開通により高針JCTの南渡り連絡線を開設。これで2号東山線は全線の供用を開始[35]

交通量[編集]

平日24時間交通量(平成17年度道路交通センサス)

  • 愛知県名古屋市中区大須2丁目 : 18,755
  • 愛知県名古屋市千種区吹上2丁目 : 37,877
  • 愛知県名古屋市名東区猪高町高針 : 31,692

特記事項[編集]

環境対策・都市景観への配慮[編集]

3号大高線(画像左)と2号東山線(画像右)。若宮大通区間では画像左のT型橋脚をやめて梁なし2柱式となり公園デザインと高架構造が一体となるようなデザインが採用された。また、箱桁は逆台形式、排水管も橋脚に内蔵するなど景観にこだわりを持った。 3号大高線(画像左)と2号東山線(画像右)。若宮大通区間では画像左のT型橋脚をやめて梁なし2柱式となり公園デザインと高架構造が一体となるようなデザインが採用された。また、箱桁は逆台形式、排水管も橋脚に内蔵するなど景観にこだわりを持った。
3号大高線(画像左)と2号東山線(画像右)。若宮大通区間では画像左のT型橋脚をやめて梁なし2柱式となり公園デザインと高架構造が一体となるようなデザインが採用された。また、箱桁は逆台形式、排水管も橋脚に内蔵するなど景観にこだわりを持った。

名古屋高速は自動車公害や日照阻害を懸念する地域住民との折衝を経て当初計画案を可能な範囲で住民要望に沿うよう変更を重ねて建設された[36]。中には建設コストや工期短縮の面から構造の変更を実施した路線もあるが[37]、その中にあって2号東山線は環境的配慮に加えコストの面から大幅な構造とルートの変更をおこなったことは先述した。このうち、日照阻害や騒音公害低減の意図から半地下式で建設された吹上西出入口 - 四谷出入口間と、緑豊かな東山公園一帯の環境保全の観点からトンネル式で建設された四谷出入口 - 高針集約料金所間における概要、環境的配慮については名古屋市道鏡ヶ池線東山トンネルをそれぞれ参照されたい。従って、本節では新洲崎JCT - 吹上西出入口間における環境対策、景観面について解説する。

新洲崎JCTから吹上西出入口付近までは若宮大通の中央に建設された。若宮大通は久屋大通とともに名古屋を代表する100m級の広幅員道路で、街のシンボル的存在である[38][39]。従って、ここに高架式高速道路を建設するにあたっては都市景観に対する特段の配慮を払うこととされた。建設を前にして市議会において高架下のグリーンベルトを公園として再生させる提言が出され、地元住民からもテニスコートや並木道、遊歩道的な歩道の造成等、各種施設を盛り込むよう要請がなされた[38][40]。折しも白川公園でも市立美術館造成と公園整備が計画されていたことから一体的な整備を推し進めることになった。特に従来、高架下のイメージは暗い、重たいというマイナスイメージがあったことから、高架建造物も公園の構成要素との考えで開かれたイメージを付与するべくデザインを展開した。その内訳は、橋脚を従前の門型ないしT型に替えてなし2柱式とし、橋脚に載る箱桁は逆台形としたうえで一部区間の継ぎ手をボルト締めから現場溶接とした。また、橋脚内に排水管を埋め込んだうえでコンクリートであるにもかかわらず塗装を行い、都市風景の一要素となるべく公園との調和を図った。また、高架を挟むようにして既存の銀杏並木を生かし、運動施設や花壇を設置するなどして高架下のイメージの向上につなげた[33][41]

なお、第二次世界大戦空襲によって焦土と化した名古屋市の戦後復興において、住民の猛反対を押し切って若宮大通、久屋大通を造成した名古屋市技監の田淵寿郎が後年、公社職員に戦後復興で完成させた100m道路に高速道路を通すことをどう思うかと尋ねられると、「その時々の人が選べばいいんだよ」との返事をしたとされる[42]

迂回乗り継ぎ制度[編集]

当該路線は都心環状線の概ね中間地点を東西に貫通し、新洲崎JCTと丸田町JCTの2か所で接続する。この路線形態を生かして、かつて都心環状線が環状ルートを形成していなかった時代に5号万場線から3号大高線に直通するルートとして2号東山線が吹上暫定連絡路を設置のうえ活用された(詳細は名古屋高速都心環状線#都心小ループを参照)。この連絡路は1995年の都心環状線全線開通を機に廃止されたが、2004年2月から吹上東出口流出後15分以内に吹上東入口に入場した場合、新たな料金を徴収しないサービスがETC搭載車限定で開始された。これは1号楠線から5号万場線、ないし5号万場線から3号大高線への短絡ルートとして考案され、当時問題化していた明道町JCTと山王JCTの混雑解消を意図したものである[44][45]

東名高速道路との連絡にかかわる追加料金について[編集]

当該路線は東名高速道路名古屋ICとの連結計画が環境、コスト面から高針JCT経由に変更されたことは先述した。よって東名高速名古屋ICと都心の連絡は短い距離ながら料金体系の異なる名二環を介することで510円(普通車)の追加料金が発生する。このため、過去にはETC割引実験[46]をはじめセット回数券の発行によって割高感の解消を狙った料金制度が適用された[47]。なお、現状では東名高速静岡・豊橋方面と名古屋都心の連絡は伊勢湾岸自動車道の全線開業によって3号大高線、4号東海線による選択肢が追加され、この2路線は伊勢湾岸自動車道との直接連絡であるため追加料金は発生しない。

道路情報ラジオ[編集]

  • 東山(高針TB-四谷 都心環状方面のみ)[48]

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ 路線名・整備計画図”. 名古屋高速道路公社. 2012年3月6日閲覧。
  2. ^ 名古屋高速道路公社 工事誌編集委員会 1998, pp. 611.
  3. ^ a b 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 98 - 99.
  4. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 99.
  5. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 106.
  6. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 98.
  7. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 275.
  8. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 46.
  9. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 13 - 15.
  10. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 17.
  11. ^ 千種区制施行50周年記念事業実行委員会 1987, pp. 240.
  12. ^ “名古屋都市高速四谷-高針間 知事案を県都計審へ”. 朝日新聞. (1991-8-14日刊) 
  13. ^ a b c “鏡ヶ池線建設反対の意見書 影響するか一四九三通審議会に提出へ 県の見解も添える”. 中日新聞: pp. 10. (1972-12-27日刊) 
  14. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 15.
  15. ^ “鏡ヶ池線 市側が再検討約束 陳情の反対同盟代表に”. 中日新聞: pp. 13. (1974-9-15日刊) 
  16. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 18.
  17. ^ 名古屋高速道路公社30年史編集委員会 2002, pp. 89.
  18. ^ a b 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 158.
  19. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 91.
  20. ^ “高速1号四谷-高針間 年度内にも留保解除へ 名古屋市長事業化推進を表明”. 朝日新聞. (1989-9-28夕刊) 
  21. ^ “名古屋高速新ルート 計画を決定”. 朝日新聞. (1991-8-21日刊) 
  22. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 452.
  23. ^ 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 1991, pp. 12 - 14.
  24. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 17.
  25. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 453.
  26. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 18、454.
  27. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 456.
  28. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 460.
  29. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 100 - 101.
  30. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 462.
  31. ^ “名古屋高速広がる網 2区間開通ネットワーク時代へ”. 中日新聞: pp. 18. (1995-8-18日刊) 
  32. ^ “『四谷→吹上』来月11日開通”. 中日新聞: pp. 10. (2000-11-9夕刊) 
  33. ^ a b c 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 465.
  34. ^ 名古屋市市長室広報課 2003, pp. 158.
  35. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 469.
  36. ^ 東新円上間高速道路強行建設反対期成同盟 2009, pp. 305 - 328.
  37. ^ “「高架式へ変更」提出 名古屋都市高速2号線北部と分岐2号線公社案 工期、採算を重視”. 中日新聞. (1985-10-15夕刊) 
  38. ^ a b “高架下を緑の公園に 名古屋都市高速1号線若宮大通の1.5キロ”. 中日新聞. (1985-7-6日刊) 
  39. ^ “なごやここが違う!百メートル道路 進化続く家康の道”. 中日新聞. (2003-11-24日刊) 
  40. ^ “高架下に彫刻・絵画の森を 若宮大通沿線住民市長に公園化で要望”. 朝日新聞. (1985-10-29日刊) 
  41. ^ a b 名古屋の公園100年のあゆみ編集委員会 2010年3月, pp. 276 - 278.
  42. ^ 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 2012, pp. 170.
  43. ^ 名古屋の公園100年のあゆみ編集委員会 2010年3月, pp. 280.
  44. ^ ETC割引情報(ETC迂回乗り継ぎ)”. 名古屋高速道路公社. 2012年3月6日閲覧。
  45. ^ “吹上東出口→一般道→吹上東入り口15分以内なら料金1回分 ETC対応車渋滞緩和へ2月から”. 中日新聞. (2004-12-3夕刊) 
  46. ^ 名古屋高速・東名阪(名古屋-高針)社会実験の継続実施について”. 国土交通省 中部地方整備局 愛知国道事務所 (2005年3月11日). 2009年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月6日閲覧。
  47. ^ “割引は「セット回数券」で 東名阪と名高速乗り継ぎ来年3月の上社-四谷開通”. 中日新聞. (2002-12-13日刊) 
  48. ^ 道路情報ラジオ放送区間(名古屋高速道路公社)

参考文献[編集]

  • 名古屋高速道路公社20年史編集委員会 『名古屋高速道路公社二十年史』、1991年 
  • 名古屋高速道路公社30年史編集委員会 『名古屋高速道路公社30年史』、2002年 
  • 名古屋高速道路公社四十年史編集委員会 『名古屋高速道路公社四十年史』、2012年 
  • 名古屋高速道路公社工事誌編集委員会 『名古屋高速道路公社工事誌II』、1998年9月 
  • 千種区制施行50周年記念事業実行委員会 『千種区制施行50周年記念誌 千種区史』、1987年 
  • 名古屋の公園100年のあゆみ編集委員会 『名古屋の公園100年のあゆみ』 名古屋市、(財)名古屋市みどりの協会、2010年3月 
  • 東新円上間高速道路強行建設反対期成同盟 『名古屋高速道路強行建設反対運動の記録』 (蓮左書房版)、2009年ISBN 4892766186 
  • 名古屋市市長室広報課 『広報なごや 縮小版』661 - 672(平成15年1 - 12月号)巻、2003年 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]