西尾武喜

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西尾武喜(にしお たけよし、1925年(大正14年)1月10日 - 2006年(平成18年)8月29日)は、元名古屋市長。岐阜県恵那郡阿木村(現在の岐阜県中津川市阿木)出身。は元中津川市長の西尾彦朗1899年 - 1986年)。

来歴[編集]

京都大学工学部土木工学科卒業後、名古屋市に入り、名古屋市水道局(現・名古屋市上下水道局)に入局。水道畑を歩む。名古屋水道労働組合初代青年婦人部長、名古屋市水道局技監、水道局長、助役を経て、1985年から1997年まで名古屋市長。在任中に市制100周年事業として世界デザイン博覧会(1989年)等を行った。 市長退任後は、名古屋都市センター理事長を2005年まで務めた。2006年(平成18年)8月29日死去。

選挙[編集]

本山政雄前市長の後継候補として市会統一候補となる。元々は日本共産党とも政策協定を結ぶ予定だったのだが破棄される。共産党は対立候補として海保孝を擁立。この後、2009年春に与党分裂で市長選挙が行われるまで、市会では「共産党を除くオール与党」体制が続いた。

  • 2期目(1989年) 推薦=1期と同じ

対立候補には弁護士の竹内平が共産党推薦で出馬していた。

  • 3期目(1993年) 推薦=1期と同じ

対立候補には前回と同じく共産党推薦の竹内平藤前干潟を守る会代表の辻敦夫が出馬した。