松原武久

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松原 武久
まつばら たけひさ
生年月日 (1937-01-26) 1937年1月26日(80歳)
出生地 愛知県尾張旭市
出身校 愛知学芸大学
(現愛知教育大学
所属政党 無所属

Flag of Nagoya, Aichi.svg 第29-31代 名古屋市長
当選回数 3回
在任期間 1997年4月28日 - 2009年4月27日
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松原 武久(まつばら たけひさ、1937年1月26日 - )は、日本の政治家。前名古屋市長。学校法人梅村学園理事。中京大学総合政策学部客員教授。2015年4月1日、東海学園大学学長に就任[1]

来歴[編集]

中学校教員(国語担当)・校長、名古屋市教育長[2]を経て、1997年4月より名古屋市長。2001年に再選、2005年に3選された。松原市政下の名古屋市会は事実上オール与党体制であり、松原は過去3度の名古屋市長選挙で日本共産党及び一部の1人会派を除く全会派から推薦を受けている。

1997年の就任直後に、藤前干潟の埋め立て問題に直面して以来、ごみ・環境対策に強く取り組んでいるほか、教育関係、特に歴史的文化関係の事業に力を注ぎ、徳川園の整備や名古屋城本丸御殿プロジェクトにも力を尽くしている。その一方で、ハコモノの建設にだけ熱心で社会福祉方面への施策が薄いという批判も受けた。

オール与党に近い体制の市会との関係は概ね良好であったが、2003年市会議員渡辺アキラが行政への口利きで逮捕される事件が発生し、市会議員の口利き、斡旋の拒否、予算や事業の事前説明の拒否を打ち出し、市会との関係が一時緊張した。しかし、市会議員の圧力に対して職員を護る姿勢に乏しかったこともあって(2003年12月21日付中日新聞朝刊報道などを参照)、予算の事前説明なしのいわゆる「ガチンコ市会」は、1年足らずで終了した。

2003年12月21日に発足した指定都市市長会の初代会長に就任。2007年12月26日に開催された第24回指定都市市長会議において2008年4月からの2年間の任期で再任されたが、2009年4月1日に矢田立郎神戸市長と会長職を交代した。

2008年10月23日、健康への不安や高齢を理由に2009年春の名古屋市長選挙に出馬しないことを正式に表明。2009年4月27日をもって退任した。

社会的活動[編集]

著書[編集]

  • 「一周遅れのトップランナー」

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]