北風小僧の寒太郎

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みんなのうた
北風小僧の寒太郎
歌手 堺正章東京放送児童合唱団(*1)
北島三郎ひばり児童合唱団(*2)
作詞者 井出隆夫
作曲者 福田和禾子
編曲者 福田和禾子
映像 実写+アニメーション→アニメーション
映像制作者 月岡貞夫
初放送月 1974年12月-1975年1月(*1)
1981年12月-1982年1月(*2)
再放送月 別項
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北風小僧の寒太郎」(きたかぜこぞうのかんたろう)は、日本の楽曲。

概要[編集]

本曲の作詞は井出隆夫、作曲と編曲を福田和禾子が担当した。

元々は1972年NHKの『おかあさんといっしょ』の「うたのえほん」のコーナーで担当者から「子供向け演歌もあってもいいんでは?」と水を向けられた井出隆夫が、その当時のヒットドラマだった『木枯し紋次郎』(フジテレビ)のパロディーのつもりと、自身が幼少時代を過ごした長野県南佐久郡小海町松原湖の冬の風景を思い出しながら作詞し、福田和禾子が作曲したものであった[1]。この曲を『おかあさんといっしょ』の番組中で最初に歌ったのは田中星児であった。

1974年12月にNHKの『みんなのうた』に初登場。みんなのうた版では堺正章東京放送児童合唱団が歌唱を担当。堺が『みんなのうた』で歌を歌うのは初。

なお寒太郎という言葉自体は本楽曲以前から、一部の地域において寒の入り(小寒)を擬人化した言葉として存在している[2]

来歴[編集]

『みんなのうた』のアニメーション月岡貞夫が担当。なお放映開始当初は、東京都の実写風景をバックにアニメの寒太郎を合成していたが、東京の風景が変わったという理由で、1977年頃からオールアニメとなった。1980年代以降はオールアニメ版のみ放送、実写合成版がNHKに現存しているかは不明。オールアニメ版では、新潟県内から南魚沼郡湯沢町三国峠を経由して、東京へ寒太郎が向かうというものになっているが、湯沢は月岡の故郷である。

本放送後も何度も再放送され、『みんなのうた』では最も再放送が多い曲である。1982年には映像はそのまま、音声をステレオに、歌を北島三郎ひばり児童合唱団にそれぞれ変えたリメイク版が放送された。だが何故か後年の再放送は、堺版と比べると少ない。フジテレビ系列の『クイズ!年の差なんて』の「歌詞穴埋めクイズ」では、北島版が放送された。

朝日新聞』1977年1月20日付朝刊に掲載された「天声人語」で、この曲の歌詞が取り上げられた。

尚、2012年に本曲の歌碑が松原湖水辺公園に建立されている[3][4]

再放送年[編集]

特に明記の無い年は12月放送。

堺版[編集]

北島版[編集]

※1999年2月と2000年放送版は堺版と時期が同じだが、これはテレビ放送が堺版、ラジオ放送が北島版となっているからである。

カバー[編集]

参考資料[編集]

  • みんなのうた缶

脚注[編集]

  1. ^ 北風小僧の寒太郎 池田小百合なっとく童謡・唱歌
  2. ^ 毎日新聞』2012年1月6日付東京朝刊、1頁。
  3. ^ 湖畔に流れる「北風小僧の~」 小海の歌碑近くにスピーカー 信越観光ナビ
  4. ^ 「北風小僧の寒太郎」歌碑建立 小海の小学生ら歌って除幕式 信越LIVE ON 2012年10月14日付