棋聖戦 (将棋)

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棋聖戦
棋戦の分類 タイトル戦
旧イベント名 早指し王位決定戦(前身)
開催概要
開催時期 予選:5月 - 翌年4月
タイトル戦:6月 - 7月
初回開催 1962年度(第1期)
持ち時間 一次予選:1時間
二次予選:3時間
本選・タイトル戦:4時間
番勝負 五番勝負
主催 産経新聞社
公式サイト 棋聖戦:日本将棋連盟
記録
前期棋聖 羽生善治(第85期)
永世資格者 大山康晴(永世棋聖)
中原誠(永世棋聖)
米長邦雄(永世棋聖)
羽生善治(永世棋聖資格)
佐藤康光(永世棋聖資格)
最多優勝 大山康晴・中原誠・羽生善治(16期)
最長連覇 羽生善治(10連覇・継続中)

棋聖戦(きせいせん)は、産経新聞社主催の将棋棋戦で、8大タイトル戦(竜王戦名人戦叡王戦王位戦王座戦棋王戦王将戦・棋聖戦)のひとつ。前身の棋戦は早指し王位決定戦である。三社連合と共同開催の王位戦を経由して[1]、1962年より棋聖戦開始。1983年までは年2回(前期・後期)行われていた。五番勝負の勝者は棋聖のタイトル称号を得る。

棋聖」は、本来は将棋・囲碁に抜群の才能を示す者への尊称であった。将棋では、特に、江戸時代末期に現れた、不世出の天才棋士・天野宗歩を指すことが多い。

方式[編集]

1962年の創設当初から1994年度までは、タイトル戦の中では唯一、1年に2期行われていた(五番勝負は6~7月と12月~2月)。現行の年1期制となったのは1995年度である(ちょうど羽生善治が七冠独占を果たした年度に当たる)。

第81期より挑戦者決定のシステムが変更され、一次予選・二次予選・挑戦者決定トーナメントの3段階で挑戦者を決定する。

一次予選[編集]

シード者以外の順位戦C級1組以下の棋士と、女流棋士2人によりトーナメント形式で行われる。8人が二次予選に進む。なお、シード者以外の順位戦C級1組以下の棋士であっても、前期の戦績によっては二次予選からの出場となる場合がある。

第81期より持ち時間が3時間から1時間(チェスクロック使用)に短縮され、1日に2局指す場合もある(2017年現在、タイトル戦では他に叡王戦がある。テレビ棋戦以外の一般棋戦では朝日杯将棋オープン戦、女流タイトル戦では女流王将戦がある)。

二次予選[編集]

一次予選の勝ち抜き者8人と、シード者以外の棋士によりトーナメント形式で行われる。棋聖戦五番勝負出場経験者[注釈 1]、前期決勝トーナメント進出者は、C級1組以下であっても二次予選からの出場となる。81期よりシード人数が変動することになり、勝ち抜け枠は毎年変動するようになった。

持ち時間は各3時間。

挑戦者決定トーナメント[編集]

二次予選の勝ち抜き者とシード者の計16人が参加する。持ち時間は各4時間。トーナメントの勝者が棋聖と五番勝負を戦う。

前期挑戦者決定トーナメントベスト4以上(前期棋聖が敗れた場合を含む)、タイトル保持者、永世棋聖資格者(現役では羽生善治、佐藤康光)はシードされる。

棋聖戦五番勝負[編集]

棋聖と挑戦者が五番勝負を戦う。他のタイトル戦と同様、五番勝負は、全国各地の旅館ホテル料亭などで実施される。

持ち時間は各4時間で、1日制である。

方式の遍歴[編集]

棋聖戦
五番勝負
決勝
挑戦者決定トーナメント
66~71期:三次予選
72~80期:最終予選
二次予選 一次予選
実施
頻度
持ち
時間
持ち
時間
決勝 出場
人数
シード条件 持ち
時間
出場
人数
シード条件 方式 通過
人数
シード条件 通過
人数
出場条件
1 7時間 当時のトップ棋士3名(大山康晴升田幸三塚田正夫)のリーグ戦。成績上位者2名が棋聖戦五番勝負に進出。
2 年2回
(前期)
(後期)
7時間 三番
勝負
16名 8名
・第1期敗者
・順位戦A級7位以上
- 8名 順位戦
A級8位以下
B級2組以上
2名 C級1組以下の
棋士全員
3 第2期ベスト8 順位戦B級2組以上
4~10 8名[2]
・前期ベスト4
・順位戦A級上位4名
4名
11~16 6時間 6時間 一回
勝負
17~25 5時間 5時間
26~31 4時間 8名
・前期ベスト4
タイトルホルダー
永世称号保持者
・順位戦A級上位
32~56
57~65 前期決勝出場者
・順位戦B級2組以上
66~71 年1回 8名 - 3時間 16名 8名
<各リーグ1位>
・前期ベスト4
<各リーグ2位>
タイトルホルダー
永世称号保持者
・順位戦A級上位
4人×4組のリーグ戦
各組上位2人
決勝進出[3]
前期三次予選
 /最終予選進出者
・過去棋聖戦
 五番勝負進出者
・順位戦B級2組以上
8名 ・C級1組以下の
 棋士全員
女流棋士2名
[4]
72~80 4時間 8名
・前期ベスト4[5]
タイトルホルダー
永世称号保持者
・順位戦A級かつ
 前期ベスト8
4人×4組
ダブルイリミネーション
トーナメント

2敗で脱落
81 16名 8名
・前期ベスト4
タイトルホルダー
永世棋聖
・順位戦A級上位
-
82~ ・前期ベスト4
タイトルホルダー
永世棋聖
前期決勝出場者
・過去棋聖戦
 五番勝負進出者
・順位戦B級2組以上
  • 年1期制となった第66期から第71期までは「三次予選」が行われ、二次予選勝ち上がり8人とシード8人を4人ずつ4組に分けてリーグ戦を行い、各組上位2人が挑戦者決定トーナメントに進む形式をとっていた。
  • 第72期から第80期までは三次予選が「最終予選」と改められた。参加する16人の棋士が4人ずつ4組に分かれて対戦する。各組で1回戦2対局を行い、2回戦は1回戦の勝者同士、敗者同士が対戦する。2連勝したものは挑戦者決定トーナメントに進み、2連敗したものはこの時点で敗退となる。1勝1敗の各組2人、合計8人が再度抽選を行って3回戦4対局を行い、その勝者も挑戦者決定トーナメントに進むという形式をとっていた。(→ダブルイリミネーション方式

永世棋聖[編集]

永世称号である永世棋聖は、棋聖位を通算5期以上保持した棋士に与えられる。2017年7月現在、永世棋聖は大山康晴中原誠米長邦雄、永世棋聖の資格を持つ棋士は羽生善治佐藤康光

エピソード[編集]

  • 創設当時のタイトル戦は名人戦十段戦王将戦王位戦とすべて2日~3日制のものであったが、初めての1日制のタイトル戦となった。体調にすぐれなかった升田幸三のために、1日制のタイトルとしてつくられた棋戦といわれた[6]。しかし、升田は2回挑戦するも、ついに一度も獲得することはなかった。一方、大山康晴は創設当初から連覇を重ね(7連覇)、早々に永世棋聖の資格を獲得した。
  • 第18期(1971年)で中原誠は大山康晴を相手に防衛に成功。これで通算5期獲得となり、史上最年少の永世称号獲得者となる。
  • 第45期(1984年)の五番勝負は、勝てば通算5期で永世棋聖の資格獲得となる米長邦雄に対して、タイトル戦初登場となる中村修が挑んだが、フルセットの末に米長が防衛。永世棋聖の資格を獲得した。なお、この五番勝負はすべての対局で後手番が勝利するという珍しい結果に終わっている(すべてのタイトル戦を見ても、後手番全勝での決着は現時点ではこの五番勝負と第35期棋王戦五番勝負のみ)。
  • 第46期(1985年)の五番勝負第2局はアメリカロサンゼルスで行われた。1975年の第1期棋王戦以来、将棋界2度目の日本国外での対局となる。
  • 第55期(1989年)に挑戦した屋敷伸之は当時17歳で全タイトル戦の最年少挑戦記録を樹立。翌56期で18歳でタイトル奪取とこれも全タイトル戦最年少記録。この記録は2016年現在破られていない。
  • 2009年8月に、日本将棋連盟の公式サイトで7つのタイトル戦名の並び順が変更され、棋聖戦は3番目(二大タイトルのすぐ後ろ)から6番目に下がった[7]。さらに2010年10月には7番目(一番下)に下がった[8]。格付けについては、2017年、第3期叡王戦タイトル昇格の記者会見の際に、これまで公式には発表されていなかった格付け順が「約金の多寡」によって決まっていることが明らかになった[9]その上で、元々一番下だった王将戦の契約金の額は、破格の安さであったと言われていた。よって、棋聖戦格付けが一番下になったということは、その王将戦をも下回る契約金になった事が暗に示され、連盟は契約金の大半を失ったと言われる。奇しくも名人戦問題で増額を勝ち取った直後の出来事である。[要出典]各棋士の紹介ページ(棋聖と他のタイトルの両方の経験者)も同様に変更された。これは時期的には、第80期の五番勝負が終了し、第81期(新システムに移行したばかり)が先行して始まっていた頃に当たる。
  • 第84期(2013年)は棋聖・王位・王座の羽生善治に、竜王・棋王・王将の渡辺明が挑戦した。将棋のタイトル戦史上、三冠を保持する者同士が対戦するのは初のケースであった[10](結果は3勝1敗で羽生が防衛)。なお同年11月28日に第63期(2014年)王将戦の挑戦権を羽生が獲得し、竜王戦の最中だった渡辺が防衛すれば棋聖戦に続く三冠対決が実現していたが、翌日渡辺が竜王を失冠したため幻となった。
  • 第85期(2014年)・第86期(2015年)には、高級洋菓子店のブールミッシュが協賛に入ったため、全局で同社の菓子類が対局者に提供されるほか[11]、将棋ファン向けに詰将棋が印刷された棋聖戦限定のパッケージも発売された[12]

歴代五番勝負[編集]

  • ○●は棋聖から見た勝敗。色付きが勝者。
  • 千日手持将棋
  • 開催年度のは前期(6~7月)開催。は後期(12月~2月)開催。
開催年度 前期棋聖 勝敗 挑戦者
1 1962後 大山康晴 ○●○○ 塚田正夫
2 1963前 大山康晴 ○○○ 二上達也
3 1963後 大山康晴 ○○●○ 升田幸三
4 1964前 大山康晴 ●○●○○ 関根茂
5 1964後 大山康晴 ○○○ 本間爽悦
6 1965前 大山康晴 ●○●○○ 升田幸三
7 1965後 大山康晴 ○●●○○ 二上達也
8 1966前 大山康晴 ●○●● 二上達也
9 1966後 二上達也 ●●● 大山康晴
10 1967前 大山康晴 千●●○● 山田道美
11 1967後 山田道美 ●●○○○ 中原誠
12 1968前 山田道美 ○●●● 中原誠
13 1968後 中原誠 ○●○○ 大山康晴
14 1969前 中原誠 ○○○ 山田道美
15 1969後 中原誠 ○●●● 内藤國雄
16 1970前 内藤國雄 ●●○● 大山康晴
17 1970後 大山康晴 ●●● 中原誠
18 1971前 中原誠 ○○●○ 大山康晴
19 1971後 中原誠 ○●○○ 二上達也
20 1972前 中原誠 ○○●○ 内藤國雄
21 1972後 中原誠 ○○●●● 有吉道夫
22 1973前 有吉道夫 ○●●● 米長邦雄
23 1973後 米長邦雄 ○○●●● 内藤國雄
24 1974前 内藤國雄 ○●●● 大山康晴
25 1974後 大山康晴 ○○○ 米長邦雄
26 1975前 大山康晴 ○●○○ 二上達也
27 1975後 大山康晴 ○○○ 二上達也
28 1976前 大山康晴 ○●○○ 桐山清澄
29 1976後 大山康晴 ●○○●○ 米長邦雄
30 1977前 大山康晴 ○●○○ 森雞二
31 1977後 大山康晴 ○○●●● 中原誠
32 1978前 中原誠 ○○○ 有吉道夫
33 1978後 中原誠 ○●○○ 二上達也
34 1979前 中原誠 ○●○○ 加藤一二三
35 1979後 中原誠 ○○○ 淡路仁茂
36 1980前 中原誠 ●●○● 米長邦雄
37 1980後 米長邦雄 ○●●● 二上達也
38 1981前 二上達也 ○○○ 中原 誠
39 1981後 二上達也 ○○○ 加藤一二三
40 1982前 二上達也 ●●● 森雞二
41 1982後 森雞二 ●○●● 中原 誠
42 1983前 中原誠 ○○●●● 森安秀光
43 1983後 森安秀光 ●○●● 米長邦雄
44 1984前 米長邦雄 ○○○ 谷川浩司
45 1984後 米長邦雄 ●○●○○ 中村修
46 1985前 米長邦雄 ○●○○ 勝浦修
47 1985後 米長邦雄 ○○○ 中村修
48 1986前 米長邦雄 ●●○● 桐山清澄
49 1986後 桐山清澄 ○○●○ 南芳一
50 1987前 桐山清澄 ○○○ 西村一義
開催年度 前期棋聖 勝敗 挑戦者
51 1987後 桐山清澄 ●●● 南芳一
52 1988前 南芳一 ●○●○● 田中寅彦
53 1988後 田中寅彦 ●○○●● 中原誠
54 1989前 中原誠 ●○○○ 南芳一
55 1989後 中原誠 ●○○●○ 屋敷伸之
56 1990前 中原誠 ○○●●● 屋敷伸之
57 1990後 屋敷伸之 ●○○○ 森下卓
58 1991前 屋敷伸之 ○●●○● 南芳一
59 1991後 南芳一 ●●● 谷川浩司
60 1992前 谷川浩司 ●○○○ 郷田真隆
61 1992後 谷川浩司 ○持○○ 郷田真隆
62 1993前 谷川浩司 ○●●● 羽生善治
63 1993後 羽生善治 ○○千千●●○ 谷川浩司
64 1994前 羽生善治 ○●○○ 谷川浩司
65 1994後 羽生善治 ○○○ 島朗
66 1995 羽生善治 ○○○ 三浦弘行
67 1996 羽生善治 ●○○●● 三浦弘行
68 1997 三浦弘行 ●○●● 屋敷伸之
69 1998 屋敷伸之 ●●● 郷田真隆
70 1999 郷田真隆 ●●● 谷川浩司
71 2000 谷川浩司 ○●○●● 羽生善治
72 2001 羽生善治 ○●●○● 郷田真隆
73 2002 郷田真隆 ○○●●● 佐藤康光
74 2003 佐藤康光 ○○○ 丸山忠久
75 2004 佐藤康光 ○千○○ 森内俊之
76 2005 佐藤康光 ●○○●○ 羽生善治
77 2006 佐藤康光 ○○○ 鈴木大介
78 2007 佐藤康光 ○○●○ 渡辺明
79 2008 佐藤康光 ○○●●● 羽生善治
80 2009 羽生善治 ○●●○○ 木村一基
81 2010 羽生善治 ○○○ 深浦康市
82 2011 羽生善治 ○千○○ 深浦康市
83 2012 羽生善治 ○○○ 中村太地
84 2013 羽生善治 ○○●○ 渡辺明
85 2014 羽生善治 ○○○ 森内俊之
86 2015 羽生善治 ○●○○ 豊島将之
87 2016 羽生善治 千●○●○○ 永瀬拓矢
88 2017 羽生善治 ○○●○ 斎藤慎太郎

記録[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 現役では桐山清澄、中村修、南芳一、田中寅彦、屋敷伸之、森下卓、谷川浩司、郷田真隆、島朗、三浦弘行、丸山忠久、森内俊之、鈴木大介、渡辺明、木村一基、深浦康市、中村太地、豊島将之、永瀬拓矢、斎藤慎太郎。

出典[編集]

  1. ^ 『将棋八大棋戦秘話』(河出書房新社)P.104
  2. ^ 第17期はシード者2名欠員の為、前期棋聖戦敗者を2回戦から、順位戦A級上位5名をシードとした
  3. ^ 同率の場合、順位が高い者が進出。二次予選突破者(順位3位)同士が、2位タイで並んだ場合、直接対決の際勝利していた者が進出。
  4. ^ 奨励会員ではない女性棋士から、複数タイトルホルダー・女流名人・女流王将・その他タイトルホルダー・成績上位者の優先順位で2名を決定
  5. ^ 72期のみ前期三次予選1位通過
  6. ^ 米長邦雄「将棋の天才たち」講談社、2013年、P172
  7. ^ 棋戦情報:日本将棋連盟(2009年8月8日のアーカイブ)および棋戦情報:日本将棋連盟(2009年8月14日のアーカイブ)を参照。
  8. ^ 棋戦情報:日本将棋連盟(2010年10月3日のアーカイブ)および棋戦情報:日本将棋連盟(2010年10月12日のアーカイブ)を参照。
  9. ^ 第3期叡王戦発表記者会見―ニコニコ生放送(第2期電王戦 二番勝負 第2局 佐藤天彦叡王 vs PONANZA 終了後)における佐藤会長の発言より、2017年5月20日
  10. ^ 渡辺明王将 羽生善治3冠と史上初の3冠対決 スポーツニッポン 2013年5月8日
  11. ^ 前夜祭(5) - 棋聖戦中継Plus・2014年6月1日
  12. ^ 将棋と洋菓子――インタビュー - 棋聖戦中継Plus・2014年6月21日

外部リンク[編集]