石井英夫

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石井 英夫(いしい ひでお、1933年1月2日[1] - )は、日本のコラムニスト新聞記者神奈川県横須賀市生まれ[1]。1955年、早稲田大学第一政治経済学部卒業[1]

来歴・人物[編集]

神奈川県立横須賀高等学校出身[2](高3期)。早大卒業後の1955年産経新聞社に入社。札幌支局の警察担当を皮切りに社会部畑を歩んだのち[3]産経新聞朝刊一面のコラム「産経抄」(前任者は俵孝太郎で、俵は社会部の石井が後任となった事に反発して退社)を1969年から2004年12月まで35年間執筆[4]。同社論説委員[4]フジテレビ番組審議会委員[5]も務めた。2008年12月末に産経新聞社を退職した[6]

山本夏彦に私淑[7]大江健三郎ノーベル文学賞を受賞した際の大江批判ほか硬骨ぶりを示すエピソードは数多い[8]。産経新聞同様に米国寄り、擁護の発言が多いとして反米保守派の小林よしのりからは顔を黒塗りで描かれている[9][10]イラク戦争の「大義」を巡って主張が二転三転し、物議を醸したこともある[9]イラク戦争の大義を参照)。コブシをこよなく愛し、花が咲く頃には産経抄でとりあげることもしばしばである[11]。2003年の秋口にムカゴに関する、渇いたエッセイで読者の共感を呼び、軽いブームを呼んだ[12]玉川上水野火止用水に関するコラムも多い[13]。反韓・反中的言説が多いが、中国旅行記を定期的に連載する一面もある[14]

著書『新聞記者 司馬遼太郎』などで、司馬遼太郎(福田定一)が産経新聞社記者だった事に度々言及している[15]

日本記者クラブ賞[16]菊池寛賞[4]を受賞している。

主な著書[編集]

  • 「渡る世間の日本語クイズ」
  • 「蛙の遠めがね」
  • 「コラムばか一代 産経抄の35年」扶桑社、2005年。扶桑社文庫、2009年。
  • 「コラムの歯ぎしり」
  • 「コラムの愛しみ」
  • 「コラムの愉しさ」
  • 「サンケイ抄」
  • 「クロニクル産経抄25年」
  • 「産経抄それから三年」
  • 「産経抄この五年」
  • 「ぶらり中国」
  • 「新編・ぶらり中国」
  • 「新聞記者 司馬遼太郎
  • 「鳥の目・虫の目」
  • 「いとしきニッポン」

出演番組[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 『現代日本執筆者大事典第4期』第1巻、206頁。
  2. ^ 石井英夫「産経抄」『産経新聞』2002年10月10日
  3. ^ 『コラムばか一代 産経抄の35年』扶桑社文庫、21-24頁。
  4. ^ a b c 石井英夫 - 著者情報 清流出版
  5. ^ 番組審議会 委員名簿 フジテレビ
  6. ^ 【極意】石井さんの「退社の辞」から 2009年1月22日 産経関西
  7. ^ 『コラムばか一代 産経抄の35年』扶桑社文庫、193-209頁。『いとしきニッポン』清流出版、136-137頁。
  8. ^ 『コラムばか一代 産経抄の35年』扶桑社文庫、21-24頁。
  9. ^ a b 『コラムばか一代 産経抄の35年』扶桑社文庫、257-262頁、『戦争の大義とは』の章。
  10. ^ 小林よしのり『新ゴーマニズム宣言11 テロリアンナイト』小学館、77頁。
  11. ^ 『産経抄』2000年3月23日、『いとしきニッポン』94-95頁
  12. ^ 『いとしきニッポン』47-48頁。
  13. ^ 『いとしきニッポン』82-83頁。
  14. ^ 『コラムばか一代 産経抄の35年』扶桑社文庫、311-315頁。
  15. ^ 『コラムばか一代 産経抄の35年』扶桑社文庫、168-193頁。
  16. ^ 日本記者クラブ賞・歴代受賞者 日本記者クラブ