小倉久

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
小倉久

小倉 久(おぐら ひさし、1852年2月4日嘉永5年1月15日)- 1906年明治39年)11月4日)は、幕末沼田藩士明治期の官僚

経歴[編集]

明治3年1870年)、大学南校貢進生となり、明治5年1872年)に司法省明法寮に転入。1876年(明治9年)、フランスへ留学し、1878年(明治11年)に法律得業士の学位を得て帰国した。帰国後、司法省書記官に就任。1882年(明治15年)に元老院権書記官となる。

1884年(明治17年)に司法省法学校に入り法律学士となる。1886年(明治19年)、大阪控訴院検事に就任。退官後、大阪弁護士事務所を開業。1898年(明治31年)7月に内務省警保局長兼監獄局長に就任。

1899年(明治32年)、和歌山県知事に就任。以後、徳島県知事、富山県知事、大分県知事を歴任。1906年(明治39年)7月、岐阜県知事に就任するも同年11月に現職で死去した。

栄典・授章・授賞[編集]

位階
勲章等

著作[編集]

  • 小倉久編『仏国訴訟法提要』聚文社、1881年。
  • 小倉久述『仏国人事法講義』岡島宝玉堂、1889年。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第907号「叙任」1886年7月10日。
  2. ^ 『官報』第7007号「叙任及辞令」1906年11月6日。
  3. ^ 『官報』第5548号「叙任及辞令」1901年12月28日。

参考文献[編集]

  • 上田正昭他『日本人名大辞典』講談社、2001年。
  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 『日本人名大事典』第1巻、平凡社、1979年(『新撰大人名辞典』(昭和12年刊)の改題複製)。