林茂平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

林 茂平(はやし もへい、1839年天保10年6月[1] - 1875年明治8年)7月5日[2])は、幕末土佐藩士明治期の内務官僚権令。旧姓・小笠原。

経歴[編集]

土佐藩士・小笠原大四郎の五男として生まれ、林益之丞の養子となる[2]

明治4年6月1871年)、丸亀県大参事に就任[1]。同年10月、第一次香川県が設置され、同年11月15日(12月26日)、同県参事となる[3]。明治5年10月17日1872年11月17日)[3]豊岡県権令に転任[1]。同年11月28日(12月28日)、再び香川県に権令として赴任した。

1873年2月20日[3]、香川県が名東県に吸収合併となり、同県権令に就任[1]。元徳島県大参事井上高格らが自助社を結成して自由民権運動を推進し、また、徴兵反対の西讃竹槍騒動が起こるなど困難な県政運営を強いられ、同年10月13日に権令を罷免された[1]。その後、内務省で六等出仕として務めた[1][2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 『徳島県人名事典 別冊』258頁。
  2. ^ a b c 『明治過去帳』58頁。
  3. ^ a b c 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』98頁。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 『徳島県人名事典 別冊』徳島新聞社、1994年。
  • 大植四郎編『明治過去帳』新訂初版、東京美術、1971年(原著私家版1935年)。