三木與吉郎

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13代 三木 與吉郎(みき よきちろう、1902年明治35年)12月21日 - 1981年昭和56年)5月27日)は、日本の実業家政治家参議院議員(3期)、衆議院議員[1](1期)。三木産業阿波製紙徳島バス各社長[2]。初名・真治(しんじ)[3]

経歴[編集]

徳島県板野郡松茂村(現・松茂町)出身[4]12代与吉郎の長男として生まれる[1]1926年慶應義塾高等部を卒業し[4][5]三十四銀行に入行[3]1927年、三木商店専務に就任し業績の回復に尽力[3]1938年家督を継いで13代三木與吉郎を襲名[3]1939年、三木商店を改組して、三木産業社長に就任[6]

その後、松茂村会議員に就く。1942年の総選挙(いわゆる翼賛選挙)で大政翼賛会の推薦を受け代議士に当選する。全国農業会理事を兼職。戦後、公職追放となり[7]、追放解除後の1953年徳島県から参議院議員に当選。逓信、運輸、内閣、外務の各委員長を歴任した他、自由民主党徳島県連会長や同党両院議員総会副会長などを務めた。1971年に引退。

引退後は、三木産業代表取締役会長や、阿波製紙代表取締役会長、学校法人徳島文化服装学院理事を歴任[8]1981年に死去。

人物[編集]

趣味は打球[1]ゴルフ[2]

受賞歴[編集]

家族・親族[編集]

三木家

徳島県板野郡松茂町中来喜中須[2]

1836年 - 1908年
1875年 - 1938年
1928年 - 2015年
1932年 - 2009年

著書[編集]

  • 『阿波藍の栽培及製法』三木産業 1960
  • 『阿波藍譜』三木産業 1960-1974
  • 『三木文庫』三木産業 1961初版/1966訂正増補版
  • 『三木家俳句集(第1巻~第3巻)』三木産業 1966

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 『人事興信録 第14版 下』ミ14頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年9月12日閲覧。
  2. ^ a b c 『人事興信録 第15版 下』ミ3-4頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年9月13日閲覧。
  3. ^ a b c d 『47都道府県別 日本の地方財閥』209-210頁。
  4. ^ a b 『翼賛選挙大観』399頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年12月30日閲覧。
  5. ^ 『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』518頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年9月12日閲覧。
  6. ^ 『歴代国会議員名鑑』上、1186頁
  7. ^ 公職追放の該当事項は「推薦議員」。(総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、342頁。NDLJP:1276156 
  8. ^ 『歴代国会議員名鑑』中、1966頁
  9. ^ 『47都道府県別 日本の地方財閥』211頁。

参考文献[編集]

  • 慶応義塾編『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』慶応義塾、1924-1942年。
  • 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 下』人事興信所、1943年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第15版 下』人事興信所、1948年。
  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 菊地浩之『47都道府県別 日本の地方財閥』平凡社〈平凡社新書〉、2014年。

関連項目[編集]