神沢浄

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神沢 浄(かんざわ きよし、1915年8月25日 - 2007年3月1日)は、日本の政治家。元日本社会党参議院議員衆議院議員

来歴[編集]

山梨県中巨摩郡竜王村(現・甲斐市)の農家に生まれる。1933年旧制甲府中学校(現・山梨県立甲府第一高等学校)を卒業。戦前は中国に渡り、貿易会社に勤務する。終戦後は郷里で青年団運動に打ち込み、1947年竜王村村長に当選する。翌1948年に社会党に入党、1955年からは山梨県議を2期務める。

その後、1962年1968年1970年と山梨選挙区から参院選に挑戦していずれも落選し、1971年第9回参議院議員通常選挙にてやっと自由民主党候補を下して当選を果たす。1975年には参院逓信委員長に就任するも、1977年落選。1979年第35回衆議院議員総選挙に当選し国政に返り咲くが、翌1980年の総選挙で落選。1983年の参院選でも落選する。

1984年、革新陣営に担ぎ出されて竜王町町長に当選、2期務める。在任中に「核兵器廃絶平和町宣言」を行った。1998年勲三等旭日中綬章を受章。

2007年3月1日、脳梗塞のため逝去。享年91。

著書[編集]

  • 『落穂拾い』(青山書房、1986年)