DKSHジャパン

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DKSHジャパン株式会社
DKSH Japan K.K.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
108-8360
東京都港区三田3-4-19
DKSH三田ビルディング
設立 1865年(日本法人としては1965年
業種 卸売業
事業内容 海外ブランドの輸入代理・原材料の輸入販売など
代表者 代表取締役社長 ペーター・ケメラー(Peter Kaemmerer)
従業員数 300人(2010年)
主要株主 DKSHホールデイング
関係する人物 ヘルマン・シイベル(創業者)
カスパー・ブレンワルド(創業者)
外部リンク DKSHジャパン株式会社
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DKSHジャパン株式会社(ディーケーエスエイチジャパン、旧日本シイベルヘグナー)とは、スイスチューリッヒに本社を置くDKSHグループ日本法人の商社である。

概要[編集]

創業は1865年慶応元年)に横浜でスイス人・ヘルマン・シイベルカスパー・ブレンワルドによるシイベル・ブレンワルド商会にまで遡る。現存する在日外資系企業として屈指の歴史を誇る。また、外資系でありながら日本で創業されたというユニークな企業である。

当時人々に「横浜甲90番館」と呼ばれた商館は、日本の生糸取引の中心で「生糸王国日本」を築きあげる上で大きな役割を果たした。

また、横浜および銀座に日本最初のガス灯のためのガスプラントを設置した他、明治時代中期には時計・機械等の輸入を開始するなど、商社として多くの足跡を残した。

現在では取り扱い品目は各種分析装置、機械、腕時計、高級万年筆、医薬品原料、化学品原料、食品飲料原料等多岐に渡る。

2009年4月1日、親会社DKSHグループとの統一のため、社名を「日本シイベルヘグナー」から「DKSHジャパン」へ変更した。

事業所[編集]

歴史[編集]

往時の横浜商館 (1866-1923)

1800年代[編集]

  • 1863年5月21日(文久3年4月4日) - スイス政府派遣の通商使節団が、オランダ汽船「メデューサ号」で来日。一行の中にカスパー・ブレンワルドという青年がいた。
  • 1865年(慶応元年) - 11月28日付ロンドン発の書簡にて、横浜にシイベル・ブレンワルド商会の設立を発表。資本金は1万UKポンド。ブレンワルドのパートナーにヘルマン・シイベルが選ばれた。
  • 1866年(慶応2年) - カスパー・ブレンワルドが駐日スイス総領事に就任。また、天皇から横浜での土地入手に関する権利を与えられる。この年、初めてスイス製品が日本に輸入される。
  • 1872年(明治5年) - 1874年にかけて高島嘉右衛門と協力して横浜に次いで東京銀座にガスプラントを設置し、日本初のガス燈を灯す。
  • 1888年(明治21年) - シイベル・ブレンワルド商会の経営に創立者ヘルマン・シイベルの甥、ロバート・ヘグナー・フォン・ユバルタが参加。シイベル・ブレンワルド商会より時計を仕入れたとの記述。
  • 1898年(明治31年) - スイスからオメガの時計を輸入。
  • 1899年(明治32年) - カスパー・ブレンワルド死去。

1900年代[編集]

  • 1900年(明治33年) - ブレンワルドの死去に伴い,社名をシイベルウォルフ商会に変更。
  • 1903年(明治36年) - 日本蚕糸業での業績が認められ、大日本蚕糸会会長松平正直男爵より表彰される。
  • 1906年(明治39年) - 1921年にかけて神戸、大阪、東京、上海に支店を開設。
  • 1910年(大正10年) - 社名をシイベルヘグナー・エンド・カンパニーと改称。
  • 1923年(大正12年) - 関東大震災により、横浜本社は壊滅的な打撃を受ける。被害総額は1千万スイス・フラン超。
  • 1932年(昭和7年) - 株式会社に改組し、本社をスイスのチューリッヒに移転。
  • 1952年(昭和27年) - シイベルヘグナー・エンド・カンパニー・リミテッド日本支社にシイベル機械の前身にあたる機械部が設けられた。
  • 1964年(昭和39年) - チューリッヒにシイベルヘグナー・ホールディング・リミテッドを設立。これを機にグループ再編に着手し、1965年にかけて極東地区の各支店をシイベルヘグナー・グループ内の独立法人とした。
  • 1965年(昭和40年) - 創業100年を機に日本法人化。日本シイベルヘグナー株式会社設立。シイベル時計株式会社を設立。
  • 1967年(昭和42年) - シイベル精器株式会社が東京に設立され、シイベルヘグナー・エンド・カンパニー・リミテッド日本支社機械部の機器営業部門が全て同社へ移された。
  • 1968年(昭和43年) - ロンドンにある英国の会社L.J.リッカーズ・エンド・カンパニー・リミテッドがシイベルヘグナー・グループ傘下となる。シイベル精器株式会社をシイベル清光株式会社へ社名変更。
  • 1970年(昭和45年) - シイベル機械株式会社を東京に設立。
  • 1972年(昭和47年) - 欧州での戦略強化のために、オランダ、ドイツ、オーストリアに子会社を持つダッチ・ハンデルス・フォルケール・グループを吸収。
  • 1974年(昭和49年) - シイベルヘグナー・ホールディング・リミテッドの資本金を1千万スイスフランに増資。これを機にグループ各社の社員に持株を認める。ライカの代理店をシュミット商会から引き継だ。
  • 1976年(昭和51年) - スイスのアンバサダー・グループ各社を吸収。
  • 1977年(昭和52年) - シイベル清光株式会社がシイベル機械株式会社に合併。
  • 1981年(昭和56年) - 新しい本社ビルがチューリッヒに完成。
  • 1986年(昭和61年)4月1日 - 日本シイベルヘグナー株式会社はシイベル時計株式会社を吸収合併し,消費物資事業部門がその全業務を引き継いだ。
  • 1988年(昭和63年) - 1865年シイベルヘグナーが横浜に設立されたその土地に,シイベルヘグナービルディングが建設される。
  • 1991年(平成3年)1月1日 - 日本シイベルヘグナー株式会社がシイベル機械株式会社を合併し、全業務を承継。
  • 1992年(平成4年) - シイベルヘグナー磯子サービスビルディングが完成。洋菓子開発研修センター、食品応用開発研究室及び医薬品原料試験室を設置。
  • 1993年(平成5年) - 日本シイベルヘグナー本社がシイベルヘグナー三田ビルディングに移転し、シイベルヘグナー流通配送センターが袋井市にオープン。
  • 1994年(平成6年) - オメガの販売権が1月1日付でSMH株式会社へ移管。
  • 1997年(平成9年)1月1日 - テクニカルプロダクツ事業部門のメトラービジネスがメトラー・トレド株式会社に移管。
  • 1998年(平成10年) - 社員参加証券を記名株に変更。同時にシイベルヘグナー・ホールディング・リミテッドの資本金を1,200万スイス・フランに増資,新たなコーポレイト・アイデンティティを導入。
  • 1999年(平成11年) - シイベルヘグナー・ホールディング・リミテッドの資本金を1,600万スイスフランに増資。

2000年代[編集]

  • 2001年(平成13年)11月 - 横浜のシイベルヘグナービルディングを売却。
  • 2002年(平成14年) - シイベルヘグナー・ホールディング・リミテッドとディトヘルム・ケラー・サービス・アジア社が合併。シイベルヘグナー・ホールディング・リミテッドの資本金を1,600万スイス・フランに増資。ディーケーエスエイチ・ホールディング・リミテッド(DKSH Holding Ltd )が発足。
  • 2009年(平成21年) - DKSHジャパン株式会社に商号変更。

外部リンク[編集]