鈴木直道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
鈴木 直道
すずき なおみち
鈴木.jpg
生年月日 (1981-03-14) 1981年3月14日(38歳)
出生地 埼玉県春日部市三郷市育ち)
出身校 法政大学第二部法学部法律学
前職 東京都知事本局総務部総務課主任
内閣府地域主権戦略室出向、北海道夕張市行政参与
夕張市長
所属政党 無所属
配偶者
公式サイト 鈴木直道 オフィシャルサイト

夕張市の旗 第18代 夕張市長
当選回数 2回
在任期間 2011年4月24日 - 2019年2月28日

北海道の旗 公選第19代 北海道知事
当選回数 1回
在任期間 2019年4月23日[1] - 現職
テンプレートを表示

鈴木 直道(すずき なおみち、1981年(昭和56年)3月14日 - )は、日本政治家地方公務員東京都知事本局総務部総務課主任として内閣府地域主権戦略室に出向し、北海道夕張市行政参与。2011年から2019年2月まで2期8年、夕張市長を務めた。現在は北海道知事2019年4月23日 - )。

来歴[編集]

埼玉県春日部市に生まれ、同県三郷市で育つ[2]埼玉県立三郷高等学校在学中に両親の離婚により母子家庭で育ち、経済的な事情から大学進学を断念する。東京都職員採用試験に合格し、18歳の1999年4月、東京都庁に入庁した。19歳の2000年4月、法政大学第二部法学部法律学[3]に入学[4]地方自治を専攻、4年で卒業する。法政大学では体育会のボクシング部主将を務め、「2002年度国民体育大会ボクシング競技東京都代表選考」フェザー級準優勝の成績を残す。2004年卒業。

東京都職員時代は、東京都衛生局(現・東京都福祉保健局)に入局し、東京都衛生研究所(現・東京都健康安全研究センター)、東京都立北療育医療センター、福祉保健局保健政策部疾病対策課に在職したのち、福祉保健局総務部総務課主任在職中の2008年1月に、猪瀬直樹東京都副知事の発案により北海道夕張市の市民課市民保険グループに派遣された。夕張市は当時、財政再建団体(現行制度の財政再生団体)に転落しており、富裕な東京都として他地域を支援するとともに、財政破綻の影響を都職員に実感してもらうため送り込まれた二人のうち一人だった[5]。2010年、東京都知事本局(現・東京都政策企画局)総務部総務課主任として内閣府地域主権戦略室に出向。同年、夕張市行政参与[6][7][8]

2010年11月30日に東京都を退職する。2011年4月の統一地方選挙の一環で実施される新人対決の夕張市長選挙に無所属で出馬し、自民公明みんな3党の推薦を受けた元衆議院議員飯島夕雁や、実業家の羽柴誠三秀吉らを破り、初当選を果たした。

2013年3月、ダボス会議を開いている世界経済フォーラムが選ぶ、2013年の「ヤング・グローバル・ リーダーズ(YGL)」に選出された[9]

2015年4月、夕張市長に再選される。11月、日本メンズファッション協会主催「第44回ベストドレッサー賞2015発表・授賞式」において、政治部門を最年少で受賞した。

2019年1月29日、任期満了に伴う北海道知事選挙に無所属で立候補する意向を表明。記者団の取材に対し、自民党と公明党に推薦を求めると述べた[10]

2019年4月7日投開票の北海道知事選挙で野党統一候補を破り初当選した[11][12][13]

2019年現在でも都道府県知事の中では一番若い(次点は大阪府知事吉村洋文)。政策としては、「ほっかいどう応援団会議」の創設などを掲げている[14]

人物[編集]

都職員として夕張派遣[編集]

2008年1月から、猪瀬直樹東京都副知事の発案により、財政破綻で職員数が半減する夕張市に派遣された。夕張市では市民課に配属され、主に医療保険事務を担当した。また特定非営利活動法人ゆうばり観光協会、ゆうばり再生市民会議、ゆうばり子ども文化の会「かぜちゃる」にも参加した。2008年には、夕張メロンの果汁を使用した「夕張メロンポップコーン」を考案し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でも販売した[15]

当初は1年の期限付き派遣の予定であったが、1年間の延長を自ら申し出た[16]

2009年7月、夕張市財政再生計画に市民の声を反映させるため、夕張再生市民アンケート実行委員会を設立する[17]。母校・法政大学及び夕張市で調査実績のある北海学園大学の学生ボランティアに参加を呼びかけ、2人1組で戸別訪問する聞き取り調査やアンケート調査を行い、夕張市の全世帯数の26%に相当する1661世帯から回答を得る。

2009年10月、市民の声を政府へ伝えるため、夕張市を視察に訪れていた渡辺周総務副大臣(当時)が乗車するバスに同乗し、およそ20分にわたり渡辺副大臣に夕張市の状況を説明した。同年11月、総務省で渡辺副大臣に報告書を提出し、夕張市の実情に見合った配慮を求めた。2010年4月からスタートした夕張市の財政再生計画には、調査報告書を基に要望した「除雪体制の見直し」「老朽化した市立診療所の改築」等が盛り込まれた。

2010年3月、夕張市への派遣期間が終了し、最終日には多くの夕張市民が市役所前に集まり、幸福の黄色いハンカチを振って見送った。同年4月からは東京都より内閣府地域主権戦略室に出向したが、猪瀬副知事、藤倉肇夕張市長の意向により夕張市行政参与に就任した。

夕張市長選挙[編集]

2010年11月25日、夕張市の市民グループ「夕張市長選挙を通じ夕張市の未来を考える有志」の呼びかけ人である荒舘康治[18]が、北海道を訪れていた鈴木に新千歳空港で夕張市長選挙に出馬するよう要請した。石原慎太郎東京都知事、猪瀬副知事が共に立候補に賛意を示した。前出の通り11月30日付で東京都を退職し、夕張市長選挙に出馬することを表明、12月8日に同市にへ転居した。翌2011年1月15日に記者会見を開いて正式に出馬を表明した。前衆議院議員飯島夕雁や実業家の羽柴秀吉らを破り初当選し、市長職に全国最年少の30歳1ヵ月で就任した。

夕張市長として[編集]

市長時代はマスメディアから「日本一給料の安い首長」として紹介されていた[19][20]財政再建団体のため、月額給与は70%カット[19][20](2016年7月現在で、25万9000円[20])、退職金と交際費は100%カットしていた[19]。2017年の年収は市長としての給与が約251万円、その他の所得(講演、テレビ出演、執筆など)は約470万円だった[19]

2011年7月、公約実現のための市長特命チーム「まちづくり企画室」を設置した。

2011年10月24日、日本商工会議所岡村正会頭のもとを訪れ、財政赤字の解消に尽力している状況を説明し、工業団地への企業誘致を進め雇用の創出を図るとともに、遊休温泉施設の活用事業者やサッカー場などを兼ね備えたスポーツ施設のネーミングライツスポンサーの募集など民間の力を活かした取り組みを語った[21]

2012年1月6日から9日まで、「カタール国 教育・福祉復興支援事業 北海道夕張 親子で雪ん子リフレッシュ・キャンプ」を開催した。被災3県(岩手県宮城県福島県)の子ども達と家族700名を、カタール国の支援により受け入れた。前年夏に、福島市の主催事業で福島の小学生らを受け入れた際に知り合った石原洋三郎衆院議員が役員を務める日本・カタール友好議員連盟を通じて義援金の活用をカタールに要請し、駐日カタール大使から約7000万円の支援があり実現したものである。この時点では国内最大規模の受け入れとなった。

2012年1月20日、内閣総理大臣野田佳彦に面会する。カタール国国務外務大臣ハリド・アル・アティーヤをはじめ、岩手・宮城・福島各県の親子とともに首相官邸を訪問する。カタール国が教育・福祉分野における復興支援事業の一環として、東日本大震災の被災地の子供たちの心のケアをサポートするため、「カタール・フレンドシップ・ファンド教育・福祉復興事業」を設立したことについて、野田に報告した。また、財政再生計画の期間短縮実現のため、野田にリーダーシップの発揮と、現状を説明するための再度の面会を要望。「震災被災地から財政再生団体を出さないようにしていただきたい」と要望した。

2013年7月30日、夕張メロンを世界に通じるブランドにするべく、カタールへ渡った。鈴木自身が手荷物で約50玉のメロンを運び、アティーヤ外相に贈呈、現地王族にもふるまい、好評を得る。0泊3日の強行日程、渡航費用など30万円は私費、メロンは夕張市農協からの無償提供であった。翌年には、夕張メロンのアジア初輸出が決まる。

2016年6月、「夕張市の高齢化率は約49%。高齢化の先進地域です。」と夕張が抱える高齢化問題に触れ、「どういう医療・介護サービスを展開できるか。とりわけ財政的に厳しい制約がある中、どうやって最高の効果を生み出すか。夕張の取り組みは今後、他の自治体にとってヒントになると思います。」と述べた[22]

2016年8月8日、北海道旅客鉄道(JR北海道)本社で島田修社長と会談し、赤字が大きく同社単独での維持が困難な線区として、秋にも公表すると見られていた、石勝線新夕張駅夕張駅間(夕張支線16.1キロメートル)の廃止を市長側から提案した。鈴木市長は会談後、記者団に「座して廃線を待つのではなく『攻めの廃線』を提案した」と説明。市民の足を守ることを第一に考えた鈴木市長による異例の“逆提案”は話題になり、鉄道のあり方への問題提起ともなった。その後協議を続け、早ければ2019年3月にも廃止することで合意し、JR北海道から市の交通施策への協力やJR所有の土地・施設の利用、社員の派遣といった条件を引き出した。一方、複数の自治体が関係する他の維持困難線区の地域からは、「夕張支線のケースは例外だ」との指摘もある。

2016年11月4日、総理大臣官邸にて菅義偉内閣官房長官と会談。地域の再生を目指した、新たな財政再生計画に対して、国が財政面などで最大限の支援を決断するよう要請。これに対し菅官房長官は、同日午後の記者会見で「政府としても、どのような支援ができるのか今後検討していきたい」と述べた。

2018年3月、JR石勝線夕張支線廃線合意の覚書締結。締結後、協力した関係者に感謝を伝えるとともに、「明治25年11月の開業から120年あまりにわたって、夕張とともに歩み、夕張のまちを支え続けてきた夕張支線。廃線により、その長い歴史に終止符を打つことになります。歴史の重さを実感するとともに、今ここから『持続可能な交通体系のモデル』と言われる新たな歴史をつくっていきたい。」というコメントを発表した[23]

市政への評価[編集]

2014年5月29日、夕張市が日本国政府が集中的に支援を行う「地域活性化モデルケース」に選定される。コンパクトシティの実現に向けた取り組みや、地域エネルギーの有効活用などを提案、政府の審査を受け、応募135件から33件に絞られたもの。対象地域には、中央省庁から課長クラスが派遣され、税制や予算、規制緩和などで、よりスムーズに優遇措置を受けることができる。

2014年10月、コンパクトシティ化に向け建設された「歩団地」が、年間の住生活月間功労者表彰国土交通大臣表彰を受賞する。

2015年1月22日、「コンパクトシティと夕張再生エネルギー活用による元気創造への挑戦」が評価され、政府が進める地方創生の具体的な施策の「地域再生計画」に認定され、首相官邸で、認定書授与式が行われた[24]

2015年6月28日、高市早苗総務大臣が夕張市を訪問、財政の立て直しは順調に進んでいると評価した。「保育料は近隣町村と比べ高い水準にあり、子育て世代が市外に流出する一因となっていると聞いた。再生実現のためには若い世代の定住促進が重要だ」と述べ、財政再生計画に計上されていない保育料の引き下げなどについても前向きに対応する考えを示した。

2015年7月12日から13日にかけて、石破茂地方創生担当大臣が夕張市を視察した。「夕張をどうするかは、地方創生と、これから先の日本をどうするかに直結する。新しい日本を作っていく上でモデルとしたい」などと述べた。また、人口減少に対応して都市機能を集約する取り組みを進める夕張市の姿勢などに触れ、「厳しい状況に置かれている夕張だからこそ、現実的なアイデアが出てくる。夕張の事例を(他の自治体に)広げることが出来れば」と評価した。

2017年、財政再生計画変更の総務大臣同意を得る際、高市総務大臣(当時)は「この計画は夕張市が実質的な再生に向けて新たな一歩を踏み出すためのものであり、鈴木市長のリーダーシップに期待をしている」と述べた[25]

2018年6月、財政再建団体になった時(2006年)の負債の総額は353億円であったが、12年の時を経た2018年には、債務は約140億円減る一方で行政サービスの低下や公共料金の引き上げで地域の衰退も加速し、破綻時に1万3000人だった人口は8300人まで減ったと報じられた[26]

東京都との連携[編集]

  • 2011年7月、東京都交通局清澄乗務管理所長(課長級)の高畠信次を東京都から派遣。市理事に任命。
  • 2011年8月、東京消防庁との連絡窓口としてホットラインを設置。東京都知事本局政策部政策課政策主査として夕張市支援の窓口を務めていた金光恭児を都から派遣。市総務課主幹に任命。
  • 2011年12月15日~2週間程度、都営地下鉄の車内中吊りと主要10駅構内の広告ボードに、夕張観光PRポスターを無償で掲示。
  • 2011年1月11日~2月16日、消防職員(東京消防庁から6名、夕張市消防本部から1名)を相互に派遣し、実務研修を実施。
  • 2012年8月30日、都営バス車両の無償譲渡が実現。大型ノンステップバス1両が譲渡されることになった。
  • 2014年6月3日、舛添要一東京都知事と会談し、東京都の支援を継続するよう要請。舛添知事は「できる限りの支援は続けていきたい」と応じた。
  • 2016年12月22日、東京都庁舎を訪れ、小池百合子都知事を表敬。鈴木市長は「再生にかじを切るタイミングで新しい連携をつくりたい」と要望。小池知事は「どう連携できるか話し合い、しっかりと夕張市を支えたい」と応じた。

施設売却問題[編集]

夕張市長時代に夕張市のホテルマウントレースイや、マウントレースイスキー場、合宿の宿ひまわりゆうばりホテルシューパロの4施設を中国人である呉之平が経営する不動産業者元大リアルエステートに2017年2月、約2億4千万円で売却している。同社は中国などからの観光客の取り込みを目指し、同施設の改修や広告などに約100億円を投資する計画と説明していた[27]。その後、同社は2019年3月に同4施設を香港系ファンドに約15億円で売却し、13億円の転売益を得ている[28]。また、市はこの資産売却時に固定資産税の3年間免除も付けていたことも判明している。転売禁止条項を付けることも可能であったが、市長は売却当時の市議会で、「(呉之平)社長が転売しないと言っているから、転売禁止条項はつけない」と答弁していた[29][30]。なお、新千歳空港に乗り入れている中国系航空会社が2016年にそれらの4施設の購入を10億円以内で購入するために鈴木直道市長(当時)に面談を申し入れたが、それを拒否していたことも判明している[31]朝日放送テレビの情報番組『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』の2019年9月7日放送分では、この問題が取り上げられており、広く周知される行政の問題となっている。夕張鹿鳴館等、日本にとって重要な建造物も現在放置されており、外資への売却の同義的責任が現在問われている。今後、建造物の杜撰な管理が明らかになれば、鈴木元市長には、説明責任が求められることとなる可能性がある。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ “「躍動する道政へ挑戦」 鈴木新知事が就任”. 北海道新聞. (2019年4月23日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/299094 2019年4月23日閲覧。 
  2. ^ 女性セブン』2011年5月26日号 週刊ポストネット
  3. ^ 2002年で募集停止し、2010年閉課。
  4. ^ SANKEI EXPRESS』2011年4月26日 [1]
  5. ^ 【ストーリー】36歳・鈴木直道市長/夕張再生めざし格闘『毎日新聞』朝刊2017年12月17日(3面)。
  6. ^ 「鈴木直道からのメッセージ」鈴木直道
  7. ^ 「市長プロフィール」夕張市
  8. ^ 東京都福祉保健局総務部総務課主任(夕張市派遣) 鈴木 直道さん法政大2009年12月20日
  9. ^ “僕たちはどう働くか 「財政破綻」は実際にどういうことなのか 夕張市長 鈴木直道(1)”. 『日本経済新聞』. (2014年1月7日). http://www.nikkei.com/article/DGXBZO64609980W3A221C1000000/ 2014年1月8日閲覧。 
  10. ^ “37歳の夕張市長、北海道知事選出馬へ 無所属で”. 朝日新聞. (2019年1月2日). https://www.asahi.com/articles/ASM1Y2TFRM1YIIPE003.html 2019年1月29日閲覧。 
  11. ^ 北海道知事選、鈴木氏が初当選 与党系が制す” (日本語). 『日本経済新聞』 (2019年4月7日). 2019年4月8日閲覧。
  12. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2019年4月7日). “北海道知事選、全国最年少38歳の鈴木直道氏「ピンチをチャンスに」” (日本語). 産経ニュース. 2019年4月8日閲覧。
  13. ^ 北海道知事に与党系の前夕張市長が当確 野党候補破る:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. 2019年4月8日閲覧。
  14. ^ 鈴木直道の政策鈴木直道公式サイト(2019年8月17日閲覧)。
  15. ^ 【ゆうばり映画祭】夕張メロン味のポップコーン秘話 鈴木直道夕張市長”. ORICON NEWS. オリコン (2012年3月5日). 2019年6月8日閲覧。
  16. ^ 夕張の現実は日本の明日 夕張市長 鈴木直道(2)(2/3) ”. NIKKEI STYLE. 日本経済新聞社 (2014年1月21日). 2019年4月9日閲覧。
  17. ^ “夕張再生市民アンケート実行委員会代表 鈴木直道さん<ひと2009>”. 北海道新聞. (2009年12月10日). http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/yuubari_news/79015.html 
  18. ^ ゆうばり国際ファンタスティック映画祭の企画や『おふくろ先生のゆうばり診療日記』のロケーション手配等を手がけるイベント企画会社「ネクスト夕張」の関係者。夕張の未来を考える会代表。
  19. ^ a b c d 知事・市長の給与が低い500自治体ランキング ”. 東洋経済オンライン . 週刊東洋経済 (2018年7月11日). 2019年6月8日閲覧。
  20. ^ a b c 夕張破綻10年 年収300万円台の市長、次のキャリアは”. NIKKEI STYLE. 日本経済新聞社 (2016年7月2日). 2019年6月8日閲覧。
  21. ^ 北海道・夕張市長が岡村会頭と会談”. 2019年2月15日閲覧。
  22. ^ 「夢」を主語に挑戦するまちへ”. 2019年2月15日閲覧。
  23. ^ 平成30年3月23日 JR石勝線夕張支線廃線合意の覚書締結後の市長コメント”. 2019年2月15日閲覧。
  24. ^ 地方創生「地域再生計画」認定書授与式”. 2019年2月15日閲覧。
  25. ^ 平成29年3月9日 財政再生計画変更の総務大臣同意に係る記者会見 冒頭挨拶”. 2019年2月15日閲覧。
  26. ^ “6月20日 財政再建団体の申請 夕張市が表明”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2018年6月20日). https://www.nikkei.com/article/DGKKZO3193890019062018EAC000/ 2019年9月16日閲覧。 
  27. ^ 2017.2.8『産経新聞
  28. ^ 2019/2/21『北海道新聞』
  29. ^ 2019年03月27日『日刊ゲンダイ
  30. ^ 2019/2/20『日本経済新聞』
  31. ^ Net IB News 2019/04/06

関連著書[編集]

  • 『夕張再生市長 課題先進地で見た「人口減少ニッポン」を生き抜くヒント』講談社(2014年10月)
  • 『やらなきゃゼロ!――財政破綻した夕張を元気にする全国最年少市長の挑戦』岩波ジュニア新書(2012年12月)
  • 猪瀬直樹『東京の副知事になってみたら』小学館101新書(2010年6月)

外部リンク[編集]

公職
先代:
高橋はるみ
北海道の旗 北海道知事
公選第19代:2019年 -
次代:
現職
先代:
藤倉肇
夕張市の旗 夕張市長
第18・19代:2011年 - 2019年
次代:
厚谷司