鈴木直道

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鈴木 直道
すずき なおみち
鈴木.jpg
生年月日 (1981-03-14) 1981年3月14日(37歳)
出生地 埼玉県三郷市
出身校 法政大学第二部法学部法律学
前職 東京都職員
現職 夕張市長
公式サイト 夕張市長 鈴木直道 オフィシャルサイト

夕張市の旗 第18代 夕張市長
当選回数 2回
在任期間 2011年4月24日 - 現職
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鈴木 直道(すずき なおみち、1981年3月14日 - )は、日本政治家、元東京都庁職員。北海道夕張市長(第18代)。

来歴[編集]

埼玉県春日部市に生まれ、三郷市で育つ[1]埼玉県立三郷高等学校在学中に両親の離婚により母子家庭で育ち、経済的な事情から大学進学を断念する。東京都職員採用試験に合格し18歳で1999年4月、東京都庁に入庁した。19歳の2000年4月、法政大学第二部法学部法律学[2]に入学[3]地方自治を専攻する。法政大学では体育会のボクシング部主将を務め、「2002年度国民体育大会ボクシング競技東京都代表選考」フェザー級準優勝の成績を残す。2004年卒業。東京都職員時代は東京都衛生局衛生研究所(現福祉保健局都健康安全研究センター)、都立北療育医療センター、福祉保健局保健政策部、福祉保健局総務部、知事本局総務部に在職した。

2008年1月、猪瀬直樹東京都副知事の発案により夕張市に派遣される。

2010年11月30日に東京都を退職する。2011年4月の統一地方選挙の一環で実施される新人対決の夕張市長選挙に無所属で出馬し、自民公明みんな3党の推薦を受けた元衆議院議員飯島夕雁や、実業家の羽柴誠三秀吉らを破り、初当選を果たした。

2011年5月14日、夕張市役所に婚姻届を提出する。同日開幕した「ゆうばり桜まつり」で、結婚を記念して桜の苗木の植樹を行った。

2013年3月、ダボス会議を開いている世界経済フォーラムが選ぶ、2013年の「ヤング・グローバル・ リーダーズ(YGL)」に選出された[4]

2015年4月、夕張市長に再選される。11月、日本メンズファッション協会主催「第44回ベストドレッサー賞2015発表・授賞式」において、政治部門を最年少で受賞した。

人物[編集]

  • 財政再建団体のため、月額給与は70%カットの25万9000円(2016年12月現在)、退職金は100%カットしている。2015年の年収は手取り約246万円。マスコミ等で「日本一給料の安い首長」として紹介されることが多い。
  • 市長就任当初から力を入れている、人口減少社会に関する取り組みが注目されている。人口減少社会をテーマにした企画で、コメンテーターとしてのテレビ番組出演や新聞・雑誌のインタビューが多い。
  • 北海道出身で夕張の支援を続けているGLAYとの親交が深く、夕張で行ったコンサートの際はメンバーに呼ばれステージに上がった。
  • 鼻が曲がったように潰れているのは、学生時代のボクシングで骨折し手術をしたからだと、雑誌『AERA』のインタビューで答えている。
  • ウェブサイトでのインタビューでお気に入りの一曲に槇原敬之の「遠く遠く」をあげている。

都職員として夕張派遣[編集]

2008年1月から、猪瀬直樹東京都副知事の発案により、財政破綻で職員数が半減する夕張市に派遣された。夕張市では市民課に配属され、主に医療保険事務を担当した。また特定非営利活動法人ゆうばり観光協会、ゆうばり再生市民会議、ゆうばり子ども文化の会「かぜちゃる」にも参加した。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭では、夕張市の特産品である夕張メロンの果汁を使用した「夕張メロンポップコーン」を考案し販売した。

当初は2009年3月までの期限付き派遣の予定であったが「1年では何も形には出来ないが、2年目はその1年間の経験や地域との関係を基に具体的な行動が実施できる」と考え、1年間の延長を自ら申し出る。この際の活動はフジテレビ系の報道番組『新報道2001』にて放映される。

2009年7月、夕張市財政再生計画に市民の声を反映させるため、夕張再生市民アンケート実行委員会を設立する[5]。母校・法政大学及び夕張市で調査実績のある北海学園大学の学生ボランティアに参加を呼びかけ、2人1組で戸別訪問する聞き取り調査やアンケート調査を行い、夕張市の全世帯数の26%に相当する1661世帯から回答を得る。

2009年10月、市民の声を政府へ伝えるため、夕張市を視察に訪れていた渡辺周総務副大臣(当時)が乗車するバスに同乗し、およそ20分にわたり渡辺副大臣に夕張市の状況を説明した。同年11月、総務省で渡辺副大臣に報告書を提出し、夕張市の実情に見合った配慮を求めた。2010年4月からスタートした夕張市の財政再生計画には、調査報告書を基に要望した「除雪体制の見直し」「老朽化した市立診療所の改築」等が盛り込まれた。

2010年3月、夕張市への派遣期間が終了し、最終日には多くの夕張市民が市役所前に集まり、黄色いハンカチを振って見送った。同年4月からは東京都より内閣府地域主権戦略室に出向したが、猪瀬副知事、藤倉肇夕張市長の意向により夕張市行政参与に就任した。

夕張市長選挙[編集]

2010年11月25日、夕張市の市民グループ「夕張市長選挙を通じ夕張市の未来を考える有志」の呼びかけ人である荒舘康治[6]が、北海道を訪れていた鈴木に新千歳空港で夕張市長選挙に出馬するよう要請した。石原慎太郎東京都知事、猪瀬副知事が共に立候補に賛意を示した。前出の通り11月30日付で東京都を退職し、夕張市長選挙に出馬することを表明、12月8日に同市にへ転居した。翌2011年1月15日に記者会見を開いて正式に出馬を表明した。前衆議院議員飯島夕雁や実業家の羽柴秀吉らを破り初当選し、市長職に全国最年少の30歳1ヵ月で就任した。

夕張市長として[編集]

財政再建団体のため、月額給与は70%カットの25万9000円(2016年12月現在)、退職金は100%カットしている。2015年の年収は手取り約246万円。マスメディアで「日本一給料の安い首長」として紹介されることが多い。

2011年7月、公約実現のための市長特命チーム「まちづくり企画室」を設置した。

2012年1月6日から9日まで、『カタール国 教育・福祉復興支援事業 北海道夕張 親子で雪ん子リフレッシュ・キャンプ』を開催した。被災3県(岩手、宮城、福島)の子ども達と家族700名を、カタール国の支援により受け入れた。前年夏に、福島市の主催事業で福島の小学生らを受け入れた際に知り合った石原洋三郎衆院議員が役員を務める日本・カタール友好議員連盟を通じ、義援金の活用をカタールに要請、駐日カタール大使から約7000万円の支援があり実現したものである。この時点では国内最大規模の受け入れとなった。

2012年1月20日、内閣総理大臣野田佳彦に面会する。カタール国国務外務大臣ハリド・アル・アティーヤをはじめ、岩手・宮城・福島各県の親子とともに首相官邸を訪問する。カタール国が教育・福祉分野における復興支援事業の一環として、東日本大震災の被災地の子供たちの心のケアをサポートするため、『カタール・フレンドシップ・ファンド教育・福祉復興事業』を設立したことについて、野田に報告した。また、財政再生計画の期間短縮実現のため、野田にリーダーシップの発揮と、現状を説明するための再度の面会を要望。「震災被災地から財政再生団体を出さないようにしていただきたい」と訴えた。

2013年7月30日、夕張メロンを世界に通じるブランドにするべく、カタールへ渡った。鈴木自身が手荷物で約50玉のメロンを運び、アティーヤ外相に贈呈、現地王族にもふるまい、好評を得る。0泊3日の強行日程、渡航費用など30万円は私費、メロンは夕張市農協からの無償提供であった。翌年には、夕張メロンのアジア初輸出が決まる。

2014年5月29日、日本国政府が集中的に支援を行う「地域活性化モデルケース」に選定される。コンパクトシティの実現に向けた取り組みや、地域エネルギーの有効活用などを提案、政府の審査を受け、応募135件から33件に絞られたもの。対象地域には、中央省庁から課長クラスが派遣され、税制や予算、規制緩和などで、よりスムーズに優遇措置を受けることができる。

2014年10月、コンパクトシティ化に向け建設された「歩団地」が、年間の住生活月間功労者表彰国土交通大臣表彰を受賞する。

2015年6月28日、高市早苗総務大臣が夕張市を訪問、財政の立て直しは順調に進んでいると評価した。「保育料は近隣町村と比べ高い水準にあり、子育て世代が市外に流出する一因となっていると聞いた。再生実現のためには若い世代の定住促進が重要だ」と述べ、財政再生計画に計上されていない保育料の引き下げなどについても前向きに対応する考えを示した。

2015年7月12日から13日にかけて、石破茂地方創生担当大臣が夕張市を視察した。「夕張をどうするかは、地方創生と、これから先の日本をどうするかに直結する。新しい日本を作っていく上でモデルとしたい」などと述べた。また、人口減少に対応して都市機能を集約する取り組みを進める夕張市の姿勢などに触れ、「厳しい状況に置かれている夕張だからこそ、現実的なアイデアが出てくる。夕張の事例を(他の自治体に)広げることが出来れば」と評価した。

2016年8月8日、北海道旅客鉄道本社で島田修社長と会談し、赤字が大きく同社単独での維持が困難な線区として、秋にも公表すると見られていた、石勝線新夕張駅夕張駅間(夕張支線16.1キロ)の廃止を市長側から提案した。鈴木市長は会談後、記者団に「座して廃線を待つのではなく『攻めの廃線』を提案した」と説明。市民の足を守ることを第一に考えた鈴木市長による異例の“逆提案”は話題になり、鉄道のあり方への問題提起ともなった。その後協議を続け、早ければ2019年3月にも廃止することで合意し、JR北海道から市の交通施策への協力やJR所有の土地・施設の利用、社員の派遣といった条件を引き出した。一方、複数の自治体が関係する他の維持困難線区の地域からは、「夕張支線のケースは例外だ」との指摘もある。

2016年11月4日、総理大臣官邸にて菅義偉内閣官房長官と会談。地域の再生を目指した、新たな財政再生計画に対して、国が財政面などで最大限の支援を決断するよう要請。これに対し菅官房長官は、同日午後の記者会見で「政府としても、どのような支援ができるのか今後検討していきたい」と述べた。

東京都との連携[編集]

  • 2011年7月、東京都交通局清澄乗務管理所長(課長級)の高畠信次を東京都から派遣。市理事に任命。
  • 2011年8月、東京消防庁との連絡窓口としてホットラインを設置。東京都知事本局政策部政策課政策主査として夕張市支援の窓口を務めていた金光恭児を都から派遣。市総務課主幹に任命。
  • 2011年12月15日~2週間程度、都営地下鉄の車内中吊りと主要10駅構内の広告ボードに、夕張観光PRポスターを無償で掲示。
  • 2011年1月11日~2月16日、消防職員(東京消防庁から6名、夕張市消防本部から1名)を相互に派遣し、実務研修を実施。
  • 2012年8月30日、都営バス車両の無償譲渡が実現。大型ノンステップバス1両が譲渡されることになった。
  • 2014年6月3日、舛添要一 東京都知事と会談し、東京都の支援を継続するよう要請。舛添知事は「できる限りの支援は続けていきたい」と応じた。
  • 2016年12月22日、東京都庁舎を訪れ、小池百合子都知事を表敬。鈴木市長は「再生にかじを切るタイミングで新しい連携をつくりたい」と要望。小池知事は「どう連携できるか話し合い、しっかりと夕張市を支えたい」と応じた。

脚注[編集]

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  1. ^ 女性セブン2011年5月26日号 週刊ポストネット
  2. ^ 2002年で募集停止し、2010年閉課。
  3. ^ SANKEI EXPRESS 2011年4月26日 [1]
  4. ^ “僕たちはどう働くか 「財政破綻」は実際にどういうことなのか 夕張市長 鈴木直道(1)”. 日本経済新聞. (2014年1月7日). http://www.nikkei.com/article/DGXBZO64609980W3A221C1000000/ 2014年1月8日閲覧。 
  5. ^ “夕張再生市民アンケート実行委員会代表 鈴木直道さん<ひと2009>”. 北海道新聞. (2009年12月10日). http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/yuubari_news/79015.html 
  6. ^ ゆうばり国際ファンタスティック映画祭の企画やおふくろ先生のゆうばり診療日記のロケーション手配等を手がけるイベント企画会社「ネクスト夕張」の関係者。夕張の未来を考える会代表。

関連著書[編集]

  • 「夕張再生市長 課題先進地で見た『人口減少ニッポン』を生き抜くヒント」講談社(2014年10月)
  • 「やらなきゃゼロ!――財政破綻した夕張を元気にする全国最年少市長の挑戦」岩波ジュニア新書(2012年12月)
  • 猪瀬直樹「東京の副知事になってみたら」小学館101新書(2010年6月)

外部リンク[編集]

公職
先代:
藤倉肇
夕張市の旗 夕張市長
第18-19代:2011年 -
次代:
(現職)