笠井信一

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笠井信一

笠井 信一(かさい しんいち、1864年7月22日元治元年6月19日) - 1929年7月25日)は、日本の内務官僚政治家貴族院議員

経歴[編集]

静岡県出身。笠井勘三郎の三男として生まれる。第一高等学校を経て、1892年帝国大学法科大学を卒業した。

1893年2月、内務省に入り、内務属として警保局に配属された。その後、警保局監獄課長、山形県参事官岩手県警察部長、高知県書記官台湾総督府事務官、台南県書記官、岐阜県書記官、新潟県書記官、同県第一部長、熊本県第一部長などを歴任。

1907年1月、岩手県知事に就任。1913年3月、地元出身初の静岡県知事に就任。1914年6月、岡山県知事に転じた。1917年5月、後の民生委員制度の先駆となる済世顧問制度を制定した。1919年4月、北海道庁長官に就任。

1921年5月、貴族院勅選議員に任じられ、交友倶楽部に属し死去するまで在任した。

栄典[編集]

著作[編集]

  • 『笠井信一集』全国民生委員児童委員協議会、1988年。

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第8257号、「叙任及辞令」1910年12月28日。
  2. ^ 『官報』第1310号・付録、「辞令」1916年12月13日。
  3. ^ 『官報』第1620号、「叙任及辞令」1917年12月25日。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本近現代人物履歴事典』東京大学出版会、2002年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』1990年。
  • 『日本の歴代知事 第1巻』歴代知事編纂会、1980年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。