泉崎村

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いずみざきむら
泉崎村
大泉山昌建寺のしだれ桜
大泉山昌建寺のしだれ桜
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
西白河郡
団体コード 07464-1
法人番号 2000020074641
面積 35.43km2
総人口 6,334
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 179人/km2
隣接自治体 白河市
西白河郡矢吹町中島村
村の木 イチョウ
村の花 サツキ
泉崎村役場
村長 久保木正大
所在地 969-0101
福島県福島県西白河郡泉崎村大字泉崎字八丸145番地
北緯37度9分13.5秒東経140度18分11.5秒
Izumizaki Village Hall.jpg
外部リンク 泉崎村 公式サイト (日本語)

泉崎村位置図

― 市 / ― 町・村

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旧奥州街道 太田川宿
泉崎資料館
観音山磨崖供養塔婆群

泉崎村(いずみざきむら)は、福島県の南部に位置する天王台ニュータウンさつき温泉貯筋会で知られる。

地理[編集]

  • 河川:阿武隈川泉川
  • 気候は太平洋側の影響により夏はとても暑い。

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

年表[編集]

  • 大化改新以前は、白河国造の支配圏。
  • 646年大化02年) - 大化改新、このころ陸奥国成立。白河郡の行政区画内。
  • 792年延暦11年) - 陸奥国白河軍団廃止。このころ関和久遺跡に官衙があったとされる。
  • 1876年明治9年) - 踏瀬村、踏瀬新田村、十軒新田村が合併し踏瀬村となる。北平山村、北平山新田村が合併し北平山村となる。
  • 1889年明治22年) - 踏瀬村、太田川村、泉崎村が合併し川崎村となる。関和久村、北平山村が合併し関平村となる。
  • 1896年(明治29年)2月25日 - 泉崎駅が開業。
  • 1954年昭和29年) - 川崎村と関平村が合併し泉崎村となる。
  • 2009年平成21年) - 村長の小林日出夫が自宅で死亡しているのが発見される。

行政区域変遷[編集]

  • 変遷の年表
  • 変遷表

行政[編集]

財政[編集]

財政の悪化により、2000年(平成12年)泉崎村議会で可決された「泉崎村自主的財政再建計画」に基づき平成12年度から平成16年度まで財政再建を行ったが、 2006年(平成18年)4月地方債制度が「許可制度」から「協議制度」に移行したことに伴い導入された財政指標の実質公債費比率が30.1パーセントと一般事業等の起債が制限される水準のままと財政状況が改善しないため、 再び「自主的財政再建計画(第2期)」に基づいた財政再建を平成17年度から平成21年度まで行なった[3]

それらの結果、2010年(平成22年)の実質公債費比率は16.7パーセントにまで回復している[4]

統計データ[編集]

現在の村勢[編集]

出典 
  1. 総務省統計局『統計で見る市区町村のすがた2007』(2007年平成19年))

人口[編集]

Demography07464.svg
泉崎村と全国の年齢別人口分布(2005年) 泉崎村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 泉崎村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
泉崎村(に相当する地域)の人口の推移
1970年 5,490人
1975年 5,358人
1980年 5,577人
1985年 5,834人
1990年 6,656人
1995年 6,924人
2000年 6,823人
2005年 6,761人
2010年 6,802人
2015年 6,495人
総務省統計局 国勢調査より

主たる製造工場[編集]

教育[編集]

泉崎村立第一小学校

中学校[編集]

小学校[編集]

  • 泉崎村立泉崎第一小学校
  • 泉崎村立泉崎第二小学校

交通[編集]

泉崎駅

鉄道[編集]

バス[編集]

道路[編集]

史跡・名勝・観光[編集]

当村出身の有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 7 福島県』、角川書店、1981年 ISBN 4040010701より
  2. ^ 日本加除出版株式会社編集部『全国市町村名変遷総覧』、日本加除出版、2006年、ISBN 4817813180より
  3. ^ 自主的財政再建計画書(第2期)
  4. ^ 泉崎村(福島県)の財政情報:財政力指数,起債制限,地方税etc

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]