国鉄タキ4100形貨車 (2代)
国鉄タキ4100形貨車 (2代) | |
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基本情報 | |
車種 | タンク車 |
運用者 |
日本国有鉄道 日本貨物鉄道(JR貨物) |
所有者 | 住友商事、東北肥料、日本瓦斯化学工業、化成水島、協和ケミカルズ→協和醗酵工業、東亜合成化学工業、昭和電工、三菱商事、伊藤忠商事、日産化学工業 |
製造所 | 三菱重工業、日本車輌製造、日立製作所、汽車製造、川崎車輛 |
製造年 | 1963年(昭和38年) - 1967年(昭和42年) |
製造数 | 44両 |
消滅 | 1996年(平成8年) |
常備駅 | 宮下駅、新崎駅、扇町駅他 |
主要諸元 | |
車体色 | 白 |
専用種別 | 液化アンモニア |
化成品分類番号 | 毒燃(G)26・3 |
軌間 | 1,067 mm |
全長 | 17,880 mm |
全幅 | 2,500 mm |
全高 | 3,883 mm |
タンク材質 | 高張力鋼 |
荷重 | 25 t |
実容積 | 46.8 m3 |
自重 | 27.1 t - 27.9 t |
換算両数 積車 | 5.5 |
換算両数 空車 | 2.8 |
台車 | TR41C、TR41D |
車輪径 | 860 mm |
軸距 | 1,650 mm |
台車中心間距離 | 13,700 mm |
最高速度 | 75 km/h |
国鉄タキ4100形貨車(こくてつタキ4100がたかしゃ)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)及び1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化後は日本貨物鉄道(JR貨物)に車籍を有した私有貨車(タンク車)である。
概要
[編集]タキ4100形は液化アンモニア専用の25t積タンク車として1963年(昭和38年)11月30日から1967年(昭和42年)6月14日にかけて18ロット44両(オタキ4100 - オタキ4143)が三菱重工業、日本車輌製造、日立製作所、汽車製造、川崎車輛の5社にて製作された。
記号番号表記は特殊標記符号「オ」(全長 16 m 以上)を前置し「オタキ」と標記する。
タキ4100形を名乗る形式はタキ4100形(初代)(在籍期間 : 1953年(昭和28年)6月16日 - 1957年(昭和32年)4月頃)、タキ4100形(2代)(在籍期間 : 1963年(昭和38年)11月30日 - 1996年(平成8年)7月)の2形式が存在した。
本形式の他に液化アンモニアを専用種別とする形式は、タ520形(2両)、タ550形(5両)、タ580形(30両)、タ2800形(3両)、タム5800形(19両)、タサ4100形(142両)、タサ5800形(2両)、タキ18600形(128両)の8形式がある。
落成当時の所有者は、住友商事、東北肥料、日本瓦斯化学工業、化成水島、協和ケミカルズ(その後協和醗酵工業へ社名変更)、東亞合成化学工業、昭和電工、三菱商事、伊藤忠商事、日産化学工業の10社である。その後1971年(昭和46年)12月17日に日本瓦斯化学工業所有車6両が三菱瓦斯化学へ、1973年(昭和48年)12月13日に東亞合成化学工業所有車2両(オタキ4125、オタキ4128)が三菱瓦斯化学へ、1974年(昭和49年)2月28日に化成水島所有車6両が三菱化成工業へ、1974年(昭和49年)12月21日に住友商事所有車7両が三菱商事へ、1977年(昭和52年)8月19日に東亞合成化学工業所有車3両(オタキ4126、オタキ4127、オタキ4129)が日商岩井へ、1984年(昭和59年)10月12日に三菱瓦斯化学所有車2両(オタキ4125、オタキ4128)が日本陸運産業へ、それぞれ名義変更された。
1976年(昭和51年)10月13日から1978年(昭和53年)3月30日にかけて東北肥料所有車3両を除く41両に緊急遮断装置の取り付けが行われた。
1979年(昭和54年)10月より化成品分類番号「毒燃(G)26・3」(毒性の物質、燃焼性の物質、高圧ガス、毒性のあるもの、可燃性のもの)が標記された。専用種別の「液化アンモニア」と化成品分類番号の「燃」は赤色で標記されている。更にタンク体右側形式番号上に「連結注意」が標記された。
ドームレス直円筒型のタンク体は、高張力鋼(HT55、HT60)製で厚さ85mmの断熱材を巻きキセ(外板)を装備した。タンク体内部には波よけ板16枚が設置された。荷役方式はタンク上部にある弁からの上入れ、上出し式である。
塗色は、白であり、全長は17,880mm、全幅は2,500mm、全高は3,883mm、台車中心間距離は13,700mm、実容積は46.8m3、自重は27.1t - 27.9t、換算両数は積車5.5、空車2.8、最高運転速度は75km/h、台車はベッテンドルフ式のTR41Cと平軸受・コイルばね式のTR41Dである。
1987年(昭和62年)4月の国鉄分割民営化時には伊藤忠商事所有車4両(オタキ4136 - オタキ4139)の車籍がJR貨物に継承されたが、1996年(平成8年)7月に4両一斉に廃車となり同時にこの形式は消滅した[1]。
年度別製造数
[編集]各年度による製造会社と両数、所有者は次のとおりである。(所有者は落成時の社名)
- 昭和38年度 - 10両
- 三菱重工業 4両 住友商事(オタキ4100 - オタキ4103)
- 三菱重工業 3両 住友商事(オタキ4104 - オタキ4106)
- 三菱重工業 1両 東北肥料(オタキ4107)
- 三菱重工業 2両 東北肥料(オタキ4108・オタキ4109)
- 昭和39年度 - 15両
- 日本車輌製造 2両 日本瓦斯化学工業(オタキ4110・オタキ4111)
- 日立製作所 1両 日本瓦斯化学工業(オタキ4112)
- 日立製作所 3両 日本瓦斯化学工業(オタキ4113 - オタキ4115)
- 三菱重工業 2両 化成水島(オタキ4116・オタキ4117)
- 三菱重工業 3両 化成水島(オタキ4118 - オタキ4120)
- 三菱重工業 1両 化成水島(オタキ4121)
- 三菱重工業 2両 協和ケミカルズ(オタキ4122・オタキ4123)
- 三菱重工業 1両 協和ケミカルズ(オタキ4124)
- 昭和40年度 - 11両
- 日本車輌製造 4両 東亞合成化学工業(オタキ4125 - オタキ4128)
- 汽車製造 1両 東亞合成化学工業(オタキ4129)
- 日立製作所 3両 昭和電工(オタキ4130 - オタキ4132)
- 三菱重工業 3両 三菱商事(オタキ4133 - オタキ4135)
- 昭和41年度 - 4両
- 川崎車輛 4両 伊藤忠商事(オタキ4136 - オタキ4139)
- 昭和42年度 - 4両
- 日立製作所 4両 日産化学工業(オタキ4140 - オタキ4143)
参考文献
[編集]- 吉岡心平 『プロフェッサー吉岡の私有貨車図鑑(復刻増補)』 2008年、ネコ・パブリッシング刊 ISBN 978-4-7770-0583-3
- 『日本の貨車-技術発達史-』(貨車技術発達史編纂委員会編著、社団法人 日本鉄道車輌工業会刊、2008年)
脚注
[編集]- ^ 吉岡心平 『プロフェッサー吉岡の私有貨車図鑑(復刻増補)』 2008年、ネコ・パブリッシング刊 ISBN 978-4-7770-0583-3 p.342