はやぶさ (探査機)

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小惑星探査機 はやぶさ
(MUSES-C)
はやぶさの着陸想像図
所属 宇宙科学研究所 (ISAS)
宇宙航空研究開発機構 (JAXA)
主製造業者 NEC東芝スペースシステム
公式ページ 小惑星探査機「はやぶさ」MUSES-C
国際標識番号 2003-019A
カタログ番号 27809
状態 運用終了
目的 イオンエンジンの実証試験・
小惑星の探査・
サンプルリターン
観測対象 小惑星イトカワ
(25143 Itokawa)
計画の期間 約4年間(当初)
7年間に延長
打上げ場所 内之浦宇宙空間観測所
打上げ機 M-Vロケット 5号機
打上げ日時 2003年5月9日
13時29分25秒
ランデブー日 2005年9月12日
軟着陸日 2005年11月20日26日
運用終了日 2010年6月13日
物理的特長
本体寸法 約1m × 約1.6m × 約2m
最大寸法 5.7m
(太陽電池パドル翼端間)
質量 約510kg(打ち上げ時)
発生電力 2.6kW
(太陽から1.0AUにおいて)
主な推進器 イオンエンジンμ10
(8mN/3,400sec) × 4
姿勢制御方式 3軸姿勢制御
主な搭載装置
AMICA 可視分光撮像カメラ
ONC-T 望遠光学航法カメラ
ONC-W 広角光学航法カメラ
LIDAR レーザ高度計
NIRS 近赤外線分光器
XRS 蛍光X線スペクトロメータ
ターゲット
マーカ x 3
小惑星タッチダウン用の人工目標物
うち1個は88万人分の名前入り
サンプラー
ホーン
サンプルリターンサンプラー
再突入
カプセル
サンプル格納用耐熱容器
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はやぶさ(第20号科学衛星MUSES-C)は、2003年5月9日13時29分25秒(日本標準時、以下同様)に宇宙科学研究所(ISAS)が打ち上げた小惑星探査機で、ひてんはるかに続くMUSESシリーズ3番目の工学実験機である。

イオンエンジンの実証試験を行いながら2005年夏にアポロ群小惑星 (25143) イトカワに到達し、その表面を詳しく観測して[注釈 1]サンプル採集を試みた後、2010年6月13日22時51分、60億kmの旅を終え、地球に大気圏再突入した[1]地球重力圏外にある天体の固体表面に着陸してのサンプルリターンは、世界初である。

概要

はやぶさは2003年5月に内之浦宇宙空間観測所よりM-Vロケット5号機で打ち上げられ、太陽周回軌道(他の惑星と同様に太陽を公転する軌道)に投入された。その後、搭載する電気推進イオンエンジン)で加速し、2004年5月にイオンエンジンを併用した地球スイングバイを行って、2005年9月には小惑星「イトカワ」とランデブーした。 約5か月の小惑星付近滞在中、カメラやレーダーなどによる科学観測を行った[注釈 2]。次に探査機本体が自律制御により降下・接地して、小惑星表面の試験片を採集することになっていた。 その後、地球への帰還軌道に乗り、2007年夏に試料カプセルの大気圏再突入操作を行ってパラシュートで降下させる計画であったが、降下・接地時の問題に起因する不具合から2005年12月に重大なトラブルが生じ[注釈 3]により、帰還は2010年に延期された。 2010年6月13日、サンプル容器が収められていたカプセルは、はやぶさから切り離されて、パラシュートによって南オーストラリアのウーメラ砂漠に着陸した。翌14日16時8分に回収された[2]。はやぶさの本体は大気中で燃えて失われた。 カプセルは18日に日本に到着し、内容物の調査が進められ、11月16日にカプセル内から回収された岩石質微粒子の大半がイトカワのものと判断したと発表された[3][注釈 4][4][注釈 5]

小惑星からのサンプルリターン計画は国際的にも例が無かった。この計画は主に工学試験のためのミッションであり、次のような各段階ごとに実験の成果が認められるものである。

  1. イオンエンジンによる推進実験
  2. イオンエンジンの長期連続稼動実験
  3. イオンエンジンを併用しての地球スイングバイ
  4. 微小な重力しか発生しない小惑星への自律的な接近飛行制御
  5. 小惑星の科学観測
  6. 小惑星からのサンプル採取
  7. 小惑星への突入、および離脱
  8. 大気圏再突入・回収
  9. 小惑星のサンプル入手

はやぶさの地球帰還とカプセルの大気圏再突入、カプセルの一般公開、その後の採取物の解析などは日本を中心に社会的な関心を集めた。はやぶさがミッションを終えてからもブームはしばらく続いた[5]。 イトカワ探査の終了後、JAXAでははやぶさ2をミッションとして立案しており、応援を呼びかけていたが[6]、2011年5月12日、「はやぶさ2」を2014年に打ち上げる予定であるとJAXAより発表された[7]

名前の由来

ISASでは探査機の名前は、関係者同士の協議によって命名されてきた。MUSES-Cの場合、「はやぶさ」の他にも「ATOM」(Asteroid Take-Out Misson、アトム)という有力候補が存在した[8]。 この名は的川泰宣を中心に組織票が投じられていた案であった[8]。一方「はやぶさ」は上杉邦憲川口淳一郎によって提案され、小惑星のサンプル採取が1秒ほどの着地と離陸の間に行われる様子をハヤブサに見立てた案であった[8]。他にも「はやぶさ」の名には、かつて東京から西鹿児島を走った『特急はやぶさ』や、鹿児島県の地名でもある『隼人』の面もあった[8]。協議の際に的川は「最近の科学衛星は『はるか』とかおとなしい感じの名前や、3文字の名前が多いので、濁点も入った勇壮な『はやぶさ』もいいね」と語り、また「ATOM」は語意の原子から原子爆弾が連想されるとして却下され[9]、結局「はやぶさ」が採用された[8]。 小惑星の名前が「イトカワ」であることから「戦闘機と宇宙機の両方分野で著名な糸川英夫氏に縁の深い、戦闘機『』に因んで命名された」と言われることもあったが、本探査機の打上げ日に初めて「はやぶさ」という正式名称が発表され、それから3か月後にその目標である小惑星1998 SF36が「イトカワ」と命名されたので、誤解であると川口は説明している[8]

ミッション背景

計画承認までの経緯

はやぶさのコンセプトアート(NASA)。サンプラーホーンの形が完成形と大きく異なる。また左下にはキャンセルされたNASAのローバーが描かれている。

後に「はやぶさ」に至る小惑星サンプルリターン計画の検討は、日本で初めて惑星間空間に到達することになった「さきがけ」の打ち上げが成功裏に行われ、「すいせい」の打ち上げを控えた1985年6月、ISAS教授(当時)鶴田浩一郎が主催する「小惑星サンプルリターン小研究会」として始まった[10]。その成果として翌1986年には1990年代を想定し、化学推進を用いてアモール群に分類される小惑星である「アンテロス」を対象とするサンプルリターン構想がまとまる[11]。しかし、要求を満たす能力を持つロケットが存在しないなど、時期尚早であるとしてプロジェクトの提案はなされなかった[12]

M-Vロケット開発を受けて検討は再開され、1989年秋から1990年春にかけて行われた宇宙理学委員会において、M-V 2号機のプロジェクトとして提案された。だが、LUNAR-A計画に敗れ採用されなかった[13]。その後はランデブーとホバリングによる超接近観測を目的とした工学衛星計画に方向性を改めて再検討が進められることになった。1991年1月時点において、MUSES-C計画は光学観測による自律航行、三軸姿勢制御、ターゲットマーカーを用いた自律運用、X線分析装置と質量分析器の搭載などが検討されており、1997年5月に二段式キックモーターを装備したM-Vで打ち上げられ、1998年6月にアンテロスに到達するという計画であった[14]。その後も検討は進められ、1995年に小惑星サンプルリターン技術実験探査機として宇宙工学委員会で選定、1996年に宇宙開発委員会の承認を経て正式にプロジェクトが開始された。

小惑星サンプルリターン計画と並行して、彗星サンプルリターン計画の検討も行われていた。1987年ハワイにおけるISY会議の席上で、低価格な彗星サンプルリターン計画「SOCCER」の検討をジェット推進研究所 (JPL) とISASとの合同で開始することが決定される。M-Vによる打ち上げや、マリナーMarkII計画の「CRAF」との連携を視野に入れたデルタロケットの使用も検討され[15]1992年ディスカバリー計画ワークショップにおいて提案されるが、採用されなかった。その後、1994年にISASはMUSES-C計画に注力することを決定、SOCCER計画から外れる。その後、JPLによって検討を続けられたこの計画は、「スターダスト」としてディスカバリー計画に採用された[16]

目的地の変更

小惑星イトカワの軌道(I:イトカワ、E:地球、M:火星、S:太陽)

1994年に本格化した計画当初、目的地の小惑星は (4660) ネレウスであった。しかしM-Vロケットで打ち上げ可能な探査機の能力から見て、ネレウスへ向かうことが難しいと判断され、第2候補である (10302) 1989 ML という小惑星に変更された。しかし2000年2月10日のM-Vロケット4号機の打ち上げが失敗、2002年初頭に予定されていた打ち上げ計画が延期となって、1989 ML へ向かうことが出来なくなった。その結果、(25143) 1998 SF36が3つ目の候補として浮上、目的地として決定することになった。

はやぶさ命名3か月後の2003年8月、目的地の小惑星1998 SF36は、(探査対象となったことから)日本の宇宙開発の父、糸川英夫に因んで、「イトカワ」と命名された[17]。糸川は中島飛行機出身であり、設計に参加した飛行機としては「戦闘機はやぶさ」が著名である[18]

構造

第61回国際宇宙会議で展示されたはやぶさの模型
仕様

バス系

構体
構体は、内部に電子機器や推進剤タンクなどを収容し、宇宙空間での温度差からそれらを保護すると同時に、内外の機器類の固定用強度部材となる[注釈 6][19]
制御系
探査機全体の動作を制御する制御装置 (ITCU) は、CPUはSH-3 (SH7708) プロセッサを3重化し、OSとしてはμITRONを積んでいた[20][注釈 7][注釈 8][19]
通信系
地球との通信を行うアンテナは3種各1基が備わっていた。これらのアンテナはデジタル送受信機と接続され、制御装置と地球の地上局との間を電波通信によって接続するのに用いられた。探査機の姿勢や電力状況によって3種のアンテナは切り替えられ、いづれか1つが常に地球との通信を維持するようになっていた[19]
高利得アンテナ
最大のアンテナは 1.6メートルのパラボラ型高利得アンテナ (HGA) であり、イトカワ近辺まで近づいた超遠距離でも、画像伝送を含めた2k-4kbpsでのデジタル信号の通信を行えた[注釈 9]。HGAはz+軸方向に向けて機体に固定されており、0.7度ほどの細いビーム波であるため、正確に地球と通信するためには高精度の姿勢制御が要求された[注釈 10][19]
中利得アンテナ
中利得アンテナ (MGA) は、巡航中で通信量も少なく、むしろ太陽電池で発電した電力をイオンエンジンへ優先して配分する必要がある期間に用いられた。ある程度の正確さで地球方向へ向けられれば、最大256bpsで通信が行えた[注釈 11][19]
低利得アンテナ
低利得アンテナ (LGA) は、HGAの頂部に付けられており、機体本体や太陽電池の方向、若干の電波干渉方向などを除けば、地球の位置に関わりなく全周方向への通信が行えたが、これは緊急用の通信手段であり、8bpsときわめて低速度の通信であった。LGAを用いなければならないほど、逼迫した状況下での緊急通信用の通信手段として「1ビット通信」という通信機能が用意されていた[注釈 12][19]
電源系
太陽電池パネル
太陽電池パネルは本体を挟んで両側に3枚ずつ、計6枚が全体としては「H形」になるよう配置されz+軸方向に向けて固定されている[注釈 13]。太陽電池パネルの裏面は放熱板である[19]
電池
11セルの充電池を搭載していた[注釈 14][19]
「はやぶさ」の推進システム"IES"の構成概略
1.キセノン・タンク 2.流量制御部 3.マイクロ波電源 4.中和器 5.イオンエンジン「μ10」 6.スクリーン 7.アクセル 8.ディセル
IES
中和器内での反応概略
キセノン原子はマイクロ波加熱によってプラズマ化され、正電荷を持つキセノン・イオンと電子に電離する。キセノン・イオンのほとんどは壁面から電子を受け取り、再びキセノン原子となって同じサイクルを繰り返す。生み出された電子は開口部より外部に流れ出る。
図ではマイクロ波による加熱の仕組みは省かれている。
イオン生成チャンバー内での反応概略
キセノン原子はマイクロ波加熱によってプラズマ化され、正電荷を持つキセノン・イオンと電子に電離する。生み出されたキセノン・イオンはグリッドの穴を通って外部に流れ出るが、巧妙に配置された3層のグリッドを通過する間に電位勾配によって30km/秒程まで加速される。電子は正電荷の壁面に引き寄せられ、やがて壁を通って直流電源部に戻って来た電子の流れは中和器へと送られる。
図ではマイクロ波による加熱の仕組みは省かれている。
3枚のグリッド
スクリーン、アクセル、ディセル
軌道制御系

「はやぶさ」には軌道制御を行うための主推進機としてマイクロ波放電式イオンエンジンμ10を中心とするイオン・エンジン・システム (IES) が搭載されていた。μ10はスラスタAからスラスタDとして、計4台が搭載され、他にも多数の装置と組み合わされて宇宙探査機の推進システムとして用いられた。また、姿勢制御にも用いられるRCSが軌道制御にも使用された。

IESのエンジン4台は同一のテーブル上に配置されていた[注釈 15][19]

以下に「はやぶさ」の推進システムの仕様を示す。

IESの仕様
  • スラスタ有効直径:105mm x 4
  • 定格推力:8mN x 4
  • 消費電力:1050W (350W x 3)
  • 比推力:3200秒
  • 推力方向制御:2軸ジンバル±5°
  • マイクロ波電源:進行波管 (4.25GHz x 4)
  • 加速用高圧電源:3台
  • 搭載推進剤:キセノン 66kg
  • 推進剤タンク:チタン合金製 容量51リットル[19]
構成

「はやぶさ」に搭載されたμ10を含む推進システム"IES"の構成を示す。「はやぶさ」のIESは「μ10」イオン・エンジンと呼ばれるスラスタを4台持ち、それを駆動する直流電源を3台備えるので3基のエンジンまで同時に運転できる。 「μ10」それ自体はイオンの生成・加速部に過ぎず、燃料供給系や中和器、電源系などとともに用いられることで本来の性能が発揮できる。以下に全体の構成を重量とともに示す。

構成と重量
  • スラスタ x 4 : 9.2kg
  • マイクロ波電源 x 4 : 9.2kg
  • 直流電源(3台) : 6.3kg
  • 推進剤タンク : 10.8kg
  • 流量制御部 : 6.5kg
  • ジンバル機構 : 3.0kg
  • 機械計装 : 5.0kg
  • エンジン制御装置 : 3.5kg
  • 電気計装 : 5.7kg
総計 : 59.2kg[19]

本エンジンは燃料としてキセノンを用いており「イオン生成」「静電加速」「中和」という3段階を経て、キセノン・イオンが約30km毎秒ほどの加速を受けて真空の空間のほぼ一定方向へ放射する仕組みになっている。この陽イオンの放出による反動が、1基あたり8ミリ・ニュートンの定格推力を生む[19]

イオン生成
イオン生成には「電子サイクロトロン共鳴」(ECR) という現象を利用している。燃料タンクから流量制御部を経由してイオン生成チャンバー内に導入された希薄なキセノンガスは、マイクロ波による加熱でプラズマされ、電子とキセノン・イオンに電離する。チャンバー壁面が正電圧に印加されているため、負の電荷を持つ電子は生成と同時に壁面へ引き寄せられて比較的短時間に消滅する。反対に正の電荷を帯びたキセノン・イオン (Xe+) は、チャンバー壁面から軽く反発を受けゆるやかに蓄積してゆく。4.25GHzのマイクロ波と1500ガウスの永久磁石によって脈動する電子流が作られ、この高速電子がキセノン原子に次々に衝突することでイオン化を起こす[19]
静電加速
イオン生成チャンバーに溜まった希薄なキセノン・イオンのガスは、真空中に向けて唯一開口しているグリッドの穴から出て行こうとする。炭素繊維強化炭素複合材料製のグリッドは「スクリーン」「アクセル」「ディセル」という3層から成るが、スクリーン・グリッドには+1500V程度が印加され、アクセル・グリッドには-300V程度が加わり、ディセル・グリッドは0Vの電圧レベルになっている。スクリーン、アクセル、ディセルという3枚のグリッドは0.5mm間隔で並び、それぞれ3mm、1mm、2mmほどの異なる大きさの900個近い穴があけられており、互いの開口位置が正確に合わされている[注釈 16]。正の電荷を帯びたキセノン・イオンは、1枚目の+1500V程度が印加されているスクリーン・グリッドを通過する過程で穴の縁から反発を受けて流出コースが細く絞られる。1枚目のスクリーン・グリッドを通過した直後に、2枚目の-300V程度が印加されているアクセル・グリッドに向けて、(1500+300=) 1800Vの電位勾配の強い加速を受ける。この加速がIESの推進力となる。3枚目の0Vの電位がかかっているディセル・グリッドは、低速なイオンがアクセル・グリッドに戻る事を阻止する働きをする。ディセル・グリッドはイオン・エンジンに必須というものではないが、μ10では長寿命化を求めて備えられている。チャンバー内には電離しなかったものや電離後に電子を吸収するなどしたキセノン原子が存在しており、中性電荷のこの原子はグリッドなどの制約を受けずに自由に飛び出すが、全体の量は比較的少なく、搭載燃料の無駄ではあるが許容されている[19]
中和
イオン生成を行いキセノン・イオンだけを宇宙空間へ放出すると正の電荷だけが失われ、そのままでは負の電荷が宇宙機に蓄積されて正の電荷を帯びたキセノン・イオンの投射効率が落ち、やがては正イオンの放出そのものが行えなくなる。この蓄積される負の電荷を電子の放出という形で正負をバランスさせる働きをするのが中和器である。中和器には-30Vほどの電圧がかけられる[注釈 17]。中和器内には、燃料タンクから流量制御部を経由して希薄なキセノンガスが導入される。イオン生成チャンバーと同様に、マイクロ波加熱によってキセノンガスはプラズマとなり、キセノン・イオンと電子に電離される。イオン生成過程と異なるのは、中和器の壁面が負電位であるため、電子は壁から反発を受けるがキセノン・イオンは引かれる。キセノン・イオンは壁に接すると電子を受け取ってキセノン原子に戻る。キセノン原子はマイクロ波加熱によって電離し、再びプラズマの一部となるので、キセノンは中和器内にある限り同じサイクルを繰り返す。電子は壁から供給され続ける限りキセノンを仲立ちにいくらでも生成されるため、中和器内に充満した電子は唯一の開口部から真空空間へ向けて流れ出す。中和器から出た電子は3層のグリッドを通過してきたキセノン・イオンと結びついてキセノン原子となる。イオン生成チャンバーと同様に、中和器内のキセノンガスやキセノン・イオンも真空中に漏れ出すが、その量は比較的少ないために、搭載燃料の無駄ではあるが許容されている。また、中和器で消費されるキセノンガスは、イオン生成チャンバーに比べると少量で済む[19]
推進剤の配管系統
リレーボックス
3台の直流電源から4台のスラスタへ配電する。
流量制御部
流量制御部は、1基だけの推進剤タンクから圧力を減じながら4基のスラスタへ必要に応じて適正な圧力でキセノンを供給するために設けられている。推進剤タンクの圧力は、当初は70高圧ほどもあり、運用によって消費されたが地球帰還時でも30気圧ほどあった圧力をスラスタが必要とする0.6気圧程度に下げる働きを果たす。このようにキセノンガスの流量と圧力を調整するために、高圧系と低圧系のそれぞれにラッチング・バルブと非通電時は常に閉じているバルブの2種類を2組と4組に並列にした冗長構成のバルブ群にされており、高圧/低圧の中間にアキュムレータ (ACM) と呼ぶ貯圧タンクを設けることで圧力調節を行っている。低圧側のバルブを閉じた状態で高圧側のバルブを開くと、推進剤タンクからアキュムレータへキセノンガスが流入する。高圧側のバルブを開けておく時間でアキュムレータ内に蓄えられるガス圧を調節する。適正な圧力になれば高圧側のバルブを閉じてから、4系統あるスラスタ側配管の適切な低圧側のバルブを開く。スラスタ側配管では各組ごとのイオン生成チャンバーと中和器が連接されており、片側だけを閉じたり開いたりはできない[注釈 18][注釈 19][注釈 20][注釈 21][19]
直流電源
直流電源 (IPPU 1 - IPPU 3) は、太陽電池パネルやバッテリーからの電流供給を受けて、キセノン・イオンの加速や中和器の電子放出の原動力となる。このような直流電源は、これまでの宇宙機でも長年培われた通信機用高圧電源技術であるため信頼性が高く、予備などを含めて4基になったスラスタに対しても電源は3台で十分だと判断され、実際にもトラブルは生じていない[注釈 22][19]
リレーボックス
3台の直流電源からのイオンエンジン駆動用の出力は、4基のエンジンに向けてリレーボックス (RLBX) によって給電が切り替えられるようになっていた[注釈 23][19]
姿勢制御系
RCS
12基の姿勢制御スラスタの配置。
太陽電池パドルへの影響を避けて、±y面には付けられていなかった。
姿勢制御スラスタ
20ニュートンの推力を持つ2液式の軌道制御用も兼ねた姿勢制御スラスタ (RCS) が±z面の上下4つのそれぞれの角に計8基と±x面の左右に2基ずつの計4基で合計12基あり、軌道制御や姿勢制御に用いられた。RCSにはA系とB系の2系統の配管がある。[注釈 24]加圧に不活性なガスを用いている推進剤のタンクは、無重力環境では単にタンクにパイプを繋いだだけでは、その時々の液体の位置によって配管内に流れるものが液体であったりガスであったりして問題がある。燃料であるヒドラジンのタンクと酸化剤の四酸化二窒素のタンクのうち、燃料タンクはゴムなどの袋に充填され周囲から加圧ガスで押すようになっている。酸化剤は腐食性が強いので高分子化合物は用いられず、はやぶさでは金属製のベローズをタンクに収めることで腐食されずに加圧ガスで押すようになっていた。ノズル基部の噴射器から当初は最短で30ミリ秒の、運用中に改良して最短10ミリ秒のパルス状の噴射、もしくはそれ以上の必要な長さの噴射を行なえた。噴射された2つの推進剤は直ちに化学反応を起こして燃焼し、そのガスがノズルを広がりながら一方へ飛び出す反動が推力となるものであり、スケールの違いや加圧ポンプなどがない他は、大型の2液による液体燃料式ロケットと同じしくみだった[注釈 25][19]
リアクションホイール
ゼロモーメンタム方式による3軸姿勢制御を行う本機では、姿勢制御装置として3軸3基のリアクションホイール (RW) を搭載していた。電力を使用することで角運動量を調節できるリアクションホイールは、RCSのように推進剤を消費しないので長期間の宇宙活動には適するが、機体のモーメントをホイール内に蓄積し続けると月単位では回転数が上限値を迎え「飽和」してしまうため、RCSのような何らかの方法で時折、機体外に無用な回転運動量を放つ「アンローディング」作業が必要になる[注釈 26][注釈 27][19]

探査機器

宇宙機でのミッション系に相当する探査機器類は、受動的なセンサ系と能動的なサンプル採取関係のものに大きく分けられる。センサ系は小惑星への接近時に用いられる純然たるミッションの誘導用と、ミッション内容によらず宇宙空間内での位置や方向などを知るための航法用のものがあり、両方を兼ねるものもある。[注釈 28][注釈 29][19]

センサ系
外部の状況を知るためのセンサには、スタートラッカ (STT) やジャイロ、それに光学航法カメラ (ONC) 系統などの航法用センサ類と、探査ミッションに関わる対象物の科学的データを得るためのセンサ類が搭載された。また、機体内部の温度や電圧、電流といったセンサもそれぞれの搭載機器に多数が配置され制御系へ測定データを提供していた[19]
航法用センサ
  • 太陽センサ:太陽の位置を検出することで自機の方向を知る、航法用センサとしては最も基本的なものである[19]
  • スタートラッカ:スタートラッカ (STT) は、比較的明るい星の位置を検出することで自機の方向を知る航法用センサである。地球を周回するような近距離では、センサだけ搭載しておいて星図データとの照合は地上にデータ送信することで対応する方法が主体であるが、はやぶさでは星図データを搭載して自ら照合する自立星同定機能を備えていた。本機の実体は30度×40度程度の視野角を持つカメラだった[19]
  • 光ファイバ・ジャイロ:慣性基準装置 (IRU) とも呼ばれる光ファイバ・ジャイロは3軸ごとに機体の回転運動を測定する。IRUは実績がある米国製の700グラムほどの製品が採用され2台(各3軸計測)が搭載された[注釈 30][19]
  • 加速度センサ (ACM):加速度センサは機体の直線加速度を測定する。3軸方向が必要になる。理論上は直線加速度を積算することで宇宙空間内での移動距離が判るはずであるが、微小な加速度の測定は誤差が大きく、ACMだけでは正確な航法・誘導は行えない[19]
  • 光学航法カメラ (ONC):3台ある光学航法カメラ (Optical Navigation Camera) は航法用センサであると同時に、科学観測に用いられる探査ミッション用センサでもある。3台のCCDは同種のものが採用され、画像処理回路も1つだけが共通に備え、撮影対象に応じて、底面方向 (-z軸) のONC-T(望遠)/ONC-W1(広角)と側面方向 (y軸) のONC-W2(ワイド)[注釈 31]という3つのカメラが切り替えて用いられた。撮像素子:背面照射型CCD 1,024x1,024画素(有効画素1,000x1,024)、露光時間:5.46ms-179s、アナログ処理回路 (ONC-AE):カメラヘッド駆動・12ビットAD変換、重量:1.01kg、デジタル画像処理回路 (ONC-E):32ビットRISC CPU+画像処理用ASIC、重量:5.66kg[19]
    • 望遠光学航法カメラ (ONC-T):8バンド分光フィルターが付いて"AMICA"とも呼ばれる。D=15mm, f=120mm F8、視野角:5.7°x 5.7°、重量:1.61kg[19]
    • 広角光学航法カメラ (ONC-W1):D=1.1mm, f=10.4mm F9.6、視野角:60°x 60°、重量:0.47kg[19]
    • 広角光学航法カメラ (ONC-W2):D=1.1mm, f=10.4mm F9.6、視野角:60°x 60°、重量:0.91kg[19]
探査ミッション用センサ
  • レーザー高度計 (LIDAR):レーザー測距機とも呼ばれるレーザー高度計 (LIght Detection And Ranging; LIDAR) は、レーザー光を用いた測距装置である。計測レンジ:40m-60km、誤差:±1m(50m時)、±10m(50km時)、計測周期:1回/秒、重量:3.67kg[注釈 32][19]
  • レーザーレンジファインダー (LRF): レーザーレンジファインダー (Laser Range Finder) は、レーザー光を用いた測距装置であり、LRF-S1とLRF-S2の2台がある[19]
    • LRF-S1:LIDARが比較的長距離を担当するのに対してLRF-S1は近距離を担当し、30度ほどの角度を持たせた4本のレーザー光を用いて対象面の傾きを測定する。70メートル以下でLIDARと併用し、互いの誤差を確認しながらLRF-S1の測定へ切り替える。LIDARがレーザー単パルス波を用いて反射されて来るまでの伝播時間を計測するのに対して、LRFではFM変調した連続レーザー波を送信して反射波との位相差を計測する。計測レンジ:7-100メートル、計測誤差:±10cm(10m時)、±3m(100m時)、計測周期:5回/秒、重量:1.45kg[19]
    • LRF-S2:サンプラーホーンの長さを測る。着地時などにホーンが押されて縮むが、機体側からホーン先端部との距離を計測することで小惑星との接触を検知するようにした。S1/S1共通のデータ処理回路部 (0.91kg) が別にあり、切り替えて使用するためにS1とS2は同時に使えない。計測レンジ:0.5m-1.5m、計測誤差:±1cm、計測周期:20回/秒、重量:0.41kg[19]
  • ファンビームセンサ (FBS):ファンビームセンサ (Fan Beam Sensor) は、レーザー光を利用した障害物検出器であり、送信機/受信機のセットが探査機両側面に各2か所、合計4セットが配置されていた。イトカワへの着地(タッチダウン)では、探査機本体が未知の地形へ降下するため、起伏が予想以上に大きい場合に備えて、太陽電池パネルの下方空間をレーザービームで扇状にスキャンすることで10cm大程度の岩石の突出部がパネルに接触する前に再上昇して接触回避できるように考えられていた[注釈 33][注釈 34][19]
  • 近赤外分光器 (NIRS):0.8-2.1μmの近赤外線領域を測定する分光器である。InGaAs素子による64画素が1列に並んだ光学的な検出器である。視野角0.1度x0.1度で取り込んだ検出光を、透過型回折格子によって波長ごとに分散させ、0.8-2.1μmの領域を64バンドで光量を検出する。イトカワを構成する岩石などの組成を知るために、太陽からの反射光を小惑星の表面で測定し、主にケイ酸塩鉱物による吸収スペクトル線を知ることで、組成に関する情報を得るものである。AMICAの可視光領域の情報と合わせれば、より詳細な鉱物組成が推定できる[注釈 35]。NIRSとXRSはコントローラと電源を共有している[19]
  • 蛍光X線スペクトロメータ (XRS):X線蛍光分光器とも呼ばれるXRS(X-Ray Spectrometer) は、3.5度×3.5度の視野角を持ち、1.0-10keVのエネルギー帯域のX線を160eVの分解能で検知することができる。本来の小惑星の組成を検知する底面に取付けられたセンサー部にはX線CCD素子が4枚用いられており、太陽活動によってX線の放射量が変化するのを補正するための側面に飛び出した位置にある標準試料を捉えている別に1枚が使用され、合計5枚のX線CCD素子が搭載されている。センサー部だけで1.7kgの重量であり、センサー部とは別にXRS用の電子回路が共通電子回路部内に収納されている[19]
  • 可視分光撮像カメラ (AMICA):AMICA(Astroid Multiband Imaging Camera) は、航法用カメラ"ONC-T"の別名であり、航法では元々不要な機能である分光用の8域の分光フィルターホイールが探査用として備わっている。1つのバンドは航法に用いる場合の350-950nmまでの全域を通過させるものであり、残る7つのフィルターが、360nm, 430nm, 545nm, 705nm, 860nm, 955nm, 1025nmを通すようになっている[注釈 36]。偏光フィルターもCCDの四隅に備えられていて、小惑星に接近した時に表面の粒子サイズを検出することになっていた[注釈 37][19]
ターゲットマーカー
はやぶさはイトカワ上に短時間だけ接地して岩石等の試料を採集するが、その着陸を安全に行うために、広角カメラ"ONC-W1"の撮影によって横軸方向の移動速度を安全値である毎秒8cm以内に収めるよう降下軌道を制御するが、その際の良好な画像を得るのにターゲットマーカーが用いられる。イトカワに30m程まで接近したはやぶさは、底面にぶら下げた状態のターゲットマーカーの固定ワイヤーを火工品、つまり火薬で焼き切る。はやぶさはRCSで自らは減速することで、ターゲットマーカーを先に着陸地点となるイトカワ上に落としておき、ゆっくり接近しながら、"ONC-W1"はフラッシュで照らした画像と照らさない暗い画像を簡単な内部演算することで、ターゲットマーカーの位置を知る。複数回この処理を行うと、横方向の移動速度を知ることができる。
ターゲットマーカーは重力の小さなイトカワ上で弾まずに確実に定着するように、薄いアルミ製の袋にポリイミド粒を収めたお手玉のような構造に作られており、転がり防止用の4つのとげが付けられていた[注釈 38][21]。フラッシュに対して明るい反射を得るため、表面は再帰性反射シート(民生品)で覆われていた[19]
サンプラー系
イトカワ表面からサンプルを採取するサンプラーは、5つのサブシステムから構成されている。
  • プロジェクタ
  • サンプラーホーン
  • サンプルキャッチャー/カプセル蓋
  • 搬送機構
  • サンプルコンテナ[19]
プロジェクタ
プロジェクタは弾丸(プロジェクタイル)を下方へ向けて打ち出し、イトカワ表面の岩石などを飛散させてサンプルとしてホーン内に飛び上がらせる役割を持つ。3本の棒状の発射装置がサンプラーホーンの基部外面に備わり、電気発火によっては推進薬に点火されることで、5gのタンタル製の弾丸が各1発ずつ順番に発射されると秒速300mで飛び出してイトカワ表面を打つ。ホーンの基部にはアルミ箔の膜が付いた穴が3か所開いており、それぞれのプロジェクタがこれらに合わせて取り付けられている。点火後、弾丸は推進薬の圧力によってアルミニウム製のサボと共に前進し、弾丸はプロジェクタから飛び出すが、サボはプロジェクタ内に留まり変形して銃口を塞ぐので、発射ガスがホーン内に吹き込まれてサンプルや地面を汚染することはほとんどない。弾丸は穴からホーン内に入射されると、下部ホーン下端の中央付近に飛ぶように照準されている。弾丸はタンタル製であるため、小惑星の岩石組成とは区別が付きやすいとされる。プロジェクタの発射命令は、ホーンの長さを測るLRF-S2が1cmの短縮を検出することで出されることになっていた[19]
サンプラーホーン
サンプラーホーンは、先端部の内径が20cmで全長1mほどのほぼ円筒形をした中空の管である。上部ホーンと下部ホーンはアルミニウム製の円錐形であり、ホーン全体の外形を保ちながら、舞い上がったサンプルを最上部へと誘導する働きをする。中部ホーンは耐弾性がある布を円環で支えた蛇腹構造になっていて、打ち上げ時には畳まれ、宇宙空間で伸ばされるようになっている。舞い上がったサンプルがホーンを破って機体に損傷を与えないように強靭な布が選ばれており、機体自身が地面に接触しないように距離を稼ぐと同時に接地時の衝撃吸収も担っている。下部ホーンの周囲にはダストガートというスカートがあり、ホーンに入らなかったサンプルが機体側に飛び上がって障害を起こさないように考慮されている[19]
サンプルキャッチャー/カプセル蓋
サンプルキャッチャーは直径48mm、高さ57mmの円筒形の容器であり、内部はA室とB室に隔てられている。上部ホーンから導かれたサンプルは45度に傾いた反射板に当たることで進路が横向きに修正されて、1回目のサンプル収集ではB室に格納され、次にA室に格納される。2室の切り替えは120度(1/3回転)ごとに2方向の開口部を持つ回転ドア式の回転筒キャップによって行われ、最後の1/3回転によってこれがそのまま蓋となる。サンプルキャッチャーの一方にはカプセル蓋が固定されている[19]
搬送機構
サンプルキャッチャーをサンプルコンテナ内に移動させるのが搬送機構の役割である。サンプルの収集を終えて、サンプルキャッチャーをサンプルコンテナ内に移動するには、まず、サンプルキャッチャーに挿入されているホーン上端部を下げる。次に、形状記憶合金製のバネに通電してサンプルキャッチャーとカプセル蓋を押し、これらをサンプルコンテナ内に挿入する。ラッチ・シール機構に対して信号を送り、ラッチによってカプセルにカプセル蓋を固定する動作と、Oリングによる真空シールを保つ動作を同時に行う。カプセル側と結んでいた信号ケーブルを火工品によるワイヤーカッターで切断した[19]
サンプルコンテナ
サンプルコンテナは帰還カプセル内の中央に位置しており、サンプルキャッチャーを格納する容器である。宇宙空間でサンプルキャッチャーを収容したサンプルコンテナは、サンプルキャッチャー側の2重のOリングと共にサンプルキャッチャーとサンプルコンテナとの狭い間隙を真空に保つことで地球帰還時の再突入の高温から熱伝導を断ち、同時にサンプルコンテナ内まで真空に保つことで地球大気からのサンプルの汚染も防ぐようになっている[19]
帰還カプセル
帰還カプセルは、直径40cm、質量16.3kgの蓋付中華鍋風の形状をした耐熱容器で、サンプルコンテナなどを除けば、ヒートシールド、パラシュート、インスツルメント・モジュールといった要素から構成される。帰還カプセルはサンプルコンテナを収容後、分離地点に到達したところで止められていたラッチを火工品により解除し、18本のヘリカルスプリングが再突入カプセルを回転をつけながら押し出すしくみである。地球帰還時には最大、約43,000km/時(約12km/秒)の速度で大気に進入するため、主に断熱圧縮による空力加熱を受けて前面の空気の温度は最大では2万℃ほどになる。15MW/m2ほどの加熱率と見込まれる[注釈 39][19]。地球帰還後は月軌道付近[4]で本体から分離し(実際には 70,000 km[22]または 74,000 km[23]で分離した)、突入角12.0度[24]、秒速12.2km[24]超軌道速度[4]で再突入する(帰還が予定より3年間延びたため、分離に用いる火工品が無事機能するか懸念されたが、大気圏再突入3時間前に予定通り分離された)。
ヒートシールド
ヒートシールドは、主にCFRPによって作られた耐熱性のカバーであり、前面ヒートシールドと背面ヒートシールドの2つの円盤状の部品から構成される。最大2万℃になる熱に耐えながら、内部への熱の侵入を断つことが求められた。前面ヒートシールドは、落下中の減速効果と姿勢の安定性を両立させるために曲率半径20cmの部分球面状の外形が選ばれた。高熱に耐えるための外面を形成するCFRPの層は「アブレータ」と呼ばれる[注釈 40]。前面側では25-36mmほどのアブレータ層の内側には10mmほどの断熱層が形成され、背面側では11mmのCFRP層になっている。表面にはアルミ蒸着カプトンの薄膜が貼られている。[注釈 41][4]背面ヒートシールドにはパラシュートの一端がつながり、ヒートシールドを分離・破棄する過程でパラシュートが引き出されることになる[注釈 42][19]
パラシュート
再突入カプセルは、大気を落下中の高度5-10km付近でヒートシールドを捨て、ポリエステル製のパラシュートを開いて、落下速度を7m/秒程度にまで減速させる[19]
インスツルメント・モジュール
インスツルメント・モジュールはサンプルコンテナを取り囲むように配置されている電子機器であり、リチウム1次電池によってパラシュートの開傘命令と電波ビーコンの送信が行われる。加速度センサやタイマーによってパラシュートの開傘タイミングを決め、開傘後に地上に落下してからはUHF帯で[4]ビーコンを送信する。高熱や開傘時の50Gほどの衝撃にも耐える必要から、基板間は樹脂で満たされ固められている[19]

搭載探査機

MINERVA

MINERVA(ミネルバ)は、当初、はやぶさへの搭載が予定されていたNASAのローバーがキャンセルされたため、それまでゆっくりと開発されていたものが、急遽準備された日本の小型ローバーである。プロジェクトマネージャーの川口淳一郎が日本独自の子探査機を搭載することを提案し開発された。名称は "MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle for Asteroid" の略である。カウンターバランスの代わりに搭載することが前提となっており、分離機構を含めた質量を1kg以内に収めることが条件となっていた。NASAのJPLによってMUSES-CNの開発が進められていたことから正式なプロジェクトとしては扱われておらず、開発費は技術研究費用から捻出された。民生品や宇宙仕様品の廃棄部位の使用、宇宙仕様品のメーカーによる無償提供などで開発コストが大幅に削減されている。 当初は正4面体の頂点にハエタタキのような構造を取り付け、それをモーターで駆動するという方式が考えられたが、駆動部位の露出や消費電力の面で問題があり、最終的には完全密閉の正16角柱形の外形に、内部のモーターを駆動してその反力でホップするという方式に決定した。

MINERVA仕様[25]
寸法 直径 120mm × 高さ 100mm(正16角柱)
質量 591g
CPU SH-3 (SH7708)(約10MIPS
メモリ ROM:512KB
RAM:2MB
フラッシュメモリ:2MB
OS μITRON
アクチュエータ Maxon Motor AG製 DCブラシ・モーター × 2(ホップ用、旋回用)
ホップ能力 最大9cm/s(速度可変)
電力供給 太陽電池:EMCORE製 最大2.2W(距離:1AU)
電気二重層コンデンサ:エルナー(株)製、容量:25F、電圧:4.6V
通信 9.6kbps(通信可能距離:20km)
搭載センサ CCDカメラ SONY PCGA-VC1 × 3(ステレオ + 単眼)
フォトダイオード × 6
温度センサ × 6

打ち上げ後2年を経て2005年11月12日に探査機から分離されたが、分離時に探査機が上昇中であったため、イトカワに着陸することはできず、史上最小の人工惑星となった(後にIKAROSのDCAM2により更新[26])。分離後の状態は良好であり、探査機の太陽電池パネルを撮影した他、通信可能限界距離を越え通信が途絶するまで18時間に渡ってデータを送信し続けた。

MUSES-CN

"MUSES-CN"は質量1kgを目標として開発される予定の小型ローバーだった。この着陸探査機は、NASAジェット推進研究所ディープスペースネットワークを利用する対価として「はやぶさ」に搭載される予定だったが、重量過多と開発費の高騰によって2000年11月3日に開発計画は中止された[27]。カメラや近赤外分光器の搭載を予定していた[28]

MUSES-CN仕様[29]
寸法 縦 140mm × 横 140mm × 高さ 60mm
質量 1.3kg
電力供給 太陽電池:2.9W
通信機器 Orbiter-Mounted Rover Equipment (OMRE)
搭載センサ 0.9-7.0mm帯域赤外線分光計

航法

はやぶさでは、光学複合航法と地形航法が採用されていた。光学複合航法は主に宇宙空間での軌道を決定するためのものであり、地形航法はイトカワへ正確に着地するためのものであった。

光学複合航法
光学複合航法は電波航法と光学航法を併用する方式である。
電波航法
距離を最も正確に計測できるのは電波航法であった。地球からはやぶさへ向けて発射された電波パルスをはやぶさが受け取ると、それをすぐに地球へ向けて送り返す。宇宙空間の電波の伝播速度などが判っていれば、地球とはやぶさ間の距離が数メートル単位の誤差で計測できる。また、電波のドップラー効果を計ることによって、地球方向に関する加速/減速も正確に計測できる。はやぶさは太陽の引力によっては常に引かれているため、自ら推力を出さずに慣性運動をしばらく続ければ、地球方向での正確な距離や速度の変化から、かなり正確な航跡が算出できる。この計測のためには最低でも3日間は、精度を高めるためにはさらに数日間は、軌道制御に関わるイオンエンジンなどは使用できない。長距離になると誤差が大きくなり、3億キロメートル先では数百キロの誤差となる。
光学航法
光学航法は主にイトカワの方向や位置を知るのに用いられ、また、自機の方位や位置の算出にも利用できる。
光学複合航法では、上記の各種データを収集して地球で幾何学的分析をすることで、はやぶさの位置や方向、イトカワの位置や方向、そしてそれぞれの運動ベクトルと速度が求められる。
地形航法
イトカワの形状をあらかじめ特徴点として記憶させておき、地球側からはX, Y, Zの3軸の座標を指定することで、はやぶさ自身がイトカワの位置を画像認識することが可能になった[注釈 43]

はやぶさの軌跡

打上げからイトカワへ

(時刻はすべてJST

  • 2003年5月9日:13時29分25秒に内之浦宇宙空間観測所よりM-Vロケット5号機で打ち上げ。「はやぶさ」と命名[30]。M-Vの5号機は先端のフェアリングが除去され、「はやぶさ」専用に設計・製造されたキックモーターKM-V2によって軌道に投入された[注釈 44]。予定の宇宙空間に到達してM-Vロケットのはやぶさが放出されると、最初は自動で太陽電池パドルが展開され、次にサンプラーホーンが伸ばされた。はやぶさから電波によってビーコンが届き、軌道が確認されると同時に、地球からの指令を受けて順番に搭載機器の動作確認の手順が開始された[注釈 45]
  • 5月27日:イオンエンジン「μ10」(IES) の動作試験が開始された。高い電圧を使う動作試験は、放電事故を避けるために高真空が確保された打ち上げ後の約3週間過ぎてから行われた[注釈 46]
  • 6月-7月:IESの動作試験が継続された[注釈 47]。週に1回程度は推進を止めて、地球との間で距離や速度の測定を行い、軌道決定した。7月末頃には各スラスタの運転条件がほぼ明らかとなり、A以外の残り3基を順番に用いた加速計画にめどが立った。
  • 9月:この頃、推進時間が1,000時間を越えた。この時点で地球から52,000km後方を飛行中であった。
  • 11月4日:観測史上最大規模の太陽フレアに遭遇した[注釈 48]。フレアの放射を浴びた太陽光パネルは回復不可能な劣化を生じ、今後、発電出力が低下する事態となった。搭載メモリの「シングルイベントアップセット」と呼ばれる外部放射線に起因する一過性のエラーが起きたが、失われたプログラムを地球から再送信することで対応できたので、演算処理に関しては影響はほとんどなかった。太陽電池パネルによる発電量がIESの推進力であるため、ソーラーセルの劣化はそのまま加速能力の低下を意味していた。この後、時間を掛けて軌道計画を再検討した結果、イトカワ到着予定は2005年6月から2005年9月へと3か月伸び、イトカワからの出発も2005年10月から2005年12月へと変更された。
  • 2004年3月14日:2か月ほど先のEDVEGAの実施に備えて、IESを停止すると、1週間以上かけた軌道決定作業に入った。その後、4月20日と5月12日にRCSを使って軌道の微調整を行った。
  • 5月19日:イオンエンジンを併用した地球スイングバイ (EDVEGA) に世界で初めて成功した[注釈 49]。地球への再接近時の高度誤差は1km以下という高い精度で通過した。一時的に地球の影に入った機体は搭載したリチウムイオン蓄電池によって電源がまかなわれた。
  • 12月9日:イオンエンジンの積算稼働時間が2万時間を突破した。
  • 2005年2月18日遠日点(1.7天文単位)を通過して、イオンエンジンを搭載した宇宙機としては世界で最も太陽から遠方に到達した。
  • 7月29-30日・8月8日-9日・8月12日:搭載されたスタートラッカー(星姿勢計)により小惑星「イトカワ」を捉え、合計24枚の写真撮影を行った。これらの画像と地上からの電波観測により精密な軌道決定を行った。
  • 7月31日:リアクションホイール (RW)3基のうちx軸周りを担当していた1基が故障して回転しなくなった[注釈 50]。残る2基による姿勢維持機能に切り替えて飛行した[注釈 51]
  • 8月:8月前半はRWの故障対応でしばらくIESによる加速を中断していたのを補うために、8月後半はIESの3基による全力加速を継続的に行った。
  • 8月28日:イオンエンジンを切りイトカワへの接近に備えた。

イトカワの観測・着陸

(時刻はすべてJST

  • 9月4日、点状ながら初めてイトカワの形状を撮影。イトカワの自転周期が予想通り約12時間であることを確認。さらに、レーザー高度計の送信試験に成功。9月10日の撮影では、イトカワの細長い形状をはっきり捉えた。
  • 9月12日:イトカワと地球を結ぶ直線上で、イトカワから20kmの位置(ゲートポジション)に到達した。これにより公式にイトカワとのランデブー成功となった。イトカワの観測結果によって着陸候補となる場所が見当たらないほど岩ばかりのゴツゴツした表面であることが判明した。
  • 9月30日:イトカワから約7kmの位置(ホームポジション)まで接近し、近距離からの観測モードに移行した。
  • 10月2日23:08:y軸のリアクションホイールが停止した。残ったRWはz軸の1基だけであり、RCSを併用して姿勢制御を行う必要に迫られた。RCSの液体推進剤は往路を終えたこの時点で約2/3がまだ残っていたので、直ちに推進剤不足となる不安はあまり無かったが、精密な姿勢制御が行えなくなったことで、HGAによる地球との高速データ通信が不可能になり、MGAによる通信に切り替えられた。この時点で、地球から3億km遠方に居るはやぶさとの通信は、34分の往復時間がかかった。
  • 10月28日:帰還用推進剤の確保のために消費削減が求められていたが、RCSの噴射を精度良く制御する目処が立った。これにより予定通りサンプル採取実施が決まった。
  • 11月4日:1度目のリハーサル降下を行った。着陸前の準備としてイトカワへ接近しながら航法や探査といった各種機能を試験する着陸リハーサルであったが、自律航法機能を使って700メートルまで接近したところで予定の軌道を外れはじめたため、リハーサルは中止された[注釈 52]
  • 11月9日:2度目のリハーサル降下によって高度75メートルまで接近した。時間をかけてゆっくりと降下するため、日本の臼田局だけでなくマドリードの通信所との連携作業も試され、うまく通信の切り替えが行えた。ミッション関係者の名前が入ったターゲットマーカーが正常に分離され、予定通り虚空に消えた。フラッシュランプもテストされ、良好な結果を得た。また、画像も撮影したため、地球側で受信後、ウーメラ砂漠ではなくミューゼスの海に2回の着陸を試みることが決まった。
  • 11月12日:3度目のリハーサル降下を行い、高度55メートルまで接近した。探査機「ミネルヴァ」を投下した。搭載機器は順調に機能していたが、重力補償のためのスラスタ噴射の途中で分離してしまったため探査機は上昇速度を持ち、イトカワへの着陸は失敗した。このリハーサルでは、降下誘導にLIDARが使えず、自律的な画像認識による誘導も機能しないため、新たに「地形航法」という手法を考案して試してみた。また近距離レーザー光度計 LRF の動作確認も行った。何より大きな違いは、太陽発電パドルに太陽光の圧力を受けることで降下速度を時速100メートルほどとごく低速にしたことだった。ミネルバの投下失敗は、元々太陽光による圧力やイトカワの引力ではやぶさが降下している間に分離が行われる予定でいたが、指令コマンドの順番をミネルバの分離命令の直前に、降下速度を抑えるためのRCS噴射命令を入れて送信してしまうというミスによって、はやぶさが上昇をはじめた直後にミネルバを分離してしまったことで起きた。
  • 11月20日:高度約40メートルで88万人の名前を載せたターゲットマーカーを分離した。マーカーはイトカワに着地した。予定通り1回目のタッチダウンに挑戦した。はやぶさは降下途中に何らかの障害物を検出し自律的にタッチダウン中止を決定して上昇を開始したが、再び秒速10cmで降下を始めた。はやぶさは2回のバウンド(接地)[注釈 53]を経て、約30分間イトカワ表面に着陸した。このときは受信局の切り替えでビーコンが受信できない時間帯であったため、地上局側は着陸の事実を把握できておらず、通信途絶が長すぎることを不審に思った管制室の緊急指令で上昇、離陸した[31]。地球と月以外の天体において着陸したものが再び離陸を成し遂げたのは世界初であった。タッチダウン中止モードが解除されないまま降下したため弾丸は発射されなかったが[注釈 54]、着陸の衝撃でイトカワの埃が舞い上がり、回収された可能性があるとされた[34][注釈 55]
  • 11月26日:2回目のタッチダウンに挑戦。新たにマーカーを投下すると2つの目印を見て混乱する可能性があるため新たなマーカーの投下を止め、また前回のマーカーも確実に検出できる保証はないので、マーカーによる制御はせず記録モニターのみの設定とした。降下中に前回投下した署名入りターゲットマーカーをイトカワ表面上に確認[35]。日本時間午前7時7分、イトカワに予定通り1秒間着陸し、即座にイトカワから離脱した。なお、地球に帰還したカプセルの中身のうち、2010年11月16日までにイトカワ由来と断定されたおよそ1500個の微粒子はこのとき回収されたものである。[注釈 56]2回目離脱後の9時過ぎ、スラスタ噴射によりイトカワから5kmの位置で静止した。この時、B系2番スラスタから燃料のヒドラジンが探査機内部に漏洩していることが判明した。弁を閉鎖し漏洩は止まった。
  • 11月27日:化学推進スラスタの噴射を試みたが、小さな推力が観測されただけであった。この時、燃料が漏洩したため気化による温度低下でバッテリーの機能が低下し電源が失われたために、結果として搭載システムが広範囲に再起動されたと推定されている。姿勢制御スラスターは2系統 (A/B) とも推力が低下し、はやぶさの姿勢は大きく乱れた。

交信途絶・帰還

(時刻はすべてJST