日本航空電子工業

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日本航空電子工業株式会社
Japan Aviation Electronics Industry, Limited
JAE Akishima site.JPG
日本航空電子工業 昭島事業所 建屋
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6807
略称 JAE
航空電子
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:150-0043
東京都渋谷区道玄坂一丁目21番2号
設立 1953年8月20日
業種 電気機器
事業内容 コネクタ事業
インターフェース・ソリューション事業
航機事業
代表者 秋山 保孝(代表取締役社長)
資本金 106億90百万円
売上高 連結:1,123億60百万円
単独:892億37百万円
(2012年3月期)
総資産 連結:1,151億01百万円
単独:905億41百万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 連結:5,404人 単独:1,609人
(2012年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本電気(株) 24.37%
日本トラスティ・サービス信託銀行(株)住友信託銀行再信託分・日本電気(株)退職給付信託口) 14.95%
日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 8.09%
(2012年3月31日現在)
主要子会社 弘前航空電子(株) 100%
山形航空電子(株) 100%
富士航空電子(株) 100%
信州航空電子(株) 100%
ニッコー・ロジスティクス(株) 100%
JAE八紘(株) 100%
関係する人物 篠崎雅美(前社長)
外部リンク http://www.jae.co.jp/
特記事項: 株式額面変更のため1970年4月に合併を行ったので、商業登記上の設立日は、合併会社(旧称「株式会社四国鋼材工業所」)の設立日である1950年11月28日だが、事実上の存続会社である日本航空電子工業株式会社(当社)の設立日は1953年1月19日。
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日本航空電子工業株式会社(にほんこうくうでんしこうぎょう、Japan Aviation Electronics Industry, Limited)は、東京都渋谷区に本社を東京都昭島市に工場を置き、コネクタ等の電子機器製品の製造販売を行う他、子会社22社(うち海外子会社13社)、関連会社2社及びその他の関係会社1社で「航空電子グループ」と称する企業集団を構成して事業活動を行っている国内部品メーカーである(NECグループに属している)。

概要[編集]

「日本航空電子」の英語表記「Japan Aviation Electronics」から、「JAE」と略される。また、主力商品であるコネクタにおいて、当社製コネクタを表す際に、「JAEコネクタ」と称するものもある。

社名の由来は『戦後間もない1953年、来るべき日本のアビエーションエレクトロニクス産業の発展を夢見て「日本航空電子工業株式会社」という社名にてスタートしました(当社ホームページより)。』なお、社名が「日本航空株式会社(JAL)」と似ている為、JALグループと混同される事があるが、資本提携関係は全く無い。

航空電子グループ[編集]

航空電子グループは、コネクタ、インターフェース・ソリューション機器(多機能化した各種スイッチ液晶タッチパネル等の入力デバイス製品の事を当社の呼称としてこのように称している)、航空・宇宙用の電子機器及び電子部品の製造・販売並びにこれらに関連する機器及び部品等の仕入販売を行っている。

航空電子グループでは、「子会社」という呼称を使用せず、当社の「子供」ではなく「分身」であるとの考えから、「分身会社」と言う呼称を使用しているが、グループを構成する分身会社の関係は完全な横並びではなく、設立の経緯等の理由から(非公式ではあるが)ピラミッド型の階層が存在している。

余談ではあるが、最下層に位置すると思われる会社の従業員は、航空電子グループの労働組合への加入ができていない(加入出来ないのか、同社従業員の判断で加入しないのかは不明だが、少なくとも航空電子グループの労働組合から勧誘するという事は無い)。

ほぼ全ての分身会社の取締役は、ほとんどが当社からの出向者で構成されている。かつては、分身会社の「生え抜き」の者がその会社の取締役(いわゆる「上がり」のポジション)となる事もあったようだが、当社の意向を迅速に反映させる為にそのような者を取締役にする事は無くなった。

「社長」という肩書きについて[編集]

経営トップである「社長」を表す際に世間一般で使用されていると思われる「代表取締役社長」、あるいは「取締役社長」等の肩書きは使用しておらず、単に「社長」としている。但し、他の役職(例えば「専務」)については、「専務取締役」と「取締役」である事を示すものとなっている。

日本航空電子工業不正輸出事件[編集]

1988年5月から1989年4月にかけて、前後13回にわたり、F-4ジェット戦闘機に装備される空対空ミサイルの部品である飛行安定装置を民生用であると使用目的を偽り、通商産業大臣(当時)及び税関長の許可を受けずに、シンガポール経由でイランに不正輸出をしていたとして元社長以下幹部(逮捕者は合計4名)が1991年7月に逮捕された。そして、1992年4月、元社長らは外為法、関税法違反で懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受けると共に、会社としても五百万円の罰金刑を受けた他、取り扱い全品目について1年6ヶ月間全地域への輸出禁止の行政処分を受けた。又、米国へも罰金・制裁金等約24億円を支払う等、国内外総額で約33億円以上のペナルティを受けた。

このペナルティ並びにこの事件による売上減少について、当社株主が約50億円の損害賠償を求めて株主代表訴訟を起こし、1995年8月に東京地裁が元営業本部長に対して約12億円(このうち約4千万円については元社長と元専務の三人で連帯して)を同社に支払うよう命じる判決を下した。

沿革[編集]

  • 1953年1月 - 東京都中央区に日本航空エレクトロニクス株式会社を設立。
  • 1953年8月 - 商号を日本航空電子工業株式会社と変更、本店を東京都港区に移転し、営業活動を開始。
  • 1954年8月 - 神奈川県川崎市に工場を設置し、航空機用電子機器の修理、オーバーホールを開始。
  • 1955年8月 - コネクタの製造開始。
  • 1961年4月 - 昭島工場(現昭島事業所)完成、川崎市(玉川工場内)より移転。
  • 1961年5月 - 本店を東京都渋谷区に移転。
  • 1961年8月 - 航空機用自動操縦装置、ジャイロ機器、燃料計、液体酸素量計等の製造開始。
  • 1971年8月 - 慣性航法装置の製造開始。
  • 1973年4月 - 東京証券取引所市場第二部へ上場。
  • 1975年9月 - 株式会社富士工業の株式を100%取得。
  • 1977年3月 - ゼット・マーケティング・カンパニー(現・JAE Electronics,Inc.)を設立(現・連結子会社)。
  • 1979年3月 - 弘前航空電子株式会社を設立(現・連結子会社)を設立。
  • 1980年9月 - 東京証券取引所市場第一部へ上場。
  • 1984年7月 - JAE Taiwan,Ltd. を設立(現・連結子会社)。
  • 1986年4月 - 信州航空電子株式会社を設立(現・連結子会社)。
  • 1987年5月 - 八紘電業株式会社(現・JAE八紘株式会社)の株式を60%取得。
  • 1988年6月 - 株式会社富士工業を山形航空電子株式会社(現・連結子会社)に商号変更するとともに、富士航空電子株式会社(現・連結子会社)を分離し、設立。
  • 1988年10月 - JAE Oregon,Inc. を設立(現・連結子会社)。
  • 1991年7月 - ミサイル部品をイランに不正輸出したとして、元社長ら幹部四人が外国為替管理法違反などの容疑で逮捕(日本航空電子工業不正輸出事件)。
  • 1991年12月 - ニッコー・ロジスティクス株式会社(当社出資60%)を設立。
  • 1994年4月 - JAE Hong Kong,Ltd. を設立(現・連結子会社)。
  • 1996年1月 - JAE Korea,Inc. を設立(現・連結子会社)。
  • 1996年6月 - JAE Philippines,Inc. を設立(現・連結子会社)。
  • 2001年7月 - JAE Wuxi Co.,Ltd. を設立(現・連結子会社)。
  • 2002年3月 - JAE Wujiang Co., Ltd. を設立(現・連結子会社)。
  • 2003年6月 - JAE Shanghai Co., Ltd. を設立(現・連結子会社)。
  • 2003年8月 - 八紘電業株式会社(現・JAE八紘株式会社)の株式を100%取得(現・連結子会社)。
  • 2004年2月 - ニッコー・ロジスティクス株式会社の株式を100%取得(現・連結子会社)。
  • 2013年10月 - 防衛省による企業の会計制度の信頼性等を確認するための調査(制度調査)において、工数付け替えによる不正行為を行っていたことが発覚[1]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ・日本航空電子工業(株)による過大請求事案について 防衛省 平成25年10月4日