ダナエー

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ダナエーと降り注ぐ黄金のしずく。ルーヴル美術館
セリーポス島に漂着したダナエーとペルセウス。ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1892年)

ダナエーDanae, 古典ギリシア語: Δανάη)は、ギリシア神話に登場するアルゴスの王女である。長母音を省略してダナエとも表記される。

父はアルゴス王アクリシオスで、母はラケダイモーンの娘エウリュディケー[1]、あるいはアガニッペーである[2]。黄金に変身したゼウスに愛されて、英雄ペルセウスを生んだといわれる。

目次

[編集] 神話

神話によるとアルゴス王アクリシオスは美しい娘ダナエーを得たが世継を望んで神託を求めた。結果は「息子は生まれないだろうが汝に男の孫が生まれる。汝は孫に殺されるだろう」というものだった。

王は驚いて娘を青銅の地下室に閉じ込め、男が近づかないようにしたのだが、ゼウスがダナエーに目をつけ黄金の雨に姿を変えて関係を持った。やがて月満ちて息子ペルセウスを産んだダナエーは、自ら娘と孫を手にかけるのは忍びないと思った父の手によって箱に閉じ込められて海に流された。運よく箱はセリーポス島en)に漂着し、母子は漁師のディクテュスに救われて平穏な暮らしを送った[3]

ところが島の領主でディクテュスの兄のポリュデクテースがダナエーに横恋慕して、邪魔な息子ペルセウスをそそのかし、怪物メドゥーサの退治に出向かせた。残されたダナエーは領主から逃れ、ディクテュスとともに神殿の祭壇に身を寄せたが、とうとう焦れた領主は不可侵の掟を破って神殿を包囲した。しかしメドゥーサを退治したペルセウスが舞い戻り、領主たちを石に変えて2人を助け出した。その後ダナエーはペルセウス、アンドロメダーとともにアルゴスに帰国した[4]

[編集] 異説

一説によれば父アクリシオスとプロイトスの対立は、プロイトスがダナエーを汚したことが原因であり[3]、さらにはペルセウスの父もプロイトスであるという[5]。ダナエーが閉じ込められた場所も青銅の塔だとか[6]、石室だといわれることがある[2]。セリーポス島での境遇も、ポリュデクテースの奴隷だったとか[7]、あるいはポリュデクテースと結婚してペルセウスをアテーナー神殿で育てたといわれる[2]

イタリアの伝説ではダナエーはアルデアの創建者とされ[8]、ピールムヌスと結婚してトゥルヌスの祖父ダウヌスを生んだとされた[9]

[編集] ダナエーと西洋絵画

ダナエーは西洋絵画では人気のある主題の1つで、ヤン・ホッサールトがはじめてダナエーを描いて以来、コレッジオティツィアーノ・ヴェチェッリオレンブラント・ファン・レインなどがダナエーを描いている。特にティツィアーノは複数のダナエを制作し(1作目は1545~1546年、2作目は1553~1554年など)、どの作品でも金貨で黄金の雨を表現しており、これ以降ティツィアーノにならって金貨を描く画家が多く現れた[10]。近代ではグスタフ・クリムトの描いた作品『ダナエー』が有名である。

[編集] ギャラリー

[編集] 脚注

  1. ^ アポロドーロス、2巻2・2。
  2. ^ a b c ヒュギーヌス、63。
  3. ^ a b アポロドーロス、2巻4・1。
  4. ^ アポロドーロス、2巻4・2~2巻4・4。
  5. ^イーリアス』14巻319への古註。
  6. ^ ホラティウス
  7. ^ ピンダロス『ピュティア祝勝歌』第12歌15。
  8. ^ ウェルギリウスアエネーイス』7巻410。
  9. ^ 高津『辞典』、p.144a。
  10. ^ 『全集美術のなかの裸婦 第3巻 ―神話・神々をめぐる女たち』、p.92~94。

[編集] 参考文献

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