サウンド・オブ・ミュージック (映画)
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| サウンド・オブ・ミュージック The Sound of Music |
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|---|---|
| 監督 | ロバート・ワイズ |
| 製作 | ロバート・ワイズ ソウル・チャップリン |
| 脚本 | アーネスト・レーマン |
| 出演者 | ジュリー・アンドリュース クリストファー・プラマー エリノア・パーカー リチャード・ヘイドン ペギー・ウッド |
| 音楽 | リチャード・ロジャース オスカー・ハマースタイン二世 アーウィン・コスタル |
| 撮影 | テッド・マッコード |
| 編集 | ウィリアム・レイノルズ |
| 配給 | 20世紀フォックス |
| 公開 | 1965年3月2日 1965年6月19日 |
| 上映時間 | 174分 |
| 製作国 | アメリカ |
| 言語 | 英語 |
| 制作費 | $8,200,000 |
| allcinema | |
| IMDb | |
サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)は同じ題名のミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」を原作とするミュージカル映画。1965年公開。20世紀フォックス提供。ミュージカル映画の最高傑作の一つと言われている。
目次 |
[編集] キャスト
- マリア:ジュリー・アンドリュース (Julie Andrews)
- トラップ大佐:クリストファー・プラマー (Christopher Plummer)
- エルザ男爵夫人:エリノア・パーカー (Eleanor Parker)
- マックス・デトワイラー:リチャード・ヘイドン (Richard Haydn)
- 修道院長:ペギー・ウッド (Peggy Wood)
- リーズル:シャーメイン・カー (Charmian Carr)
- フリードリッヒ:ニコラス・ハモンド (Nicholas Hammond)
- ルイーザ:ヘザー・メンジース (Heather Menzies)
- クルト:デュアン・チェイス (Duane Chase)
- ブリギッタ:アンジェラ・カートライト (Angela Cartwright)
- マルタ:デビー・ターナー (Debbie Turner)
- グレーテル:キム・カラス (Kym Karath)
- ロルフ:ダニエル・トゥルーヒット (Daniel Truhitte)
- ツェラー:ベン・ライト (Ben Wright)
- 日本語吹き替え版
| 役名 | VHS・LD・DVD | DVD新録音版 | テレビ朝日版 | フジテレビ版 |
|---|---|---|---|---|
| マリア | 武藤礼子 | 島田歌穂 | 武藤礼子 | |
| トラップ大佐 | 金内吉男 | 布施明 | 井上孝雄 | 若山弦蔵 |
| エルザ男爵夫人 | 増山江威子 | 増子倭文江 | 寺島信子 | 藤波京子 |
| マックス | 永井一郎 | 坂部文昭 | 中村正 | 真木恭介 |
| 修道院長 | 京田尚子 | 中西妙子 | ||
| リーズル | 玉川紗己子 | 華原朋美 | 横沢啓子 | |
| フリードリッヒ | 永久勲雄 | |||
| ルイーザ | 玉川紗己子 | |||
| クルト | 松田辰也 | |||
| ブリギッタ | 渕崎ゆり子 | 市原由美子 | ||
| マルタ | 富永みーな | |||
| グレーテル | 三好由里子 | |||
| ロルフ | 田中秀幸 | |||
| ツェラー | 大木民夫 | |||
[編集] ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
オーストリアのザルツブルク。1938年のナチス党政権下のドイツによるオーストリア合邦(アンシュルス)及び第二次世界大戦の前夜。
オープニング《The Sound of Music》
マリアは修道女見習い。おてんばでまわりの修道女にたしなめられている《Maria「マリア」》。ある日、院長に、トラップ大佐の7人の子供たちの家庭教師をするように勧められ、大佐宅へ向かう《I Have Confidence in Me「自信を持って」》。
トラップ大佐(ゲオルグ)はオーストリア=ハンガリー帝国海軍の退役軍人。数年前に妻を亡くし、以後、子供たちの学習の世話をする家庭教師が居つかなくて困っている。大佐は、子供たちを軍隊的に厳しくしつけているが、子供たちはいたって快活。早速カエルをマリアのポケットにしのばせるいたずらをする。
夕食。席に置かれた松かさの上に知らずに座ったマリア(勿論子供達のしわざ)は悲鳴をあげるが、大佐には「持病のリウマチの発作で」と誤魔化し、子供たちに朗らかに「歓迎の意」のお礼を述べる。
大佐に電報が届き、翌日からウィーンに大佐が出かけることになる。長女リーズルは、電報配達のロルフと密かな恋仲だ。さっそくロルフに会いに行くリーズル。ふたりは互いの愛を確かめ合い、甘やかなひとときを過ごす《Sixteen Going on Seventeen「もうすぐ17才」》。だが、時を忘れて締め出され、部屋に戻れなくなるリーズル。彼女はマリアの部屋の窓からからそっと入ってくる。外は雷鳴が音高く轟き、雷を怖がる弟妹たちも次々にマリアの部屋に集まってきた。雷鳴と電光におびえる子供たちにマリアは、「哀しいときやつらいときは楽しいことを考えましょう」と教える《My Favorite Things「私のお気に入り」》。すっかり打ち解けたマリアと子供達だったが、就寝時間を守らなかったことでトラップ大佐にたしなめられる。
マリアは海軍の制服のような子供たちの衣服をかわいそうに思い、部屋のカーテンで遊び着を作って山に遠足に出かける。子供たちがいたずらや悪さをするのは父であるトラップ大佐の気を引きたいからだと聞かされたマリアは、歌を歌って気を引いてはどうかと提案するが、母を亡くしてから長く家に音楽がなかったため知っている歌はひとつもないと聞き驚く。そこでマリアは子供たちに歌を基礎の基礎、ドレミの階名から教える《Do-Re-Mi「ドレミの歌」》。
数日してマリアと子供たちが川遊びをしているところに、大佐が婚約者のエルザ男爵未亡人と友人マックス・デトワイラーを連れて戻る。奇妙な遊び着を着ていることで大佐は激高するが、マリアは子供達に目を向けて欲しい、寂しさに応えてあげて欲しいと必死で訴える。取りつくしまもなく大佐はマリアに解雇を言い渡すが、子供たちの合唱する声に吸い寄せられ、自らも長い間忘れていた歌を歌う《The Sound of Music》。自分の教育方針は独りよがりだったと大佐は詫び、マリアは引き続き家庭教師としてトラップ邸に留まるよう依頼される。
マリアと子供たちは婚約者とマックスを歓迎する会を開く。その歌のすばらしさと人形劇のおもしろさに大佐は大喜び《Lonely Goatherd「ひとりぼっちの羊飼い」[1]》。マックスは子供たちを合唱団として売り込むことを提案するが大佐は一笑に付す。そこでマリアは大佐に「次はあなたの番」とギターを差し出す。大佐は照れて拒むが、子供たちに押し切られる形でギターを受け取り、昔を懐かしむかのように情感をこめて「Edelweiss「エーデルワイス」」を歌い上げる。
大佐邸で婚約披露のパーティーが開かれる《So Long, Farewell「さようなら、ごきげんよう」》。民族舞踊を踊るマリアと大佐。二人の目が合うと、マリアはそれ以上踊り続けられない。顔を赤くして立ち尽くすマリア。
マックスはマリアがパーティーの食事に出席するよう提案し、大佐も了承する。着替えのために下がったマリアに未亡人が、大佐がマリアに気があるのではないかと伝える。未亡人は大佐とマリアが互いにそれと気付かず惹かれあっていると感じており、2人の仲が進むのを危惧していたのだ。大佐の気持ちを本気にするなと言う未亡人の言葉に、これ以上大佐邸にいられないと思ったマリアは置き手紙をしてそっと修道院に戻る。
突然のマリアとの別れを寂しがる子供たちは修道院にマリアを訪ねるが、会えずに戻ることになる。一方のマリアは修道院長に励まされ、大佐の邸宅に戻ることに《Climb Ev'ry Mountain「すべての山に登れ」》。父親に叱責された子供たちのところに、マリアの歌声が聞こえる《My Favorite Things「私のお気に入り」》。
その晩、バルコニーで結婚を語り合う大佐と婚約者だが、大佐の目は夜の庭をそぞろ歩くマリアの後姿を追っている。大佐はすでに自分の心がマリアに向いていることに気づき、未亡人に婚約解消を告げる。大佐とマリアは、邸宅の庭で互いの愛を告白する《Something Good「何かいいこと」》。
二人は子供たちや修道院の修道女たちに祝福されて結婚式を挙げ《Maria「マリア」》、新婚旅行に出かける。
二人が新婚旅行をする間に、アンシュルスに伴いナチス政権下のドイツ軍がザルツブルクにも進駐している。ある日、いつもの様にリーズルに電報を託したロルフはナチスの突撃隊員になっており、ナチス式敬礼をした上に大佐も任務に就く様忠告する。一方、母国の不穏な雰囲気を察して急いで新婚旅行から戻った大佐の家にはナチス旗が掲げられており、激昂した大佐はその旗を引きずりおろす。リーズルから渡された電報は、有能な軍人であった大佐を欲するドイツ第三帝国海軍からの出頭命令であった。愛国者でありドイツのオーストリア併合に反対する大佐は、ドイツ軍の言うとおりに出頭する気はなく時代の大きな波を感じとり、電報を無視し一家の亡命を決意する。
家族はマックスの計らいで歌のコンクールに出場する予定があったので、この機に乗じて中立国であるスイスへの亡命を計画するが、その晩、トラップ一家が亡命する為に屋敷を出たところでナチスの官吏が待っていた。実は大佐邸の執事(フランツ)が亡命の計画を密告していたのである。ナチスの官吏は一家の外出を禁じ屋敷に連れ戻そうとするが、大佐は歌のコンクールを口実に外出を認めさせる。ナチス突撃隊らの厳重な監視の下、ザルツブルクの祝祭劇場で行われたコンクールで《Do-Re-Mi「ドレミの歌」》と、オーストリアの愛国歌(的表現で)《Edelweiss「エーデルワイス」》、《So Long, Farewell「さようなら、ごきげんよう」》を歌う一家。審査の結果、トラップ一家が優勝するが、その表彰式の隙に家族は逃げ出す。
家族は修道院に逃げ込むが、ナチス突撃隊も修道院を捜索する。その中にロルフがいた。一家が墓場に潜んでいることに気付いたロルフは銃を構えるが、長女と大佐に声をかけられ一瞬躊躇する。同行する様諭す大佐に反発したロルフは上官に通報する。裏口から車で家族は逃走するが、追跡しようとするナチス突撃隊の車はエンジンがかからない。その頃懺悔に来た修道女たちの手にはその車から外された部品が握られていた。
全ての国境へ向かう道が閉鎖されているため、家族は山を越えて逃亡先のスイスへ向かう《Climb Ev'ry Mountain「すべての山に登れ」》。
[編集] 追加曲
リチャード・ロジャースによって、以下の2曲が追加されている。
- 自信を持って(I Have Confidence in Me)
- はじめて大佐邸をマリアが訪ねて向かうときの歌。
- なにかよいこと(Something Good)
- マリアと大佐が互いに恋を告白したときに自分たちのしあわせを「なにかよいことをしたからか」と歌う。
[編集] 受賞
| 受賞 | 人物 | |
| 作品賞 | ロバート・ワイズ ソウル・チャップリン |
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| 監督賞 | ロバート・ワイズ | |
| 編集賞 | ウィリアム・H・レイノルズ | |
| 音楽賞 | アーウィン・コスタル | |
| 録音賞 | ジェームズ・P・コーコラン フレッド・ヘインズ |
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| ノミネート | ||
| 主演女優賞 | ジュリー・アンドリュース | |
| 助演女優賞 | ペギー・ウッド | |
| 撮影賞 | テッド・マッコード | |
| 美術賞 | ボリス・レヴィン ウォルター・M・スコット ルディ・レヴィット |
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| 衣装デザイン賞 | ドロシー・ジーキンス | |
- ゴールデングローブ賞(第23回・1966年)ミュージカル・コメディ部門 作品賞
[編集] 豆知識
- 原作者のマリア・フォン・トラップ本人がワンシーンだけ通行人として映画に出演している(『自信を持って』の曲中)。
- 実際にザルツブルクでロケーション撮影された映像が魅力の本作だが、最後の山越えのシーンは視覚効果のためか、ザルツブルク-スイス越えルートとは全くかけ離れた場所で撮影された。このため地元民から見ると唖然とするような、地理的にありえないラストシーンとなった(ザルツブルクから山越えすれば現在のドイツ領に入る。その傍にはアドルフ・ヒトラーの別荘すら存在する)。
- 地元のザルツブルクを含むドイツ語圏ではヒットしなかった。現在でもサウンド・オブ・ミュージックの映画のみならず、トラップ一家のストーリーでさえドイツ語圏ではほぼ知られていない。[要出典]
- 西ドイツではこの映画の9年前、ミュージカルが作られるより以前の1956年に同じくトラップ一家の物語を題材とした映画『菩提樹』(原題Die Trapp-Familie)が制作されている。
- 修道女の一人、シスター・ソフィア役は王様と私のデボラ・カー、ウエストサイド物語のナタリー・ウッド、マイ・フェア・レディのオードリー・ヘップバーンのミュージカル映画の歌の吹き替えで有名なマーニ・ニクソンである。
- 長女リーズル役のシャーメイン・カーは将来を嘱望されていたが本作の直後に結婚出産したため女優業を引退してしまった。しかしながら今でもこの作品の思い出話などの講演依頼が途切れることはなくそれなりの副収入になっていると本人は語っている。
- 当時トラップ大佐役のクリストファー・プラマーは35歳、マリア役のジュリー・アンドリュースは28歳。実話ではトラップ大佐はマリアより25歳年上であった。ちなみにリーズル役のシャーメイン・カーは、当時UCLAの学生で21歳であったが、16歳の長女役を演じた。
- トラップ男爵はかつてオーストリア海軍の潜水艦隊司令官を勤めていた。第一次世界大戦中多くの戦果をあげ、その功績によりいくつかの勲章と准男爵の爵位を得ている。ドイツが男爵を引き込もうとした背景には、こういった戦歴や名声を政治的宣伝に利用する目的もあったと思われる。また「大佐」と呼ばれているが、これは誤訳であり、実際には少佐が最終階級であった。
- トラップ大佐はオーストリアでは制服が軍事史博物館に展示されるほどの英雄ではあるが、当時の敵国であったイタリアなどでは大佐は商船を攻撃した極悪人であり、それがイタリアと第二次世界大戦時に同盟国であったドイツに抵抗する英雄且つ格好よく描かれているという点で反感を買い、本映画の上映が禁止されている町もある。
- 実際のマリア・フォン・トラップも活動的ではあったが、同時に勝ち気な癇癪持ちでもあり、トラップ大佐の方がむしろマリアを優しくなだめる一家のまとめ役だった(渡米後にトラップ・ファミリー合唱団が解散したのは、トラップ大佐の死後マリアだけで子供達をまとめきれなかったのも一因とされる)。伝記がミュージカル化される際、マリアは事実が脚色して描かれる事には寛容だったが、亡き夫が横暴に描かれるシーンにだけは納得しなかった。
- 当時20世紀フォックス社は、巨費と歳月をかけた超大作「クレオパトラ」の失敗で倒産も囁かれていたが、この映画の空前の大成功により経営を立て直すことができた。収入はアメリカだけでも7900万ドル、これは当時の配給収入記録の最高額である。
[編集] 史実との相違点
本作品は、あくまでマリアの自伝を「基にした」ミュージカルを「基にした」映画であり、史実とは異なる点が多々ある。(元のミュージカルの時点で相当史実と違いが生じていた)
- 映画ではマリアは修道女のまま、修道院の紹介でトラップ家に家庭教師にやってくるが、史実では家庭教師になった時すでにマリアは修道院をやめていた。
- 実際の合唱団にはトラップ大佐の7人の連れ子の他に、マリアが産んだ3人の子供も加わっていた。
- 実際にトラップ・ファミリーに音楽を教えたのはマリアではなく、トラップ一家に居候していた神父フランツ・ヴァスナーである。
- トラップ一家が亡命したのは、トラップ大佐の元に召集令状が届いたためではなく、ヒトラーの誕生日に一家の合唱団が歌を歌えとナチスに命令されたためである。
- 映画ではコンクールの最中に徒歩で逃げ出してナチス突撃隊の追跡を振り切るが、史実では列車と車を乗り継いでチロル州の山奥に逃げ、警備が比較的甘かったイタリアとの国境をアルプス越えして平和裏にオーストリアを脱出した。また上述の如く、ザルツブルクからスイスへの山越えルートは地理的にもおかしい。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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