ミシュランガイド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ギド・ミシュラン から転送)

ミシュランガイド(Michelin Guide、仏:Le Guide Michelin、ギド・ミシュラン)は、フランスミシュラン社により出版される様々なガイドブックの総称である。

それらのうちで代表的なものは、レストランの評価を星の数で現すことで知られるレストラン・ホテルガイドであり、これは装丁が赤色であることからレッド・ミシュラン(Red Michelin、仏:ギド・ルージュ Le Guide Rouge)とも通称される。日米欧各国に様々な地域版があり、合計で年間約100万部が販売されている[1]。近年ヨーロッパにおける本書の影響力は低下しており、代わってアメリカ合衆国日本といった新市場に積極的に展開している[1]

ミシュランガイドとしては他に、緑色を基調とした装丁からグリーン・ミシュラン(Green Michelin、仏:ギド・ヴェール Le Guide Vert)とも呼ばれる旅行ガイドブックや、自動車旅行向けの道路地図などがある。

目次

[編集] 歴史

パリ万博が行われた1900年、自動車運転者向けのガイドブックとしてフランスで発行されたのが始まりである。内容は、郵便局や電話の位置まで示した市街地図のほか、都市別のガソリンスタンドやホテルの一覧、されには自動車の整備方法などであった。これは35,000部が印刷されて無料で配布された。発行者であるミシュラン社はタイヤ会社であり、これにより自動車旅行が活発化し、タイヤの売れ行きが上がることが目論みだったといわれる。

第一次世界大戦に伴い1915年から1918年まで出版が中断したものの、終戦後には旅行ガイドブックのシリーズとして『古戦場案内』も刊行された。この頃、ある修理工場を訪ねた際に傾いた作業台の足代わりとしてミシュランガイドが地面に積み重ねているのを見かけて「人間は金を払って買ったものしか大切にしない」と考えたミシュラン社のミシュラン兄弟はそれまでの無償配布を中止、1920年からは有償での販売となった[2]

1930年代にはレストランを星で格付けする方式が開始され、ミシュラン社員が匿名で施設の調査を行うようになった[2]。星の数は当初の1つ星のみから、2つ星までとなり、現在の3つ星方式は1933年が最初である。 第二次世界大戦に伴う1940年からの出版中断を経て、1945年に登場した改訂版では戦争で破壊されたレストラン・ホテルが点線で示された。星による格付けの再開は1950年版からであった。

1956年、初めてのフランス国外版として「北イタリア」版ガイドが創刊され、ベネルクス版、スペイン版が続いた。2005年には、初めてヨーロッパ以外を対象とした「ニューヨーク・シティ」版が登場、3つ星レストランがわずか3軒、しかも全てがフランス人シェフの店だったことで物議を醸した。その後アメリカ合衆国では、「ラスベガス」「ロサンゼルス」「サンフランシスコとベイエリア」の各版が続けざまに加わっている。2007年には欧米以外では初となる東京版が出版された。

[編集] レストラン・ホテルガイド

これはミシュランガイドのなかで代表的なものであり、レストランとホテルを評価・案内している。伝統的に赤色の装丁を特徴とし、フランス国内を中心に日米欧各都市・地域と言語別の分冊になっている。レストランやホテル1件ごとの記載があり、それぞれに対して各種記号による格付けがなされている。

[編集] 評価と格付け

  • 星印による評価( =料理そのものの評価)

星の数は次のような意味を持つ[3]

(1つ星) - その分野で特に美味しい料理

(2つ星) - 極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理

(3つ星) - それを味わう為に旅行する価値がある卓越した料理

ミシュランガイドでは、星印が付かなくとも掲載されていること自体で一定の評価を得ていることを意味するが、2007年発行の東京版では史上初めて掲載全店に1つ以上の星が付与された。「フランス」版(2006年)では、掲載された約8,900軒以上のレストランのうち26軒が3つ星を得ている。

  • フォークとスプーン印による評価( =快適さとサービスによる評価 )

スプーンとフォークでX字形に組み合わせた印を5段階で用いることによって評価を現している[3]。ホテルの項目ではファサードをマーク化したものが用いられる。

  • ビブによる評価(コストパフォーマンスによる評価 )

ビブとはミシュラン社のキャラクターである「ムッシュ・ビバンダム」のことである。レストランには1997年、ホテルには2003年から用いられるようになった比較的新しい基準で、それらのコストパフォーマンスを現している。レストランの場合パリ郊外では26ユーロ未満、パリでは34ユーロ未満の予算で料理が提供されること[3]が条件となる。

[編集] 調査方法

ガイドブック内に広告は掲載されず、評価対象に対しては匿名での調査を基本とする。フランスの慣習「料理評論家が評価対象のレストランでの食事に代金を支払わない」には従わないが、身分を明かした後、写真撮影の為の料理代金は店持ちとなるという[4]。調査員は調査地域を固定されることなく、各地を転々とする。調査員の大半はホテル学校の卒業生で、5年から10年のレストラン・ホテル業界経験者のミシュラン社員である[3]とされる。

さらに、調査員の身分を明かしてレストラン・ホテルの経営者やシェフについて聞き取りを行う「訪問調査」が組み合わされる。全てのレストランには少なくとも18箇月に一度、星を与えられたレストランには年に数回という頻度での「試食調査」が行われているといわれる[要出典]。最終的な決定は調査員からの報告書とミシュランガイドに織り込まれている読者カードにより寄せられた読者の意見なども加味して、審査員全員の合議により決定される。

[編集] 評価に纏わる逸話

3つ星を与えられた施設は多くの客を集め、経営者やシェフはマスコミに取り上げられる。また食品や食器の製造企業とのスポンサー契約なども見込める。逆に、3つ星から2つ星に評価が下がる場合には、その負の影響を考慮して事前通告がなされるという。

ミシュランの調査員を16年間務めたパスカル・レミ(Pascal Remy)は自著『L'Inspecteur Se Met a Table』[5]において、3つ星レストランのなかには既にその価値が無くなっているにも係わらず、しがらみから星の数を維持している店も在る等の実態を暴露している。そのほか、星に纏わる逸話には次のようなものがある。

  • 1966年パリの人気レストラン「ルレー・デ・ポルクロール」のシェフ、アラン・ジックが自殺。ミシュランの評価が下がったことを気にしたのが原因と噂された。
  • 2003年1980年代に天才料理人ともてはやされたベルナール・ロワゾーが自殺。自身の3つ星レストラン「ラ・コート・ドール」の2つ星への降格が打診されたのことが原因と噂された。2003年版で同レストランは3つ星を維持[6]した。
  • 世界で最も有名なフランス料理レストランのひとつであり1933年以来3つ星を維持していた「トゥール・ダルジャン[7]1996年、2つ星に降格。オーナーが一時失踪したと伝えられた。同店は観光客が入り過ぎて雰囲気が悪化しているとされ、2006年版では1つ星にまで降格している
  • パリを代表する高級レストランのひとつとして3つ星を得ていた「マキシム(Maxim's)」だが、1978年版から6つの店が突然掲載されなくなった。マキシムは「当方はレストランではなく劇場。従ってミシュランは正しい」としたが、実際のところは3つ星から2つ星への降格を打診され、これを受けたマキシムがレストランとしての掲載を拒否したというものであった。

[編集] ミシュランガイド東京

2007年11月20日、『ミシュランガイド東京日本語版2008』が発行された。これは欧米以外では初めての版であり、和食店寿司屋が3つ星を取得した初めての例である。格付けは「3つ星」がパリの10店に次ぐ8店だったのを始め、150の掲載店全てが「1つ星」以上を獲得、星の合計は191となった。発売に際しミシュランガイド総責任者、ジャン=リュック・ナレは「東京は、世界一の美食の町である」と語った[8]。ただし、星の合計が191と、パリの97、ニューヨークの54を大きく上回ることについては、東京のレストラン総数16万店に対して、パリ1万3000店、ニューヨーク2万5000店という分母の違いが考慮されるべきだとの指摘もある[1]

発売日から4日間で初版12万部をほぼ完売、発売初日に9万部も売れたのは、ミシュランガイド史上初めてであったという[9]

[編集] 調査

予め選び出された東京のレストラン約1000軒を覆面調査員が1年半を掛けて訪問、盛り付けの見た目、味、食材の鮮度、仕込みの度合い等といった観点から星が評価された[8]。2008東京版の調査員はフランス人3名、日本人2名の計5名で、調査対象は約1500軒だったとも言われる[10]。日本ではフランス人の来店客は目立つことに加え、下記の様な特異な行動を取ることで調査員であることが店側に見破られることもあったという[10]

  • 席に着いた直後に皿を裏返してしげしげと眺める
  • 2名で来店し、1人がアラカルト、1人がコースで料理を注文する
  • コースの内数皿だけ省略するよう要望する
  • 電子辞書で食材を調べる
  • メモを取る

[編集] 掲載店

掲載対象となるのはミシュランの取材を受け入れた店のみであり、総責任者ナレは日本のテレビ番組で「東京版で星を獲得した店から掲載を拒否されたことはない」としている[11]。ミシュランからの取材や撮影依頼を受けたものの、その手法を嫌って協力を拒否、掲載されなかった有名店もある[4]

[編集] 批判

格付け結果には異論があり、東京人からは「平凡な店に星が与えられている」「星の大盤振る舞いは、マーケティング上の配慮に過ぎないのでは」などとの不平が続出した[1]。料理評論家や各種雑誌を始め、発売時には高評価を歓迎するとしていた東京都知事・石原慎太郎も実際の読後には酷評に転じた[12][13]。3つ星を獲得した店がYahoo! Japanの掲示板では5点満点中平均3.09点だった例も指摘されている[14]。また、東京版と名乗りながら東京23区のうち8区の店舗しか取り上げられていない、焼き肉焼き鳥店の掲載が皆無など料理の分野に偏りがある、などの批判がある[15]。フランス人調査員の中には、モズクなど和食に使用される食材に嫌悪感を示す者がおり、店側が気を遣い通常のメニューとは異なる食材で料理を提供した例もあったという[10]。そのような外人に自分の和食を評価される筋合いはないと一蹴する日本料理人もいる[1]。フランス人が和食を適切に評価できるのかとの疑問に対して、総責任者ナレは調査員に日本人が加わっていることで問題はないとしている。

アメリカ合衆国の新聞・ニューヨーク・タイムスは2008年2月、東京の住民や料理人が本書に対して総じて冷淡な評価を始めていることを紹介する記事を掲載した。発売当初の人気について同紙は「日本人に特異な、フランスへの強い憧憬が背景にある」「ミシュランはフランスのブランド物のように受け取られたのだ」との分析を紹介している[1]

[編集] 日本にあるフランス 3つ星 シェフの店

アラン・デュカス プロデュース

【東京 シャネル銀座】

  • ベージュ アラン・デュカス 東京

【東京 ラ・ポルト青山

  • ブノワ

【東京】

ジャン-ジョルジュ・クラインひらまつ」との提携

【札幌 円山】

  • ル・バエレンタル

ジョエル・ロブション プロデュース

恵比寿ガーデンプレイス

  • ジョエル・ロブション(ガストロノミー)
  • ラ・ターブル・ドゥ・ジョエル・ロブション(カジュアル・フレンチ)
  • 併設 ラ・ブティック・ドゥ・ジョエル・ロブション(ブランジュリー&パティスリー) ルージュバー・ジョエル・ロブション

六本木ヒルズ

  • ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション(シンプル・フレンチ)
  • 併設 ラ・ブティック・ドゥ・ジョエル・ロブション(ブランジュリー&パティスリー)

【日本橋 高島屋

  • ル・カフェ・ドゥ・ジョエル・ロブション(カフェ)

【名古屋 松坂屋

  • ラ・ターブル・ドゥ・ジョエル・ロブション(カジュアル・フレンチ)
  • ラ・ブティック・ドゥ・ジョエル・ロブション 名古屋店(ブランジュリー&パティスリー)

ピエール・ガニェール

【東京 南青山スクウェア

  • ピエール・ガニェール・ア・東京
  • 併設 ラ・テラス(カフェ&バー)

【東京 新宿タカシマヤ

  • ラ・パティスリー ピエール・ガニェール(デザートカフェ: ピエール・ガニェール プロデュース)

【東京 新丸の内ビルディング

  • ピージー・カフェ・パリ(カフェ&ワインバー: ピエール・ガニェール プロデュース)

ポール・ボキューズ プロデュース

【東京港区 国立新美術館

  • ブラッスリー ポール・ボキューズ ミュゼ

【東京中央区 マロニエゲート

  • ブラッスリー ポール・ボキューズ銀座

【東京渋谷区 代官山フォーラム

  • メゾン ポール・ボキューズ

ミッシェル・トロワグロ プロデュース

センチュリーハイアット 東京】

  • キュイジーヌ(s) ミッシェル・トロワグロ

小田急百貨店新宿店ハルク】

  • カフェ トロワグロ
  • 併設 トロワグロブティック

ミシェル・ブラス

ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ

  • ミシェル・ブラス トーヤ・ジャポン


[編集] その他のガイドブック

[編集] 観光ガイド

緑色の装丁を特徴とし、対象地域の観光地を案内するガイドブック・シリーズである。

レストランガイドと同様、観光地の見所を星の数で評価している。項目は通常アルファベット順にならべられ、写真[16]、イラスト、平面図などで旅行者に理解を与える工夫がなされている。

[編集] 実用旅行ガイド

2005年3月から発行されている実用旅行ガイドブック「Voyager pratique」。現在、以下のタイトルが発行されている。

[編集] 短期休暇用ガイド

Guide escapade」と名付けられ、主に都市を対象とする短期滞在用のガイドブック。ポケットサイズで発行されている。

[編集] バリューなレストランガイド

Les guides gourmands」。意訳すると「食道楽の手引き書」となる。フランスの地方の比較的安価なレストラン等を掲載している。

[編集] 雑学

  • 1944年ノルマンディー上陸作戦を行ったアメリカ軍は、その前線に「ミシュランガイド・1939年版」を極秘扱いで写真電送したという[要出典]
  • ミシュランガイド(レストラン・ホテル)フランス2003年版の表紙には、愛称であった『LE GUIDE ROUGE』が記され、イギリス版も『THE RED GUIDE』と、他言語でも同様に表紙を飾った。しかし翌年2004年版からは、その記述がなくなった。

[編集] 脚注

  1. ^ a b c d e f Michelin gives stars, but Tokyo turns up nose 『New York Times』 2008年2月24日
  2. ^ a b ミシュランガイドの歴史 日本ミシュランタイヤ株式会社
  3. ^ a b c d ミシュランガイド東京 日本ミシュランタイヤ株式会社
  4. ^ a b ミシュラン東京版発売 星150店「納得」「疑問」の声 『朝日新聞』 2007年11月21日
  5. ^ 「裏ミシュラン」 吉田良子(訳)、バジリコ ISBN 4901784587
  6. ^ tadasi,レストラン・ガイドの『ゴー・ミヨ』誌は同年に19点から17点に評価を落とした
  7. ^ 1947年から2006年までのオーナー、クロード・テライユは「世界のレストランは2種類ある。トゥール・ダルジャンとそれ以外のレストランだ」と語っている(宇田川悟 『フランス料理は進化する』 文芸春秋 ISBN 4-16-660219-3)。
  8. ^ a b asahi.com 三つ星レストランは8軒 - ミシュランガイド東京版発表 『朝日新聞』 2007年11月19日
  9. ^ 「ミシュランガイド東京」、発売初日に9万部販売 日本語版12万部をほぼ完売し、重版決定 日本ミシュランタイヤ(プレスリリース、2007年11月27日)
  10. ^ a b c 浅妻千映子 「都内有名店が明かす『ミシュラン』バレバレ覆面調査 - フランス人がやってきて『もずくは苦手です』…」 『週刊文春』 49巻46号、文藝春秋、2007年11月29日、34頁
  11. ^ 情報番組 『ブロードキャスター』 (TBS) 2007年11月24日放送
  12. ^ 報道番組 『報道2001』 (フジテレビ、2008年12月2日)において、「(ミシュラン東京版は)かなりいいかげんだ」「あんなの全然ダメ」と発言している
  13. ^ 石原知事ミシュラン酷評「いいかげん」 『スポニチ』 2007年12月3日
  14. ^ ミシュラン3つ星「すきや橋 次郎」 「最悪」から「絶賛」までの評判 『J-CASTニュース』 2007年11月20日
  15. ^ 赤田康和・松村北斗 「ミシュランに賛否 - 質の高さ気づかせた/評価ばらつき」 『朝日新聞』 45288号、朝日新聞東京本社、2007年11月22日、31面。
  16. ^ 一時期までは写真をまったく使用せず図版のみだった

[編集] 参考文献

  • 中川浩一『旅の文化誌』伝統と現代社
  • 中川浩一『観光の文化史』筑摩書房
  • 蛭川久康『トマス・クックの肖像―社会改良と近代ツーリズムの父』丸善 ISBN 4-62106-070-8
  • 宇田川悟『フランス料理は進化する』文芸春秋 ISBN 4-16-660219-3
  • William Echikson、小林 千枝子(訳)『星に憑かれた男』青山出版 ISBN 4900845124
  • 『ミシュランガイド東京日本語版2008』日本ミシュランタイヤ ISBN 978-4-930774-31-6

[編集] 外部リンク