なみだの操

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なみだの操
殿さまキングスシングル
B面 裏町人情
リリース
ジャンル 演歌
時間
レーベル ビクターレコード
作詞・作曲 千家和也彩木雅夫
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1974年度年間1位(オリコン)
  • オリコン歴代シングルランキング25位
  • 殿さまキングス シングル 年表
    北の宿
    (1973年)
    なみだの操
    (1973年)
    夫婦鏡
    (1974年)
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    なみだの操」(なみだのみさお)は、1973年11月5日に発売された殿さまキングスの4作目のシングル

    解説[編集]

    殿さまキングスと同じくお笑い出身のぴんからトリオが『女のみち』(1972年5月10日発売、日本コロムビア)で空前のヒットを飛ばしたのに対抗して発売された[1]ビクターレコード移籍第3弾シングル。

    仕掛け人はビクター出身の音楽ディレクター斎藤豊とビクターのディレクター鶴田哲也[1]。ビクターは自主制作盤がヒットした『女のみち』のメジャーレーベルでの再発売の依頼を「ド演歌が売れるわけがない」と断った経緯があり、打倒ぴんからの企画として、当時の演芸ファンの間では「西のぴんから、東の殿キン」と評価されていたコミックバンドの殿さまキングスに白羽の矢が立った[1]

    メロディが完成したのは発売より半年ほど前であったが、『女のみち』がロングヒットしていたため温存されていた[1]。作曲者の彩木雅夫の提案であえて古臭い編曲が施されており、イントロは『青い山脈』がイメージされている[1]。作詞はレコーディング当日に完成した(そのため、作詞者の千家和也はレコーディングに遅刻している)[1]。当初は歌詞と同じ『女の操』というタイトルであり、直接すぎる表現のため『裏町人情』をA面にする意見も出たが、斎藤の判断で『なみだの操』として発売された[1]。移籍第1弾シングルの作詞を担当した千家が再起用されたのは、少女の貞操を描いて大ヒットした山口百恵の『青い果実』(1973年9月1日発売)の作詞者であることが影響している[1]

    発売から3ヶ月余りでオリコンのトップ10に初登場。6週後には1位を獲得し、そこから9週連続で1位を獲得。累計売上は197.3万枚。この数字は、日本の歴代シングルランキングの第25位である(2011年9月現在)[2]。ちなみに歌唱印税は、レコード1枚当たり1円で契約したために、250万円しかもらえなかったということである。

    『女のみち』と対の存在のように扱われることも多く、両曲に共通する男に都合の良い時代錯誤な女性像を描いた歌詞やド演歌スタイルの歌唱は、その後の演歌のスタイルに莫大な影響を与えた[3]

    収録曲[編集]

    1. なみだの操
      編曲:藤田はじめ
    2. 裏町人情
      編曲:竹村次郎

    カバー[編集]

    脚注[編集]

    1. ^ a b c d e f g h 打倒ぴんからトリオ! 殿さまキングス『なみだの操』200万枚の裏側週刊現代 2020年4月4日
    2. ^ MUSIC TV「歴代シングルランキング」2014年1月閲覧
    3. ^ 「芸能雑誌『週刊平凡』にみる「演歌像」の変遷史」黄逸雋

    関連項目[編集]