ウィ・アー・ザ・ワールド

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ウィ・アー・ザ・ワールド
USAフォー・アフリカシングル
リリース 1985年3月28日
録音 1985年1月28日
レーベル コロムビア・レコード
作詞・作曲 マイケル・ジャクソン
ライオネル・リッチー
プロデュース クインシー・ジョーンズ
マイケル・オマーティアン
チャート最高順位
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ウィ・アー・ザ・ワールドWe Are The World)は、1985年アメリカで発売された歌で、著名なアーティストが「USAフォー・アフリカ」として集結して完成させた。リメイクされた『ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ』についてもこの項目について解説する。

概要[編集]

ハリー・ベラフォンテの構想をもとに、イギリスで活躍するミュージシャンボブ・ゲルドフが提唱したバンド・エイドの成功に触発されてアフリカ飢餓貧困層を解消する目的で作られたキャンペーンソングである。作詞・作曲はマイケル・ジャクソンライオネル・リッチーが共作で行い、プロデュースはクインシー・ジョーンズが担当した。

レコーディング時にドキュメンタリーも制作され、ビデオになり全世界で販売された。2004年には20周年記念DVDとして「We Are The World THE STORY BEHIND THE SONG」がリリースされた。また、トレーナーTシャツなどの関連グッズも販売され、これらによるすべての印税がアフリカの飢餓と貧困層解消のためにチャリティとして寄付された。更に2004年2010年にCD付きのDVDがリリースされている。CDには同曲のとそのカラオケが収録されている。歌入りの方は、12インチシングルでリリースされたスペシャルロングバージョンだが、カラオケの方は7インチシングル盤のバージョンのオケで収録されている。

参加アーティストの数が45人と多い上に、非常に豪華な顔ぶれのため、公のコンサートでロング・バージョンがフルコーラスで歌われたのは1985年の「ライブ・エイド」、2001年マイケル・ジャクソンのソロ活動30周年記念コンサート、そして2009年7月7日のマイケル・ジャクソン公開追悼式の3回だけである。

レコーディング[編集]

この歴史的なセッションの数日前の1月22日、ケニー・ロジャースが所有するライオン・シェア・スタジオにてクインシー・ジョーンズマイケル・ジャクソンライオネル・リッチースティーヴィー・ワンダーが集まって先行レコーディングを行い、翌日にマイケル・ジャクソンライオネル・リッチーによるデモテープが完成し、参加者に送られた。そして1985年1月28日の夜、アメリカン・ミュージック・アワードの直後、アメリカのみならず当時の世界のポップス界を代表する45人が、ハリウッドA&Mスタジオに集結してレコーディングされた。

この夜、マイケル・ジャクソンアメリカン・ミュージック・アワードを欠席し、一足先にコーラスの目安に使うためのガイド・ボーカルの録画を行っていた。21時を過ぎると、続々とアーティストが到着してきた。 ライオネル・リッチーアメリカン・ミュージック・アワードの司会、シンディ・ローパーティナ・ターナーは歌ったりと、多くのアーティストがこの授賞式から直行であった。

22時、クインシー・ジョーンズの提案で、先ず45人のアーティストが全員でユニゾンと、ハーモニーのパートを録音。そしてコーラスの間のソロ・ボーカルの録音は、約20人のアーティストによって翌日早朝4時に始まり、午前8時にようやくすべてのレコーディングが終了した。

売り上げとランキング[編集]

1985年当時、アメリカ国内だけでシングル400万枚、アルバム300万枚を売り上げた。最終的にはアメリカだけで750万枚のシングル(7インチと12インチ版が用意された)が売れ、シングルとアルバム、ビデオの合計で6300万ドルの収入となり、すべての印税チャリティとして寄付された。ビルボード(Billboard)誌では、1985年4月13日に週間ランキング第1位を獲得。1985年ビルボード誌年間ランキングでは、第20位。

参加アーティスト[編集]

五十音順

  • プリンスにも出演を頼んだが、トラブルに巻き込まれ収録時間に間に合わずキャンセルされたためマイケル・ジャクソンが二回ソロを歌っている(プリンス ファミリーのシーラ.Eは参加)。なお、プリンスはアルバムには楽曲を提供し(4 the Tears in Your Eyes)、自らのアルバムを競合を避けるため発売を延期した。また、10周年記念としてアメリカン・ミュージック・アウォードでこの曲が歌われた際に、そこに居合わせたプリンスは終始チュッパチャップスと思わしき飴を舐めており、この飴で居合わせたクインシーをからかう様なやり取りをしてみせた。

リード・ボーカルの歌唱順(ロング・バージョン)[編集]

ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ[編集]

ウィ・アー・ザ・ワールド:25 フォー・ハイチ
アーティスツ・フォ・ハイチ の シングル
リリース 2010年2月12日
規格 CDシングル、デジタル・ダウンロード
録音 2010年2月1日
ジャンル ポップR&Bヒップホップ
時間 6分56秒
レーベル コロムビア
作詞・作曲 マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、ウィル・アイ・アム
プロデュース クインシー・ジョーンズ、ワイクリフ・ジョン
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2010年1月12日に発生したハイチ地震による被災者支援のため、クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーが同年2月1日に、「We Are The World 25 Years for Haiti」として再レコーディングを行った。レコーディングは当初、この曲が25周年となる同年1月28日に予定されていたが、より多くのアーティストの参加を募るため、同年の第52回グラミー賞授賞式後に、ロサンゼルス市内にあるスタジオで行われた。新たにナタリー・コールアッシャージョン・レジェンドを始めとするアーティスト達がこのレコーディングへの参加し、ジャネット・ジャクソンはマイケル・ジャクソンの代役として別収録を行う。また、哀悼の意を込め、1985年版のマイケル・ジャクソンのパートは代役を使用せず、当時の映像をそのまま使用している。

レコーディングの時点で多くのアーティストが1985年のオリジナル版についてコメントした。R&B歌手ジョーダン・スパークスはオリジナルの発売後に生まれたが、歌が彼女に「多大な影響」を与えたことを明らかにした[1]セリーヌ・ディオンは再録版がハイチの人々の為だけでなく、「困っている人々を助けるためにあったマイケル・ジャクソンの“情熱”」を記憶するのに用いられると発言した[1]。クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーもディオンと同様の意見を持つとし、「もしマイケルが生きていたならば、四半世紀前と同じような行動を起こしたかっただろう」と述べた[1]

参加者[編集]

プロデューサー
ソリスト(登場順)
コーラス

リード・ボーカルの歌唱順[編集]

カバー曲[編集]

  • We Are The World 25 For Haiti (YouTube Edition)』(2010年) YouTubeにおいて、2009年2月20日に発表された。同月1日の「We Are The World 25 Years for Haiti」発表の際、クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーより、YouTubeコミュニティに対して同様のリメイク制作の提案があったことに応じたもの。カナダのシンガーであるLisa Lavie (lisalavie1)が57人の優れたシンガーをYouTubeコミュニティから選別、ビデオを一箇所に集め編集した。wearetheworldfoundationへのアクセスを呼びかけている。
  • 他にも、パンクアレンジのカバー等がある。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c Vena, Jocelyn (2010年2月2日). “Michael Jackson's Influence Lives On In 'We Are The World' Remake”. MTV. 2010年2月2日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]