マライア・キャリー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
マライア・キャリー
Mariah Carey
Mariah Carey 2 by David Shankbone.jpg
マライア・キャリー(2008年)
基本情報
出生名 Mariah Carey
生誕 1970年3月27日(46歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ハンティントン
ジャンル POPR&B
職業 歌手女優作曲家レコード・プロデューサー平和活動家モデル映画監督
活動期間 1990年 -
レーベル Columbia (1990年 - 1999年)
Virgin (1999年 - 2002年)
MonarC/Island (2002年 - 2015年)
Epic(2015年 - )
公式サイト Official site

マライア・キャリー: Mariah Carey, 1970年3月27日 - )は、アメリカ合衆国シンガーソングライター音楽プロデューサー女優としても活躍している。音楽はブラックミュージックを基盤としている。

概要[編集]

彼女の持つ18曲の全米No.1シングル(Billboard Hot 100)はビートルズに次いで歴代2位で、女性アーティストとしては1位であり、ソロ歌手としてはエルヴィス・プレスリーと並ぶ歴代1位である。全米TOP10シングル獲得数は27曲でアーティストとしては歴代5位。また、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」においては第79位にランクインしている[1]

2000年にはWorld Music Awardsにてこれまでに最も多くのレコードを売った女性アーティストとして表彰された。これまでWorld Music Awardsにてアーティスト最多の17回受賞している。

その他にも俳優(女優)としての受賞を含め、グラミー賞American Music AwardsBillboard Music Awards、などの4大音楽賞を含め数々の受賞歴がある。

全世界でシングルセールス6500万枚以上、アルバムセールス1億7500万枚以上、トータルセールス2億4000万枚以上のセールスを記録している。一方でデジタルセールスでは1380万ダウンロードを超えるセールス(アメリカ国内のみ)を記録している。

2009年12月に米のビルボードが発表した、2000年代(過去10年)アメリカでの最大ヒット曲と最もラジオで流れた曲で 「We Belong Together」(2005年発売)が1位になった。

1995年からはキャンプ・マライアと題された恵まれない子供たちへの社会奉仕活動を自身で設立する等、今[いつ?]でもチャリティー活動には欠かさず参加している。

略歴[編集]

幼少期・デビューまで[編集]

ベネズエラ系移民の父アルフレッド・ロイ(アフリカ系ベネズエラ人とアフリカ系アメリカ人のハーフ)とアイルランド系アメリカ人の母パトリシア(白人)の間に3人兄弟の末っ子として、ニューヨーク州ロングアイランドに生まれ、人種差別に耐えながら幼少期を過ごした[2]。マライアが3歳の時に両親は離婚している[3]

ハイスクール卒業後、マンハッタンへ移り、ウェイトレスなどをしながらチャンスを待っていた。その後、ブレンダ・K・スターのバックコーラスとなり、ブレンダに連れられて訪れたパーティー会場でCBSレコードコロンビアレーベル、現:ソニー・ミュージックエンタテインメント (米国))のトミー・モトーラ社長へブレンダがデモテープを渡したことがきっかけとなり[4][5]1990年に「Vision of Love」でデビュー。このシンデレラストーリーとデビュー直前にNBAファイナルで「America the Beautiful」を熱唱し話題になったことから大ブレイクした。

1990年 - 2000年: ブレイク期[編集]

デビュー当時のキャッチコピーは「7オクターブ[注 1]音域を持つ歌姫」。音域をいっぱいにまで使った曲はデビューから今もなおよく見られ、最も高い声を出す人としてギネス・ブックに認定されていた。

1991年には女性アーティストとして3人目となる『ビルボード』誌のアーティスト・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。

アルバム『Music Box』(1993年)、『Daydream』 (1995年)は全世界で各2500万枚を超える大ヒットとなった。Boyz II Menとのデュエット曲「One Sweet Day」は1995年から1996年にかけてBillboard Hot 100で16週連続No.1を獲得。この最長記録は2015年現在も破られておらず、ギネス記録に認定されている。また、2005年のアルバム『The Emancipation Of Mimi』からの2ndシングル「We Belong Together」は「One Sweet Day」に次いで歴代2位の14週間1位である。

1995年、キャンプ・マライアを設立して、低所得者層の恵まれない子ども向けに芸術や就業機会を学ぶ場を提供している。同時にFresh Air Fundの設立もしていて、1700万人以上のNYの治安が悪い地域の子どもたちに無料の夏休みを提供している。

1996年にはPeace Officer's Memorial Serviceに参加し、ビル・クリントン(第42代大統領)の前で「Hero」を披露した。

1998年12月、エドワーズ空軍基地にて

1997年、アルバム『Butterfly』からの1stシングル「Honey」を発表。この曲は当時の音楽界に衝撃を走らせ、マライアによるこの曲の発表によってポップスなどから、R&BやHip-Hopなどがアメリカでは全盛期を迎えることになった[注 2]

アルバム『Butterfly』では、張りのあるヴォーカルよりもささやくようなコーラスやフェイクが目立つようになる。音楽的にはそれまでのアダルト・コンテンポラリーから、多くのラッパーを起用したR&Bヒップホップ系に大きくシフトした。後に彼女がバタフライトレードマークとしているように、一時の商業的ポップ志向から離れ、マライア独自の芸術性・音楽性を開放していくきっかけとなった。ヒップホップビートのサンプリングや、ラップとヴォーカルの融合によるクロスオーバーは、マライアが1993年頃から試みている事でもあった。またミュージック・ビデオやステージ・パフォーマンスで、胸を強調したセクシーな衣装・表現が増え、この傾向は後の作品でますます強くなっていく。

1998年にはホイットニー・ヒューストンとのデュエット曲「When You Believe」(映画『プリンス・オブ・エジプト』主題歌)を発表。同年発売された初のベスト・アルバム#1's』に収録された。

この時点で、彼女が会社(ソニー・ミュージック)に生み出した利益は1000億円を超えたと言われている。

2001年 - 2004年: 低迷期[編集]

1999年のアルバム『Rainbow』を最後にソニー・ミュージックを離れEMI傘下のヴァージン・レコードに移籍。史上最高クラスの8000万ドル(当時約128億円)もの契約金が話題となった。しかし精神的・肉体的にトラブルを抱え、2001年にはテレビの生放送番組でストリップまがいのパフォーマンスをして顰蹙を買う。

同年、半自伝的な初主演映画グリッター きらめきの向こうに』が公開されるが、興業的には失敗に終わる。そのサウンドトラックアルバム『Glitter』は映画の失敗、多すぎるゴシップや発売日(9月11日)がアメリカ同時多発テロ事件と重なったなどの不運もあり、低調なセールスに終わった。結局EMIからはこの1作だけで契約を打ち切られ、「リストラの一環」という不名誉な話題となった。しかし、契約打ち切り金として2800万ドル(当時約30億円)が支払われ、一瞬で得られた最多報酬としてギネスブックに掲載されている(日本では契約の関係上『Glitter』もソニーから発売され、東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)からは1枚もリリースされていない)。同曲のサウンドトラックからシングルカットされた「Loverboy」はビルボードのシングルセールスチャートで年間No.1を獲得している。

ほどなくしてアイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループ(Island/Def Jam Music Group、ユニバーサルミュージック傘下)とレコード契約を結び、2002年にアルバム『Charmbracelet』をリリースした。同年12月にプロモーション来日している。

2005年 - 2008年: 再ブレイク[編集]

大成功を収めたツアーコンサート「アドベンチャーズ・オブ・ミミ」のステージでダンサー達と(2006年8月7日、フロリダ州タンパ

そして2005年、アルバム『The Emancipation Of Mimi』を発表。1999年頃からの囁くような歌い方に加えて全盛期並みの高音が復活し、彼女の新境地を開いた。1stシングルの「It’s Like That」がヒットし、続く2ndシングル「We Belong Together」が通算14週1位を獲得、年間売り上げNo.1シングルとなり、3rdシングル「Shake It Off」も6週連続2位(その時の1位は「We Belong Together」であった)と大ヒットを記録した。11月には、同アルバムに新曲やDVDを加えた『Ultra Platinum Edition』を発売(日本では2006年1月に国内盤を発売)、続く4thシングル「Don't Forget About Us」も2週連続1位となり、同年2曲以上の1位を獲得した唯一のアーティストとなった。アルバムはシングルの「We Belong Together」と共に2005年の全米年間セールスNo.1、全世界で売上約1000万枚を超える特大ヒットとなり、"The Return Of The Voice"と形容されるほどの劇的な大復活を遂げた。アメリカン・ミュージック・アワード1部門、グラミー賞3部門など数多くの賞に輝いた。この復活を受け、マライアの第二期黄金時代に突入したとも言われている。

2005年9月8日、ニューヨークで開催された『FASHION ROCKS 2005』に出演。2005年12月31日には、毎年全米に生中継される人気年越し番組『Dick Clark's New Year's Rockin' Eve 2006』に出演し、ニューヨークのタイムズ・スクエアにて約100万人のファンを前にライブを行なった[注 3]

2008年4月、アルバム『E=MC²』をリリース。先行シングル「Touch My Body」はBillboard Hot 100で1位を獲得した。これで彼女のビルボードでのシングル1位獲得は18曲目となり、エルヴィス・プレスリーの記録に並んだ。これはビートルズの20曲に継ぐ歴代2位のタイ記録である。同時期に、アイランド・デフ・ジャムとの再契約を発表した。

4月26日、『グリッター きらめきの向こうに』以来の映画復帰作『Tennessee』が、トライベッカ映画祭にてプレミア上映された。2009年6月5日に全米で公開されたこの作品でマライアは主演を務め、劇中では初めてカントリーソングを披露している。

2008年9月5日、ニューヨークで開催された『FASHION ROCKS 2008』に出演。11月にはモナコで開催されたWorld Music Awardsにて、ソロアーティストとして全米No.1獲得数が歴代1位になったことから「Special Achievement Award(特別功労賞)」を受賞した。

2009年 - 2010年: メモワール、プレシャス、メリー・クリスマス II ユー[編集]

2009年1月、バラク・オバマ大統領の就任記念パーティーにて「Hero」を披露した[注 4]

2009年6月に発表した1stシングル「Obsessed」では、数年来エミネムから受けていた一方的なバッシングをあざ笑うかのように、「なぜ私につきまとうの?」と歌っている。またミュージックビデオでは、エミネム風の青年に男装し、同作はスマッシュヒットとなった。だが、それ以降に予定されていた新アルバムのプロモーションへの出演キャンセルや日程変更が相次ぎ、同年9月に発売されたアルバム『Memoirs of an Imperfect Angel[注 5]』は初登場1位を逃し3位にとどまり、初動セールスも前作を大きく下回るセールスとなった。しかし、その一方でブラジルでは2ndシングル「I Want To Know What Love Is」がラジオエアプレイチャートで27週連続1位になる前代未聞の新記録を達成(歴代1位)するなど、爆発的ヒットとなった。

2009年7月7日、ロサンゼルスで行われたマイケル・ジャクソンの追悼式に友情出演、自身もカバーし全米No.1を獲得した「I'll Be There」を披露した[注 6]。10月24日には、ブラジルで開催された『oi FASHION ROCKS 2009』に出演。

2009年11月に公開された映画『プレシャス』では、主人公を担当するソーシャル・ワーカーを演じた。劇中では髪を暗く染めノーメイクのような化粧をしており、本人曰く付け髭も着用するなど普段の彼女とは思えないような風貌であった。2010年1月5日に行われた第21回パームスプリングス国際映画祭の授賞式にて新人女優賞に当たるブレイクスルー・アワードを受賞した[6]

2010年8月21日、ブラジルで初のコンサートを開催し、3万人の観客を前に圧巻のパフォーマンスを披露。

11月、1994年リリースの『Merry Christmas』以来、自身2作目となるクリスマスアルバム『Merry Christmas II You』を発売。10月発売の先行シングル「Oh Santa!」は、ビルボードのホリデイチャートにて初登場1位を記録した。アルバムは前作をチャート・初動セールス共に上回る初登場4位を記録[注 7]、自身にとって16作目となるアルバムTOP10入りを果たした。また、クリスマスアルバムとしては異例のR&B/Hip-Hopアルバムチャートにてビルボードチャートの歴史上2作目となる1位を記録したほか、ビルボードのホリデイデジタルチャートにて1位と2位を独占するというビルボード史上初めての記録を樹立。それに続くようにTOP50以内に10曲をチャートインさせる快挙も達成した。

11月末には、マライア自身がプロデュースしたアメリカ大手ショッピングチャンネル『HSN』とのコラボレーション商品を発表。販売開始からわずか6分で完売した。

2011年 - 2013年: アメリカン・アイドル[編集]

2011年、男性アーティストとのデュエット曲が相次いで発表され、9月にはトニー・ベネットのデュエットアルバム『Duets II』にて「When Do The Bells Ring For Me」をデュエットした。11月にはジャスティン・ビーバーのクリスマスアルバム『Under the Mistletoe』にて、マライアのクリスマスの代表曲「All I Want for Christmas Is You」をデュエットし、ミュージックビデオで披露したダイエット成功後のスリムなサンタのコスプレ姿が話題となった。11月末には、前年発売のアルバム『Merry Christmas II You』からの3rdシングル「When Christmas Comes」にて、ジョン・レジェンドとデュエットした。

11月17日、T-Mobileの企画で欧州各5都市にてホログラム技術を使った『バーチャルクリスマスコンサート』を開催、集まった人々を驚かせ、大盛況に終わった。12月10日には、これまでにおける恵まれない子供達への社会貢献、また世界中の女性達を勇気付けてきたことが認められ、ロンドンで開催された『ノーベル・ギフト・ガラ』にて「2011 Noble Gift Humanitarian Award」を授与された。

2012年1月、『BET Honors 2012』にてこれまでの功績が称えられ、「Entertainer Award」を授与された。授賞式ではパティ・ラベルケリー・ローランド等がマライアの曲を歌い、トリビュートパフォーマンスを披露した。

2月11日、ホイットニー・ヒューストンの死去にショックを受け、当初予定されていたテレビ出演の予定をキャンセルし、出演は延期となった。その後、マライアは自身のTwitterで「比類なき我が友、ホイットニー・ヒューストンの衝撃の死に悲嘆と涙を。ホイットニーの家族と世界中の多くの彼女のファンに心からのお悔やみを。彼女のその偉大な歌声は、永遠に忘れ去られることはないわ」と追悼のコメントを発表、自身のYouTubeアカウントでもホイットニーの追悼動画をアップした。2月21日には、出産後のダイエット成功後、初めての公の場への出演となった米の人気番組『Good Morning America』において、ホイットニーとの思い出を語った。

3月1日、ニューヨークにて行われたライブイベント『Plot Your Escape』で出産後初のライブ出演を果たし、約40分間のステージにてブランクを感じさせない圧倒的なパフォーマンスを披露した。同年5月26日にはモロッコの首都ラバトで開催された国際的な音楽祭『Mawazine World Rhythms Festival』のトリを務め上げ、6月2日にはモナコのSporting Monte-Carlにて約90分間のライブを開催した。

7月1日に開催されたイベント『BETアワード 2012』で行われたホイットニー・ヒューストンへのトリビュートパフォーマンスでは、最初にマライアがサプライズで登場し会場を驚かせた。また、スピーチで今は亡きホイットニーとの思い出を語り、途中感極まって涙ぐむ場面もあった。

7月23日、かねてから噂されていた米人気オーディション番組『アメリカン・アイドル』の来シーズンの審査員としてマライアが参加することが発表され、翌2013年1月から5月に放送されたシーズン12において、ニッキー・ミナージュらとともに審査員を務めた。なお、一部報道では1シーズン(約半年)のギャラが、米リアリティ番組史上最高額の1800万ドル(日本円約14億4千万円)超え、と報じられた[7]

7月29日、HitFixによるミュージックパワーランキングで堂々の1位にランクイン。8月3日には、リック・ロスミーク・ミルを起用した新曲「Triumphant (Get 'Em)」を発表した。

2013年5月7日にリリースされた新曲「#Beautiful」がBillboard Hot 100で最高15位まで上昇、世界30か国以上でNo.1を記録するヒットとなった。8月16日、『プレシャス』以来4年ぶりの映画出演作となる『大統領の執事の涙』が全米で公開。10月7日、新たなマネージャーに、長年に渡りタッグを組んできたジャーメイン・デュプリが就任する事が発表された[8]

2014年 - 現在: ミー。アイ・アム・マライア、ラスベガス常設公演[編集]

2014年5月、5年ぶりのスタジオ・アルバム『Me. I Am Mariah... The Elusive Chanteuse』をリリース。Billboard 200で初登場3位を記録するも、デビュー以来過去最低の初動セールスという厳しい結果となった。9月、TIME誌が発表した「究極のポップスター」ランキングで1位に輝いた[9]。10月には約8年ぶりとなる来日ライブを開催[10]

2015年3月、10年以上に渡って在籍したアイランド・デフ・ジャムを離れ、ソニー・ミュージック傘下のエピック・レコードへ移籍[11]5月18日にこれまでの全米No.1ヒット曲を全て収録したベスト・アルバム『#1 to Infinity』を発売した。またアルバムリリースに合わせ、5月6日よりラスベガスシーザーズ・パレス・コロシアムにて『Mariah Carey #1's』と題した長期コンサートがスタートした[12]

8月5日ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの2,556番目の星がマライアに贈られた[13]12月19日、米ケーブルテレビのホールマーク・チャンネルにて、マライアの監督デビュー作となるテレビ映画『A Christmas Melody』が放映[14]

私生活[編集]

1993年6月5日にトミー・モトーラ(Tommy Mottola)と結婚したが、音楽的主観の違いや、ファッション(スカートやパンツの丈を指示する等)や私生活に極度に制限を言いつけたり、マライアへの監視(尾行や盗聴)が原因となり、1997年に別居し、翌年離婚[15]。離婚直前まで彼女はマイケル・ジャクソンに悩みを打ち明けて聞いてもらっていた。その後は歌手のルイス・ミゲルや野球選手のデレク・ジーターらと交際。

2008年4月30日に俳優兼ラッパーのニック・キャノンとシングル「Bye Bye」のビデオ撮影をきっかけにして交際し、結婚[16]2010年夏頃から妊娠が噂され、夫とスポークスマンはそれを認めたが、自身は2年前に流産を経験していることから安定期に入るまでコメントを控えていた。2010年10月28日に第1子妊娠を正式公表[17]。翌年の2011年4月30日に男女の双子を出産した[18]。女の子は"ハリウッドの永遠のセクシー・アイコン"ことマリリン・モンローに由来した、モンロー・キャノン、そして男の子は、モロッカン・スコット・キャノンと命名[19]。これはマライアがニューヨークに所有するアパートの最上階"モロッカン・ルーム"からきており、ここはニックが2008年にマライアにプロポーズした場所でもある。また、ミドルネームの"スコット"はニックも同じで、これは彼の祖母の旧姓だという。

資産・金銭[編集]

2006年に全米美脚コンテストというイベントで美脚セレブリティ賞を受賞しその足に10億ドル(当時約1130億円)もの保険をかけ話題になった[20]

2007年1月、経済誌フォーブス誌が『エンターテイメント界で活躍する女性で資産の多い女性』のトップ20を発表し、総資産約272億円で6位にランクインしている[21]

2011年1月、Us Weeklyによるとマライアが夫のニック・キャノンからクリスマスプレゼントとして40万ドル(日本円で約3400万円)のロールス・ロイスを贈られていたことがわかった。マライアは1月4日に自身のTwitterに「まだニックからのクリスマスプレゼントが信じられないの。ナンバープレートには『mommyMC』と書いてあるわ」というツイートと共にニックからもらったロールス・ロイスの写真を掲載している。

2011年2月、BANG Media Internationalによると、生まれてくる双子の子供のためにビバリーヒルズの豪邸の一棟全体を子供部屋としてリフォームしたという。関係者の話によれば、改装した子供部屋の壁は18金で加工された廻り縁で飾られたアイボリーで、ウォークインクローゼットはプッティ・トレゾールのブランド服でいっぱいだという。さらに音響システムも最高のものが設置され、それぞれの赤ちゃんにダイヤモンドで飾られたiPodが用意され、天井から薄型テレビが降りてくるようになっているという。家具も2200ドル(日本円で約18万円)するベビーベットが2台、2800ドル(日本円で約23万円)のオムツ交換台、パパとママ用に2270ドル(日本円で約18万6000円)のグライダーチェア(座面が前後に動くロッキングチェア)2台と100万ドル(日本円で約8200万円)のソファが用意されているという。ソファはマイケル・ジャクソンのコンサート先で使われたもので24金とオニキスで装飾されたクラッシュト・ベルベット仕上げになっており、後ろ面には花綱の飾りがついているものだという。このリフォームを担当したインテリアデザイナーのケネス・ボーデウィックは「やりすぎと思うかもしれませんが、マライアの子供が欲しいという夢が叶ったんです。彼女自身もこの双子は世界一甘やかされた子供になると言っていますよ」とコメントしている[22]

2012年7月、Juicy MagazineによるR&Bアーティストの資産ランキングにて総資産5億ドル(日本円約390億円)で堂々の1位にランクインした。

社会活動・チャリティー活動など[編集]

  • 1995年にキャンプ・マライアを共同設立して、低所得者層の恵まれない子ども向けに芸術や就業機会を学ぶ場を提供している。
  • 同時期にFresh Air Fundの設立もしていて、1700万人以上のニューヨークの治安が悪い地域の子どもたちに無料の夏休みを提供している[23]
  • 彼女の家族がHIV陽性であったことから、生命に関わる病気の子どもへの医療を援助するMake-A-Wish Foundationにも深く関わっている[24][25]
  • ニューヨーク市警察の競技会にボランティアで参加した。
  • Presbyterian Hospital Cornell Medical Centerに寄付をした。
  • そのほかにもチャリティ活動をしている。
  • VH1の1998・2000年のSave The Music Foundation活動のためのチャリティライブに参加。
  • 9・11の犠牲者の支援活動。
  • 2001年コソボ治安維持軍でライブ活動[26]
  • CBS養子里親の記録のドキュメンタリー番組で司会[27]
  • 2005年、ロンドンLive8に参加[28]
  • ハリケーン・カトリーナの被害者救済24時間テレビに参加[29]
  • 2008年8月にArtists Stand Up to Cancerとして発表したガン研究の支援を目的としたチャリティー・シングル『ジャスト・スタンド・アップ』(原題:Just Stand Up!)に参加[30]
  • 2010年1月12日にハイチ共和国で起こった地震(ハイチ地震)への寄付を自ら呼びかけツアーの収益の一部を寄付するなどチャリティー活動に参加。
  • 2010年2月,ハイチ地震への支援を目的として企画されたチャリティー・シングル「Everybody Hurts」に参加。
  • など、他にも多数。

容姿に対するコンプレックス[編集]

アイルランド系アメリカ人とアフリカ系アメリカ人の間に生まれたマライアはハーフであり、幼い頃から醜い差別に遭いながら自分の居場所が無いと感じ少女期を過ごした為、今もなおそのことに対するコンプレックスを持っていると2010年1月オブザーバー・ウーマン誌に語った。

体型[編集]

美貌とともにグラマラスな肢体を大胆に露出したセックスアピールが売りだったが、年を重ねるにつれて体型の変化が話題になることもしばしばである。本人曰く普段からよく食べるそうで元々太りやすい体質でなおかつ筋肉質らしく、太ったり痩せたりと変化が激しかったりするのも彼女の特徴であり魅力の一つである。一時は16歳の頃のジーンズと同じサイズになるくらいダイエットを頑張って成功させたが、最近はまた戻りつつある[31]。 双子を出産後、一週間で18キロの減量に成功。また、妊娠糖尿病から水のみのダイエットをしたり、トレーニングなどで、14キロ減量。合計で31キロの減量に成功した。本人は、「妊娠していた頃の体型は自分でもみたくなくて、タオルを巻いてお風呂に入っていたぐらいよ。」とのこと。そして、今は、2008年頃の体形をめざしている。以前よりもスリムになり、ダイエット会社の広告塔にも抜擢された。

日本国内での評価・活動[編集]

日本では特に人気が高く、『Music Box』は220万枚[32]、『Merry Christmas』は250万枚[32]、『Daydream』は240万枚[32]を出荷。ベスト・アルバム#1's』は約360万枚[33]を売り上げ、洋楽アルバム史上最高セールスを記録した。計8作のアルバムが日本レコード協会からミリオンセラーに認定され、女性ソロ歌手としては10作の松任谷由実浜崎あゆみに次ぐ記録である(2005年9月現在)。日本でのトータルセールスは約1600万枚[33]

1994年に『All I Want For Christmas Is You』がフジテレビ系連続ドラマ『29才のクリスマス』の主題歌に起用され130万枚の大ヒット。

2000年には缶コーヒー「ネスカフェ・サンタマルタ」のCMに出演し明石家さんまと共演した(ただし別撮りであり、CG合成により対面させている[34])。マライアはCMソング『Thank God I Found You』(ソロバージョン)も歌っている。

2004年には日本の唱歌朧月夜』(「Misty Moon」)を歌い、『爽健美茶』・『爽健美茶 緑茶ブレンド』(日本コカ・コーラ)のCMに起用された(CD発売はされていない)[33]

2008年は『I'll Be Lovin' U Long Time』が日本テレビ系プロ野球中継「PRIDE&SPIRIT 日本プロ野球」の2008年度テーマ曲に選ばれる。その縁で5月のプロモーション来日時に東京ドームでの読売ジャイアンツの試合で始球式を行った。

フジテレビの軽部真一アナウンサーと親交が深く、来日の際にはほぼ確実にインタビューを行っている。また、数年前に軽部からプレゼントされた犬を現在も育てていたり、自宅に招いての単独インタビューに応じるなど、マライアからは非常に気に入られている。

2011年に起きた東日本大震災ツイッターを通じ、「日本のみなさんへ私の愛と祈りを贈ります。私達は日本のみなさんがこの悲劇を乗り越えられると信じていると同時に、いつもみなさんのことを想っています。神の御加護を。」とのコメントを行った。

ディスコグラフィー[編集]

オリジナルアルバム[編集]

  1. 1990: Mariah Carey
  2. 1991: Emotions
  3. 1993: Music Box (日本語)ミュージック・ボックス
  4. 1994: Merry Christmas (日本語)メリー・クリスマス
  5. 1995: Daydream (日本語)デイドリーム
  6. 1997: Butterfly (日本語)バタフライ
  7. 1999: Rainbow
  8. 2001: Glitter (日本語)グリッター
  9. 2002: Charmbracelet
  10. 2005: The Emancipation Of Mimi (日本語)MIMI
  11. 2008: E=MC² (日本語)E=MC²〜MIMI第2
  12. 2009: Memoirs Of An Imperfect Angel
  13. 2010: Merry Christmas II You
  14. 2014: Me. I Am Mariah... The Elusive Chanteuse (日本語)ミー。アイ・アム・マライア

その他のアルバム[編集]

  1. 1992: MTV Unplugged EP
  2. 1998: #1's (日本語)ザ・ワンズ
  3. 2001: Greatest Hits
  4. 2003: The Remixes (日本語)ザ・リミキシーズ
  5. 2008: The Ballads
  6. 2010: Playlist: The Very Best of Mariah Carey
  7. 2011: The Essential Mariah Carey
  8. 2015: Number 1 to Infinity

主なシングル[編集]

以下は全米TOP10入りした作品。太字は全米1位作品(Billboard Hot 100)。

  • Vision Of Love (1990) 4週連続1位
  • Love Takes Time (1990) 3週連続1位
  • Someday (1991) 2週連続1位
  • I Don't Wanna Cry (1991) 2週連続1位 
  • Emotions (1991) 3週連続1位(デビューから5曲連続の史上最多記録)
  • Can't Let Go (1991) 2位
  • Make It Happen (1992) 5位
  • I'll Be There (1992) 2週連続1位(ジャクソン・ファイブのカバー)
  • Dreamlover (1993) 8週連続1位
  • Hero (1993) 4週連続1位
  • Without You (1994) 全米3位(バッドフィンガーのカバー)
  • Endless Love (1994) 全米2位(ルーサー・ヴァンドロスとのデュエット。ライオネル・リッチー&ダイアナ・ロスのカバー)
  • Fantasy (1995) 初登場から8週連続1位
  • One Sweet Day (1995) 初登場から16週連続1位(史上最長。ボーイズIIメンと共演)
  • Always Be My Baby (1996) 2週連続1位
  • Honey (1997) 初登場から3週連続1位
  • My All (1998) 3週連続1位
  • I Still Believe (1999) 全米4位(ブレンダ・K.スターのカバー)
  • Heartbreaker (1999) 2週連続1位(featuring Jay-Z
  • Thank God I Found You (2000) 全米1位(ジョー・98 Degreesと共演)
  • Loverboy (2001) 全米2位
  • I Know What You Want (2003) 全米3位(バスタ・ライムズと共演)
  • We Belong Together (2005) 通算14週1位
  • Shake It Off (2005) 全米2位
  • Don't Forget About Us (2005) 2週連続1位
  • Touch My Body (2008) 2週連続1位
  • Obsessed (2009) 全米7位

ビデオ / DVD[編集]

  • ファースト・ヴィジョン The First Vision (1991)
  • ヴィジョン・オブ・ライヴ MTV Unplugged +3 (1992)
  • Here Is Mariah Carey (1993)
  • Fantasy: Mariah Carey at Madison Square Garden (1996)
  • アラウンド・ザ・ワールド Around The World (1999) - ライブ&ドキュメンタリー
  • ザ・ワンズ #1's (2000) - PV集
  • アドベンチャーズ・オブ MIMI The Adventures of Mimi (2007) - ライブ。Blu-ray Discでも発売

全米No.1・ビルボードに関するデータ・ギネス記録[編集]

  • ビルボード年間シングル・アルバム共にNo.1を1993年,1995年,2005年と3回達成した唯一のアーティスト
  • デビューから2010年現在まで21年連続でビルボートのR&Bチャートにランクインしている。これは女性歌手としては最長記録
  • 全米首位獲得数18曲は、エルヴィス・プレスリーと並ぶ歴代2位である(女性アーティストとしては歴代1位)。また歴代首位はビートルズで、20曲である。この記録を塗り替えるアーティストに最も近いのが、マライアである。
  • 作曲家として全米No.1を17曲持ち、女性としては歴代1位。(全体では歴代3位。)
  • 全米TOP5シングル獲得数は26曲で女性アーティストとして歴代2位。
  • 全米TOP10シングル獲得数は27曲でアーティストとして歴代5位。
  • 全米TOP100シングル獲得数は43曲で女性アーティストとして歴代6位。
  • 1990年〜2000年の11年間毎年1位獲得。ギネス世界記録となっている(毎年最低1回はシングルが全米No.1になっている。1994年は「Hero」が年越しで獲得している)。
  • シングル2曲連続(「Fantasy」&「One Sweet Day」)の全米チャート初登場1位獲得は史上初
  • 全米チャート初登場1位を3曲記録した唯一のアーティスト。
  • デビューからリリースしたシングルが5曲連続でNo.1を獲得(1〜5)。(歴代1位
  • デビューからリリースしたシングルが11曲連続でTOP10入りを果たす。(女性アーティストとして歴代1位)
  • シングルNo.1の獲得期間は18曲で79週(歴代2位)。
  • ビルボードでの全てのチャートにおいてのNo.1の獲得数は136回で歴代1
  • 全米で12作のシングルがプラチナム(100万枚)を記録。(女性アーティストとして歴代1位)
  • Boyz II Menとのデュエット曲「One Sweet Day」は1995年から1996年にかけてビルボードのHOT 100で16週連続No.1のギネス記録。この最長記録は現在も破られていない。(2010年現在)
  • 1枚のアルバムからのシングルのみで25週以上全米チャート1位を記録した唯一の女性アーティスト
  • 1枚のアルバムから4曲の全米No.1を記録した初めての女性ソロアーティスト
  • Billboard Hot 100 AirplayでのNo.1の獲得期間は93週(歴代1位)。
  • 全米No.1アルバム数は6作(女性アーティストとして歴代3位)。
  • 全米TOP10アルバム獲得数は16作。(女性アーティストとして歴代3位)
  • 日本でも有名なクリスマスソング「All I want For Christmas is You」(恋人たちのクリスマス)は、アメリカでは史上初のクリスマスソングとしてデジタルセールス200万件を超える大ヒットを記録。(今もなお毎年記録を更新し続けている)
  • 2005年に発売された「We Belong Together」は、2000年代(過去10年間)アメリカで最もヒットした曲としてビルボードより1位に選ばれた。
  • 2005年に発売された「We Belong Together」は米ラジオ局での1日のエアプレイ数と1週間のエアプレイ数がそれぞれBDS史上最大の3,280回、22,300回を記録。(史上最高記録)
  • ビルボードチャートの9つものチャートでの第1位を同時に獲得した唯一のアーティスト
  • 1995年に発売されたOne Sweet Dayは、90年代(1990年から1999年の10年間)アメリカで最もヒットした曲としてビルボードより1位に選ばれた[35]
  • 1990年代2000年代と2つの年代で過去10年間のアメリカ最大のヒット曲1位の曲を持っているのはマライアのみである。(1990年代総合1位は「One Sweet Day」、2000年代総合1位は「We Belong Together」)
  • 1990年から2000年までの10年間で最もセールスを記録したアーティスト
  • ビルボードのHoliday Digital Songsチャートにて1,2位を独占した史上初のアーティスト。
  • ビルボードより全米人気ホリデイソングが発表され、「All I want For Christmas is You」が1位に選ばれた。

コンサートツアー[編集]

来日公演[編集]

日本でのコンサートツアーは今までに6回行われており、北米以外を含むワールドツアーでは、頻繁に日本公演を行っている。

また来日公演の際には、必ずアンコールの最後で「恋人たちのクリスマス」が歌われている。 これは、同曲が日本で大ヒットしたことを受け、マライア自身が日本のファンに向けていつもアンコールの最後に歌っているものであり、12月に行われる他国の公演を除いては、日本公演独自の演出となっている。

女優としての活動[編集]

出演映画作品[編集]

テレビ[編集]

  • Ally McBeal(2002年) - テレビドラマ
  • The Proud Family(2003年) - テレビアニメ(声の出演)
  • アメリカン・ダッド American Dad!(2013年) - テレビアニメ(声の出演)

CM[編集]

  • ネスレ日本ネスカフェ・サンタマルタ」(2000年)
  • Machine Zone「Game of War」(2015年 -) - 「Hero」をCMソングとしても使用。

雑記[編集]

  • 現ブルネイ国王の息子であるアジム王子がマライアの大ファンで2006年のライブのニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでコンサートを行なう彼女の楽屋に王子の使者にプライベートジェットで540万ドル(約6億円)相当のプレゼントを届けさせた。その時マライアに贈られたのは8カラットのダイアモンドとプラチナのネックレスと、おそろいの指輪だった[36]
  • 2010年1月、ブルネイのアジム王子が自らのソロ・シングルを発表するにあたり、記念にマライアにミュージック・ビデオへの出演を依頼し、出演したことでも話題になった。
  • 「世界一高い声を出すシンガーソングライター」としてギネス・ブックに登録されている。
  • ハローキティのファンである。
  • 1998年に発売されたライブ&ドキュメンタリー映像作品『Around The World』には、来日時にめざましテレビのインタビューを受けた様子が収録されている。
  • 2002年に発売された『Charmbracelet』からの1stシングル「Through the Rain」のプロモーションビデオでは実際に人種の違いで周囲から反対され駆け落ちして結ばれたマライアの両親の実話がテーマになっている。そして最後にその両親の前で歌っているのが二人の子供であるマライアという設定という感動的なPVに仕上がっている。
  • 2002年11月の来日時、東京・渋谷の繁華街でアルバム『Charmbracelet』からの2ndシングル「Boy (I Need You)」のPVのゲリラ撮影を行った。スタッフが交通を遮断し、マライアが横断歩道を信号無視で歩くなどの強引な撮影をして周囲はパニック状態になった。
  • 2005年に発売されたアルバムのタイトル、『The Emancipation Of Mimi』のミミ(Mimi)とは、彼女の愛称である。
  • ライヴ前の睡眠時間は15時間[37]
  • 彼女独特のあの驚異的な高音の声域は少女時代にミニー・リパートンの「Lovin' You」を聴きながら練習していて身に付いたという。
  • 2006年にビルボード主催の過去13年間で最も素晴らしい歌詞の曲で「We Belong Together」が1位に選ばれる。
  • マライアの飼い犬であるジャックラッセルテリアのジャックは有名だが、2007年に同犬種のJJ(ジャックジュニア)を飼い始めた。
  • E=MC²』からの2ndシングルである『Bye Bye」は2002年に亡くなったマライアの父親、2007年に他界した愛犬ジャックなど、マライアと親しみのあった亡くなった人達へ歌っている。

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ ただし、これには誇張があって、実際のマライアの音域はG♯2〜G♯7(lowG♯〜hihihiG♯)の5オクターブである。5オクターブと言っても、数多く存在する歌手の中でもかなり広く、女性では不可能に近い男性並の低音域から、ハープやフルートの最高音に匹敵する超高音域のホイッスルボイスまでを自在に操っている。
  2. ^ 現在の米でのメインストリームがR&Bになったのは、この曲がきっかけとも言われている。
  3. ^ 一人の歌手がタイムズ・スクエアで、約100万人のファンの前でライブを行うのは、34年間の同番組史上初めてのことであった。
  4. ^ 「Hero」は妻のミシェル・オバマが大統領選の結果が発表される直前まで流していた曲でもある。
  5. ^ 同アルバムは近年の作品と異なりゲストが一切参加しないアルバムであったため、多数のゲストを招いたリミックスアルバム『Angels Advocate』が企画され、ニーヨをフィーチャーした「Angels Cry」などのシングルも発表されたが、『Angels Advocate』は2010年3月の発売直前になってキャンセルされた。
  6. ^ この時のパフォーマンスが感傷的になりすぎて上手く歌えなかったことを、後に米の人気番組「Today Show」で謝罪した。
  7. ^ 前作『Merry Christmas』は初登場30位。

出典[編集]

  1. ^ Rolling Stone. “100 Greatest Singers: Mariah Carey”. 2013年5月26日閲覧。
  2. ^ Nickson 1998, pp. 7
  3. ^ Nickson 1998, pp. 9
  4. ^ Nickson 1998, pp. 25
  5. ^ Nickson 1998, pp. 26
  6. ^ “Weeks After Tipsy Awards Speech, Mariah Carey Pops Cork on her Own Liquor Brand, Angel Champagne”. Daily News (Mortimer Zuckerman). (2010年1月17日). http://www.nydailynews.com/gossip/2010/01/16/2010-01-16_mariah_launches_new_liquor_label.html 2011年8月19日閲覧。 
  7. ^ “マライア・キャリーが「アメリカン・アイドル」の審査員に決定 ギャラは1年で14億円以上”. シネマトゥデイ. (2012年7月25日). http://www.cinematoday.jp/page/N0044344 2013年3月27日閲覧。 
  8. ^ “マライア・キャリー、ジャーメイン・デュプリを新マネージャーに”. bmr. (2013年10月8日). http://bmr.jp/news/87654 2014年2月4日閲覧。 
  9. ^ “マライア・キャリー究極のポップスターに!ビートルズ&マイケルさん&マドンナ抜く”. シネマトゥデイ. (2014年9月3日). http://www.cinematoday.jp/page/N0066030 2016年6月21日閲覧。 
  10. ^ “初の子連れ!マライア・キャリー8年ぶり来日公演、1万人を魅了”. サンケイスポーツ. (2014年10月5日). http://www.sanspo.com/geino/news/20141005/oth14100505040004-n1.html 2016年6月20日閲覧。 
  11. ^ “マライア・キャリーが正式にソニーに移籍 LA・リードと再タッグ”. bmr. (2015年3月12日). http://bmr.jp/news/131120 2016年6月21日閲覧。 
  12. ^ “マライア・キャリー、新曲収録のベスト・アルバムを5月にリリース”. bmr. (2015年4月14日). http://bmr.jp/news/133765 2016年6月21日閲覧。 
  13. ^ マライア・キャリーにハリウッドの星”. シネマトゥデイ (2015年8月1日). 2015年8月3日閲覧。
  14. ^ 監督デビューのマライア・キャリー、意外な私服で現場に現れる”. モデルプレス (2015年10月9日). 2015年6月21日閲覧。
  15. ^ “マライア・キャリーの元夫トミー・モトーラ氏、自叙伝でマライアに初めて謝罪。”. excite news. (2013年2月1日). http://www.excite.co.jp/News/world_ent/20130201/Techinsight_20130201_71056.html 2013年3月27日閲覧。 
  16. ^ “マライア・キャリー、若手ラッパーとの結婚を公表”. AFP. (2008年5月8日). http://www.afpbb.com/article/entertainment/news-entertainment/2388385/2908783 2011年2月15日閲覧。 
  17. ^ “ハリウッド女優がマライア妊娠を暴露、マライアも正式に認める”. bmr.jp. (2010年10月28日). http://bmr.jp/news/detail/0000009648.html 2011年2月15日閲覧。 
  18. ^ “歌姫マライア・キャリーが出産!3年目の結婚記念日に男女の双子の赤ちゃん誕生!”. シネマトゥデイ. (2011年5月1日). http://www.cinematoday.jp/page/N0032093 2013年3月27日閲覧。 
  19. ^ “マライア・キャリー、双子の名前を公表!女の子はモンローちゃん、男の子はモロッカンくん”. シネマトゥデイ. (2011年5月5日). http://www.cinematoday.jp/page/N0032120 2013年3月27日閲覧。 
  20. ^ “マライア・キャリー、最も美脚な有名人に選ばれる”. BARKS. (2006年6月1日). http://www.barks.jp/news/?id=1000023661 2013年3月27日閲覧。 
  21. ^ “マライア、ジャネットら「最もリッチな女性芸能人」に”. BARKS. (2007年1月22日). http://www.barks.jp/news/?id=1000029523 2013年3月27日閲覧。 
  22. ^ “マライア・キャリー、豪邸の一棟全体を子ども部屋としてリフォーム”. シネマトゥディ. (2011年2月21日). http://www.cinematoday.jp/page/N0030501 2011年5月2日閲覧。 
  23. ^ Hopkins, Eugene (1994年12月4日). “Carey a Fresh Face for Fresh Air Fund”. Sun Journal (Sun Media Group). http://news.google.com/newspapers?id=c98gAAAAIBAJ&sjid=I2sFAAAAIBAJ&pg=2220,934579&dq=camp+mariah&hl=en 2011年8月19日閲覧。 
  24. ^ Mariah Carey - Carey Packs Times Square With Early Morning Show”. Contactmusic.com (2005年4月12日). 2011年8月19日閲覧。
  25. ^ Dinh, James (2010年12月12日). “Mariah Carey Performs With Mother On Holiday TV Special”. MTV News. Viacom. 2011年8月19日閲覧。
  26. ^ Schumacher-Rasmussen, Eric (2001年9月22日). “Mariah Carey, Springsteen, Other Stars Sing For America On Telethon”. MTV News. Viacom. 2011年4月13日閲覧。
  27. ^ Bianculli, David (2001年12月20日). “Flawed Gala On Adoption”. Daily News. Mortimer Zuckerman. 2011年5月10日閲覧。
  28. ^ “Live 8 attracts 9.6m UK viewers”. BBC News Online. (2005年7月4日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/4648051.stm 2011年8月19日閲覧。 
  29. ^ Rodman, Sarah (2005年9月10日). “Stars Shine Spotlight on Needy During Katrina Relief Telethon”. Boston Herald (Herald Media). http://pqasb.pqarchiver.com/bostonherald/access/894426211.html?dids=894426211:894426211&FMT=ABS&FMTS=ABS:FT&type=current&date=Sep+10%2C+2005&author=Sarah+Rodman&pub=Boston+Herald&desc=TELEVISION%3B+Stars+shine+spotlight+on+needy+during+Katrina+relief+telethon&pqatl=google 2011年8月19日閲覧。 
  30. ^ Kappes, Serena (2008年5月3日). “Mariah, Beyoncé Top Fifth Annual Fashion Rocks”. People. Time Warner. 2011年8月7日閲覧。
  31. ^ “マライア・キャリー激太りの予感!むっちりな二の腕にメディアから散々な言われよう”. シネマトゥデイ. (2010年2月16日). http://www.cinematoday.jp/page/N0022515 2011年2月15日閲覧。 
  32. ^ a b c マライア新記録300万枚突破!、SANSPO.COM、1998年12月16日。(インターネット・アーカイブのキャッシュ)
  33. ^ a b c 「爽健美茶」 2004 広告キャンペーン CM 音楽にはマライア・キャリーが日本の歌に初挑戦! (PDF) - 日本コカ・コーラ、2004年2月12日
  34. ^ マライア&さんま共演スポーツ報知、2000年2月7日。(インターネット・アーカイブのキャッシュ)
  35. ^ “米Billboard、‘00年代’ランキングを発表。”. BARKS. (2009年12月16日). http://www.barks.jp/news/?id=1000056506 2011年2月15日閲覧。 
  36. ^ “マライア・キャリーにブルネイ王子が6億円の指輪プレゼント”. BARKS. (2006年9月10日). http://www.barks.jp/news/?id=1000026729 2013年3月27日閲覧。 
  37. ^ “マライア・キャリー、15時間寝る”. BARKS. (2005年10月14日). http://www.barks.jp/news/?id=1000012686 2013年3月27日閲覧。 

参考文献[編集]

  • Appleman, Chris (1986). The Science of Vocal Pedagogy: Theory and Application. Bloomington: Indiana University Press. ISBN -0253351103. 
  • James, Harold (1998). Guinness Rockopedia. Los Angeles: Guinness Publishing Ltd. ISBN 0-85112-072-5. 
  • Nickson, Chris (1995). Mariah Carey: her story. New York: St. Martin's Griffin. ISBN 978-0-312-13121-0. 
  • Nickson, Chris (1998). Mariah Carey revisited. New York: St. Martin's Griffin. ISBN 978-0-312-19512-0. 
  • Peckham, Anne (2005). Vocal Workouts for the Contemporary Singer. Boston: Berklee Press. ISBN 0-87639-047-5. 
  • Shapiro, Marc (2001). Mariah Carey: the unauthorized biography. Toronto: ECW Press. ISBN 978-1-55022-444-3. 
  • Viros, Alexandre (2009). Casser les Voix. Paris: St. Martin's Griffin. ISBN 978-0-312-19512-0. 
  • Hardy, Phil. The Faber Companion to 20th Century Popular Music: Fully Revised Third Edition (2001). pg. 156–157. UK: Faber and Faber Limited. ISBN 0-571-19608-X.
  • Mulholland, Garry. The Illustrated Encyclopedia of Music (2003). pg. 57. UK: Flame Tree Publishing. ISBN 1-904041-70-1.
  • Fred Bronson's Billboard Book of Number 1 Hits, 5th Edition (ISBN 0-8230-7677-6)
  • Joel Whitburn Presents the Billboard Hot 100 Charts: The Sixties (ISBN 0-89820-074-1)
  • Joel Whitburn Presents the Billboard Hot 100 Charts: The Nineties (ISBN 0-89820-137-3)
  • Additional information concerning Carey's chart history can be retrieved and verified in Billboard's online archive services and print editions of the magazine.

外部リンク[編集]