ミニー・リパートン

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ミニー・リパートン
Minnie Riperton 1977.jpg
1977年
基本情報
生誕 1947年11月8日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州シカゴ
死没 (1979-07-12) 1979年7月12日(31歳没)
ジャンル ソウル
R&B
ロック
職業 シンガーソングライター
活動期間 1962年 - 1979年
レーベル チェス・レコード,GRT,エピック・レコード,キャピトル・レコード
公式サイト www.minnieriperton.com

ミニー・リパートン(Minnie Riperton, 1947年11月8日 - 1979年7月12日)はアメリカシカゴ出身の歌手

略歴[編集]

シカゴ生まれ。幼少の頃から音楽に親しんだ。14歳の時にはグループ「ジェムス(GEMS)」に加入、1966年には芸名「アンドレア・デイヴィス」とソロデビュー。「ロータリー・コネクション」のリードヴォーカルも担当したが曲がなかなかヒットしなかった。この間にプロデューサーのリチャード・ルドルフと結婚し女優たるマーヤ・ルドルフら2児を儲けプライベートでは恵まれた生活を送っていた。

1971年にスティーヴィー・ワンダーのバックコーラスに抜擢される。1974年12月にスティーヴィーがプロデュースしたアルバム『パーフェクト・エンジェル』を発売。このアルバムからシングルカットした「Lovin' You 」が全米で大ヒットした。

その後に発売した曲がヒットしたが1976年頭に乳がんと診断され同年春に手術を受ける。一時快方に向かったがガンが腕に転移していることが1978年に判明。1979年7月12日に31歳で死去。

5オクターヴから5オクターヴ半という広い声域を持ち、特に「Lovin' You」のサビで使われる超ハイトーンが有名である。後のマライア・キャリーセリーヌ・ディオンらに幅広く影響を与えた。

スティーヴィー・ワンダーとの交流[編集]

曲がヒットしていない時期からスティーヴィーはミニーの歌を聴いていてミニーに注目していた。スティーヴィーのコンサート会場にてミニーがスティーヴィーの音楽に対する思いを語ったが、スティーヴィーはミニーをファンの一人としか思っていなかった。ところが名前を一応尋ねると、その女性こそ自分が注目しているミニーと知ってスティーヴィーは驚いたという。

この出会いを切っ掛けに『パーフェクト・エンジェル』のプロデュースと演奏サポートをスティーヴィーが手がけることになった。『パーフェクト・エンジェル』のブックレットの裏には、「A VERY SPECIAL FAN」という署名とともにメッセージが書かれているが、この「A VERY SPECIAL FAN」とはスティーヴィー・ワンダーでありスティーヴィーがいかにミニーに注目していたかを示すものでもある。死の床に在るミニーをスティーヴィーが見舞いに訪れた際に「私が待っている最後の人が来た。」ミニーはとつぶやいたという。

カバーされた楽曲[編集]

Lovin' You[編集]

美しいメロディと演奏側による解釈の自由度から海外ではスタンダード的な曲としてノーマン・コナーズシャニースジュリア・フォーダムなどジャンルやキャリアを問わず多数がカバー。日本国内でも「ジャズ好きな父親の影響で聴いていた」という今井美樹が自身のアルバム「fiesta」(1988年)でカバーするなど元々日本でも馴染みの深い楽曲であった。

1991年に日本盤のみ発表されたUKレゲエ歌手ジャネット・ケイの『LOVIN' YOU~BEST OF J.K.』の大ヒットを機に、その後日本国内のアーティストによるカバーも多数発表された。

Inside my love[編集]

  • ACO(アルバム『LadySoul』に収録)

ソロ・アルバム[編集]

  1. 「COME TO MY GARDEN」(JANUS 7011)
  2. 「PERFECT ANGEL」(EPIC 32561 '74/12)
  3. 「ADVENTURES IN PARADISE」(EPIC 33454 '75/5)
  4. 「STAY IN LOVE」(EPIC 34191 '77/12)
  5. 「MINNIE」(CAPITOL 11936 '79/4)
  6. 「LOVE LIVES FOREVER」(CAPITOL 12097 '80/9)

影響されたアーティスト[編集]

参考文献[編集]

  • 「ミニー・リパートン~ハーフ・フルの人生~(ソウルサーチン R&Bの心を求めて Vol.1 [電子書籍版])」吉岡正晴 (著)

外部リンク[編集]