ハイチ地震 (2010年)
| 2010年ハイチ地震 | |
|---|---|
|
倒壊した首都ポルトープランスの大統領府 | |
|
震源の位置(USGS) | |
| 本震 | |
| 発生日 | 2010年1月12日 |
| 発生時刻 |
4時53分10秒 (EST) 21時53分10秒 (UTC) |
| 震央 |
|
| 座標 | 北緯18度26分35秒 西経72度34分16秒 / 北緯18.443度 西経72.571度 |
| 震源の深さ | 13 km |
| 規模 | モーメントマグニチュード (Mw)7.0 |
| 最大震度 | 改正メルカリ震度X: Petit Goave, レオガン, Grand Goave[1] |
| 津波 |
3m(グラン・ゴアーブ)[2] 12cm(サントドミンゴ)[3] |
| 地震の種類 | 直下型地震、左横ずれ断層[4] |
| 被害 | |
| 被害地域 |
|
|
| |
| プロジェクト:地球科学 プロジェクト:災害 | |
2010年ハイチ地震は、ハイチ時間の2010年1月12日16時53分(UTC21時53分)にハイチで起こったマグニチュード (M) 7.0の地震である[5][6]。
地震の規模の大きさやハイチの政情不安定に起因する社会基盤の脆弱さが重なり、死者が約31万6,000人に及ぶなど、単一の地震災害としては2004年のスマトラ島沖地震に匹敵する極めて大規模なものとなった[5][6][7][8][9][10][11][12][13]。
地震の詳細
[編集]震源はハイチの首都ポルトープランスの西南西25km、深さは13km、マグニチュード(モーメントマグニチュード Mw)は7.0と推定されている(アメリカ地質調査所[14])。この地域は北アメリカプレートとカリブプレートの衝突型境界の近傍であり、震源が浅い典型的な内陸地殻内地震(直下型地震)である。この地震を起こした断層は、エンリキロ-プランテインガーデン (Enriquillo-Plaintain Garden) 断層系の中の断層の1つと推定されている[15]。地震のメカニズムは、逆断層成分を持つ左横ずれであった[16]。地震波からの推定では、断層の滑り量は最大で約4mであった[17][18]。ポルトープランスとその郊外では改正メルカリ震度階級VII - X相当の揺れがあったと推定されている[19]。
地震発生直後の2010年1月12日17時0分と8日後の同月20日6時3分(いずれもハイチ時間)には、それぞれポルトープランスの西南西約50kmと55km、深さは約10kmの地点でM5.9の地震が発生し、同日までの最大規模の余震だと見られている。20日の地震は震源メカニズムが本震と異なることが指摘されている[20][21][22][4]。
ポルトー・プランス湾沿岸のグラン・ゴアーブでは地滑りにより平均3mの高さの津波が発生し、複数の家屋が倒壊、津波を見物していた3人が犠牲となった[2]。
ハイチ周辺の地質
[編集]
この地域は、バハマ諸島を乗せた北アメリカプレートが、ハイチを含むイスパニョーラ島やキューバを乗せたカリブプレートが衝突している北イスパニョーラ海溝の南側にあたる。プレート境界であるため、広く見れば地震活動が活発ではあるが、内陸地殻内地震の発生はあまり多くない地域だった[4]。
この地域の主な断層として、キューバ南岸からイスパニョーラ島北岸を横切るセプタントリオナル (Septentrional) 断層、イスパニョーラ東南岸を横切るエンリキロ断層の2つがある。いずれも左横ずれ断層で、18世紀以降の記録から、数度の大地震が発生したことが判明している。今回の地震の震源に近いところでは、エンリキロ断層(ハイチ南東部)で1751年に、またその西隣のエンリキロ断層(ハイチ南西部)で1770年にそれぞれ大きな地震が発生している。また、1751年の地震の際には、同じ年にドミニカ南岸のムエルトス (Muertos) トラフで大地震が発生している[4]。ムエルトストラフはエンリキロ断層の延長線上にあり、今回の地震も同様に影響を与える可能性が指摘された(地震空白域参照)。
この地域では1770年以降大規模な地震が起こっておらず[23][24]、2008年にはアメリカ地質調査所の地震学者らが、この一帯に溜まっている歪みが解放されればM7.2程度の地震が発生するとの推定を発表していた[23]。
被害状況
[編集]地震の被害
[編集]


ポルトープランスでは大統領府[注 1]や国会議事堂を始めとする多くの建物が倒壊し[25]、天井・床が重なって潰れるパンケーキクラッシュを起こしている[26]。このため、地震直後は大統領や閣僚すら屋内に寝る場所がなく、ホームレス状態となった[27]。
2月3日、ジャン=マックス・ベルリーヴ首相は、政府の集計で死者が20万人を超えた事を議会上院に報告[28]。ルネ・ガルシア・プレヴァル大統領は同10日に27万人を埋葬したと発表、同9日と10日にはラセグ文化・情報相が死者はそれぞれ23万人・21万人と発表、ビアンエメ内相は21万7000人余りの死亡を確認したとしているなど、政府内の死者数の情報は混乱している[29][30]。同3月17日に開かれた復興支援会合では、死者22万2570人、負傷者31万928人、行方不明者869人、被害総額は77億5000万ドル余りだと発表された[31]。
2011年1月12日、ベルリーブ首相は記者会見で死者が31万6千人以上に達したと発表したが、震災後に行われた集団埋葬のために正確な数の把握は難しいものとなっている[32]。
| 順位 | 震央 | 発生日(UTC) | 死者・行方不明者数(人) | 規模(M) |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 中国・華県 | 1556年1月23日 | 約830,000 | 8.0 |
| 2 | ハイチ・ポルトープランス | 2010年1月12日 | 約320,000 | 7.0 |
| 3 | アンティオキア | 115年12月13日 | 約≧260,000 | 7.5 |
| 4 | アンティオキア | 526年5月29日 | 約≧250,000 | 7.0 |
| 5 | 中国・唐山 | 1976年7月28日 | 約≧240,000 | 7.8 |
| 6 | 中国・海原 | 1920年12月16日 | 約200,000 - 240,000 | 8.6 |
| 7 | インドネシア・アチェ州沖 | 2004年12月26日 | 約230,000 | 9.1 |
| アゼルバイジャン・ギャンジャ | 1139年9月30日 | 約230,000 | - | |
| 9 | 中国・洪洞 | 1303年9月25日 | 約≧200,000 | 7.6 |
| 10 | イラン・ダームガーン | 856年12月22日 | 約200,000 | 7.9 |
| 11 | イラン・アルダビール | 893年3月23日 | 約150,000 | - |
| 12 | シリア・アレッポ | 533年11月29日 | 約130,000 | - |
| シリア・アレッポ | 1138年10月11日 | 約130,000 | 7.1 | |
| 14 | イタリア・メッシーナ | 1908年12月28日 | 82,000 - 120,000 | 7.1 |
| 15 | トルクメニスタン・アシガバード | 1948年10月6日 | 約110,000 | 7.3 |
| 16 | 日本・関東 | 1923年9月1日 | 105,385 | 7.9 |
| 17 | 中国・直隷 | 1290年9月27日 | 約100,000 | 6.8 |
また、水道や電力供給網等のライフラインにも壊滅的な被害が及んでおり[33][34]、ポルトープランスの3/4が再建の必要があると見られている[35]。今回の地震に伴い、ハイチ政府の選管当局は、2月と3月に予定していた議会選挙の無期限延期を決めている。
朝日新聞や時事通信によると、隣国である在ドミニカ共和国日本大使館の四宮信隆大使の話として「ハイチの日本大使館が入っている建物の壁にひびが入り、家具が倒れるなどの被害が出たが、館内にいた職員5人とその家族は避難して無事であった」「戸別訪問を通じて、国内在住の日本人10人の安否の確認を急ぎたい」と報じた[36]。
国際赤十字赤新月社連盟は、「被災者は、総人口の約1/3にあたる300万人が被災した」と推計しており[33]、各国の救援チームが現地入りし、倒壊した建物に取り残された人々たちの救出活動に加わっている[37]。
プレヴァル大統領は、日本時間1月14日、同国内の平和維持活動に従事していた国連ハイチ安定化派遣団(MINUSTAH)のエディ・アナビ(Hédi Annabi)代表がこの地震で死亡したことを確認したとしていた[38]。国連側は否定していたが、日本時間17日に同代表とルイス・カルロス・ダ・コスタ (Luiz Carlos da Costa) 副代表、ダグ・コーツ (Doug Coates) 警察本部長代理が死亡したことを発表した[39]。現地に赴いた潘基文国連事務総長も同代表の遺体を確認し、発見した中華人民共和国の国際救援隊に謝意を述べた[40]。また、人道支援活動のためにポルトープランスに滞在していたブラジル出身の小児科医で人道支援活動家のジウダ・アルンス、地元出身のヒップホップアーティストであるジミー・O(Jimmy O)、カトリック教会のジョセフ・セルジュ・ミオ大司教が、この地震によってポルトープランスで死亡した[41][42][43]。また刑務所も崩壊し、受刑者4000人が脱獄している[44]。
ポルトープランスでは略奪行為が発生しており、ハイチ政府は1月17日に1月末まで非常事態宣言を発し、午後6時以降の夜間外出禁止令を出していた[45][46]。同21日には窃盗の疑いで20歳の男性が警官によって射殺されるなど、混乱状態が続いていた[47][48]。
コレラ
[編集]2010年10月、ハリケーンなどによって発生した大規模洪水により、衛生状態が悪化したことから、コレラ感染が深刻化しており、アメリカ疾病対策センター (CDC) は11月11日の時点で、死者800人に達したと報じている[49][50][51]。コレラ流行では、最終的に82万人が感染し、9,792人の死者が出た[52][53]。
島国であるハイチには、これまでコレラ菌がいないものと考えられていたにも関わらず、コレラが流行した[54][55][56][57][58][59][60]。流行が始まったのがPKOのネパール部隊の宿営地付近だったことから、原因は洪水ではなく、国連がコレラ菌を持ち込んだためという主張がなされていた[61]。2016年8月18日、国連はコレラ発生に関する責任を認めた[62]。
2011年には、既に専門家による調査で、ネパールから派遣された平和維持軍が、疾病の震源地であることが指摘されていたが、国際連合は平和維持軍の「免責特権」を掲げて5年間、被害を放置した[63]。
被害の背景
[編集]ハイチは長年不安定な政情が続き、統治能力を欠く政府では、安全に備えがされていなかった[64][65][66][67]。現地の建物は鉄筋コンクリートのフレームに素焼き煉瓦を積み上げて壁にする工法が主流だが、この際各階の床スラブを梁を使って補強しなくてはならない。しかし建設業界では「手抜き」と「賄賂」が蔓延し、いい加減な計画書でも許可されることが多かった[34][26]。
復興支援活動
[編集]
ハイチでの地震発生を受け、日本国政府は、2010年1月14日、500万ドルを上限とする無償援助や、3000万円分のテントなど援助物資も供与することを発表した[68]。
1月15日には、医療チームの派遣も決定され、外務省中東アフリカ局中東第一課(地域調査官)を団長に医師、看護師の団員により構成される総勢25名の医療チームが翌16日21時頃、成田国際空港より日本航空のチャーター機でマイアミに向け出発し、現地での治安状況、安全確保対策等を確認した上、マイアミからハイチまで自衛隊輸送機(C-130)で輸送され、2週間の活動を実施した[66][69][70][71]。活動拠点は、首都ポルトープランスから西へ20kmのレオガンにおかれたが、発災後1週間経過しての現地入りであったにもかかわらず、レオガンで最初の医療支援団体となり、現地での診療は多大な感謝を持って迎えられた[72]。
また、防衛省は現地へ派遣した調査団の調査報告結果を待って、地震発生時点で米国アリゾナ州で共同演習を行っていたC-130輸送機、およびフロリダ州に確保してある救援物資の活用を検討し、JICAによる支援の不足分を、自衛隊で補うことを発表した[73][74]。
医療チームの活動を引き継ぐ形で、2010年1月20日、防衛省は陸上自衛隊第13後方支援隊長以下100名からなる「ハイチ国際緊急医療援助隊」の派遣を決定し、翌21日、同隊は現地に向け日本を出国した[75][76][77]。1月25日、カナダのモントリオールで開かれた復興支援の閣僚級会合に出席した武正公一外務副大臣は、追加支援策として約7000万ドル(約63億円)の拠出を表明した[78]。
同日、日本国政府は国連の平和維持活動に自衛隊の施設部隊を派遣する方針を決めた[79][78]。規模は約300人とする方向で調整している[79][78]。がれきの除去や道路の補修などを行うためで、治安維持には携わらないとしているが、護身用の小火器を携行する[79][78]。
国際連合は、1月13日に1000万ドルの支援に乗り出すことを表明している[80]。1月19日には国連ハイチ安定化派遣団の増援として3500人(兵士2000人、警察官1500人)の派遣を決めた[81][82]。
また、アメリカのバラク・オバマ大統領は1月13日に「ハイチの人々を支援する用意がある」と声明を発表し、1月14日に陸軍空挺部隊や海兵隊の派遣を決定した[83][84]。1月15日に空母カール・ヴィンソンや沿岸警備艇4隻、米陸軍第82空挺師団925人の現地入りを皮切りに、1月19日には病院船コンフォートを含む艦艇10隻以上、約1万人が現地展開している[85][86]。米国防総省は1月21日に海兵隊4000人の増派を決定し、派遣人員が陸海合わせて15000人規模になる。
旧宗主国のフランスも、カリブ海のマルティニク空軍基地から支援物資と緊急援助隊員を搭載した輸送機をポルトープランスへ向けて派遣した[87]。2月17日にはサルコジ大統領がハイチを訪問し、2年間で3億2600万ユーロ(約405億円)の復興支援を行うと発表した[88]。
これら以外にも世界の多くの国から人的・物的・金銭的な救援の申し出があるが、ハイチ国内の空港や道路の損傷や治安の悪化、情報通信機能の停止などにより適切な物資の運送と配給が滞っており、現地での食糧や医薬品等の深刻な物資不足が生じている[89][90][91][92]。
1月25日、日米やフランス、国連など約20の国・機関がハイチの復興支援を協議する初の閣僚級会合がカナダのモントリオールで行われ、長期的な復興支援を行っていくとの議長声明を採択し閉幕した[93][94][95]。また、3月に国連本部でハイチ支援の会合を開催する事を決定した。今回の会合でハイチのジャン=マックス・ベルリーヴ首相は「30秒で国内総生産の60%を失った事で、ハイチは今後5〜10年の長期的な支援が必要」との見解を示している。首相は各国・機関に被災者の仮住居としてテント20万張りを要請した[96]。会合に参加した非政府組織オックスファムは債権放棄を提案しており、潘基文国連事務総長が支持している。これまでに各国政府の支援額は累計10億ドルに達しており、当面は復興事業が国内産業を下支えするとみられている[97]。
2月5日、日本政府は、国連平和維持活動 (PKO) として陸上自衛隊約350人をハイチに派遣することを閣議で決定し、北沢俊美防衛相は自衛隊に派遣命令を出した[98][99]。海外派兵を専門とする陸上自衛隊中央即応連隊(宇都宮市)などの第1陣約200人は6日に出発する[99]。派遣期間は当面は11月末までとしている[99]。陸上自衛隊第5旅団(北海道帯広市)を主軸とする本隊は、今月下旬から順次現地入りし、海上自衛隊約540人や航空自衛隊約200人が陸上自衛隊の展開を支援する[99]。現地で使用する機材として油圧ショベルやブルドーザー、トラック、軽装甲機動車など約150両を輸送し、現地入り後は仮設住宅の土台づくりや瓦礫の除去を行うとしている。また、部隊は護身用として拳銃や小銃、機関銃を携行する。なお、KC-767空中給油機が初めてPKOで使用される[100]。ハイチでは「国際平和協力法」で規定する「武力紛争が発生していない」ことなどをあげ、PKO5原則に抵触しないとしている[101]。
2月6日、国連平和維持活動 (PKO) に参加する陸上自衛隊の一次部隊(200人編成)が羽田空港などから政府専用機と民間機で出発した。現地では瓦礫の除去や避難民の仮設住宅設置のための整地作業などをする。同月下旬以降に北部方面隊などで構成する二次要員約350人が派遣され、一次要員と交代する[102]。防衛省は重機の迅速な輸送を行いたいという意向から世界最大の輸送機An-225をチャーターした。今回の派遣に関して中日新聞は社説で「医療援助隊の派遣では出遅れた感があったが、今回の迅速な派遣は評価する」「国内で起こった震災復旧での経験を生かして国際貢献して欲しい」と評価し、「政府機能は麻痺したままであり遅配に怒った住民が物資を強奪する事態が起きている」「隊員たちの安全確保に万全を期すことは言うまでもない」と述べている[101]。
2月8日、被災者支援を行っている国連担当者は75万人分の被災者を収容するテントが不足していると語った。地震後に約100万人が避難所を必要としており、これまでに25万人分のテントや仮設住宅が届いたと説明しており、「ハイチでは雨季が5月から始まるとされるがそれより早くなる可能性もある」とし供給スピードの向上を訴えた。
現地で救援活動を行っていた中華人民共和国の救援隊は2月8日に帰国した。救援隊は40人で構成されており、1月25日から活動を行っていた。救援隊隊長は「4000人の治療を行った」「疫病を防止する面で重要な役割を果たした」と語った[103]。
2月16日、米州開発銀行はハイチ全土の公共施設や住宅、インフラの復興費用として最大139億ドル(約1兆2500億円)が必要であるとの試算を発表した。死者数や行方不明者数が25万人として試算した場合には81億ドルになるとしている[104]。
世界各国ならびに国際機関によるハイチ地震への支援
[編集]今回の地震での災害援助の特徴として、大規模国家の支援だけでなく、小国や貧困国、さらには世界金融危機の財政危機下に置かれている国からも人的援助が行われるなど多方面な広がりを見せている。
*支援金額に関しては、特に断りがなければアメリカ・ドルで表記。
| 国名・機関名 | 金銭支援 | その他支援 | 脚注 | |
|---|---|---|---|---|
| 国連 | ||||
| 国連総会 | 1000万ドル | [80] | ||
| 安全保障理事会 | ハイチ安定化派遣団職員の増員 | [105] | ||
| 世界銀行 | 1億ドル | 専門チームの現地派遣 | [106] | |
| 世界食糧計画 | 高カロリーのビスケット86トンの空輸 | [107] | ||
| 世界保健機関 | 12万人の治療が可能な緊急医薬品の搬送 | |||
| ユニセフ | 緊急募金活動 | [108] | ||
| その他国際機関 | ||||
| 赤十字社 | 職員の現地派遣 | [109] | ||
| 米州開発銀行 | 20万ドル | [107] | ||
| 欧州委員会 | 300万ユーロ | [110] | ||
| イギリス連邦 | エリザベス2世が緊急の援助を表明している | [111] | ||
| 国境なき医師団 | 輸送機、医師団を派遣しテント病院を複数設置 | [112] | ||
| アジア | ||||
| 7500万ドル(追加分含む) | 3000万円分のテントなど緊急物資。国際緊急援助隊医療チーム(自衛隊ハイチ国際緊急援助活動)、PKO部隊約1000人を派遣(自衛隊ハイチPKO派遣) | [68] | ||
| 500万ドル | 同国空軍C-130輸送機、救援隊、緊急物資、医師団の派遣 | [113] | ||
| 1000万ドル(民間含む) | 救援チームの派遣 | [114] | ||
| 360万ドル | 救援隊の派遣 | [115][116] | ||
| 52チーム強の救援隊の派遣 | [117] | |||
| 医師団の派遣 | [118] | |||
| 50万ドル | [119] | |||
| 捜索救援隊の派遣 | [120] | |||
| 100万ドル | [121] | |||
| 35万ユーロ | [122] | |||
| 500万ドル | 平和維持チーム140人の派遣 | [123] | ||
| テント、石けん、調理器具、缶詰などの物資を輸送。 | [124] | |||
| 5000万ドル | [125] | |||
| 5万ドル | [126] | |||
| インフラの復旧活動のため電気通信等の専門家を派遣 | ||||
| 野外病院の設置 | [127] | |||
| 最高レベルの人道援助を行うと発表 | [128] | |||
| 100万ドル | [129] | |||
| 衣料品およびテントを輸送 | [130] | |||
| 基金の設置 | [131] | |||
| 食料、衣服を援助 | [132] | |||
| テント3000本、医薬品8トンを輸送 | [133] | |||
| 医師、看護師のグループを派遣 | [134] | |||
| 26名による救助チームと救援物資50トンをのせC-17で現地に向かった | [135] | |||
| 5万ドル | [136] | |||
| 950人からなる平和維持軍を派遣 | [137] | |||
| 30トンの支援物資 | [138] | |||
| 40万ドル | [139] | |||
| 50万ドル | [140] | |||
| 人道基金の設置 | [141] | |||
| ヨーロッパ | ||||
| 300万ユーロ | 救援隊を派遣 | |||
| 200万ユーロ | [142] | |||
| 100万ユーロ | ||||
| 救援隊を派遣 | [87] | |||
| 救援ボランティアの派遣 | [143] | |||
| 捜索救援隊を派遣 | [119] | |||
| 1000万ドル | 2300万ユーロ相当の支援物資、英海軍捜索隊の派遣、 | [144] | ||
| ローマ教皇ベネディクト16世が援助を表明している。 | [145] | |||
| 北アメリカ | ||||
| 1億ドル | カール・ヴィンソン、コンフォート、艦艇約10隻、陸海軍約15000人を派遣 | [146] | ||
| 移動式カフェテリア10基、瓦礫除去用機材、薬の提供 | [147] | |||
| 400人の医師を即日派遣、30棟の野外病院開設、さらに30人の医師の追加派遣 | [148] | |||
| 軍隊を派遣 | [149] | |||
| 様々な援助 | [150] | |||
| ハイチ生まれのミカエル・ジャン総督がハイチ人を激励 | [151] | |||
| 50万ECドル | [152] | |||
| 米、穀粉など食糧の輸送 | [153] | |||
| 南アメリカ | ||||
| 現地に病院を開設 | [154] | |||
| 1000万ドル | 軍と警察を派遣 | [148][155] | ||
| 医師、兵士の派遣。復興に必要なガソリンの提供 | [156] | |||
| 5トン強の支援物資の輸送 | [157] | |||
| オセアニア | ||||
| 1000万豪ドル | [158] | |||
| 100万NZドル | [159] | |||
| アフリカ | ||||
| 50万ドル | [119] | |||
| 100万プラ | ||||
| 740万ナミビア・ドル | [160] | |||
| 100万ランド | [161] | |||
企業・団体によるハイチ地震への支援
[編集]企業による支援活動も活発的に行われており、アメリカやカナダからは数百万ドル規模の援助が行われている[162]。
| 国名 | 名前 | 金銭支援 | その他支援 | 脚注 |
|---|---|---|---|---|
| 日本相撲協会 | 500万円 | |||
| 日本放送協会 | 義援金窓口の設置 | [163] | ||
| 新日鉱ホールディングス | 200万円 | [164] | ||
| ap bank | 1,874,637円 | [165] | ||
| ロウズ | 100万ドル | 顧客からの寄付を受け付ける | [162] | |
| ザ・ホーム・デポ | 10万ドル | [162] | ||
| バンク・オブ・アメリカ | 100万ドル | [162] | ||
| ケロッグ | 25万ドル | [162] | ||
| アボット・ラボラトリーズ | 約100万ドル | [162] | ||
| GoDaddy | 50万ドル | [162] | ||
| ウェルズ・ファーゴ | 10万ドル | [162] | ||
| フェデックス | 被災地への物資輸送を赤十字と協議 | [162] | ||
| UPS | 100万ドル相当 | 世界食糧計画を通じてボランティア活動 | [162] | |
| 大リーグ機構 | 100万ドル | [166] | ||
| ニューヨーク・ヤンキース | 50万ドル | [167] | ||
| NHL | 10万ドル | [167] | ||
| ディジセル | 500万ドル | [162] | ||
| カナダ・ナショナル銀行 | 25万カナダドル | [162] | ||
| ノバスコシア銀行 | 25万カナダドル | 各支店で募金を受け付ける | [162] | |
| モントリオール銀行 | 25万ドル | [162] | ||
| サムスングループ | 100万ドル | [168] | ||
| 現代重工業 | 掘削機2台と人員、保守管理用資材 | [168] | ||
| LG電子 | 5000万ウォン | [168] | ||
| 現代自動車 | 10万ドル | テント約150張り | [168] | |
| コーロングループ | 10万ドル | テント約150張 | [168] |
著名人によるハイチ地震への支援
[編集]支援活動に乗じた犯罪
[編集]国連のPKO隊員が、薬やベビー用品などと引き換えに現地女性に性交渉を要求し、220人以上が応じていたことが2015年に報じられた[191]。
その他
[編集]- アメリカのテレビ伝道師、パット・ロバートソンが米CBNで2010年1月13日(現地)に放送された自身の宗教番組で「ハイチ地震は独立のため悪魔と契約した神罰だ」と発言し物議を醸している[192][193]。
- ハイチは中華民国(台湾)を承認しており国交がある[194]。中華民国政府はその見返りとして、平年から援助に熱心であった[194]。今回も中華民国はその経済規模に対して大きな支援を行っている[194]。これは後述の国家承認をめぐる政治的意図があるとも見られている[194]。
- 地震発生前から国連ハイチ安定化派遣団でPKO部隊を派遣していたものの[195]、ハイチと国交がなかった中華人民共和国(中国)が今回の地震で迅速な措置をとった背景には、中米地域での中華民国との間にある国家承認問題において有利に進めるための外交作戦に利用しようとする狙いが見え隠れしていると指摘されている[196]。
- このニュースに便乗して、検索サイトの検索結果に、偽ウイルス対策ソフトの配布サイトや不正コードを仕込まれたサイトなどへの不正リンクを表示させるSEOポイズニングが横行しており、アメリカの連邦捜査局 (FBI) は注意を呼びかけている[197]。
- 南アフリカに亡命しているジャン=ベルトラン・アリスティド元大統領が、復興支援のために帰国する用意があるとロイター通信を通じて語っている。具体的な計画はまだ明らかにしていないものの、仮に帰国が実現した場合には、今後の同国情勢にさらなる混乱を与えることが予想される[198]。
- 多数の遺体が路上に置かれた状態になっており、熱帯性気候の影響もあり衛生状態の悪化が懸念される[199][200]。このように路上に放置されたままになっている理由は、被害そのものが大きいのもさることながら、遺体発見をしやすくするために付近住民が配慮したためというのもある。さらに、ハイチにカトリックと共に信仰されているヴードゥー教の影響が大きいとされる。ヴードゥー教は遺体に対しての尊厳が強いため、同教の儀式に則るまで遺体を触らせない者が多いと国連ハイチ安定化派遣団の主力部隊であるブラジルの国防省関係者が述べている。
- オランダやルクセンブルクで養子縁組となるハイチの孤児が、被災後にハイチを出発しオランダのアイントホーフェン空港に到着した[201]。ハイチ政府の正式な手続きを経てから出国しており、今後は両国で新生活を送る[201]。一方で国際連合児童基金は、保護者を失った震災孤児が養子縁組のために国外に連れ去られるとして空港での出国監視を行うと発表した[202]。国連児童基金の職員によると、既に病院から不法に児童が連れ去られる事件が数件起きていると指摘しており、これまでに約15人の児童が連れ去られ行方不明扱いになっている[203]。
- mixi内では、被災者に千羽鶴を送るための活動が始まっており、全国に5つの支部が作られている。呼びかけ人によると、「食糧不足が取りざたされる地域に千羽鶴を送る事についての批判もあるが、家族を失い悲しむ人々に鶴を送ることで『貴方は1人ではない』との思いを伝えたい」としている。千羽鶴はハイチの情勢が安定したころに送り届けたいとしている[204][205]。一方で、この活動についてネット上では論議が広がっており、阪神・淡路大震災の経験から千羽鶴は必要でないとの批判もある[206]。ハイチに詳しい支援団体は「理解は難しい」「宗教的な事情もあり配慮が必要では」と難色を示している。また、ハイチ共和国の大使館関係者によると「自己満足のために行動するのではなく相手の気持ちを考えて欲しい」「日本から送られた鶴は悪魔の象徴などと結びつかず問題はそんなにない」「日本を知っている方から言葉で説明をすれば喜んで受け取られるのでは」と、千羽鶴の送付に関してはNGO団体に比べて好意的に受け取っており「大使館に来れば対応を考える」としている[207]。
- 東京ヤクルトスワローズにて2010年にプレイしたエウロ・デラクルスがキャンプに参加するためにドミニカ共和国から来日した際、この地震によりアメリカ経由のビザが取得できなかった。このため、キャンプ開始から6日経ってからの来日となった[208]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ↑ USGS (2010年1月12日). “PAGER - M 7.0 - HAITI REGION”. 2010年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月12日閲覧。
- 1 2 津波も発生していたハイチ大地震
- ↑ 「ハイチでM7.0の地震 米当局者が甚大な被害への懸念表明」『CNN』CNNグローバル、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- 1 2 3 4 “2010年1月13日 カリブ海ハイチの地震”. 東京大学地震研究所 (2010年1月13日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- 1 2 『読売新聞』2010年1月13日 全国版 東京夕刊 夕一面1頁「ハイチでM7の地震 死傷者多数 「数千人死亡」情報も 国会など損害も」(読売新聞東京本社)
- 1 2 『朝日新聞』2010年1月13日 夕刊 1総合1頁「ハイチ地震、死者数万人規模」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 「最貧国襲った巨大地震…ハイチ、深刻な打撃 (1/2ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月16日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「最貧国襲った巨大地震…ハイチ、深刻な打撃 (2/2ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月16日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ地震死者10万人超 50万人の可能性も」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:30万人が自宅失う 国連発表」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月16日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:死者11万人確認--内務省」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月23日。オリジナルの2010年1月25日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:死者11万1499人を確認…ハイチ内務省」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月23日。オリジナルの2010年1月25日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震から10年 見えぬ光、どん底の生活続く」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2020年3月11日。オリジナルの2026年3月13日時点におけるアーカイブ。2026年3月14日閲覧。
- ↑ USGS (2010年1月12日). “Magnitude 7.0 - HAITI REGION”. 2010年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月29日閲覧。
- ↑ “「プレート衝突で大地震がくる」…米国学者の警告が現実に”. 中央日報. (2010年1月14日) 2010年1月14日閲覧。
- ↑ USGS. “USGS Centroid Moment Tensor Solution”. 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月16日閲覧。
- ↑ USGS. “Finite Fault Model”. 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月16日閲覧。
- ↑ “NGY地震学ノート No.24”. 名古屋大学地震火山・防災研究センター (2010年1月13日). 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ USGS. “Shakemap us2010rja6”. 2010年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ USGS (2010年1月20日). “Magnitude 5.9 - HAITI REGION 2010 January 20 11:03:44 UTC”. 2010年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ 「ハイチでM6.1の余震」『朝日新聞』朝日新聞社、2010年1月20日。オリジナルの2010年1月23日時点におけるアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:M6.1の余震 発生後で最大規模」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月20日。オリジナルの2010年1月27日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- 1 2 「ハイチの地震、専門家が事前に警告」『読売新聞』読売新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ “2010年1月13日 カリブ海ハイチの地震”. 東京大学地震研究所 (2010年1月13日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ 「ハイチ地震、大統領府など倒壊 現地報道」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月16日時点におけるアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- 1 2 『読売新聞』2010年1月15日 全国版 東京朝刊 三面3頁「[スキャナー] ハイチ地震 手抜き建築 次々倒壊 雑な設計「ワイロで認可」」(読売新聞東京本社)
- ↑ “ハイチ大統領「自国の力で難局を克服できないのは残念」”. 中央日報. (2010年1月5日) 2013年10月6日閲覧。
- ↑ 『読売新聞』2010年2月3日 全国版 東京夕刊 夕二面2頁「ハイチ大地震 死者20万人に」(読売新聞東京本社)
- ↑ 『朝日新聞』2010年2月14日 朝刊 1外報4頁「政府発表の死者数、二転三転で混乱 ハイチ大地震」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 「ハイチ大地震の死者数混乱」『スポーツ報知』報知新聞社、2010年2月11日。オリジナルの2010年2月13日時点におけるアーカイブ。2010年2月11日閲覧。
- ↑ 『朝日新聞』2010年3月18日 朝刊 2外報11頁「ハイチ地震の復興、115億ドル必要 国連試算、GDPの倍」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 『読売新聞』2011年1月14日 全国版 東京朝刊 外A 7頁「ハイチ大地震 死者31万6000人 大幅上方修正」(読売新聞東京本社)
- 1 2 「ハイチ首都壊滅、死者数十万人の恐れも」『読売新聞』読売新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月15日時点におけるアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- 1 2 「ハイチ大地震:家失い路上に数千人 停電の夜、余震におびえ」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月16日時点におけるアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ “ハイチ当局は地震犠牲者数20万人との見方、暴力行為も”. ロイター. (2010年1月16日). オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。 2010年1月17日閲覧。
- ↑ 「ハイチで大地震、数千人生き埋め情報 大統領官邸も倒壊」『朝日新聞』朝日新聞社、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月15日時点におけるアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ 「ハイチ地震、国際救援活動本格化 治安悪化も」『47NEWS』全国新聞ネット、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:国連派遣団代表と副代表の死亡確認」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月17日。オリジナルの2010年1月19日時点におけるアーカイブ。2025年7月2日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震 ベルリーブ首相「死者10万人超」」『中日新聞』中日新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ “中国国際救援隊、国連駐ハイチ代表トップの遺体を発見”. 人民網. (2010年1月18日). オリジナルの2018年9月5日時点におけるアーカイブ。 2018年9月5日閲覧。
- ↑ UN DISPATCH (2010年1月13日). “Haiti Earthquake, the Day After”. 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ “Haitian hip-hop artist, charity worker found dead after quake”. CNN (2010年1月15日). 2010年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年3月3日閲覧。
- ↑ “Haiti Archbishop Killed in Quake as Churches, Cathedral Reduced to Rubble”. FOXニュース (2010年1月13日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月27日閲覧。
- ↑ 「ハイチで刑務所倒壊、受刑者4000人脱獄」『読売新聞』読売新聞社、2010年1月16日。オリジナルの2010年1月18日時点におけるアーカイブ。2010年1月16日閲覧。
- ↑ 『読売新聞』2010年1月18日 全国版 東京夕刊 夕二面2頁「ハイチ「非常事態」宣言 支援会議25日カナダで」(読売新聞東京本社)
- ↑ 「ハイチ大地震:政府が非常事態宣言 埋葬者は7万人」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月18日。オリジナルの2010年1月19日時点におけるアーカイブ。2026年3月14日閲覧。
- ↑ 「混乱続くハイチ…コメ泥棒の疑いで射殺」『スポーツニッポン』スポーツニッポン新聞社、2010年1月24日。オリジナルの2010年1月29日時点におけるアーカイブ。2010年1月24日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:脱走囚か ブラジル軍の武器略奪」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月21日。オリジナルの2010年1月24日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハリケーン被害、ハイチで死者1000人超す コレラでの死者も」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2010年10月11日。オリジナルの2025年5月27日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「コレラ発生、150人死亡 ハイチ被災地、感染拡大も」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年10月22日。オリジナルの2010年11月6日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「コレラの死者253人 ハイチ首都に感染迫る」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年10月25日。オリジナルの2010年11月9日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ “世界の医療事情 ハイチ”. 外務省 (2022年10月1日). 2025年5月27日閲覧。
- ↑ “コレラ - ハイチ共和国”. 厚生労働省検疫所 FORTH (2022年10月12日). 2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「被災首都へのコレラ防げ ハイチで国連・NGO対策強化」『朝日新聞』朝日新聞社、2010年10月26日。オリジナルの2010年11月23日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「コレラ死者500人超す ハイチ」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月7日。オリジナルの2010年11月26日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「コレラ感染者1万人に迫る 死者は643人 ハイチ」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月11日。オリジナルの2010年11月26日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「コレラ死者800人 感染者1万人超 ハイチ」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月12日。オリジナルの2010年11月26日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「ハイチのコレラ死者千人超える 今後20万人感染も」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月17日。オリジナルの2010年11月26日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「ハイチ最大の刑務所でコレラ感染拡大 10人死亡」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年11月20日。オリジナルの2010年11月24日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 「「コレラ広めた」多数のブードゥー教祭司殺害 ハイチ」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年12月27日。オリジナルの2011年1月19日時点におけるアーカイブ。2025年5月27日閲覧。
- ↑ 『朝日新聞』2013年10月11日 夕刊 2総合2頁「「PKO部隊がコレラ感染源」 ハイチ遺族ら国連提訴」(朝日新聞東京本社)
- ↑ Amelie BARON (2016年8月19日). “ハイチのコレラ大流行、国連がようやく責任認める”. AFPBB News 2016年8月20日閲覧。
{{cite news}}: CS1メンテナンス: 先頭の0を省略したymd形式の日付 (カテゴリ) - ↑ “[特派員コラム]「身を燃やし尽くす覚悟」という潘基文前国連総長”. ハンギョレ. (2017年1月6日) 2017年1月7日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:最貧国を直撃…長い独裁、防災に遅れ」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2026年3月14日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:斜面の家、滑り落ち 被害拡大の一因に」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月16日。オリジナルの2010年1月20日時点におけるアーカイブ。2026年3月14日閲覧。
- 1 2 「ハイチ大地震:ポルトープランスルポ 斜面の家、滑り落ち」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月17日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:震源地近郊のレオガン 消毒治療すらできず」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月17日。オリジナルの2010年1月19日時点におけるアーカイブ。2025年7月2日閲覧。
- 1 2 “ハイチの地震被害に対する支援”. 外務省 (2010年1月14日). 2010年1月14日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:政府の医療チーム、C130輸送機で派遣へ」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月17日。オリジナルの2010年1月19日時点におけるアーカイブ。2026年3月14日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:JICA医療チームが到着 本格救援開始へ」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月18日。オリジナルの2010年1月19日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:国際医療チームが成田空港に帰国」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月30日。オリジナルの2010年2月6日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 『朝日新聞』2010年1月21日 夕刊 2社会14頁「日本人医師団「最悪の現場」 懸命に治療 ハイチ地震」(朝日新聞東京本社)
- ↑ “北澤俊美防衛大臣 記者会見”. 防衛省 (2010年1月15日). 2010年1月15日閲覧。
- ↑ “北澤俊美防衛大臣 臨時記者会見概要”. 防衛省 (2010年1月15日). 2010年1月15日閲覧。
- ↑ 「自衛隊医官ら100人ハイチへ 防衛相が援助隊派遣命令」『47NEWS』全国新聞ネット、2010年1月20日。オリジナルの2013年5月16日時点におけるアーカイブ。2010年1月23日閲覧。
- ↑ 「【ハイチ大地震】空自の援助隊が小牧基地を出発」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月21日。オリジナルの2010年1月30日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ FNNニュース (2010年1月22日). “自衛隊のハイチ国際緊急医療援助隊およそ100人が成田空港から出発”. 2010年1月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月23日閲覧。
- 1 2 3 4 『読売新聞』2010年1月26日 全国版 東京朝刊 一面1頁「ハイチにPKO派遣 陸自300人」(読売新聞東京本社)
- 1 2 3 「ハイチ大地震:PKOで陸上自衛隊を派遣 政府が方針」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月25日。オリジナルの2010年1月28日時点におけるアーカイブ。2010年1月25日閲覧。
- 1 2 UN (2010年1月13日). “UN rushing aid to Haiti following deadly tremors”. 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ 「安保理、PKO要員3500人の増派を決議 ハイチ地震」『CNN』CNNグローバル、2010年1月20日。オリジナルの2010年1月23日時点におけるアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:国連、3500人追加派遣へ 治安確保で」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月19日。オリジナルの2010年1月20日時点におけるアーカイブ。2025年7月2日閲覧。
- ↑ 「米、ハイチ支援を準備 支援機関と軍が調整」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月13日。オリジナルの2010年1月18日時点におけるアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ 「【ハイチ大地震】米が空母派遣 救助・復興活動支援へ」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:米原子力空母が到着 救援本格化」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月16日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:被災者救援で「外交戦」展開 米国や中国」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月18日。オリジナルの2010年1月22日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- 1 2 「【ハイチ大地震】仏海外県から救援機3機が現地へ出発」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月15日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ 『読売新聞』2010年2月18日 全国版 東京夕刊 夕二面5頁「仏大統領 ハイチ訪問 独立以来初」(読売新聞東京本社)
- ↑ 「【ハイチ大地震】中国救援チームが現地入り」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:治安の悪さ、自由な救出活動阻む」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月20日。オリジナルの2010年1月24日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:ドミニカから兵士150人受け入れ」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月22日。オリジナルの2010年1月28日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:首都の病院に、今なお負傷者が次々に搬送」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月23日。オリジナルの2010年1月24日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:仏、支援の国際会議開催へ 米などと共同で」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月16日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:支援協議の国際会議に米国務長官が出席へ」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月20日。オリジナルの2010年1月22日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震、支援国外相会議始まる」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2010年1月25日。オリジナルの2010年1月30日時点におけるアーカイブ。2010年1月26日閲覧。
- ↑ 『朝日新聞』2010年1月28日 朝刊 1総合1頁「ベルリブ首相「治安確保、日本に期待」 ハイチ地震」(朝日新聞東京本社)
- ↑ 「ハイチ復興へ長期的支援確認 20カ国・機関が会合」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2010年1月26日。オリジナルの2010年2月2日時点におけるアーカイブ。2010年1月26日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:復興支援PKOに自衛隊派遣 閣議決定」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年2月5日。オリジナルの2010年2月22日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- 1 2 3 4 「ハイチ大地震:PKO派遣の自衛隊員 羽田などから出発」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年2月6日。オリジナルの2010年2月8日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ しんぶん赤旗 (2010年2月6日). “ハイチPKO派遣決定 空中給油機 初の海外任務”. 2010年2月9日閲覧。
- 1 2 「ハイチPKO 地震国の経験を生かせ」『中国新聞』中国新聞社、2010年2月9日。オリジナルの2010年2月12日時点におけるアーカイブ。2010年2月9日閲覧。
- ↑ 「ハイチ支援の陸自部隊が出発 第1陣の約160人」『47NEWS』全国新聞ネット、2010年2月6日。オリジナルの2013年5月16日時点におけるアーカイブ。2011年1月19日閲覧。
- ↑ 中国国際放送局 (2010年2月9日). “<ハイチ地震>中国、ハイチ医療援助隊が帰国”. 2010年2月9日閲覧。
- ↑ 「ハイチ復興費用は最大1.2兆円、GDPの2倍に 米州開銀試算」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2010年2月17日。オリジナルの2010年2月20日時点におけるアーカイブ。2010年2月18日閲覧。
- ↑ “国際連合ハイチ安定化ミッション (MINUSTAH) に関する国際平和協力業務の準備に関する大臣指示の発出について”. 防衛省 (2010年1月25日). 2010年1月25日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震、世銀が1億ドル緊急拠出 各国から物資輸送も」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月16日時点におけるアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- 1 2 ハイチ地震支援を
- ↑ UNICEF. “Haiti Earthquake Children's Appeal”. 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月17日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:国連機関、救援態勢に支障 WFP20人消息不明」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月15日。オリジナルの2010年1月18日時点におけるアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ 「EUはハイチ支援4億円」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月24日時点におけるアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ myjoyonline (2010年1月18日). “Comment: Nature showed its might again”. 2010年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月18日閲覧。
- ↑ 国境なき医師団日本 (2010年1月23日). “ハイチ:MSF緊急援助活動 概況(1月23日現在)”. 2010年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月28日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震 中台 救援競い合い」『西日本新聞』西日本新聞社、2010年1月21日。オリジナルの2010年1月26日時点におけるアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ 韓国政府のハイチ支援、米国・スウェーデンなどに次いで6〜7位
- ↑ 「ハイチ 過酷な歴史 政変、災害 復興の道険しく」『東京新聞』中日新聞東京本社、2010年1月15日。オリジナルの2010年1月18日時点におけるアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ China announces more assistance to Haiti Archived 2010年1月24日, at the Wayback Machine.
- ↑ “Armenia Sends Rescuers To Quake-Hit Haiti”. asbarez.com (2010年1月14日). 2010年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ “Bangladesh to send medics to Haiti”. bdnews24.com (2010年1月14日). 2010年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- 1 2 3 2010年1月17日付 中日新聞朝刊
- ↑ 「ハイチ大地震 各国が支援急ぐ 米は空母を派遣」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ $1M FOR HAITI
- ↑ Timor-Leste vai ajudar o Haiti Archived 2010年7月22日, at the Wayback Machine.
- ↑ India donates US$ 5 Million quake-hit Haiti Archived 2011年5月15日, at the Wayback Machine.
- ↑ ran Sends Aid Cargo to Haiti Archived 2011年5月3日, at the Wayback Machine.
- ↑ Saudi Arabia Donates $50 Million To Haiti - Foreign Ministry
- ↑ Cambodia donates $50,000 for quake-stricken Haiti
- ↑ JORDANIAN AID AIRCRAFT LEAVES FOR HAITI Archived 2010年1月21日, at the Wayback Machine.
- ↑ Правительство Казахстана окажет гуманитарную помощь Гаити - Назарбаев
- ↑ KUWAIT DONATES USD 1 MILLION TO HAITI Archived 2010年1月19日, at the Wayback Machine.
- ↑ Lebanon to send aid to Haiti Archived 2010年1月19日, at the Wayback Machine.
- ↑ Humanitarian Assistance to The Victims of Earthquake in Haiti Through Tabung Bencana Kementerian Luar Neger
- ↑ Gazas befolkning hjelper jordskjelvofrene
- ↑ PM directs Cabinet division to provide relief assistance for affectees of Haiti earthquake Archived 2016年1月30日, at the Wayback Machine.
- ↑ Arroyo orders medical team sent to Haiti Archived 2011年5月11日, at the Wayback Machine.
- ↑ Qatar joins global relief effort in Haiti Archived 2010年1月23日, at the Wayback Machine.
- ↑ “President Nathan conveys sympathies to Haitian leader over quake victims”. www.channelnewsasia.com (2010年1月14日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ “Lankan Peace Keepers in Haiti safe - Military Spokesman”. www.news.lk (2010年1月13日). 2010年1月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ “سورية إلى هايتي طائرة مساعدات سورية إلى هايتي بتوجيه من الرئيس بشار الأسد”. syria-news.com (2010年1月20日). 2010年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月20日閲覧。
- ↑ ["Thais reach out to Haiti.". Nation Multimedia. 2010-01-20.]
- ↑ “Туркменистан направил 500 тыс. долл. США в помощь пострадавшим на Гаити”. turkmenistan.ru (2010年1月15日). 2011年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ “UAE sets up Air Bridge to take relief supplies to Haiti”. www.wam.org.ae (2010年1月14日). 2010年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ International aid efforts for Haiti gather pace
- ↑ “Austrian charities appeal for Haiti help”. austriantimes.at (2010年1月13日). 2010年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ Britons donate £23m to Haiti earthquake appeal
- ↑ “World pledges help for Haiti”. news.yahoo.com (2010年1月13日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ “米国、ハイチへ1億ドル支援を表明”. jp.ibtimes.com (2010年1月15日). 2010年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ “Dominican Republic key in Haiti relief”. ourlatinamerica.blogspot.com (2010年1月14日). 2011年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- 1 2 Haiti earthquake: global relief effort launched - Telegraph 6:36PM GMT 14 Jan 2010
- ↑ “Haiti Earthquake Update #2”. www.reliefweb.int (2010年1月14日). 2010年7月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ Aid deliveries face logistical nightmares
- ↑ “Governor General delivers tearful statement on Haiti”. www.thestar.com (2010年1月13日). 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ “In the News”. www.htsstlucia.com (2010年1月15日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ “Caricom Aids Haiti, PM wants summit”. svgblog.blogspot.com (2010年1月15日). 2011年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ “Only one hospital open in Haiti's quake-hit capital”. www.news.com.au (2010年1月14日). 2010年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ 「ブラジル、ハイチPKOに900人増派へ」『朝日新聞』朝日新聞社、2010年1月26日。オリジナルの2010年1月28日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「米国は地震を口実にハイチを占領=ベネズエラ大統領」『ロイター』2010年1月18日。オリジナルの2010年1月21日時点におけるアーカイブ。2010年1月21日閲覧。
- ↑ “Paraguay envía ayuda humanitaria a Haití”. www.abc.com.py (2010年1月14日). 2012年3月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ “Haiti death toll could rival tsunami”. www.abc.net.au (2010年1月14日). 2010年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ サーチナ (2010年1月15日). “中国国際救援隊がハイチに到着、各国もハイチへの援助を決定”. 2012年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ “Nam gives N$7,4 m for Haiti relief”. www.namibian.com.na (2010年1月18日). 2011年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月18日閲覧。
- ↑ “SA gives aid after Haiti quake”. www.mg.co.za (2010年1月15日). 2010年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 「ハイチ地震被災者に企業から援助申し出相次ぐ、数億円に」『ロイター』2010年1月14日。オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。2010年1月27日閲覧。
- ↑ 「NHKと日本赤十字社 ハイチ地震で救援金窓口」『スポーツニッポン』スポーツニッポン新聞社、2010年1月15日。オリジナルの2010年3月23日時点におけるアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ ハイチ地震被災者への義援金寄贈について
- ↑ “「ON A NIGHT LIKE THIS for HAITI」収支報告”. www.oorong-sha.jp. 2010年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月12日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:米スポーツ界が支援 ウッズも検討」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月16日。オリジナルの2010年1月19日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- 1 2 3 「ハイチ大地震、米国プロスポーツ界からも支援相次ぐ」『ロイター』2010年1月15日。オリジナルの2010年1月18日時点におけるアーカイブ。2010年1月28日閲覧。
- 1 2 3 4 5 聯合ニュース (2010年1月18日). “国内大企業もハイチ支援、サムスン100万ドル寄付”. 2011年5月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月28日閲覧。
- ↑ 「幸夫人ジュエリー賞で友愛のユニセフ寄付」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2010年1月28日。オリジナルの2010年1月31日時点におけるアーカイブ。2010年1月28日閲覧。
- 1 2 “Charles Aznavour to record music video to raise funds for quake-stricken Haiti”. www.kuwaittimes.net (2010年1月18日). 2011年5月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月18日閲覧。
- ↑ “O'Brien pledges €3.5m as charities plead for money”. www.independent.ie (2010年1月14日). 2010年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ 「英7歳、義援金2千万円超集める ハイチ大地震で」『47NEWS』全国新聞ネット、2010年1月27日。オリジナルの2010年1月30日時点におけるアーカイブ。2010年1月28日閲覧。
- ↑ “Aniston donates $500k to Haiti appeal”. breakingnews.iol.ie (2010年1月26日). 2010年1月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月26日閲覧。
- ↑ “Leonardo DiCaprio Donates $1 Million to Haiti Relief”. www.hollyscoop.com (2010年1月22日). 2010年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月22日閲覧。
- ↑ ““Together Again” – a previously unreleased track – is available as a free download for fans who donate a minimum of $5 to the UN’s relief efforts”. www.unfoundation.org (2010年1月22日). 2010年2月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月22日閲覧。
- ↑ “Lady Gaga Pledges Haiti Earthquake-Relief Donation On 'Oprah'”. www.mtv.com (2010年1月15日). 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- 1 2 “Gisele Gives $1.5M to Haiti, Other Stars Step Up to Help”. www.people.com (2010年1月15日). 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ Alyssa Milano: My Tweet Challenge: Will A Corporation Match My Donation?
- ↑ “Tampa Bay Rays' Carlos Peña doing anything he can to help neighbors in Haiti”. www.tampabay.com (2010年1月19日). 2011年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月19日閲覧。
- ↑ James Taylor to Perform Benefit Concert for Haiti at Mahaiwe Performing Arts Center
- ↑ John Travolta flies Scientologists' aid to Haiti
- ↑ “'House' star Olivia Wilde in Twitter appeal for Haiti earthquake”. www.irishcentral.com (2010年1月13日). 2010年3月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ↑ “Tiger Woods donates $3m to Haiti quake victims”. timesofindia.indiatimes.com (2010年1月15日). 2010年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ “ジョン・トラボルタ、被災者を助けるためハイチへ”. jp.ibtimes.com (2010年1月19日). 2011年5月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月19日閲覧。
- ↑ 「ハイチ支援チャリティー番組、寄付金52億円突破」『CNN』CNNグローバル、2010年1月24日。オリジナルの2010年1月29日時点におけるアーカイブ。2010年1月28日閲覧。
- ↑ Haiti earthquake: 'Baby Doc’ Duvalier pledges £5m aid
- ↑ UNICEF USA. “Samuel Dalembert of the Philadelphia 76ers supports UNICEF's emergency relief efforts in Haiti”. 2011年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月20日閲覧。
- ↑ “Gisele Gives $1.5M to Haiti, Other Stars Step Up to Help”. www.people.com (2010年1月15日). 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ “T-ara is donating $10,000 of their own income to Haiti”. www.allkpop.com (2010年1月18日). 2010年1月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月18日閲覧。
- ↑ サーチナ (2010年1月20日). “キム・ヨナがハイチ地震に800万円寄付、「寄付天使」の愛称も”. 2010年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月28日閲覧。
- ↑ “国連PKO隊員、物資の見返りに“性交渉”か”. TBS. (2015年6月12日). オリジナルの2015年6月13日時点におけるアーカイブ。 2015年6月12日閲覧。
- ↑ 「ハイチ地震は神罰、独立のため悪魔と契約した」と米TV伝道師」『CNN』CNNグローバル、2010年1月14日。オリジナルの2010年1月16日時点におけるアーカイブ。2010年1月14日閲覧。
- ↑ “Televangelist Pat Robertson Says Earthquake Result Of "Cursed" Haiti's Satanic Pact”. www.allheadlinenews.com (2010年1月13日). 2010年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- 1 2 3 4 『読売新聞』2010年1月16日 全国版 東京朝刊 外A 7頁「ハイチ援助外交が活発」(読売新聞東京本社)
- ↑ “ハイチの地震で犠牲になった中国PKO警察官の遺体が北京に到着”. 人民中国. (2010年1月9日). オリジナルの2018年8月20日時点におけるアーカイブ。 2018年8月20日閲覧。
- ↑ 「中国「地震外交」」『中日新聞』1月15日4面。
- ↑ “ハイチ大地震に便乗のSEOポイズニング、検索結果の上位に不正リンク”. ITmedia News. (2010年1月15日) 2010年1月15日閲覧。
- ↑ 「ハイチのアリスティド元大統領、帰国の用意があると表明」『ロイター』2010年1月15日。オリジナルの2010年7月22日時点におけるアーカイブ。2010年1月15日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:遺体の山、尊厳なく 廃棄物に交じり」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月18日。オリジナルの2010年1月19日時点におけるアーカイブ。2025年7月2日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震:結核やエイズ患者悪化を懸念」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月19日。オリジナルの2010年1月20日時点におけるアーカイブ。2025年7月2日閲覧。
- 1 2 『読売新聞』2010年1月24日 全国版 東京朝刊 外A 6頁「ハイチ大地震 「孤児」縁組 欧米で拡大 不十分な身元確認→人身売買懸念も」(読売新聞東京本社)
- ↑ 「ハイチ大地震:ユニセフ、子供700人を保護」『毎日新聞』毎日新聞社、2010年1月23日。オリジナルの2010年1月24日時点におけるアーカイブ。2025年5月4日閲覧。
- ↑ 「ハイチの震災孤児連れ去り防げ ユニセフが空港監視」『47NEWS』全国新聞ネット、2010年1月22日。オリジナルの2010年1月25日時点におけるアーカイブ。2010年1月23日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震の被災者に千羽鶴を ミクシィで広がる支援の輪 (1/2ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月25日。オリジナルの2010年1月27日時点におけるアーカイブ。2010年1月25日閲覧。
- ↑ 「ハイチ大地震の被災者に千羽鶴を ミクシィで広がる支援の輪 (2/2ページ)」『MSN産経ニュース』産業経済新聞社、2010年1月25日。オリジナルの2010年1月28日時点におけるアーカイブ。2010年1月25日閲覧。
- ↑ 気持ちは伝わるか、ハイチ被災者に千羽鶴
- ↑ 「ハイチに千羽鶴贈ろう」 被災者喜ぶのか、迷惑なのか
- ↑ 「ハイチ地震余波で“遅刻” 新外国人ヤっと来日」『スポーツニッポン』スポーツニッポン新聞社、2010年2月7日。オリジナルの2010年2月10日時点におけるアーカイブ。2010年2月9日閲覧。
外部リンク
[編集]- “2010年1月12日ハイチ共和国の地震に伴う地殻変動”. 国土地理院. 2022年4月27日閲覧。
- ハイチ地震現地報告 「軍隊よりもガーゼを」首都総合病院 動画 日本語字幕付 (デモクラシーナウ!ジャパン 2010.01.20)
- ハイチ地震現地報告 「治安上の危険」が救援物資や配給を妨げる 動画 日本語字幕付 (デモクラシーナウ!ジャパン 2010.01.22)
- ハイチ地震現地報告 震源地レオガンを行く 動画 日本語字幕付 (デモクラシーナウ!ジャパン 2010.01.22)