カリブ海

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カリブ海
カリブ海全体図
場所 大西洋
座標 北緯15度 西経75度 / 北緯15度 西経75度 / 15; -75
表面積 2,754,000 km²
最深部 7,684 m
カリブ海(青)とカリブ諸島(緑)
カリブ(イギリス領バージン諸島)の海岸

カリブ海(かりぶかい、英語:Caribbean Sea、スペイン語:Mar Caribe、フランス語:mer des Caraïbes)は、メキシコ湾の南、大西洋に隣接する水域である。南はベネズエラコロンビアパナマに、西はコスタリカニカラグアホンジュラスグアテマラベリーズ、そしてメキシコユカタン半島に、北はキューバ、イスパニョーラ島のハイチドミニカ共和国ジャマイカプエルトリコといった大アンティル諸島に、東は小アンティル諸島に接している。

概要[編集]

カリブ海の総面積は、約275万4000平方キロメートル(106万3000平方マイル)。最も深いのは、キューバとジャマイカの間にあるケイマン海溝で、水深7684メートル(2万5220フィート)である。

カリブ海全域を「カリブ地方」と呼ぶ。カリブ海は多島海で、この海域に浮かぶ数多くの島々を総称して「カリブ諸島」あるいは「カリブ海諸島」と呼ぶ。

「カリブ」の名称は、コロンブスの北米大陸到達をさかのぼること約100年の昔より小アンティル諸島から南アメリカにかけて先住していたカリブ族の名に由来する。

歴史[編集]

カリブ海域には、ヨーロッパ人の到達以前、3つの民族グループが居住していた。キューバ西部からイスパニョーラ島南西部にかけては漁労民族であるシボニー人が、大アンティル諸島には農耕民族であるアラワク人タイノ人)が、小アンティル諸島には農耕漁労民であるカリブ人が暮らしていた。カリブ人はカヌーでしばしばアラワク人を襲撃していた。

1492年12月5日クリストファー・コロンブスイスパニョーラ島に到達し、翌1493年の2回目の航海では南東部のオサマ川河口にスペイン植民地を建設した。この植民地は1498年8月5日に、新大陸最初の都市であるサントドミンゴ市となった。ここを拠点として、エルナン・コルテスメキシコ征服やバスコ・ヌーニェス・デ・バルボア太平洋の調査などの遠征が行われた。このころには、かつて数十万の人口を抱えていた先住民は疫病や鉱山・農場での酷使によってほぼ絶滅していた。

1494年トルデシリャス条約によって新大陸のほとんどは理論上スペイン領となり、カリブ海域は周辺に広がるスペイン領をつなぐ交通の要衝となったが、カリブ海域には貴金属などの産出が少なく、また先住民人口も多くなく未開発だったので、いくつかの拠点を除いてはそれほど開発は行われず、半ば放棄されたような土地も多かった。こうした中、1562年イギリスジョン・ホーキンズがカリブ海での密貿易を開始し、やがてそれは私掠船による海賊行為となっていった。16世紀後半にはホーキンズやフランシス・ドレイクら海賊が沿岸のスペイン領を荒らしまわり、以後も海賊行為は続いた。

17世紀にはいると、スペインの植民地化が及ばない小アンティル諸島を中心に、イギリスやフランスなどがひそかに植民者を送り込むようになった。1623年にはリーワード諸島セント・キッツ島にイギリスが植民を開始し[1]、フランスはウィンドワード諸島グアドループ島マルティニーク島を占拠した。これらの島々では商品作物として砂糖が栽培され、大きな利益を生むようになった。

1655年にイギリスがジャマイカを占領すると、首都ポート・ロイヤルを拠点に海賊が猛威を振るうようになった。この海賊はバッカニアと呼ばれ、イギリスの総督から私掠免許を受けて対立する国家の船を襲った。18世紀前半には私掠戦術自体が衰え、これによって海賊の活動も下火となった。

17世紀中盤からは砂糖がこの地域の経済の基盤になり、大きな利益を生む砂糖を目当てに、とくに小アンティル諸島にはヨーロッパ諸国が相次いで植民地を建設していった。デンマークや、現在のラトビア西部に当たるクールラント公国も一時植民地を建設し、17世紀末には、キューバ、プエルトリコ、イスパニョーラ島西部を除くカリブの島々は、すべてスペイン統治下から離れてしまった。一方、大陸部はほとんどがスペイン領にとどまった。

1804年にイスパニョーラ島東部のフランス領サン・ドマングハイチとして独立したのを皮切りに、19世紀前半には大陸部は大コロンビア中央アメリカ連邦として独立を果たしたが、これらの諸国は安定せず、分裂や内乱を繰り返した。19世紀末からは北のアメリカ合衆国の影響力が徐々に及び始めた[2]。19世紀末には、アメリカのユナイテッド・フルーツ社などが未開発だった中央アメリカのカリブ海沿岸を開発し、広大なバナナ農園を建設してこの地域に大きな影響力を持つようになった。1898年には米西戦争が起き、勝利したアメリカはスペインからプエルトリコを獲得、キューバを保護国とした。さらにコロンビア共和国領だったパナマ地方に太平洋と大西洋を結ぶ運河を掘ることを計画し、これをコロンビアが拒否するとパナマ地方の独立運動を支援し、1903年にパナマが独立するとパナマ運河条約を結んで運河地帯をアメリカの租借地とした。

1914年にパナマ運河が開通すると、カリブ海は両大洋を結ぶ主要航路が通るようになり、再び交通の要衝となった。小アンティル諸島は小島が多いために独立が進んでいなかったが、西インド連邦の崩壊を経て、1970年代以降次々と独立していくようになった。

地理・生態[編集]

2005年8月の海水温分布を示す衛星画像でメキシコ湾にハリケーン“カトリーナ”が見える。

海底は5つの盆地から成り、互いに海底山脈で分けられる。ヒスパニヨラ海溝プエルトリコ海溝は地震の巣であり、過去500年間にマグニチュード7.5以上の大地震が10以上あり、津波被害を生じた。カリブ海のほぼ全域がカリブプレートに属する。プエルトリコ海溝付近は北アメリカプレートとカリブプレートの境界線である。地質的には、中央アメリカから大アンティル諸島を抜けてプエルトリコまでの島々の中央アメリカ・プエルトリコ山系と、小アンティル諸島を形成する火山帯とは分かれている[3]

海流は、カリブ海流が東から西へと流れる。この海流は暖流であり、南アメリカ沿岸を流れてきた南赤道海流がカリブ海に入ってきたものである。この海流はユカタン海峡からメキシコ湾へと抜け、メキシコ湾流となって北大西洋へと流れ込む。

カリブ海には世界の29%に相当する5万平方kmのサンゴ礁が広がるが、現在異常な水温上昇がサンゴ礁を脅かしている。水温が29度を超えるとサンゴ礁の餌となる植物が死滅し、サンゴ礁の白化が始まる。

サンゴ礁は、また、ハリケーンの被害も受ける。西アフリカの熱帯低気圧で発生した熱帯暴風は大西洋を横断し強さを増し、カリブ海でハリケーンとなってカリブ海諸国と米国を襲うが、この強い波の作用と運ばれる砂と泥でサンゴ礁が死に至る。年平均5個のハリケーンがとくに8月から9月にかけて発生する。

カリブ海沿岸には多くの人々が住むが、人口分布には濃淡がある。南アメリカ大陸にはコロンビアのカルタヘナ、バランキージャ、サンタ・マルタ、ベネズエラマラカイボや、沿岸都市ではないものの首都カラカスなどの大都市が点在し人口も多い。小アンティル諸島や西インド諸島も、小島が多いものの人口は稠密である。ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴや、ジャマイカの首都キングストンなどの大都市もある。これに比べ、カリブ海西岸に当たる中央アメリカ沿岸部には熱帯雨林が広がり、開発がほとんど進んでいないため人口も少ない[4]パナマのコロンなどの港湾都市や、バナナ産業を基盤とするホンジュラスラ・セイバなどの小都市があるものの、中央アメリカ諸国の中心は太平洋側の中央高原にある。

経済[編集]

植民地時代から、カリブ海地域では活発な経済活動が行われている。カリブ海では年に1億7000万トンの原油が生産されており、世界最大の原油生産地域のひとつとなっている[5]。また、カリブ海域では年に50万トンの漁獲高があり、周辺諸国では漁業が盛んに行われている[6]

人間の活動によって、汚染も大きくなりつつある。1993年、汎アメリカ保健機構は、カリブ海諸国や中央アメリカ諸国の下水のうち、海に放出される前に適切に処理されているものはおおよそ10%にすぎないと推定した[5]

カリブ海域では観光業が非常に盛んであり、一大産業となっている。多くの国家で美しいサンゴ礁やシュノーケリングやダイビングを楽しむ観光客が押し寄せ、各国の経済に大きな影響を及ぼしている[7]

脚注[編集]

  1. ^ 「略奪の海カリブ」p104 増田義郎 岩波書店 1989年6月20日第1刷
  2. ^ 「ラテンアメリカを知る事典」p119 平凡社 1999年12月10日新訂増補版第1刷
  3. ^ 「世界地理14 ラテンアメリカⅠ」p313-315 福井英一郎編 昭和53年9月25日初版第1刷 朝倉書店
  4. ^ 「世界地理14 ラテンアメリカⅠ」p258 福井英一郎編 昭和53年9月25日初版第1刷 朝倉書店
  5. ^ a b An Overview of Land Based Sources of Marine Pollution Caribbean Environment Programme. URL last accessed May 14, 1 B.C.
  6. ^ LME 12: Caribbean Sea NOAA Fisheries Northeast Fisheries Science Center Narragansett Laboratory. URL last accessed May 14, 2006.
  7. ^ Reefs at Risk in the Caribbean: Economic Valuation Methodology World Resources Institute 2007.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]