地震空白域

地震空白域(じしんくうはくいき)とは、周辺では地震活動がみられるものの、ある部分だけ地震が起こっていないか活動が静穏になっている領域のこと[1]。第1種空白域と第2種空白域がある[1][2]。
定義
- 第1種空白域
- プレート境界などに沿って大地震が近年起こった領域に挟まれた領域を、第1種空白域という。いわば、大地震の震源域のギャップ(すきま)となっている領域である。地震空白域を邦訳に充てることがある英語のseismic gapは、第1種空白域を指す[1][2][3]。
- 第1種空白域は、しばらくの期間破壊されずに残り、次に大地震を起こしうる領域として、研究がなされてきた[2][3]。
- 第2種空白域
- 日常的に無数に発生している微小地震の活動が、一時的に通常よりも低下しているとみなされる領域を、第2種空白域という[1][2][3]。プレート境界の地震のほか、内陸の浅い地震、スラブ内地震も対象である[4]。
- 第2種空白域は、大地震の前兆になりうる地震活動の静穏化が生じている領域として、研究がなされてきた[1][2][3]。
震度ではなくマグニチュードを基準としているため、離れた地域で起こった地震の影響で強く揺れたとしても、その地域は地震空白域であるとされる。
一部の研究者は、第3種空白域の概念を提案している。これは、プレート内の活断層帯などの地震帯の中にみられる地震活動の低調な領域である[5]。

なお、地震が発生していない地域をすべて空白域と呼ぶわけではない[1]。
研究略史
今日の地震空白域に相当する概念は、明治時代には既にあった。例えば、大森房吉は1909年にイタリアの地震帯の中にある大地震の発生が知られていない区間を抽出し、将来大地震が起こりうる地域だとした。このうちの1つで、1915年実際にアベッツァーノ地震が発生している。今村明恒も1924年に、地震帯の中で離れた場所に大地震が起きると、そのすきまは次の大地震によって容易に埋められること、一度大地震に見舞われた場所には力が蓄えられて再び次の大地震を起こすという考えを記していた。弾性反発説を唱えたリードも1910年に同様の見解を記していた[3]。
プレートテクトニクス理論が出来上がった1960年代後半以降は、この理論や固有地震説を基礎として、地震活動にみられる規則性が説明できるようになり、予測を試みる動きが活発になった。その流れの中でSykesとNishenkoは1984年、同じような領域で同じような規模の地震が繰り返し発生し、大地震直後は低かった発生確率が時間の経過とともに増大するという、地震空白域仮説(seismic gap hypothesis)を提唱する[6]。
日本では、1974年に日本学術会議の地震予知研究シンポジウムの中で茂木清夫が「第1種空白域」「第2種空白域」の呼称を提唱した[7]。
1973年の根室半島沖地震は、規模が予測よりもやや小さかったものの、宇津徳治が1972年に千島南部から北海道にかけてのプレート境界の巨大地震の震源域を推定して見出していた、次にM8級の大地震が起こる可能性が大きい領域(第1種空白域に相当)のひとつ、根室南方沖のC領域で起きた[6]。
このころ世界的にも、後の「地震空白域仮説」に基づいた大地震発生の長期予測が試みられた。1970年代には環太平洋地域の主要なプレート境界などを対象に危険度のゾーニング評価が行われた。1980年代にはサンアンドレアス断層など内陸でも評価が行われるようになり、アメリカ地質調査所もカリフォルニア州を対象とした評価を行った[8]。
しかし、実際の地震発生率は危険度どおりとはならず、評価が有効とは言えないとする反論もなされた[9]。ただ、有効性は適切な区分けによって変わる可能性が示唆されている。また1968年十勝沖地震と1994年三陸はるか沖地震のように短い間隔で発生した地震で震源域が一部重複する事例もあるため、空白域を考えるうえですべり量を含めた発生履歴の復元が課題となった[9][10]。
一方、第2種の地震空白域については、1938年の福島県沖の地震、1964年新潟地震などの前に生じていたことが事後解析された[4]。1978年のメキシコ・オアハカ州の地震(英語版)は、大竹政和が前年からメキシコ南部の長さ200 km余りの領域の地震活動の低下を見出していた。4-5年間の静穏化の後、約10か月前から活動が復活していた[11][12]。
検出方法の確立
地震空白域は、長期的な地震活動の観測を通し、初歩的には地震の分布図を描くなどの方法で見い出される[1][2][3]。
出現形態は千差万別で、メカニズムが定説と言えるものに収束していないこともあり[13]、普遍的な認定基準はなかった[14]。
しかし、微少地震観測態勢の充実により均質な地震カタログデータが得られるようになると、これを用いた統計的手法が可能となった[12]。例えば Wiemer and Wyss (1994)は、地震活動の変化量を標準偏差で規格化したZ値というパラメーターを使って時系列グラフや静穏化マップを空間的に描き出す手法を提唱[15]し、1994年以降はその手法を利用する研究者が増えている[14][16]。
気象庁気象研究所は、1996年5月から滋賀県高島市及び福井県敦賀市の観測点に石井式三成分歪み計と傾斜計を設置し、連続観測を行っている[17]。また、静穏化の検出と活発化を検出するツール(Seisqa)が作成され気象庁にて利用されている[18][19]。
主な地震空白域と大地震発生事例
日本付近においては、プレート間の沈み込みが未だ浅い日本海東縁変動帯(ユーラシアプレートと北アメリカプレートが接する)では、空白域が多いとする報告がある[20]。例えば、秋田県・山形県沖の1833年庄内沖地震と1983年日本海中部地震の震源域に挟まれた領域は350年以上大地震の発生が知られておらず、第1種の地震空白域として知られている[10]。
1999年トルコ・イズミット地震は、北アナトリア断層で1939年から東から西へと次々と大地震が起こる中、西端に残っていた領域で発生した[10]。
空白域中にある活動域
1980年代末以降、日本海沿岸域の広域で地震活動は静穏化していたが、京都府北部から鳥取県西部地域ではM5 クラスの地震が数回(1990年、1991年、1997年)発生し、日本海沿岸の静穏域の中では活発な活動が起こっていた場所である。この様な静穏域中の活動域は、応力の集中しているアスペリティとして注目されていたが、2000年鳥取県西部地震 M7.3 の予見までには至らなかった[21]。
琉球大学名誉教授・木村政昭は、空白域中にある活動域(先行すべりをする領域)を「地震の目」としてM6.5以上の地震の中期予知に使っており、実際に2000年の鳥取県西部地震や2011年の東北地方太平洋沖地震等の中期予知に成功したと主張している[22]。
関連項目
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 “よくお寄せいただくご質問 地震について 地震の空白域とはなんですか?”. 気象庁. 2026年7月27日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 大竹 2000a.
- 1 2 3 4 5 6 大竹 1998, pp. 83–84.
- 1 2 大竹 1998, pp. 88–89.
- ↑ 大竹 1998, pp. 84, 95–96.
- 1 2 大竹 1998, p. 84.
- ↑ 大竹 1998, pp. 84, 98.
- ↑ 大竹 1998, pp. 84–88.
- 1 2 大竹 1998, pp. 86–88.
- 1 2 3 大竹 2000b.
- ↑ 大竹 1998, pp. 89–90.
- 1 2 大竹 2000c.
- ↑ 吉川澄夫:地震発生前の静穏化をどのように解釈するか 日本地球惑星科学連合2008年大会予稿集 セッション記号 S145-002
- 1 2 松村正三(2009)、地震活動変化から何を読み解くか? —プレート境界地震のアスペリティの特定— 地震 第2輯 2009年 61巻 Supplement号 p.123-131, doi:10.4294/zisin.61.123
- ↑ Seismic quiescence before the landers (M = 7.5) and big bear (M = 6.5) 1992 earthquakes Seismological Society of America 1994
- ↑ 村瀬圭:2000年鳥取県西部地震 (MJ=7.3) に先行した震源分布のフラクタル次元の特徴的変化 『地震 第2輯』 2002年 55巻 1号 p.11-18, doi:10.4294/zisin1948.55.1_11
- ↑ 内陸部の地震空白域における地殻変動連続観測 (気象庁) (PDF)
- ↑ 静穏化・活発化の定量的評価への取り組み(その2)-静穏化・活発化検出ツール(Seisqa)の開発 林元直樹・明田川保 験震時報73巻 pp.185-194
- ↑ 客観的手法による地震活動静穏化の検出 地震予知連絡会会報 第85巻
- ↑ 日本海東縁において想定されているブレート境界と空白域の位置 東北大学
- ↑ 吉田明夫、青木元、「大地震の前に日本海沿岸の広域に現れた地震活動の静穏化」 地学雑誌 2002年 111巻 2号 p.212-221, doi:10.5026/jgeography.111.2_212
- ↑ 木村政昭・山村武彦 『富士山の噴火は始まっている!』 宝島社 2012年、70-71頁。
参考文献
- 大竹政和「総合報告: 地震発生の長期的予測における地震空白域と地震活動静穏化現象の意義」『地震 第2輯』第50巻appendix、日本地震学会、1998年、83–99頁、doi:10.4294/zisin1948.50.appendix_83。
- 『強震動の基礎 ウェッブテキスト2000版』木下繁夫、大竹政和(監修)、防災科学技術研究所、2000年。
- (大竹 2000a)大竹政和『§I.2.4.1 いろいろなマグニチュード』2000年。
- (大竹 2000b)大竹政和『§I.2.4.2 大地震のギャップ』2000年。
- (大竹 2000c)大竹政和『§I.2.4.3 地震活動の静穏化』2000年。
- 防災科学技術研究所 (2007年11月). “スマトラ地震系列に先行する地震活動変化” (pdf). 第175回地震予知連絡会資料. 2026年7月26日閲覧。
- 吉田明夫、伊藤秀美、細野耕司「内陸地震発生の直前に地質構造帯に沿って現われる地震活動の前兆的静穏化」『地學雜誌』第105巻第1号、1996年、77–87頁、doi:10.5026/jgeography.105.77。