連邦捜査局

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Federal Bureau of Investigation
Seal of the Federal Bureau of Investigation.svg
FBI 公式紋章
Flag of the United States Federal Bureau of Investigation.svg
FBI 旗
Badge of the Federal Bureau of Investigation.png
捜査官のバッジ
組織の概要
設立年月日 1908年7月26日
本部所在地 ワシントンD.C. ジョン・エドガー・フーヴァービルディング
人員 35,104[1] (2014-08-31)
年間予算 83億ドル(2014年)[1]
行政官 James B. Comey長官
Mark F. Giuliano副長官
上位組織 アメリカ合衆国司法省
アメリカ合衆国国家情報長官
ウェブサイト
向かい側、ペンシルベニア通り1000番地から見た連邦捜査局本部のフーヴァービル(所在地はワシントンD.C.ペンシルベニア通り935番地)

連邦捜査局(れんぽうそうさきょく、英語: Federal Bureau of Investigation:FBI)は、アメリカ合衆国司法省配下の法執行機関。連邦法に関する事案の捜査を任務としている。逮捕権のみで起訴権をもたず主にアメリカ国内で捜査を行う。

具体的には、テロスパイなど国家の安全保障に係る公安事件、連邦政府の汚職に係る事件、複数の州に渡る広域事件、銀行強盗など莫大な被害額の強盗事件などの捜査を担当する。さらに、誘拐の疑いのある失踪事案では、事案認知から24時間を経過すると、広域事件として自治体警察からFBIに捜査主体が移される。

本部はワシントンD.C.ペンシルベニア通り935番北西(ジョン・エドガー・フーヴァービルディング)に位置する。ワシントンD.C.のポトマック川対岸にあたるバージニア州北部にクワンティコ本部が置かれている。エドガーフーヴァー・ビルは行政部門の中心であり、クワンティコ本部が捜査部門の中心となる。

捜査官[編集]

2007年7月3日現在、FBI の職員総数は30,646人で、内訳は捜査官が12,444人(FBIバッジを交付され令状を執行する)、技官18,202人(言語、科学、情報通信などの分析官)で構成されている。職員は全員が連邦公務員である。特別捜査官(Special Agent)はFBIアカデミーを卒業した新任の捜査官に与えられる役職名であり、特別捜査官以上の役職には、支局長(Senior Resident Agent)、管理官(Supervisory Special Agent)、主任捜査官(Special Agent in Charge)などがある。

大学卒業後、3年以上の社会勤務経験者がFBIに入局するというのが大半だが、警察出身者や出身者も多い。世界60か国以上の米国大使館にはFBI駐在官 (legal attachés) が常駐している。東京の駐日アメリカ大使館には駐在官が3班体制で常駐している。

新任の特別捜査官で本部勤務の場合、年次基本給は43,441ドルである[2]

Gメン[編集]

Gメンと通称されるが、これは1933年にギャングのマシンガン・ケリーを武装した捜査官達が包囲した際、ケリーが銃を向けられ「撃つなっ、Gメン! 撃つなっ!」と叫んだとされることに由来する(実際にはケリーはメンフィスの警察に逮捕された)。この時捜査官達は、自分達がこのあだ名で呼ばれていることを初めて知ったという(同時代に活躍したギャング、ジョン・デリンジャーがFBI捜査官に叫んだ言葉との説もある)。

編制[編集]

組織図
内部部局
「長官」(Director) 及び「副長官」(Deputy Director)のもとに、下記の6つの部(branch)が設置されている。このうち、情報部、国家保安部、刑事・サイバー対策部、科学技術部は長官・副長官の直率下にあるが、情報技術部と人事部は「副長官補」(Associate Deputy Director)を介して指揮されている[3]
それぞれの部は部長(Executive Assistant Director)によって指揮されている[3]
地方支分部局
56ヶ所の地方局(field office)が配されており、それぞれが主席特別捜査官(Special Agent in Charge)によって指揮されている[4]

対テロ作戦[編集]

1984年対テロ作戦部隊として人質対応部隊(HRT)が創設された。またこのほか、各地方支分部局にもSWATチームが配置されていた。1994年には、刑事・サイバー対策部のもとに重大事件対応群(CIRG)が設置され、HRTや各地方支分部局のSWATチーム、更に交渉人チームは、その戦術作戦課(Tactical Operations Section)のもとで統合運用されるようになった[5]

サイバー戦[編集]

2010年3月4日[6]、FBI長官ロバート・S・ミュラー3世は、サンフランシスコで開かれたRSAサイバー・セキュリティ会議 (RSA Cyber Security Conference) に出席し、FBIに以下のサイバー対策部隊があることを明らかにした。

  • 国内支局のサイバー担当官 (Cyber squads) - 1000人以上の捜査官、分析官を有する。ルーマニア、エストニア、オランダなど欧州の警察機関にも捜査官を派遣している。
  • 機動サイバー隊(Mobile Cyber Action Teams) - 世界中のサイバー脅威に対応できる高度に訓練された捜査官、分析官のグループ。
  • 国家サイバー合同捜査本部 (National Cyber Investigative Joint Task Force) - FBI主体で創設され、17の警察・情報機関と協力している。

また、FBI長官は、この会議において、「現在のところ、テロリストは、インターネットを使って全面的なサイバー攻撃を行っていない。しかし、彼らは、多数のDoS攻撃を行っている」と語った[7]

沿革[編集]

建国直後からの、大統領直属の連邦保安官とは別に1908年7月26日セオドア・ルーズベルト政権当時に、財務省の秘密捜査部から独立して数人の規模で、BOI(Bureau of Investigation : 捜査局)が司法省内に設立された。ちなみに当時の司法長官チャールズ・ジョセフ・ボナパルトナポレオン・ボナパルトの末弟の孫にあたる人物。当時は身分章バッジもなく、制定され支給されたのは1915年のことである。また武装も許可がなくてできなかった。職員の綱紀も悪かった。

1933年8月10日、DOI(Division of Investigation:捜査部)に改名。現在のFBIに改名したのは1935年7月1日である。

1924年5月10日ジョン・エドガー・フーヴァーが29歳の若さで長官となり、綱紀の粛正を徹底。以後48年間に渡り、ギャング狩り(1930年代)、スパイ摘発(第二次世界大戦中)、政治活動家の調査(冷戦期以降におけるマッカーシズムによる、いわゆる“赤狩り”)など、時代の要請に応じて様々な活動を指揮した。ワシントンD.C.にある本部の建物は彼の名にちなんでJ・エドガー・フーヴァー・ビルと名付けられている(内務の人間関係の複雑さから別名“パズル・パレス”とも揶揄される)。

1971年3月8日、FBI支局から違法な監視活動をしるした記録書類が盗み出された。その後報道機関によって公表されその活動が批判を受けた[8][9]

よくある誤解としては、アル・カポネと闘ったエリオット・ネスと FBI は何の関係もない。ネスは酒類取締局(BOP。現アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)の捜査官で、兄がジョンソン連邦地方検事に頼んで、独立した捜査権限をもらった。

捜査局長(Chief of BOI) (1908-1935)[編集]

連邦捜査局長官(Director of FBI) (1936-現在)[編集]

歴代のFBI長官:

  • ジョン・エドガー・フーヴァー(1924年 - 1972年
    • 長官代行:クライド・トルソン (1972年5月2日 - 3日)
    • 長官代行:L・パトリック・グレイ3世(1972年 - 1973年
    • 長官代行:ウィリアム・D・ラッケルズハウス(1973年)
  • クラレンス・M・ケリー(1973年 - 1978年
    • 長官代行:ジェームス・B・アダムス(1978年)
  • ウィリアム・ウェブスター(1978年 - 1987年
    • 長官代行:ジョン・オット-(1987年)
  • ウィリアム・セッションズ(1987年 - 1993年 アーケードゲームに、FBI 紋章と共に「勝者よ、クスリに手を出すな」のメッセージを出している)
    • 長官代行:フロイド・I・クラーク(1993年)
  • ルイス・J・フリー(1993年 - 2001年
    • 長官代行:トーマス・J・ピカード(2001年)
  • ロバート・S・モラー 3世(2001年 - 2013年)
  • ジェームズ・コミー(2013年 - 現在)

FBIアカデミー[編集]

FBIアカデミー(FBI Academy)は、米国バージニア州クアンティコに位置するFBI所管の法執行機関研修施設(Law enforcement training facilities)[10]。1935年にPolice Training Schoolとして設立され(これは現在のNational Academyプログラムである)[11]、現在の組織はそれを拡張的に改組して1972年に設立された[11]

一般公開はされていない。政府系教育施設の中では小規模なものであり、3つの寄宿舎と、関連施設が存在する[12]。施設では年に4回の入所者を受入れ、10週間かけて250名を訓練する。訓練中は給与が支払われる[10]。敷地面積は385エーカー(1.6平方km)[12]であり、クアンティコ海軍基地の敷地の一部を借用して運営されている[13]

脚注[編集]

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  1. ^ a b Quick Facts”. Federal Bureau of Investigation. 2014年12月17日閲覧。
  2. ^ FBI公式サイトSPECIAL AGENT CAREER PATH PROGRAM 任官の過程や給与について説明されている
  3. ^ a b 連邦捜査局 (2014年7月15日). “Organizational Chart” (英語). 2016年7月10日閲覧。
  4. ^ ウィットコム, クリストファー 『対テロ部隊HRT―FBI精鋭人質救出チームのすべて』 早川書房2003年、46頁。ISBN 978-4152084996
  5. ^ 連邦捜査局. “Tactical Operations” (英語). 2016年7月10日閲覧。
  6. ^ THE CYBER THREAT
  7. ^ RSA Cyber Security Conference
  8. ^ 市民が窃盗団結成★FBIから極秘文書を盗み出せ奇跡体験!アンビリバボー2016年6月16日放送、2016年10月13日閲覧。
  9. ^ ドキュメンタリー「1971」がこの事件を取り上げている。
  10. ^ a b The Academy”. FBI. 2016年6月29日閲覧。
  11. ^ a b The FBI Academy: A Pictorial History”. FBI. 2015年7月3日閲覧。
  12. ^ a b International Business Publications (2002). US FBI Academy Handbook. p. 20. https://books.google.com/books?id=iIvIf8BwlYMC&pg=PA20. 
  13. ^ Overview”. FBI. 2016年2月28日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • FBI (英語)

座標: 北緯38度53分40秒 西経77度1分28秒 / 北緯38.89444度 西経77.02444度 / 38.89444; -77.02444