ホンダ・CBR1100XXスーパーブラックバード

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CBR1100XX Super Blackbird
1996年ED仕様[1]
Honda CBR 1100XX SuperBlackbird2.jpg
基本情報
排気量クラス 大型自動二輪車
車体型式 BC-SC35
エンジン SC42E型 1137cm3 4ストローク
水冷DOHC4バルブ直列4気筒
内径x行程 / 圧縮比 79.0mm x 58.0mm / 11.0:1
最高出力 121kW (164PS)/10,000rpm
最大トルク 124Nm (12.7kgf・m)/7,250rpm
乾燥重量 223kg
車両重量 256kg
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CBR1100XX SuperBlackbird(シービーアールせんひゃくダブルエックス スーパーブラックバード)は本田技研工業が製造していた4ストローク排気量1,137ccの大型自動二輪車である。

ライダーの間では「SBB(えすびーびー)」・「黒鳥」(くろとり)・「ブラバ」と呼ばれることが多い。

概要[編集]

本田技研工業が1996年CBR1000Fからのフルモデルチェンジで登場。CBRシリーズにおけるフラッグシップとして扱われた。その際、世界最速(3,530km/h)の航空機であるアメリカ空軍偵察機SR-71」の愛称である「ブラックバード」に因み、それを超えると言う意味で「スーパーブラックバード」というペットネームが与えられた。そのため、プロモーションビデオではSR-71を模した飛行機のモックアップが出演している。

コンセプトとしては、

  • 超高速域での快適な居住性
  • 圧倒的な絶対性能
  • 大排気量車でありながらミドルクラス並みのハンドリング

を兼ね備えた、世界最高性能の量産市販車ということであった。

2軸バランサーを採用した新設計の1137cc水冷直列4気筒エンジンは、当時世界最高の164psを達成。開発当時のライバルであったカワサキZZR1100よりも高速性能に優れたが、最高速度は実測で300km/hにわずかに満たなかった[2]

発売当時、世界最速の量産市販車の名をほしいままにしていたが、1999年スズキからGSX1300Rハヤブサが登場し、続いて2000年にはカワサキからニンジャZX-12Rの登場によって世界最速の座を譲ることとなる。2001年のオートバイの最高速度の上限を300km/hとする自主規制が始まったこともあり、2007年の生産終了まで大きなモデルチェンジも行われず、ハイスピードツアラーとしての性格が強まっていった。 また、次世代の燃料燃費向上技術であるVCM(Variable Cylinder Management:気筒休止システム)の開発車両として使われており、雑誌媒体ではインプレッションも公開された[3]

ホンダの技術者として数々の名車を生み出してきた山中勲が最後に開発したオートバイであり、「これまでのすべてをつぎ込んだ集大成であり、最も楽しいバイク」と語っている[4]

モデル一覧[編集]

初代[編集]

空力を徹底的に追求したフルカウルボディに上下2段のヘッドライトを採用。D-CBSと呼ばれる前後連動ブレーキを標準装備。1998年にはレッドの色調が明るくなり、寒冷地におけるオーバークールを防ぐため、ラジエーターのバイパスが追加された。1998年モデルまではキャブレター仕様であり、CBR1100XXの中で唯一チョークがついているモデルとしてシリーズの中で唯一、時速303kmをほぼフルノーマル(オートバイ専門誌『ヤングマシン』の企画にて、タイヤのみ交換)で達成している。ちなみに、アメリカの『Sports Rider』という雑誌では、完全ストック状態で実測287.3km/hを叩き出した。

最高速度域はほぼ変わらないものの、2代目以降のインジェクションモデルよりも加速力、レスポンスが鋭い。初代ブラックバードは、キャブレター仕様の市販オートバイとしては加速や最高速が最も速いモデルである。また、低速ギアにおいて約6000rpmから一気にレッドゾーンまで吹け上がると同時に、加速力もさらに増す。FI化された2代目以降にもこの特性は受け継がれているが、キャブレター仕様のような急激なレスポンスではなく、乗り味は非常に滑らかになっている。

なお、初代にはダイレクトエアインテーク(いわゆるラムエアシステム)は付いていない。しばしば間違われるが、ヘッドライト下にある金網のついた吸気口はオイルクーラーに走行風を送るものである。ラジエーターの後ろにオイルクーラーが付いており、そのままではオイルクーラーに冷風が当たらないため、このように空気の流入路を設けてある(発売当時の『ヤングマシン』より)。

ちなみに、1998年のもてぎ7時間耐久レースでは、丸山浩が代表を務めるチーム「WITH ME」がライトチューンされた初代CBR1100XXで、レーサーレプリカスーパースポーツなどを駆る強豪を押し切り、予選5位・決勝7位という大健闘を果たした。なお、全参加マシン中、最高速度が最も優れていたのもこのマシンであった。

2代目[編集]

CBR1100XX Super Blackbird
1999年仕様
Super Blackbird 99.jpg
基本情報
排気量クラス 大型自動二輪車
車体型式 BC-SC35
エンジン SC42E型 1137cm3 4ストローク
水冷DOHC4バルブ直列4気筒
内径x行程 / 圧縮比 79.0mm x 58.0mm / 11.0:1
最高出力 121kW (164PS)/9,500rpm
最大トルク 124Nm (12.7kgf・m)/7,250rpm
乾燥重量 223kg
車両重量 256kg
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1999年に登場。最大の変更点は吸気にダイレクトエアインテークとフューエルインジェクションが採用されてチョークレバーが廃止になった他、イモビライザーのH・I・S・Sが採用された。また、連動ブレーキの特性も見直された。燃料タンクの容量が2リットル増え24リットルとなったが、キャブレターモデルよりも実燃費は悪くなった。また、1998年モデルまで不具合が多発したレギュレータも熱対策された。エンジン特性も見直され、「どこからでもスムーズに加速する」「どの回転数でもパワーバンド」「モーターのようなフィーリング」などと評され、人気を博した。

ラムエアが導入されたことにより、オイルクーラーはヘッドライト下からラジエーター上に変更された。またエキゾーストマニホールドの材質が鉄からステンレスになり、取り回しも1番と4番、2番と3番が連結した4-2-1-2と変更された。合わせてラジエーターや冷却ファンの形状も変更された。1998年モデルまでは水温計の針が中央位置を超えると冷却ファンが回るようになっていたが、1999年モデル以降は針が上まであがらないとファンが回らなくなったため、渋滞には弱くなってしまった。そのためスイッチを付けて強制的にファンを回すように改造しているオーナーも見受けられる。

外見上の違いは、ラムエア吸入口がメッシュからスリットになったこと、エキゾーストマニホールドやスクリーンのカラーリングが変更、フロントブレーキローターやジェネレータカバー、クラッチカバーが金色になったこと、ホーネット250と共通だったテールランプが縦2段のタイプに変更されたことで判断できる。

3代目[編集]

CBR1100XX Super Blackbird
2001年国内仕様[5]
Honda CBR 1100 XX silver vr.jpg
同型式輸出仕様
基本情報
排気量クラス 大型自動二輪車
車体型式 BC-SC35
エンジン SC42E型 1137cm3 4ストローク
水冷DOHC4バルブ直列4気筒
内径x行程 / 圧縮比 79.0mm x 58.0mm / 11.0:1
最高出力 74kW (100PS)/8,500rpm
最大トルク 98Nm (10.0kgf・m)/6,500rpm
乾燥重量 225kg
車両重量 256kg
2001年輸出仕様
最大出力 133.9kW(152PS)/9,500rpm
最大トルク 124Nm (12.7kgf・m)/7,250rpm
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2001年に登場。ヨーロッパでの自動車排出ガス規制に合わせて排気ガス浄化装置が追加され、最高出力が152psにデチューンされた他、デジタル式のスピードメーターを新採用。スクリーンのサイズも30mm高くなり、ツアラー向きの性格になった。

また、この年から2003年まで国内販売が行われた[6]。国内仕様モデルでは自主規制に対応するため、180km/hのスピードリミッターが装着され、最高出力は100ps・最大トルクは10.0kg-mに抑えられている。そのほかハザードランプが追加された。

GPSを用いた車両位置追跡サービスを展開するセコムと連携し、GPS発信機や充電器の取付スペースが確保された「ココセコムHonda推奨車種」としている。

ヤングマシン、オートバイ等の雑誌媒体では新型モデルの推測も出ていたが、現状モデルのまま販売されていた。2006年に開始された欧州自動車排気ガス規制(EURO3)の対応車ではなかったが、2007年に入ってからは継続車種も開始され、当車種も規制車両となったが、特別に1年間限定の特例措置で販売されているが、2008年からのEURO3義務化や日本などの各国の新排出ガス規制に伴い、生産終了が決まった。生誕10周年と生産終了を記念して、限定数100台で初期型のカラーリングを再現したファイナルエディションが発売されている。

遍歴[編集]

1996年(初代)[編集]

1998年[編集]

  • ラジエーターのサーモスタット作動特性変更。
  • ウォーターポンプ変更。

1999年(2代目)[編集]

  • キャブレターが廃止され、PGM-FI仕様に変更。そのためチョークレバー廃止。
  • ラムエア加圧システム搭載。高回転域はラムエアに任せて低回転域にトルクをふったため164ps/9500rpmに変更。
  • 前後連動ブレーキを改善。
  • 燃料タンクを22Lから24Lへ増加。
  • オイルクーラー形状変更。
  • フロントフォークスプリング変更。
  • メーターパネルの「S」(サイドスタンド警告灯)が「FI」(PGM-FI警告灯)に変更。
  • テールランプ形状変更。
  • クラッチプレート枚数変更。
  • イモビライザーH.I.S.S追加。

2001年(3代目)[編集]

  • 排気ガス浄化装置追加。
  • 出力を152psにデチューン。
  • デジタルスピードメーター搭載。
  • スクリーンサイズ30mmアップ。
  • リアウインカーの形状変更

2002年[編集]

  • インジェクション車特有の低速でのドンツキ(スロットルグリップ開度に対するエンジン回転数上昇変化のリニアリティ不足)をなるべく解消するよう改良。

エピソード[編集]

開発陣は、あらゆるオートバイを凌駕した最も偉大で最も魅力的なNo.1マシンを目指すべく、開発当初のキャッチフレーズを「ザ・グレイテスト・スーパースポーツ」としていた。車体設計や操作性、快適性からスタイリングに至るまで、開発陣が総力を挙げて創り上げたオートバイであった。しかしホンダ社内では「世界最速」という事だけが一人歩きしてしまっていた。世界最速はあくまでもCBR1100XXの一要素と考えていた開発陣は、キャッチフレーズを「最高性能バイク」としたが、社内では世界最速というインパクトが強すぎてあまり効果は無かった。そのため、上記コンセプトのような『フューチャー10』を前面に押し出して、このオートバイの良さをアピールしたというエピソードが残っている[7][8]

このエンジンを積んだケーターハム・スーパーセヴンも存在している。

脚注[編集]

  1. ^ http://www.honda.co.jp/factbook/motor/CBR1100/199607/index.html
  2. ^ しかし内外出版社刊行のオートバイ専門誌『ヤングマシン』'96年10月号の企画において、タイヤのみチューンの事実上フルノーマルで、メーター読みではない実測で303km/hを記録している。
  3. ^ 12月5日の項目
  4. ^ 第11話、最終話
  5. ^ http://www.honda.co.jp/news/2001/2010327-cbr1100xx.html
  6. ^ 高性能な大型スポーツバイク「CBR1100XX」を発売
  7. ^ 第11話 開発目標「フューチャー10」
  8. ^ 第11話 世界最速のフラッグシップ・CBR1100XX

外部リンク[編集]