ホンダ・ロードパル

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ホンダ・ロードパル
Honda ROADPAL 1976 HCH.jpg
ロードパル
ホンダ・コレクションホール所蔵車
基本情報
車体型式 NC50
エンジン 49cm3 2ストローク
空冷ピストンリードバルブ単気筒
内径x行程 / 圧縮比 40.0mm x 39.6mm / 6.7:1
最高出力 2.2ps/5,500rpm
最大トルク 0.37kg-m/3,500rpm
乾燥重量 44kg
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ロードパル(roadpal)は、かつて本田技研工業が製造販売していたオートバイである。

概要[編集]

学科試験だけで運転免許が取得できる原動機付自転車で、さらなるユーザー層の獲得を狙って企画されたオートバイである。開発に当たっては、以下のコンセプトに配慮し設計された[1]

  • 女性にもとりまわしが楽で軽く大きさもミニ・サイクル(婦人用自転車)程度にする[2]
  • エンジン始動に扱いやすい新機構を採用
  • これまでオートバイになじみのない人たちでも気軽に乗れる
  • 手頃な価格

1976年2月10日に標準現金価格59,800円で発売。極めて廉価[3]かつギアチェンジの煩雑さからの解放やメンテナンス省力化などの扱いやすさから、1年間で25万台(輸出も含む)の売上を記録するヒット商品となった[4][5]

テレビコマーシャルには国際的女優ソフィア・ローレンを起用。実際に運転させ女性のオートバイに対する抵抗感を払拭することに成功した功績も大きいと言われている。CM内でソフィア・ローレンが発したキャッチフレーズの「ラッタッタ」は、本バイクの通称ともなり、気軽に乗れる印象をさらに深めることにもつながった[6]

その後は好評により改良が実施されたほか、派生車種としてレッグシールドを装着する「パルフレイ」、若年男性層向けとした「パルホリデー」「パルディン」などがラインナップされ、1983年まで生産された。

車両解説[編集]

最高出力2.2psの空冷単気筒2ストロークピストンリードバルブエンジンを搭載するが、以下に示す従来のオートバイと大きく異なる新機構が多数採用された[1]

始動方式
キックペダルを廃止し、蓄力式と呼ばれる以下の方法で始動を行う。
  1. タップスターターのペダルが固く感じるまで踏み込み始動用のゼンマイが巻かれる
  2. 続いて後輪ブレーキ・レバーを引いてゼンマイを解放
  3. ゼンマイの復元力でクランクが回りエンジン始動
1977年に発売されたロードパルLからは、腕時計の自動巻き機構に酷似した方式で、後輪が一定距離進むと始動機構のゼンマイが自動的に巻き取られ、次回はクイックボタンを押しながら後輪ブレーキレバーを引くだけで始動が可能な「クイックスターター」が搭載された[5]
駆動系
エアクリーナー・エンジン・チェーンケース・後輪を一体化小型化させた。
ヘッドライトスイッチの廃止
メイン・スイッチをヘッドライト後部に設置し、「停止」⇔「走行」⇔「夜間」の文字表示間を両面キーによる操作で点灯を行う。
  • ヘッドライトもハイ⇔ローの切替を廃止し、15wタングステン灯単体とした。
タンク類の集中化
燃料タンク(容量2.0L)とオイルタンク(容量0.8L)を一体化。オイルは残量警告灯を廃止し、タンク側面に点検用小窓を設置。

遍歴[編集]

  • 1976年2月10日:ロードパル発売[1]
  • 1977年2月17日:ロードパルLを追加[5]
始動方式を簡略化した「クイックスターター」に変更
オプションで装着率の高かったフロントバスケットを標準装備に変更
標準現金価格\64,800
  • 1978年1月10日:パルフレイを追加
主婦向けとしレッグシールドを標準装備
ウィンカー消し忘れブザーを設置
  • 1978年4月14日:若年男性向けのパルホリデー・パルディンを追加
標準現金価格\79,000
  • 1979年11月1日:ロードパルS追加
圧縮比を7.3に変更しエンジン出力が2.2ps/0.37kg-m→2.5ps/0.38kg-mに向上
オートチョーク採用によりチョークレバーを廃止
点火装置CDIに変更
変速機を従来の無段変速から自動遠心式2速オートマチックに変更
シート高を10mm下げ705mmに変更
標準現金価格\73,000
ロードパルS
ロードパルS
  • 1979年12月1日:マイナーチェンジ
ロードパルSと同車で採用された2.5psエンジンとCDIを搭載したロードパルEに車種整理を実施
ロードパルE標準現金価格\63,000
  • 1980年1月10日:マイナーチェンジ
パルフレイにロードパルEと同様の仕様変更を実施しパルフレイGに移行
標準現金価格\75,000
  • 1980年5月24日:姉妹車としてハミング・ハミングGを追加
10インチ小径ホイールや3L燃料タンクを装備
エンジンならびに型式名はロードパルと同様のNC50型となる
ハミングGはハミングをベースにレッグシールド・フロントバスケットなどを省略した廉価モデル
標準現金価格 ハミングG\67,000 ハミング\72,000
  • 1983年:ロードパル・ハミングシリーズ生産終了

販売競争[編集]

本車の爆発的ヒットは、ライバル会社との販売競争にも発展した。

  • CMキャラクターでもソフィア・ローレンに対抗して、ヤマハが八千草薫、スズキが森昌子を起用した。

この3社の競争により、オートバイ生産は活況を呈し1976年には130万台、1977年には160万台、1978年には198万台とファミリーバイクを中心に順調な伸びを示した。

しかし、ホンダ・ヤマハ間はさらに過激な値引き販売競争を激化。1970年代後半から1980年代初頭に掛け行われたHY戦争となり、パッソルがステップスルーのスクーターとしたことで、ホンダもタクトを発売する。その一方で本シリーズは標準現金価格から半額近い値引販売を実施。客寄せ的戦略が行われたが、性能向上とは異質な競争となったことから、末期には「安かろう悪かろう」的なイメージが持たれた。

後継車[編集]

1983年に本シリーズは生産中止になったが、上述したライバル会社間の販売競争の結果、3社ともファミリーバイクの販売主力をステップスルースクーターに移行させたことから、事実上の後継車のひとつとしてタクトが挙げられる。

より簡易な原動機付自転車の後継車という点では、1984年に製造販売が開始されたモペッドピープルが挙げられる。しかし、引き続く価格競争の面でスクーターに対するメリットもなく[7]、あくまでもエンジンは補助動力というコンセプト、さらには1986年道路交通法改正により原付もヘルメット装着が義務付けられたために、売れ行き的にも芳しくなく製造が打ち切られた。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 1976年1月29日ニュースリリース 新発売 ロードパル(NC50)
  2. ^ 最小回転半径1.5m。
  3. ^ 参考:1976年4月にマイナーチェンジを実施されたスーパカブ50スタンダードの標準現金価格が94,000円、ギアチェンジの必要がない無段変速車では翌1977年4月に発売されたバリエでも99,000円。
  4. ^ 国内販売に限っても当時の二輪車販売台数の84%を占めた。
  5. ^ a b c 1977年2月17日ニュースリリース 新発売クイック・スターター付ロードパルL(NC50L)
  6. ^ このフレーズは演出した大林宣彦が現場のノリで指示したといわれている。[要出典]
  7. ^ ピープルの標準現金価格は78,000円

関連項目[編集]

外部リンク[編集]