スーパースポーツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
レーサーレプリカから転送)
移動先: 案内検索
自動車 > オートバイ > オートバイの種類 > スーパースポーツ
1960年代のロードレーサーCR110のレーサーレプリカ、ホンダ・ドリーム50

スーパースポーツ: Supersport、SS)とはオートバイの一種である。かつてはレーサーレプリカと呼ばれていた。

レーサーレプリカ[編集]

ストロボカラーのTZR250 1986年仕様

各社オートバイメーカーがレース活動で得た技術を応用し、走行性能の高さやオートバイレースでのイメージを販売戦略に用いた車両をレーサーレプリカとして販売していた。改造範囲の狭い市販車改造レースのベース車両としての役割を持っており、レースでの優劣がセールスに繋がった。
販売台数に年代、レギュレーションなどにより車両の型式は左右され、代表的なレプリカとしてウェス・クーリーエディ・ローソンAMAスーパーバイク選手権を優勝した際の車両を模して1979年に発売されたスズキ・GS1000S1982年に発売されたカワサキ・Z1000Rや、ロードレース世界選手権のトップカテゴリーで500cc2ストローク車両が全盛であった時代にはヤマハ・RZV500Rスズキ・RG500Γ/RG400Γホンダ・NS400RがGP500レーサーのイメージをそのままに発売された。日本においては普通自動二輪免許で乗ることができる400ccにTTF-1/TTF-3、250ccにGP500/250などの車両にスポンサーしていた企業のグラフィックを施した車両などが販売され、好評を博していた。

1980年代初頭から日本に空前のバイクブーム訪れた。それにともない芸能人がレースに参加したり、日本映画の「汚れた英雄」、週刊少年サンデーの「ふたり鷹」、週刊少年マガジンの「バリバリ伝説」、「資生堂TECH21」のCM等、業界外のメディアでレースやそれを取り巻く環境を取り上げることが多々あり、元々ロードレースに興味がなかった人々を巻き込んで加熱しブームが起こった。後にバブル景気と呼ばれた社会背景も手伝ってロードレースエントリー数も増加し改造範囲が狭いカテゴリの存在やそのレースでの優劣がセールスに繋がることもあり、メーカー各社も毎年のようにモデルチェンジを繰り返して最新テクノロジーを投入して性能向上を図った。そういった背景から高価格であり、レーシングマシンのスタイリング、ディメンションに近くポジションが窮屈、購入してもすぐに旧モデルとなってしまうにもかかわらず、購買欲を刺激することとなり販売台数は増加した。
レーサーレプリカの流行はレーサーレプリカブームと呼ばれた。代表的な車種は2ストロークのヤマハ・TZRホンダ・NSRスズキ・ガンマ、4ストロークのヤマハ・FZRスズキ・GSX-Rホンダ・CBRホンダ・VFRカワサキ・ZXRなどであった。 また、モトクロス競技専用車両(モトクロッサー)をベースに市販化されたオフロードモデル(デュアルパーパスモデル)もレーサーレプリカと呼ばれることがあった。

レーサーレプリカブームは、ロードレースに対するブームの沈静化と主たる400ccのマーケットにおいて必要十分の性能でお手頃価格であり日常の使い勝手が良い、カワサキ・ゼファーホンダ・CB400スーパーフォアスズキ・バンディットなどに代表されるネイキッドバイクや、大型自動二輪免許の取得(いわゆる「限定解除」)が容易になったことから大型バイクにマーケットが移行したことにより衰退した。

歴史[編集]

ホンダ・NSR250R レプソルカラー
ホンダNSR500V(1999年セテ・ジベルナウ車影)
ホンダRC211V(ニュー・ジェネレーションと呼ばれた2006年ニッキー・ヘイデン車)
CBR1000RR 2009年仕様 レプソルカラー。レプソルカラーはMotoGP車両のレプリカであるが、この車両はWSBのベース車両でもある。

1990年代初頭、オートバイメーカー各社は歴史的名車CB750Fourが達成した量産車初の時速200km突破という偉業を、こたびは時速300kmを突破するという形で続こうと競い合い、その目標を目指す車両を各社のフラグシップとして掲げていた[1]。こうした車両設計においては最高出力や直進安定性が優先されていた。世界最高速度を追求する、あるいは快適な走行性能を高める、といったコンセプトが大排気量車では主流(後の「メガ・スポーツ」)であった1992年に軽快な走行性能を打ち出したホンダ・CBR900RRが発売された[1]。この当時のオートバイ各誌は、900ccというレースのレギュレーションに合致しない、すなわち元となる「レーサー」が存在しないこの車両に対しレーサーレプリカという名称は用いれず、124ps、乾燥重量185kgというスペックに対向車種として他社のどの車両をあてがうべきか頭を悩ませた[1]。代表的な同時期の近い排気量の車種として挙げられるスズキのGSX-R1100の143ps、226kgやカワサキのZZ-R1100の147ps、228kg、CBR1000Fの135ps、235kgという数値は対抗車種として挙げるにはあまりに車両の方向性が異なっていた[1]。ドゥカティの1992年モデルの888SPSは(185kg、120ps)でスペックはは同等だが約360万円であった。過去ではコンセプトである750ccクラスの車体にリッターエンジンとしては、初期のGSX-R1100(197kg、130ps)に相当する。

1993年にあっても各社の世界最高速度競争は過熱し、スズキはGSX-R1100を水冷化し155ps、231kgへモデルチェンジ、カワサキはZZ-R1100をD型147ps、233kgへモデルチェンジ[1]。また、トライアンフからトライアンフ・デイトナ1200が147ps、228kgという数値で発売され、この競争に参加した[1]。しかし、ホンダはCBR1000Fを据え置きし参加することもなかった。また、ホンダは750ccにより軽快な車両を標準販売しておらず、他社は販売していたこともあり、CBR900RRのようなコンセプトの車両はホンダとドゥカティぐらいであった。

1994年、CBR900Rはモデルチェンジするも諸元は据え置かれ、基本コンセプトを維持された。この年カワサキからZX-9Rが発表され、排気量としては対向車種として合致したが、139ps、215kgと対抗するような数値ではなく、装着されたグラブバーなどもスポーツ走行を前面に押し出した車両というには不自然な装備であった[1]

1996年、各社から大型スポーツバイクのジャンルで新車が発表され、方向性を見ることができた。ヤマハからYZF1000Rが発表され、145ps、198kgと車両重量が設計段階において重要性を増したことがうかがえたが、同時にモデルチェンジされたCBR900RRの128ps、183kgと比較すると意識はするものの、対抗するとまで拮抗した仕様ではなかった[1]。 また、スズキから発売されたスズキ・GSX-R750は128ps、179kgとCBR900RRと数値の上では拮抗していたが、車両はWSBベース車両であったため、対抗することを年頭にした車両設計とは言いがたかった[1]。同様にZX-7RRも122ps、200kgと改造を前提にしたホモロゲーション仕様であった[1]

1997年、ホンダはCBR1100XXを発売し、世界最高速度戦線へと復帰し、最高速度時速300kmへ肉迫した[2]。このことから、CBR900RRは最高速を争うために作られた車両ではなかったことがわかる。スズキから発売されたTL1000Sは125ps、187kgと数値の上では非常に拮抗していた[2]。しかし、翌年発売されるWSBベース車両であるTL1000Rの存在や、ハーフカウルであるといった差異があった[2]

1998年、レプリカでもなく、最高時速を競う車両でもない宙に浮いたコンセプトであったCBR900RRに対抗する形でヤマハからヤマハ・YZF-R1、カワサキからZX-9R(C型)が発売された[2]。4型CBR900RRの130ps、180kgという仕様に対抗しZX-9Rは143ps、183kg。YZF-R1に至っては150ps、177kgという意欲的なスペックを引っさげこれに正面から対抗した[2]

1999年、レーサーレプリカの筆頭であった250cc2ストローク車両は排ガス規制を受け各社が販売を終了、スポーツ戦略の牽引役として750cc4気筒、1000cc2気筒のレーサーベース車両や、900から1000ccのこれらの車両への期待が高まり、各社は競うように開発を重ねていった[2]2000年、ホンダはホンダ・RVFからホンダ・VTR1000 SP-1/2へとWSBベース車両を世代交代、排気量では同程度であったものの、やはり改造を前提に設計されたベース車両の側面が強く、136ps、199kgといった仕様であった[2]。スズキはこの年にGSX-R750をフルモデルチェンジ、141ps、166kgと無改造であっても拮抗しうるベース車両として発売し、翌2001年にこの車両をベースにストロークを伸ばしたGSX-R1000を発表、160ps、170kgとCBR900RRとYZF-R1を数値の上で圧倒した[2]。数値という明確な指標の存在は優劣を明確にさせ、各社の開発競争は熾烈を極めていった。 2002年、この年を境にオートバイレースの最高峰であるロードレース世界選手権はMotoGPと名称を改め、トップカテゴリーであったGP500クラスは4ストロークに有利なレギュレーションへと変更がなされ、参加チームはこぞって4ストロークエンジンを採用した。そしてワークスチームなど、レーサー車両のイメージをフィードバックさせる車両は250cc2ストローク車両から990ccの排気量制限に近いこれらの車両へと変化し、ロードレースとの関連性が深まっていった。

2004年、WSBのレギュレーションが気筒数を問わず1000ccへと変更され、国産メーカー各社はベース車両を750cc4気筒や1000cc2気筒から全社1000cc4気筒へと世代交代、CBR900RRが発売された1992年にはレギュレーションに合致しない車両であったはずが、12年の時を経てベース車両になる結果となった。こうした結果、スーパースポーツというジャンルで呼ばれ競い合い、ロードレース世界選手権の意匠を模したレプリカ仕様が発売され、レーサーベース車両になるという非常に複雑なジャンルとなってしまった。

また、従来であれば欧州での免許区分から製造されていた600ccクラスの車両であったが、1997年からスーパースポーツ世界選手権が開催され、これら車両のスポーツ性能に対する需要が高まり、600ccクラスの車種にもスーパースポーツと呼んで差し支えないほどの走行性能を有する車種が増えた。

これらの車種は現在でも、車体の軽量化とコンパクト化や、エンジンの高出力化がモデルチェンジごとに進み続けている。2011年にはカワサキ・ニンジャZX-10Rが、排気量999ccのクラスで初めて200psを超える、200.1psを達成した。スーパースポーツを日本で購入することは可能であるが、日本仕様として販売される車種は騒音規制に対応するために最高出力が抑制されている。

主なモデル[編集]

現在販売されているスーパースポーツと呼ばれる主なモデルは次のとおりである。

ホンダ
ヤマハ
スズキ
カワサキ
ビューエル
  • ファイアーボルト
  • ライトニング
ドゥカティ
アプリリア
カジバ
デルビ
ラベルダ
  • 750S
プジョー・モトシクル
  • XR7
モト・モリーニ
  • コルサーロ
CR&S
  • バン
ヴァイルス
  • 984
  • 985
NCR
  • M16
MVアグスタ
BMWモトラッド
ビモータ
  • HBシリーズ
  • SBシリーズ
  • KBシリーズ
  • DBシリーズ
  • YBシリーズ
  • テージシリーズ
  • BBシリーズ
トライアンフ
リエフ
  • RS
KTM
S&Tモータース
  • GT125
  • GT250
  • GT650
ハートフォード
  • ディアブロ650
ビアル
  • VSR200
  • V1XR

メガスポーツ[編集]

公道走行可能な市販車で世界一速いオートバイとしてギネス世界記録に登録されているスズキ・GSX1300Rハヤブサ

前述の世界最高速度競争は1999年スズキ・GSX1300Rハヤブサの登場によって量産車の無改造状態で時速312.6kmという偉業を達成し、ギネス登録されるに至った。これにカワサキ・ZX-12Rといった車両が続くも2001年、欧州における時速300km制限を受け最高速度競争は終焉を迎えた。しかし、それまでの過程で培われたエンジン特性や車体構成、エアロダイナミクス性能は、最高速度域での走行性能に貢献し、最大出力を発揮するエンジンが演出する高速走行の楽しみ方はメガスポーツという名前に変わり、これまでの快適な走行をもたらすツアラーなどとは異なった刺激的な面を持ち合わせたクルージングとして提案されている。

脚注[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]

中村友彦「王者奪還」、『Bikers Station』第156巻、遊風社2000年9月、 P. 77-85、 雑誌07583-9。

関連項目[編集]