スズキ・GS1000

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GS1000(ジーエスせん)は、スズキが製造・販売したオートバイである。

スズキ・GS1000S
Suzuki GS1000S 01.jpg
基本情報
排気量クラス 大型自動二輪車
エンジン 997 cm3 
内径×行程 / 圧縮比 70 mm × 64.8 mm / 9.2:1
最高出力 90ps/8,500rpm
最大トルク 8.5kg-m/6,500rpm
      詳細情報
製造国 日本の旗 日本
製造期間 1978年
タイプ
設計統括
デザイン
フレーム 鋼管ダブルクレードル
全長×全幅×全高 2,225 mm × 735 mm × 1,255 mm
ホイールベース 1,505 mm
最低地上高
シート高 840 mm
燃料供給装置 キャブレター (VM26SS)
始動方式
潤滑方式
駆動方式 チェーン
変速機 5速リターン
サスペンション テレスコピック式
スイングアーム式
キャスター / トレール
ブレーキ ダブルディスクブレーキ
シングルディスク
タイヤサイズ 3.25-19
4.00-18
最高速度
乗車定員
燃料タンク容量 19 L
燃費
カラーバリエーション
本体価格
備考
先代
後継 GSX1100E
姉妹車 / OEM GS750
同クラスの車
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概要[編集]

2ストロークエンジンを主に生産していたスズキの初の本格的4ストロークDOHC直列4気筒大排気量車で1977年に発売したGS750をベースに1,000cc化、その他の設計を適正化し輸出仕様として1978年に発売された。基本設計は先行していたカワサキ・Z1/Z900を参考にし、より信頼性を高めることに主眼が置かれた。

国内有数の高速テストコースであるスズキの「竜洋テストコース」での全開走行パターンをシミュレートしたベンチにて、全開2万キロテストを敢行し、クリアすることを目標として開発された。最初のうちは次々とエンジンが壊れていったが、最終的にこれを達成した。他のメーカーのエンジンも同様のテストにかけたが合格したものは1台もなかったという。

ヨシムラR&DPOP吉村をして「過剰品質である」と言わしめたエンジンはチューニングにも向いていた。POP吉村が率いるレーシングコンストラクター「ヨシムラ」がエンジンチューンを担当し、スズキが車体を担当してレースで好成績を残した。代表的なものではAMAスーパーバイク1979年1980年の年度優勝。デイトナのスーパーバイククラスで1978年1979年1980年1981年の優勝。1978年の第一回鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、当時、ヨーロッパで敵無しの無敵艦隊と呼ばれボルドール24時間耐久レースで連覇していた純レーサーのホンダ・RCBを市販車改造クラスが破り優勝した。鈴鹿8耐1980年1983年の優勝、FIM世界耐久選手権1983年は年度優勝したGS1000Rのベースとしても有名である。

データ上乾燥重量で200kgは超えているが、操縦性は400cc-750ccモデルに匹敵すると言われ、今なお熱心なオーナーが大事に乗っている理由の一つとされている。エンジンカバーなどの部品は一見GSX1100Sカタナと共通に見えるが、ねじ穴の位置などが微妙に異なっている。エンジン内部の重要部品も最近は欠品が目立っており、オーバーホールを行う場合は注意が必要である。

GS750 - GS1000 - GSX1000S,1100S - GSX750E - 油冷GSX-R750,1100 - GSX1300R隼にいたるスズキのヒストリーは、最新型のGSX-Rシリーズに受け継がれている。

GS1000S[編集]

GS1000の特別仕様としてハンドルマウントカウルを備え、専用色で1979年から発売された。

カラーバリエーションはスズキワークスカラーの白・水色ツートンが有名。別途に白・赤ツートンが存在する。また、カラーグラフィックは年度により複数存在する。

GS1000Sは大別して2種類あり、GS1000SNと呼ばれる前期型(1979-1980)とGS1000STと呼ばれる後期型(1981-1982)からなる。大きな違いはGS1000SNはVMキャブレター、ブレーキディスクはベンチレーテッドホールなしで、GS1000STはCVキャブレター、ブレーキディスクはベンチレーテッドホールありである。塗装については前期がいわゆる「クーリーレプリカ」と呼ばれるカラーで、後期が「クーリーレプリカ」の逆塗りわけと思われているようであるが、「クーリーレプリカ」カラーにCVキャブレター、ベンチレーテッドホールありのブレーキディスクもあり一概にカラーリングで見分けがつかない。

1981年AMAスーパーバイクはスズキワークスカラーで参戦しデイトナでヨシムラのエースライダー、ウェス・クーリーが優勝したことから。後年「クーリーレプリカ」と呼ばれるようになった。