2014年ウクライナ内戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
2014年ウクライナ内戦
目的 ドネツィク州の独立、ロシアへの併合
発生現場 ウクライナの旗 ウクライナ
期間 2014年2月23日 – 現在進行中
行動 テロ活動デモ活動暴動市民的不服従
死者 約1万人[1]
2014年ウクライナ内戦
戦争:2014年ウクライナ内戦
年月日2014年2月23日-現在
場所:東部ウクライナ・南部ウクライナ・クリミア半島
結果:現在継続中
交戦勢力
ウクライナの旗 ウクライナ Flag of the Donetsk People's Republic.svg ドネツク人民共和国

Flag of the Lugansk People's Republic (Official).svg ルガンスク人民共和国
ロシアの旗 ロシア

戦力
約50,000人 約10,000-20,000人
損害
戦死:1,268-2,180名
負傷:4079名
捕虜:1,684-2,484名
戦死:1,044名
負傷:450名
捕虜:733名

2014年ウクライナ内戦あるいはクリミア危機・ウクライナ東部紛争[2]は、2014年2月下旬に発生したウクライナ騒乱以後、クリミア自治共和国ウクライナ東部地域で起こっている親ロシア派武装勢力・反政府組織・ロシア連邦軍ウクライナ政府軍の軍事衝突である。

ロシア系メディアでは、この衝突初期にはロシアの春と表現する場合もあったが、以降はロシア軍が関与していないとの立場から、今次衝突をウクライナ国民同士の対立であるウクライナ内戦であると主張している。一方、ウクライナ系メディアでは、「内戦」という用語が使われず、ロシアの正規軍の関与が広く見られることからロシアによる侵略ロシアによる占領、またはウクライナ・ロシアの戦争と呼んでいる。ポロシェンコ大統領もしばしば現状説明として「ロシアとの戦争」という用語を用いるが、ウクライナ、ロシアともに宣戦布告は行っていない。 クリミア自治共和国は、衝突初期の2月下旬-3月にかけて行われたロシアによる軍事干渉と国際的な非難を浴びながら行われた住民投票の結果、3月17日にロシアへの編入を求める決議を採択したと宣言し、ロシア軍の支配下に置かれた。その後、ドネツィク州ルハーンシク州での抗議運動が、武装した分離主義勢力による反乱へと広がった結果、ウクライナ暫定政権が軍事的反攻に乗り出すことになった。

概要[ソースを編集]

クリミア半島[ソースを編集]

クリミアに展開する"Little green men"と呼ばれる国籍を隠した部隊

2月26日の初め、後にプーチンが指示したロシア連邦軍と確認される親露派武装勢力は、クリミア半島の主導権を徐々に握り始めていた。この間、クリミア半島でロシア連邦への併合について国民投票が行われた結果、83%の投票者で96%の賛成が得られたが、この国民投票は、EUアメリカウクライナ人・クリミア半島のクリミア・タタール人によって、ウクライナ憲法国際法に違反しているとして非難されている。3月17日、クリミア議会はウクライナからの独立を宣言し、ロシア連邦への併合について呼びかけた。3月18日、ロシアとクリミア自治共和国最高会議は、"クリミアとセヴァストポリの編入に関する条約"に署名した。3月21日に編入条約は批准され、ロシア連邦の2つの新しい連邦構成主体として発足した。国連総会は、公表された国民投票は無効であり、ロシアによるクリミア併合は違法に行われたと判決を下している。

4月1日までに約3,000人の住民がクリミア半島から逃れたとされ、その80%はクリミア・タタール人だったとされる。"Ivano-Frankivsk Oblast"と"Chernivtsi Oblast"の欧州安全保障協力機構(OSCE)のチームは、クリミアから西ウクライナへ移住した国内避難民を補助した。主にクリミア・タタール人だった多くの難民は避難を続け、UNHCRは5月20日までに約1万人の人々が移住したと発表している。

ドネツク州[ソースを編集]

ドネツィクの親ロシア派(2014年3月8日)

3月1日-3月6日にかけて親露派武装勢力はドネツィクの政府庁舎を占拠したが、ウクライナ保安庁によって排除された。ウクライナ当局によると政府庁舎での押収物の一部に、ウクライナを不安定化させるよう、ロシア語で書かれたメモがあったほか、明確なロシア語のアクセントを話す1,500人の過激派を拘束している。

3月13日、ドネツィクでは暫定政権支持派と反政権支持派の暴力的な衝突が起き、反政権支持派の大群が警察の非常線を壊して乗り越え、少数の暫定政権支持派へ襲撃を始めた。 欧州安全保障協力機構(OSCE)による取材調査では、30人程度の政権支持派は警察のバスへ逃げ込んだが、反政権支持派により囲まれて襲撃され、バスの窓を打ち破って刺激性のガスがまき散らされ、バスの出口から出てきた政権支持派を叩いて暴言を浴びせたとしている。また、OSCEの報告では、警察は政権支持派を守る適切な処置を取っておらず、反政権支持派を好ましい形で処理しているのを目撃されている。この衝突の日の後、取材を受けた人はOSCEに、ドネツィクの住民は安全のため、平和的な政権支持派のデモを組織しないことに決めたと述べている。

4月6日、約1,000-2,000人の親露派勢力は、ドネツィクでの集会に参加し、ウクライナからの独立を問う国民投票の要求を行った。その後、200人の分離主義者(ドネツィク現地警察のスポークスマン"Igor Dyomin"によると約1,000人)と親露派勢力が行政庁舎になだれ込み、ドアと窓を打ち壊していったが、政府当局者は日曜日で不在だった。分離主義者は、臨時議会が政府当局によって開かれない場合、ロシアへの併合を問う国民投票を呼びかけ、国民の権限により全ての地方議員を無視して、4月7日の正午に一方的管理措置を宣言するとした。ロシアのタス通信によるとこの宣言は地方議員によって投票されたとしているが、他のメディアではドネツィク市や近郊地域のどの地方議員も会議に代表として派遣されていないと報告している。同じ4月6日、分離主義勢力"ドネツク共和国"の指導者は、ドネツィク州のロシア連邦への併合に関する国民投票を遅くとも2014年5月11日までに実施すると発表した。加えて、平和維持に必要な部隊をドネツィク州へ送るようプーチン大統領に訴えた。

政府庁舎の占拠[ソースを編集]

カラシニコフ自動小銃とRPG-26 ロケットランチャーを装備した武装勢力に占拠されるスラビャンスク地方議会

4月12日防弾チョッキ野戦服・カラシニコフ自動小銃を備えてマスクをした武装勢力がスラビャンスクの執行委員会ビルとウクライナ保安庁事務所を占拠した。ウクライナ外務省長官"Arsen Avakov"は、この武装勢力をテロリストと判断し、ウクライナ特殊部隊によりビルを奪回すると発表した。警察署や政府庁舎の分離主義勢力による強奪は、ドネツィク州ドネツィク、クラマトルスク、ゴルロフカ、マリウポリ、エナキエボを含むその他の都市でも発生した。ウクライナ暫定政権のトゥルチノフ大統領は、ビル奪回に向けた全面的な対テロ軍事作戦を開始するとした。

4月16日までにドネツィク州での暫定政権によって行われた対テロ軍事作戦は、クラマトルスクで武装勢力がウクライナ軍装甲車を奪取し、兵士がスラビャンスクまで追いやられるなどのいくつかの障害にぶち当たった。4月16日の夜、約300人の親ロシア派武装勢力は、マリウポリのウクライナ軍部隊火炎瓶を投げるなどの攻撃を行った。外務省長官"Arsen Avakov"は、ウクライナ軍が発砲し、3人の襲撃者が殺害されたと発表した。

4月17日の停戦協定"Geneva Statement"によって、ドネツィク州での政府庁舎の占拠は終了せず、マリウポリの2つの親ロシア派武装勢力は、この協定発効により裏切られたと感じると発表した。しかし、4月23日においても地域一帯の政府庁舎の占拠などの緊張状態は続いており、さらに、宣言された停戦は、スラビャンスクでの分離主義勢力による検問所で起きた襲撃により破られた。

欧州安全保障協力機構(OSCE)によると、スラビャンスクの市庁舎、ウクライナ保安庁ビル、警察署は自動火器で武装した勢力により要塞化されており、抗議する人もおらず町全体が静かになっていると報告している。しかし、OSCEは、スラビャンスクは制服を着た軍や覆面の武装勢力だけでなく、市民と同じ服装の多くの人々によって厳しい監視態勢に置かれていることは確かだとしている。スラビャンスクの1人の住人は、占拠している勢力について議論するのは恐ろしいと語っている。

4月24日、ウクライナ軍はスラビャンスクにおいて反乱勢力に対し徹底的な攻撃を行った。 自称、スラビャンスクの分離主義勢力のリーダーの"Vyacheslav Ponomarev"は、"我々は町の外にスターリングラードを設立する"と宣言した。ウクライナ暫定政権は、4月25日にスラビャンスクを完全に封鎖し、対テロ軍事作戦を継続すると宣言した。4月26日ドネツク人民共和国によってチラシが配布され、共和国による州統治権の宣言を支持するかどうかの国民投票を5月11日に開かれることが周知された。

国際社会の反応[ソースを編集]

親露勢力がウクライナ本土東部2州で独立を宣言した「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」は、ほとんどの国から国家承認されていない。ロシアのクリミア半島併合も公式に認めていない国が多い。米国欧州連合(EU)加盟国などはロシアに対して経済制裁を実施する一方で、外交交渉を継続している[3]

ドイツフランスは東部ウクライナ2州についてウクライナとロシアを仲介し、2015年2月に停戦に合意したが(ミンスク合意)、その後も散発的に戦闘が続いている[4]

欧州安全保障協力機構(OSCE)が2014年から停戦を監視している。2017年4月、OSCEの装甲車がルガンスク州の親露派支配地域で地雷によるとみられる爆発に巻き込まれ、アメリカ人救急医療隊員1名が死亡、ドイツ人女性とチェコ人男性が負傷した。OSCEメンバーの犠牲は初めて[5]

国際司法裁判所(ICJ)は、2017年4月19日、ウクライナ政府が求めていた「ロシアによる親露勢力への支援の認定」を、証拠不十分として退ける決定をした。ロシア外務省は「(ロシアによる)『侵略』や『占領』といったウクライナ側の主張は支持されなかった」とコメントした[6]

ギャラリー[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

  1. ^ “ことば ウクライナ危機”. 毎日新聞朝刊. (2016年4月30日). https://mainichi.jp/articles/20170430/ddm/007/070/108000c 
  2. ^ ロシア政府は同戦闘を「内戦」と呼び、自らの関与を否定するが、現地世論調査によると、ウクライナ国民の57%が「ロシアとウクライナの戦争」だと感じており、「内戦」(13%)だと見なす国民より圧倒的に多い(ロシア語)Большинство украинцев считают ситуацию в Донбассе войной с Россией 2014年10月6日
  3. ^ “EU露外相会談 ウクライナ問題を協議”. 毎日新聞ニュース. (2016年4月24日). https://mainichi.jp/articles/20170425/k00/00m/030/044000c?ck=1 
  4. ^ “ウクライナ紛争解決ほど遠く 停戦合意1年”. 毎日新聞朝刊. (2016年2月12日). https://mainichi.jp/articles/20160212/k00/00m/030/090000c 
  5. ^ “OSCE監視団に初の犠牲 ウクライナ東部で爆発”. 産経新聞ニュース. (2017年4月24日). http://www.sankei.com/photo/daily/news/170424/dly1704240010-n1.html 
  6. ^ “国際司法裁判所 ウクライナ紛争の露支援を「証拠不十分」”. 毎日新聞朝刊. (2017年4月21日). http://mainichi.jp/articles/20170421/k00/00m/030/063000c 

関連項目[ソースを編集]